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吟遊詞人7周年記念小説「ジョングルールの七不思議」

第8話 じゃあね それじゃあね/Written By 速水瀬男
美寛たちと烈馬たち。二組のカップルが城を出た後。
漆原たち六人は、城の種々の仕掛けを取り払い、別荘としての本来の用途ができるよう後片付けをしていた。
さて、読者は既にご存知のように、彼ら漆原や明木などというのは彼らの本名でない。しかし、彼らの本名は物語の本筋に関連がないし、たとえ偽名であっても登場人物の一人を同定するという用途に適っているので、これ以降もこれらの名前で記述することにする。要するに、キョンと同じである。
さて、漆原の担当は、藍色の部屋であった。隠し扉そのものは、本来この別荘備え付けのもので、片付けに苦労することはない。GARNET CROWの曲に反応するようにしたメカニックも、取り除くのはそんなに複雑ではない。作業の大半は、この、全面藍色に張られた壁紙を取り除くことに費やされた。
宴の後はどことなく寂しいものである。漆原は、壁の一面の壁紙を取り除いた後、休憩がてら近くで一緒に作業をしていた文月に話しかけた。
「せっかく丹精を込めて作り上げた仕掛けも、第一の謎までしか日の目を浴びないとは、悲しいものですな」
「ああ。あの出所不明の叫び声のおかげで、こっちは当初の計画を早めないといけなくなった。しかもゲストですら、本来の奴らとは違うときたもんだ。踏んだり蹴ったりだよ」
本来推理ショーのゲストであった、七梨および名波の両名にも、手違いがあった事、後で見合った埋め合わせをする事などを丁重に伝え、既に帰っていただいていた。
「あの叫び声は、いったい、どなたによるものだったのでしょうな。確かに女性の声であったように思いますが、芹沢殿は否定しておりましたし」
「ああ、もしかすると…」
「Hey!  Mr.ウルシバラ、ちょっと来てくれませんか?書斎がおかしいんですYO」と、そこへ、カノープスが開いたままのドアの外から声を掛けた。カノープスは、第二の書斎の謎を担当していたはずだ。すなわち、この藍色の部屋の謎が解けた後は、書斎へと繋がる隠し扉が開き、そこでゲストは新たな謎に挑戦することになっていたはずだった。
「書斎が、どうかなさったのですかな?」
「誰かが入った形跡があるのDeath」
「何ですと?」
漆原は文月に断って、カノープスと共に書斎へと向かった。

「…金庫が、開いておりますね」
漆原が書斎に入り、部屋を一通り見渡してあげた第一声がそれだった。
「その通りDeath。そしてここに、『ロシア紅茶の謎』と『ユリ迷宮』の本が書棚から抜き出されたままになっていMath。ご存知のように、これらは金庫の謎を解くための鍵Deathね」
「つまり、あの子たち以外にも、ここに迷い込んできた方がいらっしゃった、と、こういう事ですかな」
「そう考えられMath。…おや?」カノープスは金庫に入っている紙切れに気づいた。

「見事だった。この扉を開けた者が、7をリユニオンしたもの、それを継いでいくのだ。

目映い紅玉の起こす7つの風 蟹とライオンが見守る7つの月 賢人の歩むマナの地は7つの星 
同名の聡明な二人は7つの夢 光る北斗七星が照らす7つの愛 孤城落日の七色図式は7つの時
荘厳で温和な煙草は7つの闇

