inserted by FC2 system

吟遊詞人7周年記念小説「ジョングルールの七不思議」

第5話 翼はなくても/Written By 深駆
「すごい、順調だね!…じゃあ、次は1番目の暗号?」
疾風は私の隣に腰を下ろす。もともと連弾用の椅子なので、2人分座れる幅があった。
「なんだけど…ちょっと、意味が分からない」
「えっと…ゲームではどんな暗号だったの?」
私は疾風の肩に自分の頭を添わせて聞いてみる。
「確か…酸素が多い部屋の箱のウラ…だったかな。1部屋だけ観葉植物がたくさん置かれている部屋があってさ、その部屋だけ窓も多い。つまり…」
「あ、植物が光合成をするから、その部屋だけ酸素が多くなるって事?」
「ああ、そういう事。……あれ、酸素…?」
疾風は左手を口元にやったまま動かない。しばらく私は、疾風の邪魔をしないことにする。そっか…確か、沖縄民謡だったらファとシの音を使わないから、このピアノでも上手く弾けるのに…。ほかにシの音なしで弾ける曲は無かったかな?そんなことを考えながら、私はずっと疾風の横で佇んでいた。結構な時間が経ったのかもしれないけど、でも私はこんな時間が嫌いじゃない。
「そうか…美寛、この城の中で一番広い場所はどこ?」
急に質問が飛んできた。
「えっ?…それはきっとさ、玄関の吹き抜けのところじゃないの?」
「美寛、いこう」
疾風はすっと椅子から降りる。私も慌てて後についていった。
「ね、分かったの、疾風?」
「ああ。『7の一番多い場所の8の下』の7はきっと…」
疾風はそこで言葉を切る。
「原子番号7番、窒素のことだ」
そっか、それで一番広い場所なのか。でも、それじゃあ…。
「ね、疾風…それじゃあ、8は?8って酸素のこと?」
「そう…それが分からない。でも、玄関の吹き抜け部分に行けば、きっと何かあると思う」
私たちはすぐに玄関部分に来た。辺りを見渡して見ると、何かおかしい。
「ね、さっきと何か…違わない?」
「そう?…そういうのあんまり、気にしてない。女のほうが、そういうのには気付くよね。女の直感?」
私は辺りを見回しながら、音楽室に来る前の状況を思い出す。そして辺りを見る。すると…。
「あっ、分かった!笹につるされている短冊の数!!」
私は笹に駆け寄った。そこには、さっきと比べて2枚多く短冊が吊るされている。
「えっと、なになに…」
私はそこに吊るされているものを読み始めた。
「『千尋がもうちょいええ女になりますように(期待してへんけど) 矢吹烈馬』と、それから…『烈馬がもっともっと、私のことを好きになってくれますように 仙谷千尋』だって〜!…うわ、この2人って恋人同士かな?」
「ちょっと…美寛ちゃん」
後ろで疾風が呼び止める。
「悪趣味だから」
「疾風のは読んでないよ」
もちろん、そういう問題じゃないんだけど…。
「それよりも、分かったよ。8の意味。すっごく、くだらない」
「えっ!?ホント?」
「ああ。…それ」
疾風が指差したものは、笹…?ううん、違う、それよりもう少し下の…。私の目線が、ある物体で止まる。
「あ……鉢だ」
「でしょ?…俺が持ち上げるから、美寛は下を見て」
私は言われたとおりにする。鉢の下の床には何も書かれていなかったけど、ヒントは鉢の底の部分に記されていた。
「あったよ、疾風!『R8』だ!…鉢の下にあるヒントが8って、何かジョークみたい」
疾風は植木鉢を元の位置に下ろした。疾風の顔がちょっぴり赤い。やっぱり、結構重かったみたい。
「ふぅ…とにかく、これであと1つだね。えっと…『7の頭をこの部屋で狩り…』だっけ?」
「ああ、確か。この部屋って言うのはきっと書斎のことだろう。最後のヒントが書斎の中にあるのは間違いない。それから、ここでRが出たって事は、やっぱりさっきのLはLeftでこれはRightだって事だな」

