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恋人はネコ☆ 〜Cat I love you!〜

3ひき目☆あの日の約束
「…で?勝負って具体的に何すんだ?」
とりあえず聞いてみる鉄。
「そうね、まずは一人前のレイディーたるもの、プロポーションが良くなきゃいけないからっ、スタイル対決―っ!!」
「…は?」
ゆん以外の3人が声を揃えて言う。
「男の人はやっぱり胸の大きい女の人が好きだもんね、だから…」
ゆんは自分と美菜緒の躰(からだ)を見比べ始める。
「…お前そーゆーのタイプだったか?」
「ううん、てゆーかどっちでもいーんだケド…」
鉄とよーじの会話を全く無視して審査(?)を進めるゆん。美菜緒はただただ黙ってゆんに見られながらゆんを見ていた。
「…そ、そうね、五分五分ってとこかしら」
軽く咳払いをして審査結果を発表するゆんの目は、少し虚ろだった。
「…少なくとも胸のでかさでは美菜緒先輩の方が何倍も勝ってるような気がするが?」
「さーさー、次の勝負はーっ」
「…図星みたいだな」
鉄の相次ぐツッコミを黙殺して進めるゆん。
「一人前のレイディーたるもの、体力が無きゃいけないからっ、徒競走対決―っ!!」
「…体力ってなきゃいけないの?」
「“徒競走対決”も日本語として正しいかどうか疑問よね」
更によーじと美菜緒からもツッコまれるが、ゆんはこれっぽっちも気にせず続ける。
「今から4丁目の公園まで往復の(約1km)競走よっ、よーいスタートーっ!!」
髪飾りの鈴を揺らしながら急に走り出したゆんに、目を丸くする一同。
「えっ…?!っていうか私も走るの?」
美菜緒もとりあえず遅ればせながら走り出す。
「…ってゆーかオレら放ったらかし…;」

数分後。
「ふぅー、走り込みなんか中学の剣道部以来だから疲れたー;;」
ゴミ捨て場の前でスポーツ飲料を飲みながら言う美菜緒。
「へー、みなおって剣道部だったんだー」
スポーツ飲料の購入者であるよーじが言う。
「うん…って、あれ?ゆんちゃんは?」
美菜緒は今走ってきた道を振り返る。
「…あー、あそこをよちよち歩いてきてるヤツかな」
鉄が遠い目で言う。ちなみに鉄は両目とも視力2.0である。
「って、美菜緒先輩1回追い抜くかすれ違うかした筈じゃ…」
「あーごめん、私もヘンにむきになっちゃったみたい」

「つ、次―っ、一人前のレイディーたるものっ、料理対決―っっ!!」
舞台はよーじの部屋に移る。
「むちゃくちゃ息あがってるっぽいケド、だいじょーぶ?」
「つーか、聞くまでも無いが今の対決の結果発表は無しなのか?」
「微妙に日本語おかしいような気もしたんだけど…?」
遂には3人全員から同時ツッコミを浴びせられるまでになったゆんだが、そんなもの気にしちゃあいられない。
「よーじお兄ちゃんの大好物のさんまでお兄ちゃんのお昼ご飯を作る対決よ、いい?」
いつの間にかさんまを2尾手にしているゆん。
「それはいいんだけど…一つ聞いていい?」
「何?」
「確かに此処の台所は一人暮らしのマンションにしちゃちょっと大きめだけど、私とゆんちゃんが同時に料理出来る程では無い…よね?」
美菜緒の言葉に、ゆんはさんまを手にしたままその場に凍りついた。
「…考えてなかったみたいだね」
「てかあのさんまは何処で入手したんだ?」
よーじと鉄の言葉はゆんの耳に届いていない。
「あ、じゃ、じゃあ私後から作るから、先にゆんちゃんが作れば…」
「あっ、みなお、それいいアイディアかもっ☆」
何とかフォローしてみる美菜緒とよーじ。だが。
「…ふんっ、いいもんいいもんっ、どーせ勝負しなくたってゆんの勝ちは決まってるもんっ!美菜緒のヘリクツっ!!」
そう言うとゆんは、ぷいと部屋を出て行ってしまった。
「あ、あれ…?」
戸惑う美菜緒。
「あー、心配しなくても大丈夫かもよー」
「え?」
間の抜けたよーじの言葉に、逆にますます戸惑う美菜緒。
「だって多分、ゆんの行き先は…」