『7』より」


「なんでshowカこれは?こんなもの入れた覚えはnothingなのDeath」
「ふむ、ちょっと気味が悪いですな」
漆原の記憶では、金庫の中には、食堂へ向かうよう書かれた紙が一枚だけ入っていたはずだ。それ以外のものは何もなかったはずである。
「念のため、他の場所も見回ってみましょう。書斎の次の謎は、確か食堂での謎でしたな?」
「Exactly.」
漆原たちは、書斎から出るとすぐ見える階段を降りて、正面ホールに出た。食堂はこちらの経路の方が近い。先ほどはを使って書斎に出たため、正面ホールは通らなかったのだ。
その正面ホールに、芹沢すず菜がちょっと不安げに歩き回っていた。すず菜は漆原たちの姿を認めると、彼らの方に駆け寄ってきた。カノープスはすず菜に声をかけた。
「Ms.セリザワ、youは食堂と正面ホールを担当していましたね?食堂の謎が、解かれた跡はありませんでしたか?」
「食堂ですか?いえ、そんな様子はありませんでしたよ?私たちが食事を終えて、部屋を離れてから、何も変わっていません。ていうか、今それよりも問題なところがあるんです。エーデルワイスが、抜かれてるんです!」
「エーデルワイスというと、正面ホールにあった鉢植えに植わっていたものですな」
「ええ、あの鉢植えです」
彼女の指差す方向に、テーブルの上の鉢植えがあった。数時間前、少なくとも漆原たちが別荘に仕掛けを施した時には、エーデルワイスが植わっていたはずである。書斎の暗号の鍵を隠すための小道具として、すず菜が用意していたものだ。
しかし、鉢には何も植えられていなかった。
「…どういうことだ?」
「くだんの闖入者が、エーデルワイスを引き抜いて、持ち去った、ということでしょうか」
「Well, しかしその行動は、私の言葉遣いよりも不自然Deathね」
「そうだ」カノープスの言葉を続けるように、いつの間にか来ていた明木も話し始める。明木だけではない。今やこの正面ホールに、仕掛けを作った全ての人間たちが集まっていた。「今までの話を総合すると、その人物は、この別荘に迷い込み、誰にも断りなく書斎へ入った挙げ句、書斎の謎を解いて、金庫を開け、それに前後して鉢植えのエーデルワイスを引き抜いた、という事になる。どうも、一貫した行動を取っているとは思えん。迷い込んだなら、なぜその人物は、今この別荘にいない?そして、なぜエーデルワイスを引き抜いた?」
「…あのう、これは想像ですけど、」おずおずと、すず菜が発言する。「その人物は、謎解きをしている最中に、誤って鉢植えを倒してしまったんじゃないでしょうか。それで、エーデルワイスが鉢から抜けちゃって。慌てたその人は、鉢だけ戻して、あとは怒られるのを恐れて逃げちゃったんです」
「その推理は、残念ながらはずれだな」突然、迫力のある声でおっさんが話し始めた。

このおっさんとは無論、烈馬たちに道案内をした人物である。”おっさん”というのは、すでに名前ですらないが、前述したとおり、登場人物を同定するという目的において不都合はないのである。おっさんもまた、後片付けを終えて正面ホールに集まっていたのだ。
「鉢植えの土を少しほってみたんだが、ほれ、ここにエーデルワイスの茎と根が残っておる。無理やりひきちぎったのでない限り、こんな跡は残らんよ。それに…ほれ」
おっさんは鉢植えから、緑色の葉っぱを拾い上げる。漆原はそれを覗き込んだ。
「これは、笹の葉、ですね」
「その通りだ。エーデルワイスが抜かれ、ここに笹の葉がある。ということは、エーデルワイスを抜いた理由は笹を挿すため、と考えるのが自然であろう」
「でも、それなら笹の葉はどこに行ったんですか?」すず菜が尋ねる。
「そこが重要な点だ。今の月は七月。七月と笹といえば、思いつくものは一つしかなかろう。七夕の願掛けの短冊、というやつだな」
「答えになってませんよ」
「まあ待ちなされ。もう一つ重要な点がある。われわれの名前についてだ」
「名前?明木とか七梨とかいう名前のことか?」
「その通り。どういうわけだかわれわれは、セブン様によって、このような名前を付けられた。そのほとんどの部分が7に関係のある言葉だが、それだけでは説明しきれない部分がある。そうだろう?」
「銀之助、有里、史朗、仁、この四人の名前か」
「それらの名前の頭文字を繋げて読むと、なんになる?」
「つなげて?銀、有、史、仁だから…」
「吟遊詞人か!」
「もう一つ、金庫に入っていたこの紙切れの暗号だ。書き手には7、という名前が入っているようだが、ここにいる誰一人として、この紙切れを見たことがなかったはずだ」
一同がうんうんと頷く。
「これ自体も簡単な暗号だ。7番目の文字を順に繋げて、読めばよい。やはり、吟遊詞人という言葉が出てくる」
「つまり、それって…」
「もう、おわかりだろう?つまり、これらを仕組んだ犯人とは…」

 

 
少女は、インターネットブラウザを閉じた。ついで、パソコンの電源を落とす。
「奈々子、もう遅いんだからパソコンは明日にしなさい」部屋のドア越しにから少女の母親の、たしなめるような声が聞こえてきた。
「いま終わったところだからだいじょうぶ。おやすみー」少女は答える。
既に寝巻きには着替えている。少女は部屋の電気を消した、
おめでと、と枕元に立てかけた笹に挨拶して、床に就く。
少女の枕元にある、四人分の短冊が取り付けられた笹が、ゆったりと揺れていた。


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