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吟遊詞人7周年記念小説「ジョングルールの七不思議」

第6話 砂のしろ/Written By 冴戒椎也
「ええっ!!?」

「ん?何や、今の…」
音楽の向こうで、若い女性の叫び声を聞く烈馬。
「下の階からっぽかったけど、まさか、何かあったんじゃ…?」
「…行ってみるか」
2人は、扉の向こうに行く足を引き返して階下に向かった。

3階の廊下に来た烈馬たちは、一室の前に芹沢が立ち尽くしているのを見た。
「どうかしたんですか、芹沢さん?」
「あ、あれ…」
芹沢が指差したのは、丁度さっきまで烈馬たちが居た“藍色の間”の真下にあたる部屋。内装から見て恐らく“黄色の間”だろう。その黄色い部屋の中で、一人の男性が横たわっていた。
「これは…明木さん?!」
「おーい、どうしたんだ?!」
走ってくる文月と漆原。文月は明木の姿を認めると、すぐに近づいて明木の身体を見廻す。
「…だめだ、死んでる。漆原さん、救急車を!」
「は、はい!」
漆原は来た道を引き返していく。階段のところでカノープスが入れ替わりに現れる。
「まさか、殺人とか、じゃないですよね…?」
小さな声で言う芹沢。
「…詳しく調べてみないと分からないが、たぶん死因は遅効性の毒物のようなものだと思う。亡くなってからほとんど時間は経ってないようだが」
外科医だと言う文月は、簡単に検視を行う。
「ん…?明木さん、何か握ってる…?」
文月は、明木の右手に握られた紙をゆっくりと取り出す。
「これは…日めくりカレンダー?」
烈馬もその紙切れを見る。それは確かに“7月5日”の日めくりカレンダーだった。
「オー、もしかしてソレは、Mr.アケギのダイイングメッセージかも知れまセンネ」
「日めくりカレンダー自体は確かに壁にかかっとるし、その可能性もないとは言えへんな…」
烈馬は黄色い壁に日めくりカレンダーがあるのを確認した。
「でも、どういう意味なんだろ?7月5日生まれの人とか?」
「いや、別に俺らそういう会話してへんから、たとえ誰かの誕生日が今日やったとしても、明木さんがそれを知っとるかどうかは分からん筈や」
「そうだね、俺たちもそんな話した覚えないし」
と文月。

その時、突然烈馬の携帯電話が鳴った。
「…あ、ちょっとすんません…」
烈馬は“黄色の間”から出て携帯電話を取り出した。着信表示は“麻倉 知之”。
「あ、ごめん麻倉君、今ちょっと手ぇ離せへんくって…」
「あ、もしかしてもう暗号解いちゃったっスか?」
「え?」
「あ、さっき千尋さんからメールで暗号が送られてきたから、みんなで考えてたんっスよ。それで答えが分かったからって連絡を」
「あー…それやったら申し訳ないけど…」
「あ、それじゃあ“あの人”の不自然さも分かってるっスか?」
「…は?」
「え?」
その時、電話の声の主が変わった。祥一郎だ。
「あ、もしもし。千尋からその場に居る連中の大体の感じもメールで届いたんだけど…もし“或る人物”が“或る行動”を取ってたら疑ったほうがいいと思うって話なんだけど」
「は?何や、それ?」
祥一郎は、烈馬に“ある知識”を吹き込んだ。
「…なるほどな。確かにそれは不自然やな…ちゅうことは“あれ”ももしかして…」
「“あれ”?」
「ああ、読書家の篁君やから聞くけど…」

