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涙の色


「ええ?汗と涙が出せるようにして欲しい?」
ディスプレイに向かっていたセーラの視線は、一気に背後に居た“彼”の方へ向かった。
「うん…無理、かな…?」
金色の髪を後ろで少し束ねた“彼”は、セーラには少し悲しそうな顔をしたように一瞬だけ見えた。
「そりゃあ、技術的には可能だけど…でもケイ、あなたは人工毛髪を通じて体温調節も行っているし、人工眼球は特殊な液体で半年に一度洗浄すれば十分事足りるのよ?」
「それは分かってるんだけど、さ…」
ケイと呼ばれた“彼”は、少しうつむく。その仕種に、“彼”を生み出した身であるセーラ自身戸惑った。

彼女の目の前に居る“彼”は、人間ではない。
科学者であるセーラが造り出した、最新型の人間形態(ヒューマンフォーム)アンドロイド。型式番号[K-06]、呼称はセーラがその型式番号とセーラ自身のファーストネームから“ケイ・アルヴェール”と名づけた。
起動してしばらくは製造者(マスター)のもとで生活を共にし、データ外の教育と不具合(バグ)の発見・修正を行うことがロボット工学会で定められており、起動して3ヶ月足らずのケイもそのルールに則(のっと)りセーラのもとに居る。
生物工学(バイオテクノロジー)の技術も利用して、非常に精密に作られたボディ。皮膚も髪の毛も、耳部分を除いて凡てが人間と寸分と違(たが)わない(なお耳部分には音声認識機能を兼ねたメンテナンス用のハッチが取り付けられている)。
超高性能人工知能(AI)が搭載されており、全く澱(よど)みのない会話と一通りの喜怒哀楽の表現が可能となっている。
しかし、それでもやはり“彼”は人間ではないのだ。セーラはそう認識していた。

「どうしたんだい、そんな浮かない顔して」
研究所(ラボラトリー)内にある食堂でセーラがひとり食事をしていると、紙コップに入ったコーヒーを手に持った男がひとりセーラに話しかけてきた。セーラは男の顔を仰ぎ見る。
「レオン…」
「なに?またケイ君に難しいお願いでもされちゃった?」
レオンと呼ばれた男は、セーラの向かいの席にどかと座る。
「よく分かるわね」
「前の時もおんなじ顔してたから」
にやと笑みを見せるレオンから、セーラは視線をはがす。
「…今回は、汗腺(かんせん)と涙腺(るいせん)を頼まれたわ」
「ふーん。でも、前回飲食機能を作り上げたセーラ女史様なら、それくらい朝飯前でいらっしゃるんでしょう?」
「確かに、食物を体内に取り入れ分解・消化し、その時生じるエネルギーを活動エネルギーの補完とする、なんて面倒な機能に比べれば、今回は光から活動エネルギーを発生させる既存の回路で生じる水分を皮膚近くまで経由させて、必要に応じてそれを放出させるようなプログラムを組めば出来る筈だから楽だけど…でも…」
視線を落とすセーラの顔を、レオンは覗き込もうとする。
「どうしてケイがそんなことを言い出すのか、私には全然分からないの。飲食機能の時もそう。自分で自分の改造を何度も申し出るなんて、何を考えているんだろうって…」
セーラの言葉を黙って聞いていたレオンは、ゆっくりと口を開く。
「…ねえセーラ、君は前から、何でも難しく考え込んじゃう傾向(きらい)がある。たまにはそうだね、ケイ君と二人で遊んだりして、程よく気分転換でもした方がいいよ」
「え…?」
「そうすれば、その理由も何か分かるかも知れないよ?あ、それじゃあ俺はそろそろ戻らなきゃいけないから。またね」
そう言うと、レオンは濃いコーヒーを飲み干して食堂を去っていった。
セーラはひとり、訳がわからないまま暫(しばら)く座っていた。