私と疾風は再び階段を上って、もう一度書斎の中に入る。さっきよりほんの少しだけ薄くなったセピア色の空気に、また私たちは包まれた。
「さて…最後は『7の頭をこの部屋で狩り、その成果を77に求めよ』だ。でも、一体何のことだろう…」
「きっと寓意法だよね〜」
私がちょっぴり難しい言葉を使うと…もちろん推理小説の受け売りだ…疾風は私のほうを振り向く。
「寓意法?何それ?」
「えっとね…ちょっと待って」
私は辺りを見回す。正直言って実は、あまり内容を覚えていなかったの。比喩的な言葉で別の何かを暗示する暗号の方法、だったかなぁ?確か、『マリオネット園』で使われる最初の暗号とかがそうなんだけど…疾風に分かるように説明する自信はない。だから、推理小説の具体例で説明しようと思いついた。さっき便箋の重石がわりに使われていたのは、アガサ・クリスティの「7つの時計」だった。きっと、この書斎は神崎のオジサマの書斎と同じで、推理小説がたくさんあるはず…。そうして本棚を眺めて見ると、やっぱり、かなりの数の推理小説がある。私はそれを順番に眺めてみた。どれか、それらしい暗号が出題される推理小説は…。眺めているうちに、あることに気がつく。
「あれ……?本がない…」
疾風が近づいてくる。
「どうしたの、美寛?」
「あ、疾風…ううん、別にたいしたことじゃないの。シリーズ物の本が、何作か欠けているから…」
「ふ〜ん…有名な本なの?」
「う〜ん…そうでもないと思うけどなぁ。例えばね、クリスティの『エッジウェア卿の死』とか、『パディントン発4時50分』とか、あとは…あ、森博嗣の『夏のレプリカ』とか、有栖川有栖の『スイス時計の謎』とか、霧舎巧の『十月は二人三脚の消去法推理』とか…」
疾風は不思議そうな顔をしている。きっと一番の理由は、そんな作品を知らないからだと思うけど…。
「なんか…不自然だよな。普通こういうものって、全部そろえようと思わない?理由とか共通点とかでもあるの?もしかしてそれが、この暗号に関係していたりして…」
「う〜ん、どうかなぁ?…だって時代にも登場人物にも殺し方にも共通点はないし…それに、例えば今言った作品、4つは長編だけど『スイス時計の謎』は短編集だよ?別に共通点なんて……」
待って…よく思い出して。これらの作品のこと…そうだ、ある!!
「疾風、分かった!!」
私は疾風に飛びつく。これを街中でやったら白い眼で見られると思うけど、このセピア色の空間の中では懐かしいドラマのワンシーンに見えたことだろう…と勝手に思い込む。
「7なの!!」
「えっ…7だって!?」
これには疾風も驚く。私も一度、呼吸を整える。
「うん、そう!間違いないよ。『エッジウェア卿の死』はエルキュール・ポワロが主人公の長編の7作目。『パディントン発4時50分』はジェーン・マープルが主人公の長編の7作目。『夏のレプリカ』はS&Mシリーズの長編の第7作だし、『スイス時計の謎』は有栖の国名シリーズの第7作だし、『十月は二人三脚の消去法推理』も私立霧舎学園ミステリ白書シリーズの第7作!」
「そうか、だから『7の頭をこの部屋で狩り』なんだ…。ねぇ、美寛!」
「分かってるよ、疾風!この部屋にある推理小説のシリーズ物の、第7作だけを取り出せばいいんだよね」
私はじっくりと本棚を見て、作品を選び出す。一通り眺め終わって、ここにはシリーズ物の第7作が3つしかないことが分かった。それ以上に、この書斎にはほぼ全て、シリーズ物の推理小説しか置かれていないことも分かった。もちろん、シリーズとして7作以上刊行されていないものはすべて揃っていた。でも、ほとんどのシリーズ物からは、第7作が欠落している。残っている第7作は、非常に少ない。私は3つの本を窓の傍のデスクに置く。