烈馬が電話を終えた頃、救急に連絡をしに行っていた漆原も戻ってきていた。
「あー、すんませんすんません…ところで、皆さんに一つ聞きたいんですけど」
「え?何ですか…?」
芹沢が怪訝そうな表情で聞き返す。
「この中で、さっきの暗号解けた人って居ます?」
「…こんな時に不謹慎だね、君は」
少しの怒りを蓄えた声で言う文月。
「いや、まあとりあえずなんですけど…どうです?」
「んー…実はワタシ、解けマシタよ」
カノープスが挙手をして言う。
「…ホンマですか?」
「ハイ。実はMr.シチリたちが来たトキ、ワタシ既にドアの向こうに居たンデス。だけどふたリノ様子から何かあったンジャナイカと思って、引き返しテきたノデス。だからワタシ、少し遅れテ着いたでショウ?」
「…その言葉を聞きたかったんや」
「え?」
カノープスの顔に冷や汗が垂れる。
「あんたにその暗号、解ける筈ないんやからな」
「ど、どういうことですか?」
漆原が言う。
「あの暗号、“七人の子供の歌”って部分は日本の童謡の“七つの子”になぞらえられとったんや。そんなの、日本に来てすぐのあんたが知ってる筈ないやろ?」
「オーノー、Mr.シチリ。ワタシ、日本のウタ好きデース。だから“ナナツノコ”も知ってタよ。それがオカしいデスカ?」
「確かに、それは弁明できるやろけど、“85.7%の色”は言い逃れでけへんで」
「…どういう意味デスカ?」
表情が険しくなるカノープス。
「“85.7%の色”は“7分の6の色”、つまり虹の7色の中で6番目にあたる色っちゅう解釈をする暗号や。せやけど…あんたにはその発想は出来へんよな?」
「言いたいコトが分かりマセン。はっきり言ッテくだサイ」
「…虹の色っちゅうんは、国や文化によって様々にとらえられるもんや。さっき友達に確認したけど、あんたの住むドイツでは、虹の色は赤・黄・緑・青・紫(菫)の5色ととらえられるものらしいな。つまり、虹の色から藍色にたどり着く筈ないんや。…あんたがホンマにドイツ人やったらな」
「そ、それじゃあまさか…」
「ああ、恐らくあんたが、この暗号を仕掛けた『7』なんやろ?ほんで…恐らくは明木さんを殺したんもあんたや」
「な、何っ?!」
一同の視線がカノープスに集中する。
「でも、それじゃああのダイイングメッセージはどういう意味なんですか…?」
と芹沢。
「あれはまあ想像やけど、こうやないかな。7月5日の日めくりカレンダーをめくると、次に出てくるのは7月6日。短歌の雑誌の編集者である明木さんやったら、こいつを思い出すんは難しくないやろ。“「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日”」
「それって…俵万智の『サラダ記念日』?」
「ああ。恐らくあんたは明木さんに食べさせたあのサラダに遅効性の毒を仕込んどいたんやろ?毒が廻ってきてそれに気ぃついた明木さんは、“サラダ”っちゅうキーワードを残したくてカレンダーをめくったっちゅうこっちゃ」
「…なるホド。アナタの推理は一応スジが通ってマスネ」
カノープスは、突然烈馬を真っ直ぐみて話し出した。
「でも、アナタの推理には大きなアナがあリマス」
「穴、やと…?」
「そうデス。ワタシはMr.アケギを殺してイマセン。何故ナラ…Mr.アケギ?」
次の瞬間、“黄色の間”の中で倒れていた筈の明木が、ぬっくと立ち上がった。
「えっ…?!」
「残念だが…俺は死んでないんでね」
「…ちゅうことは、まさか…」
「Yes。コレは、アナタ達を楽しませるタメにワタシたちが仕組んだゲームだったんデスよ」
「だから俺は嘘の検視もしたし、漆原さんもすぐ救急車に連絡するフリをして、君らに“本当に”救急車とかを呼ばれないようにしたってわけだ」
笑って言う文月。その隣では、芹沢がバツが悪そうに頭を下げている。
「でもおかしいんだよな。本当はもう少し後に“殺人事件”をやるつもりだったんだけど、2階あたりから誰かの悲鳴っぽい声が聞こえてきたから、仕方なくそいつに従って俺らも急遽早めて演じる羽目になったんだ」
「…はは、道理でおかしい思たわ。あんたらの名前も、無駄に“7”になぞらえすぎやしな」
「え?どういうこと、烈馬?」
「漆原さんの“漆”は大字言うてな、昔漢数字の“七”の意味で用いられとった漢字やったんや。“文月”は旧暦七月の別名やし、“芹沢 すず菜”には春の七草のセリとスズナが入っとる。“明木 鐵夫”には七曜のうち日・月・木・金・土の漢字が隠れとるし、たぶん“カノープス・ズィーベン”もドイツ語か何かで“7”になぞらえられてんねやろ?」
「あ、ああ…確かに、“カノープス”はりゅうこつ座にある星で、七福神の一つ・寿老人の星とされているし、“ズィーベン”もドイツ語で7という意味なんだが…君、今彼のことを何て…?」
「え?れ、烈馬って…あっ!」
千尋はそこまで言って、自分が口を滑らせたことに気がついた。

「あ、これっスね、矢吹君たちが居るお城って」
知之たちは、ようやく城の前にたどり着いた。
「ん?城の前に誰か居るみたいさ」
時哉は二人の人影に近づく。
「あのー、あんたらこの城の関係者さ?」
「え?あ、まぁ…ちょっと道に迷ったりしてたら来るの遅れちゃって…」
二人のうち、時哉と同じくらいの年齢の青年が言う。そして、もう一人の女性が言う。
「私は名波 有里、こっちは七梨 銀之助って言うんですけど…あなた達も誘われた人達ですか?」

「ふーん、つまり、その『7』って奴があの2人を楽しませようと呼んだはいいけど、そいつ自身も、途中で道案内するおっさんも、お前らがその2人だと勘違いして話が進んでってしまったっつーことだな」
キャンプ場までの帰り道。少し影が伸びつつある中で祥一郎が言った。
「ああ。そうらしいわ」
「まあ、何にせよ矢吹君たちが無事でよかったっス」
「ああ…ただ、一つ気になっとることがあるんや」
「え?」
「いや、あの連中の名前、殆どが“7”になぞらえられてたんやけど、漆原さんの“史朗”と文月さんの“仁”はどう考えても7にならへんねん。それにあの2人、“七梨”と“名波”はそのまんま7が入っとるけど、“銀之助”と“有里”は7と関係あるように思えへんねや…」
「んー…ネタが思いつかなかったんじゃねえさ?それにあの2人は本名っぽいしさ」
「…ま、それもそうやな」
「あー、それより、もうおなか空いちゃったよ。早くキャンプ場戻ろ!」
千尋の声におされて、一同は長い長い道を歩いていくのであった。


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