汗腺機能と涙腺機能の増設が終わると、セーラは海までの散歩にケイを誘った。レオンの言葉の真意が掴めないままのセーラは、とりあえず文字通りケイと二人で遊んでみることにしたのだ。
「ふんふん〜♪」
ケイは念願の汗と涙を手に入れたことが嬉しいのか、セーラの横で鼻歌なんぞを歌いながら歩いている。
「…ねぇケイ、私はあなたに歌うプログラムを搭載した覚えもないんだけど、あなたいい人工知能積んでるんだから、どうせ歌うにしてももう少し上手に歌えないの?」
「え、ぼくそんな音痴だった?」
「ええ、それはもう」
セーラはため息混じりに言う。
「でもぼくは、レオン博士の鼻歌の通りに歌ってたつもりだったんだけど」
あの男、ろくなこと教えないんだから…セーラは心の中で呟いた。
「あ、見えてきたよ、海」
ケイは傾き始めた日に煌(きら)めく海を見た。
「あれ、砂浜に何人か居る。えーと、あれは…」
視覚システムを拡張し、人影を拡大してメモリーの中に登録されている人物の中から検索し認証する。ケイの行動を、セーラはそう見ていた。

「あ、ロボットのおにーちゃん!」
セーラとケイが砂浜に着くと、其処には5、6人の子供達が居た。
「こーら、“ケイお兄さん”って呼べって言ってるだろ?」
ケイは少しだけ不機嫌な顔をして子供を小突く。
ケイが最大の出力で子供を殴ったりなんかしたら、怪我をさせて泣かせてしまう筈…というセーラの心配をよそに、子供達は引き続きケイにじゃれている。
と、セーラは子供達が皆、何か筒状に丸められた紙を持っていることに気づいた。
「ねぇあなた達、それ何を持っているの?」
「え?ああ、これ?」
子供の中の一人が、紙を広げて言う。画用紙だった。
「今日小学校でね、図工の時間に、“将来の夢”っていうテーマで絵を描いたんだ!」
「へー、夢かぁ」
ケイが興味ありげにその画用紙を覗く。
「えーと……にわとり?」
「違うよー、飛行機だよ飛行機!将来はパイロットになるんだ!」
「へ、へー…飛行機ねぇ…」
解(げ)せない様子のケイに、次の子供が絵を見せる。
「これは……シロアリ?」
「はずれー、ケーキ屋さんだよー」
「かたつむり?」
「モデルですよー」
「吸血鬼?」
「お医者さんに決まってるじゃんかー」
「磔(はりつけ)?」
「学校の先生でしたー」

「あー…子供の絵って難しいー…」
人工知能が熱暴走を起こしてしまいそうなくらいクラクラしているケイ。
「ケイお兄ちゃんダメだなー、全部間違えちゃってさー」
「どっか壊れちゃってるんじゃないのー?」
「この絵で当てろって方が無茶だってば」
ケイは冷や汗ながらに苦笑いして答える。その様子を見て、1人の子供が尋ねる。
「…あれ、ケイお兄ちゃん、汗かけるようになったの?」
「え?ああ、うん。先刻(さっき)セーラにやってもらったんだ」
「すっげーっ、これでまたレベルアップだな!」
子供の1人が羨(うらや)ましそうに高らかな声で言う。
「れ、れべ…?」
きょとんとするケイ。
「おーっ、いつジョブチェンジするんだー?」
「ラスボス倒すまであとどれくらいですかー?」
「え、え…?」
思考回路をフル回転させても、ケイには子供達の言葉が非対応の外国語のようにしか聞こえなかった。彼のデータベースには百科事典1セット分並の情報量がインプットされてはいたが、テレビゲームの用語は登録されていなかった。
と、その時だった。遠くから澄んだ鐘の音が鳴り響いた。
「あ、いっけね、もう5時だ!そろそろ帰んなきゃ」
「それじゃあケイお兄ちゃん、またねー!」
「おう、またなー!」
走り去っていく子供達を、ケイは笑って手を振って見送った。