蝉の鳴き声がし始めた神社の石段に、ゆんは座っていた。手は髪飾りの鈴をいじっていた。
「…よーじお兄ちゃん、ホントに忘れちゃったのかなぁ…」
ふと、ゆんは足音を聞いた。もしかして、と思って見上げると、そこには予想外の人物が居た。
「…何しにきたのよ、美菜緒」
「何しにって心外だなぁ、折角心配してきてあげたのに。ほら、ジュースでも飲まない?」
美菜緒はゆんの横に座り、缶ジュースを差し出す。
「…いい」
顔を美菜緒から逸らすゆん。
「そう?」
美菜緒はその缶をゆんの横に置くと、もう1本の缶ジュースを開けて一口飲む。
「…ところで、よーじが忘れちゃったことってどんなこと?」
「え…?」
ゆんの視線が再び美菜緒に向く。
「いや、今ちょっと聴こえちゃったんだけどね。何となく気になってさ、ほら私、ゆんちゃんほどよーじのコトよく知らないから…あ、ごめん、話したくなかったらいいんだけど」
「……約束」
うつむいたまま、ぼそりとゆんは呟いた。
「…え、約束…?」
「うん…ゆんが7歳の時…」

それは長い梅雨がようやく明けた頃の話。
「祐姫、俺はちょっと明日まで出かけなきゃいけなくなって、代わりにこいつにお前の面倒見てもらうことになったから」
祐姫は腫らした目で父親の隣に居た少年を見た。
「あっ、オレ、音桐よーじってゆーんだ。一日ヨロシクねっ☆」
まだ10歳かそこらの少年は、屈託の無い笑顔で祐姫に言う。
「……」
祐姫は、小さく頷(うなず)いた。
「じゃあ、俺は行ってくるから。よーじ、後は頼んだぞ。祐姫も、いい子で待ってろな」
「はーいっ、梶助(かじすけ)おじさんっ☆」
ドアの音は、祐姫には冷たく聴こえた。雨は、降りそうになかった。

「ゆーきってゆったっけ?今いくつ?」
祐姫の父親が夕食にと作っておいたカレーライスを食べながら、よーじと呼ばれた少年が祐姫に問う。
「…やだ」
「ふぇ?」
「…その呼び方、やだ。ゆんって、呼んで」
かつて父親にも却下された願いを、ダメもとで呟いた。
「んー、いーよ、ゆん☆」
祐姫はその時、初めてよーじの顔を視(み)た。気持ちいいくらいの笑顔だった。
「んじゃオレはどー呼んでもらおっかなー…“よん”じゃヘンだしなー…うーん…」
そんなどうでもいいことを真剣に考えているよーじの幼気(いたいけ)な表情が、祐姫にはとても愛おしく思えた。
「…“よーじお兄ちゃん”でいいじゃない」
祐姫も、思わず笑って言っていた。
「はれ、そうかなぁ?」
「そうだよー」
そのカレーは、祐姫のまだ短い人生の中で一番おいしいカレーだった。

「…どーしたの?その帽子」
その夜。リビングでテレビを見ていたよーじの前に現れた祐姫は、大きな大きな麦わら帽子をかぶっていた。
「…あ、そっか…よーじお兄ちゃんも…」
祐姫は目の前のよーじを見ると、帽子を脱いだ。その下からは、真っ白なネコの耳が生えていた。帽子を持つ手は白いネコの手、スカートの裾(すそ)からは白いネコのしっぽが垂れ下がっていた。
「なんだ、そんなにかわいい耳なら隠さなくってもいいのに」
そういうよーじの頭にもオレンジ色のネコの耳が生えていた。
「…やだ」
「ふぇ?」
「…ゆん、この耳とか全部、キライ」
祐姫はよーじの前をつかつかと歩き、ひとり椅子に腰掛けた。
「なんでさー、そんなにかわいいのにー」
「でもこんなの、音桐のヒト以外が見たら驚くんでしょ?」
祐姫の声が大きくなる。
「ヘンな目で見るんでしょ?気持ち悪く思うんでしょ?疎遠(うとま)しく思うんでしょ?遠ざけられるんでしょ?パパ言ってたもん、陽が沈む前に学校から帰ってこないと、ゆんいじめられちゃうって」
よーじは祐姫の目に、きらりと光るものを見た。
「…そんなコトないよ」
「え…?」
祐姫は顔を上げた。
「だってゆん、ヘンでも気持ち悪くもないじゃない。オレはホントにかわいいと思うし。そりゃー確かにオレも時々不安になっちゃったりもするケド、考えすぎると考えすぎるだけ損だよ。遠ざけられてるって思うのは、自分が相手を遠ざけてる証拠。ゆんはゆんなんだから、ゆんらしくちゃんと前見て生きてればいーんだよ☆」
「よーじお兄ちゃん…」
祐姫はよーじを見ようとしたが、視界がくすんで見えなかった。
「それでももし誰かがゆんをいじめるよーなコトがあったら、オレ、ゆんのトコに飛んでくよ。オレが、ずーっとゆんのコト守ってあげる。これは、オレとゆんとの約束だよ☆」
祐姫とよーじはネコ手のまま指きりをした。

