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伝説の勇者 エス

 俺は、伝説の勇者エスだ。

 お袋が死んだ日、親父が初めて教えてくれた。

 それ以来、俺は家に代々伝わる伝説の剣を持って、悪魔を倒す旅を続けている。

 どんな悪魔でも、この剣で一刀両断だ。

 俺の旅の目的は、悪魔の親玉を倒すことだ。やつを倒せば世界の悪魔は消滅すると、親父が言っていた。

 何故そういうことになったのか。別に俺は、伝説の勇者だと教えられたからという理由だけで、悪魔を倒しに行こうと思ったわけではない。

 話は、ほんの数日前に遡る……。
 お袋が生きているうちは、俺は普通の生活をしていた。親父、お袋、弟と俺の4人家族だ。平凡だったが、平和だった。それが、あの悪魔達のせいで……!
 その日、俺は、お袋と買い物に出掛けていた。だが、いきなり横から走ってきた悪魔が、一瞬のうちにお袋を殺してしまった。そして、ふっと気が付くと、俺達の町は、悪魔であふれかえっていたのだ。悪魔は、町の人間達を片端から殺しはじめた。逃げる暇もなく、ほとんどの住民が惨殺された。怒号、悲鳴、叫び声。鮮血が飛び散り、死体が転がった。奴等は老若男女を問わず、誰でも殺していった。
 そんな中、辛うじて俺達の家族だけは生き残った。
 お袋を除いては。

 俺が親父に伝説の勇者だと教えられたのは、悪魔がいなくなった後だった。
 親父から、あいつらは北の山にある神殿を根城にしているらしいと聞いて、俺は親父と弟を連れ、奴等に復讐するための旅に出掛けた。親父や弟を連れてきたのは、町があったところに残しておくより、連れていった方がむしろ安全だと思ったからだ。

 旅は順調に進んだ。俺達と出会った悪魔は、俺の伝説の剣によってことごとく倒されていった。手応えが無さ過ぎて、少々物足りないくらいだ。弟も、親父からもらった剣、もちろん伝説の剣などではないが、それを持って一緒に戦おうとするが、まだ剣をろくに持ち上げることすら出来ない。親父は戦おうとはせず、俺達の知恵袋として活躍していた。

 そして、北の山の麓にやっとさしかかったころで……
 それは起こった。
 俺達は、山の麓で、明日に備え野宿をしていた。
夜中にふっと目を覚ますと、話し声がどこからか聞こえてくる。辺りに目を配ると、弟は寝ていたが、一緒にいるはずの親父が見つからない。一体どこに行ったんだろうと思いつつ、話し声がする方向に行ってみた。

「……えぇ、そうです。エスが……はい、はい。」親父の声だ。話し相手が見えない所からすると、電話で話しているらしい。誰と話しているのか、とても不思議だった。俺達が旅の途中で行った町は、全て廃墟と化していたからだ。第一、仲間がいるのなら、俺に隠す必要はないはずだ。
「……はい、大丈夫です。抜かりはありません。すっかり信じているようです…。」
親父の話し声を聞いている内に、俺は親父について突拍子もない想像をしてしまった。……まさか、そんなはずは……。
 俺は、この想像を何とか打ち消そうとした。しかし、次の瞬間、それが無駄だと分かった。
「これからもエスの"父親"として、エスと行動を共にします。いくらエスでも、自分の親が、悪魔に内通してるなんて思わないでしょう。」