「夢、か…」
セーラは、朱(あか)く染まりだした夕日を見ながら、ぽつりと呟いた。
「え?」
セーラの方を向くケイ。
「いえ…、なんかいい響きだなって思って」
ケイにはセーラの言葉の意味がいまいち理解できなかったが、話はつないだ。
「そう言えば、セーラには何か夢があるの?」
「私?そうねー…」
セーラはしゃがみ込むと、足許の砂を弄(いじ)りながら言う。
「科学者として、成功することかな…。私の両親も科学者だったんだけど、私が小さい頃に研究中の事故で二人揃って亡くなっちゃったのよね。だから、“私もあなた達の後を継いで、こうしてガンバっているんだよ”ってことを、天国に居る顔も知らない両親に伝えたいなぁって…。子どもっぽくって誰にも言ったことないんだけど…、ヘンよね」
ケイも、セーラの隣にしゃがみ込む。
「ううん、そんなことない。その夢、叶うといいね」
そして、波の音が少し聞こえた。
「…ぼくにも、夢はあるんだよ。とても、とーっても果てしない、果てしなさ過ぎてそれこそ笑われちゃうかも知れないような夢」
「…え?」
セーラは思わずケイの方を向いた。プログラム通り動く筈のアンドロイドに“夢”だなんて、セーラは信じられなかった。ケイは夕日を見ていた。
「ぼく、人間になりたいんだ。今でも十分人間そっくりじゃないかって言われればそうなんだけど、でも…」
ケイは、セーラの目を見た。
「…セーラのことを、愛しているから」
「え…」
セーラは、一瞬時が止まったような気がした。聞き間違いだろうか?
「だから、人間のセーラにできるだけ近づきたくって…あ、ご、ごめん…こんなこと言うアンドロイドなんて、ヘンだよね…」
ケイは咄嗟(とっさ)にうつむいた。そしてその時、セーラはケイの目に光るものを見た。
それは、透明な涙。夕日の色を少し映した、綺麗な涙。
セーラの頭の中にあった違和が、少し解けたような感じがした。固定観念(オブセッション)という壁に皹(ひび)が入ったみたいだ。日差しは、あたたかかった。
セーラは、思わずケイの肩を後ろから抱いた。
「そんなこと、ないわ」
レオンの言葉の意味が、ようやくセーラにも少し分かってきたような気がした。ケイの躰(からだ)は、あたたかかった。

「おや?今日はいい顔してるじゃない」
食堂で食事をするセーラの正面の席に、やはり紙コップのコーヒーを手にしたレオンがどかと座る。
「あら、そう?」
セーラは正面の男を敢えて見ずに淡々と食事を続ける。
「うん、何ていうか…女の顔になってる」
「…ありがと」
いつもなら冷たい返事をされるか黙殺されるところなのに…。レオンは、セーラの意外な返答にちょっと戸惑った。
「え?今、何て…」
「…あ、それと」
席を立って言うセーラ。
「下手な鼻歌はやめてよね、ケイが真似するから。それから、濃いコーヒーばっか飲んでると躰壊すわよ」
セーラはトレイを持って立ち去っていった。
「…はは、素直じゃないねぇ、相変わらず」
レオンは、濃いコーヒーを飲み干した。窓の外は青空だった。
「今日は、何処にデートに行くのかねえ」
あとがき
予告には確か「ロボットもの」と書いたので、ガンダムやエヴァやジンキのような巨大な人型のを操縦するネタかと思った人も居たと思いますが、こっちのテイストでした。
もともとこーゆー「アンドロイドもの」とでもいう感じの小説やマンガって結構好きで、ネットであさって読んでたりもしました。
(余談ですが、ネットで探すと割と高い確率で二次創作のボーイズラブ小説に当たります。僕が見かけただけでもテニプリ・コナン・ワンピ・ナルト・ミスフルなどわんさかありました/爆)
で、そんなのを書いてみたくなったのと、昨年流行した「純愛もの」も書いてみようと思ったのとで企画したのがこのお話。「純愛」部分はちょっと消化不良ですが^^;
とはいえ、ケイ君は1年くらい前から設定がちょっとずつ出来てたキャラだったので、或る意味では念願の作品とも言えるかも。
ちなみに僕の友人・同級生・近親などに「ケイさん」「ケイちゃん」と呼べる人は5人以上居ますが、その人たちとはあんまり関係なくキャラ設定してますのであしからず(爆)。
「Respective〜」に続く全員カタカナ名前とか、アンドロイドっぽい表現のオンパレードとか(基本的に踏み倒して読み進めても何の問題もないのでご心配なく)、「アンドロイドもの」をそこそこガンバってみました。
でも書きだす直前まで話が決まってなくて、書き始めてからもころころストーリーが変わっていったんですよね(苦笑)。最初子供たちとか出すつもり皆無でしたもん。
でも子供たちとのシーンは或る意味で象徴的になってて、正解だったかもとは思っています。ほどよくギャグも入れれたし(笑)。
なお、ケイ君たちにはまだ設定とか残してる部分があるので、今後2、3作くらい続編があると思いますのでお楽しみに(笑)。
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