「今から思えば、パパが言ってたのは多分、遅くまで遊んでないで早く帰ってくるように、って意味だったんだろうケド…でも、あの時まで不安にうずもれて生きてて、小学校でのお友達がひとりも出来なかったゆんにとって、よーじお兄ちゃんの言葉はゆんを元気付けてくれたの。次の日からはちゃんと、みんなとお話できるようになったし…だから、ゆん…」
オレンジ色の石段を見ていたゆんは、はっと我に返って美菜緒の方を向いた。
「…なっ、なんでゆんがあんたなんかにこんな話しなきゃいけないのよっ…!」
ゆんの顔は、オレンジ色だった。
「…そっか。よーじのヤツ、ガキの頃から周りを幸せに出来るコだったのね。この場所だってよーじが教えてくれたわけだし」
ゆんの隣で立ち上がる美菜緒。
「ゆんちゃんがよーじに惚れる理由、分かった気がするなー。それに…私もよーじを好きになって、ホント良かった」
「…って、よーじお兄ちゃんはゆんのフィアンセなんだってばあ!」
ゆんも立ち上がり、美菜緒に叫ぶ。
「はいはい、分かってますって。じゃ、よーじ達のところへ帰るわよ」
美菜緒は石段をひとつひとつ降りてゆく。
「もーっ、バカにしてーっ!待ちなさいよーっ!!」
ゆんは一段飛ばしで石段を降りていった。その手には、缶ジュースが1本握られていた。

「んーっ☆みなお、お魚料理もおいしーなのーっ☆」
結局美菜緒が4人分の夕食を作った夜。オレンジ色のしっぽをぶんぶん揺らしながらがっつくよーじ。
「…そのしっぽ、どーやって振ってるのよ」
ぽつりと呟く美菜緒。
「お前はどうなんだー?ゆん」
犬の姿の鉄が、からかい調子で尋ねる。白い耳の生えたゆんの鈴が、りん、と鳴る。
「…ま、まあまあなんじゃないの?まぁでも、ゆんのには叶わないけどねっ!!」
「ふふ、それじゃ今度はゆんちゃんの料理、食べさせてもらおうかな」
微笑んで言う美菜緒。
「まっ、またバカにするんだからーっ!!」
「バカになんかしてないわよ。ねえ、よーじ」
美菜緒はよーじの方を向く。もう既にほぼ完食状態のよーじ。
「ふぇ?んー…オレはバカだけど?」
「…って、何の話よ」
その日は遅くまで、4人の声が部屋中に響いていたのだった。
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あとがき
やっとこいねこ3話の登場です(笑)。
まぁ途中までは2話を書いた時の余分だったので、実質的には書いた量は結構少なめでしたけどね。
前半はどたばたコメディ、後半はシリアスめに、という僕の好きなタイプの話にしようとガンバりました。
何が困ったって冒頭の対決シリーズ(爆)。一体どんな対決をすりゃいいのか、2話を書きながら頭をフル回転させておりました(苦笑)。
ちなみにゆんのパパ、梶助サンは一応此処が初登場ということでいいでしょうか?(笑)
春企画では梶助サンのちゃんとした初登場まで行くつもりだったんですが、まぁこれでご勘弁を(ぇ
きっと4話でちゃんと出てきてくれますのでお楽しみに。

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