 俺の親父は、裏切り者だったのだ。
 俺は親父に近づき、低い声で言った。
「何してるんだ。」
 親父が答える間もなく、俺は伝説の剣で、親父に斬りかかった。
「ぐはっっ!!」背中から斬られて、やつは人間の姿をするのを諦めたらしく、正体を現した。やはりこいつも、悪魔だったのだ。俺は激しい憎悪の炎で燃えていた。
「お兄ちゃん、どうしたの……うわっ!」異変に気付いて起きてきた弟が、驚いて腰を抜かした。
「エス、起きていたのか……。」親父、いやこの悪魔は言った。
「お前なんか、殺してやる………!!」俺は言って、再び悪魔に斬りかかった。今度はうまくよけられた。続いてもう一閃。今度は当たり、やつの身体から紅い血が噴き出た。俺にも少し返り血がかかったが、気にならなかった。やつはもうほとんど逃げ腰になっている。正体を現したからといって、強くなったわけではないようだ。
 とどめに、人間でいう心臓の辺りに、剣を突き刺した。
「うがーーーーーーっっっっっ!!」断末魔の雄叫びを上げたこの悪魔は、その後二度と動かなかった。
 二人になったパーティーは、悪魔の親玉がいる神殿へと向かって、山道を登りはじめた。だんだん神殿に近づいているからか、出てくる悪魔も、幾分か強くなったようだ。それでもまだまだ俺の敵ではない。
 むしろ問題なのは、弟の方だった。あの一件からまだ立ち直っていないのだろう、終始おびえているような顔をして、歩める足も遅い。
 それでも何とか、悪魔の親玉のいる神殿にたどりついた。
「とうとうここまでやってきたか。」俺はつぶやいた。軽い緊張と、そして激しい憎悪とが胸の裡(うち)にある。
「……行くぞ。」俺は、神殿にいた門番を軽く倒しながら言った。
「う、うん。」
弟はためらいがちに付いてきた。
 神殿の中は一つのホールになっていて、その一番奥に玉座があった。そして、そこに座っていたのは一匹の悪魔。
「ついにここまで来おったか。勇者よ。お前の噂はかねがね聞いておったぞ。随分強いそうだが、この私を、倒せるかな?」言うが早いか、やつは身構えた。
俺は剣を振りかぶりながら、やつに斬りかかった。
「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!」
 ざくっっっ!
確かに手応えはあった。あったはずなのだが……。
敵は平然と立っている。
「どうした?その程度か?」
「うりゃあああああああああああぁぁぁぁぁ!!」もう一度斬撃を放っても、結果は同じだ。身体がまっぷたつに切られているのに、やつは苦しむどころか、笑みすら浮かべている。
「それなら、こちらから行くぞ!!」俺はとっさに身構えたが、向こうは動かない。一瞬拍子抜けしたが、それがいけなかった。
 ガサッ!!
「うわっ!!」突如、上から何かが降ってきた。俺と同じくらいはあろうかという、大きな蜘蛛だ。
「こ、これは……。」
「ふははははははははは!!そいつは猛毒を持っている。油断したな、勇者よ!」
「くそっ!」俺はそれを払いのけた。だが、突然体中の力が抜け、俺はよろけて床に倒れ込んだ。
「くっ………。」
「ふっ、もう一歩も動けまい、勇者よ。後は、お前の死んでいく姿をゆっくりと眺めているとしよう。」
「な、何くそぉおおぉぉぉぉ!!」俺は体中の気力を振り絞って、立ち上がった。
「な、何だと…。」
「おおおおりゃあああああああぁぁぁぁぁ!」俺は再びあいつに斬りかかった。
 ぐさっっっ!!
しかし、やはり駄目なようだ。やつは、一向に倒れる気配がない。
 もう何度も斬撃を繰り返したが、やつにはちっとも効いていないようだ。俺は首を傾げた。
 おかしい……。俺の親父のふりをしていた悪魔も、斬れば痛がっていた。どうして平気なんだ…。
…………まさか、本体が別にいるのか?
 俺は振り向いた。本体が別にあるというのなら、一つしか考えられない。
 俺は、先ほどの大きな蜘蛛の方へ向かって床を蹴った。
「しまっ…!!」やつが言い終える前に、俺は蜘蛛を叩き斬っていた。
「うげぁぁあああぁぁぁぁああああ!!!!!!!」やつは断末魔の悲鳴を上げた。
 念のため、蜘蛛を細かく切り刻んでから、やつの死んだのを確認して、俺は神殿を出た。外には、門番の死体が転がっている。俺は歩みを止めた。
「おかしいな……。」俺は言った。
「な、何が?」弟が尋ねた。なぜか声がまだ震えている。
「悪魔の親玉を倒したら、全ての悪魔が消滅するはずだ。なのにここにはまだ死体がある。…ひょっとして、あいつは悪魔の親玉じゃなかったのか?」
『そういうことだよ、勇者エスよ。』突如声がした。
「だ、誰だ!!」
『名乗る必要もないだろう。私が本当の魔王さ。』
「何だと!」俺は辺りを見回した。しかし、周りには誰もいない。そう、俺と………。
俺と、俺の弟以外は。
俺は、弟の方を見据えた。
『やっと気が付いたか。そう、勇者エスの弟、つまり私こそが、魔王なのだよ。』
「なっ…………。」
俺は、混乱していた。俺の弟こそが、魔王だと?こいつが、お袋の敵だと?
 しかしよくよく考えてみれば、幾つか思い当たることがあった。何故悪魔達は、俺達の旅の中で、出しゃばる弟を気にせず、ことごとく俺に向かっていったのか。そして、何故あの残虐の町で、親父や弟が『生き残った』のか。全ては、この事実があったからだったのだ。
 動揺もあるが、そうなれば話は簡単だ。こいつを叩き斬れば、全て解決するじゃないか。俺は弟に向かって剣を振り上げ、振り下ろそうとしたその瞬間!
「やめて、お兄ちゃん!!」やつが叫んだ。俺は反射的に剣を振り下ろす手を止める。
『フフフ。お前には私は倒せんよ。何せお前の相手は、正真正銘のお前の弟なのだからな。』
確かにそうだ。親父の時は、親父が裏切り者だとわかった瞬間、何が何だかわからなくなって、斬りつけたのだが、不幸なことに俺は今、正気を保っている。
「お兄ちゃん、こんな事したって意味ないよ。もうやめようよ。」
確かに目の前のやつは魔王に違いない、憎むべき相手に違いないのだが、体がそれを理解しようとしない。
「お兄ちゃん、もうやめて…。」
考えている間にも、やつは弟の声で、俺の士気を削ごうとしている。
「お兄ちゃん……。」
「くそっ…。」やはり俺には、実の弟を殺すことなんてできない。
 俺は、剣を置いた………。
「やっとわかってくれたんだね、お兄ちゃん・・・・・。」弟は近寄って、伝説の剣を拾った。
そして、俺の方を見上げた。だが、その顔は、弟の顔ではなかった。
勝ち誇って嘲笑っている、悪魔の顔だった。
俺の中で何かがふっきれた。
一瞬の後、俺は弟から剣を奪い取り、心臓を背中から突き刺していた。
「…………!!」悲鳴を上げることもできず、やつは倒れた。そして、二度と起きあがることはなかった。
「………全てが終わった、か………。」
 やつが死んだ後、突然世界が銀色に光り出し、悪魔を浄化していった。もう悪魔はこの世にいない。そして、人間も……。
 やつらは、人間を本当に見境なく殺していった。生きている人間は、もう俺だけかもしれない。
………さて、これからどうしようか、と俺は思った。生き残りの人間でも探そうか。それとも……。
 ふうーー。思えば長旅で、疲れたな…。少し……休もウ……カ………。