「たぶん…これだけだと思う」
そこに置かれたのは3冊。エラリィ・クイーンの国名シリーズの「シャム双生児の謎」と、綾辻行人の館シリーズの「暗黒館の殺人」と、森博嗣のVシリーズの「六人の超音波科学者」だ。それをみて疾風が頷く。
「頭を狩るんだ。美寛、分かるよね?」
それくらいなら私にだって分かる。頭…つまり、本のタイトルの頭文字をとって、並べ替えれば…。
「えっと…あっ、『ロシア』!!」
「そう。…で、ここからなんだけど…『その成果を77に求めよ』って、どういう事?」
私は辺りを見回す。うん、ここには推理小説しか見当たらない。
「疾風…きっとね、この中からタイトルにロシアがついている作品を探せばいいの。77はきっと、ページ数」
「なるほどね。…心当たりは?」
私は本棚から1冊の本を抜き出した。
「これしかないでしょ?有栖川有栖の『ロシア紅茶の謎』」
私はページをめくる。すると、77ページに確かに書き込みがある。でも…。
「えっ!?『R』だけ?」
私は立ちすくんだ。そんな、どういう事…?横から疾風の声がする。
「美寛…ここにこれだけしか書いてないなら、きっともう1冊ある。俺にはわからないから、美寛…美寛が頼りなの。がんばって、思い出してみて…」
その言葉に、私の気持ちは一瞬で動かされた。なんて優しい、疾風の言葉…ぜんぜん、普段の疾風らしくない…。でも、それが…すごく、嬉しい。そう、この優しさが…私にとって、疾風を、世界でたった一人の存在にしてくれるの…。思わず涙ぐむ。でも、涙をこらえて、代わりに私は自分の記憶をすべて探る。…こういうときに疾風の期待にこたえられないでどうするの、美寛!!じっと涙をこらえているうちに、ふっとある言葉が頭をよぎる。
「あっ…『ロシア館の謎』…」
「え?何、それ?」
「分かった、疾風!!『ロシア館の謎』だよ!二階堂黎人の『ユリ迷宮』に収録されている短編!!」
疾風は講談社文庫版の『ユリ迷宮』を手に取り、77ページを開く。何も書き込みはない。
「そんな…」
「違うよ、当たってる!美寛…ここだ」
疾風は文章を指差す。真ん中のほうにある「二等辺三角形」という文字の「二」と「三」の右にラインが引いてある。
「さっきの書き込みと足し合わせれば、R23だ」
私と疾風は思わずハイタッチした。私は涙がこぼれそうになるのを、ちょっぴり我慢する。
「よ〜し、じゃあ金庫を開けよう!」
私が金庫に向かった。えっと、行き過ぎないように注意しながら、右に8…左に43…左に5…右に23!よし、これで金庫が開いて…。きっと中には、お宝がいっぱい、だよね。私は期待に胸を躍らせながら待つ。
しかし…開かない。…えっ、どうして!?私は思わずまたダイヤルに手を伸ばす。そのとき、疾風の声が後ろからした。
「…ねえ、ちょっと来て、美寛!!」
「何?どうしたの、疾風?」
疾風はゲームから引用したという、あのヒントが書かれた紙を見ている。私もデスクの方に駆け寄った。
「便箋の裏にも、何か書いてあるんだ」
「…えっ!?全然気付かなかった…。それで、何て?」
疾風は声に出して、その文章を読んでくれた。

なお…金庫を開けるチャンスは3回だ。そして、これが大切なのだが…表に書かれている4つのヒントは、順番どおりではない…。私の思考をたどるうちに、その正しい順番が分かるだろう。…健闘を祈る。

『7』より


「ええっ!!?」
私は思わず、大声で叫んでしまった。そしてしばらく、呆然と立ちすくむ。そんな…この上にまだ謎があるって言うの?
最初に戻る前を読む続きを読む

inserted by FC2 system