 目が覚めたのは、ベッドの中だった。
………どこだ………ここは………。
「目が覚めたのか。」近くで声がする。周りを見渡すと、ベッドの横に、白衣の老人が立っている。医者か何かか?
老人!?つまり、生き残りがいたということか!!
「…ここは?」俺は老人に問いかけた。
「ここ?病院だよ。」
「…他に人間はいるのか?」
「他に?ああ、もちろんいるが、どうしてそんなことを聞くんだい?」
「そうか……。それならいいんだ…。…あんたが北の山から俺を運んできてくれたのかい?」
「北の山?何のことだい?ひょっとして君、夢でも見ていたんじゃないのか?」
夢?夢だと?……そんなはずはない。俺が見ていたのは現実だ。
 しかし、老人の次の言葉が、俺を更に混乱させた。
「君を運んできたのは警察だよ。君は麻薬をやって幻覚症状を起こし、警察に捕まったのさ。今は落ち着いているようだがね。」
麻薬?麻薬というのは何だったかな…。何だかどこかで聞いたような……。
 その時突然、俺の脳に何かの記憶が入ってきた。


………そもそもの始まりは、俺の目の前で、車にはねられた母親。  

救急車で運ばれ、俺達も病院に行った。ほぼ即死でした、と医者は言った………


 何だ、この記憶は。俺の母親は悪魔に殺されたんだ。


………母親がいなくなって、荒れだした俺。

ある夜、町を歩いていると、町外れに佇んでいた男に呼び止められた。

その時から、俺は麻薬漬けになった………


 おかしい。こんなのは俺の記憶のはずがない。誰かの仕業か?


………クスリをはじめた最初の頃は、気持ちが良かった。何でもできる気がした。

だが、その快感もすぐに消えた、代わりがまた欲しくなった。耐えられなかった………


 そうか。魔王がまだ生きていたんだ。それで俺にこんな記憶を見せているんだな。


………そのうち幻覚が見えるようになってきた。

気持ちいい物でも何でもない。周りの全てが悪魔に見えるのだ…………


 そうとなれば話は早い。こんな記憶は無視しよう。こんな記憶、本当のはずがない。本当のはずが………。


…………台所から出刃包丁を持ち出し、目に入るもの全てを叩き斬った。

警察に電話をしていた、親父までも。それを見ていた、弟までも…………


………そして今、俺はここにいる………
 こ、こんなのは全てうそっぱちだ。俺は伝説の勇者エスなのだ。そう、俺は伝説の勇者なんだ。伝説の剣を持つ、伝説の勇者。そうだ。俺は………。俺は………。

…………オ…………レ…………ハ…………

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