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恋人はネコ☆ 〜Cat I love you!〜

5ひき目☆いとぐち
「ふぁ、梶助おじさんっ!」
思わず立ち上がるよーじ。
「あのコは、だいじょーぶだったなのぉ?」
「ああ…」
よれよれの白衣の胸ポケットからタバコとライターを取り出すと、梶助はタバコに火をつけて吸い始めた。
「骨も折れてなきゃ内蔵等の器官にも異常はない。かすり傷程度だから明日には良くなるだろうよ」
「そっか…よかったなのぉ」
よーじの表情は、嘘偽りのない安堵を示していた。
「あ、あの…それで…」
恐る恐る口を開く美菜緒。
「“この体質だからこそ”って、どういう意味なんですか…?」
「ああ、そんな話だったな」
夏も近いのに真っ白な息を吐き出してから、梶助は言う。
「俺は、ガキの頃から自分がなんでこんな体質なのか、どうやってこの耳とかしっぽとかが生えてくんのか、かなり考えてたんだ。知的好奇心、とか言えばカッコがつくんだろうがな。ま、そういうわけで、或る大学の医学部に入ったってわけだ」
「へー、すっげぇーっ☆」
よーじは目をきらきらさせている。
「ま、大したことじゃねえけどよ…」
「でも、大学の研究室とかだったら、夜も普通に実験とか何とかやってるんですよね?それで、その…そのカッコは…」
美菜緒は申し訳なさそうに言う。
「…祐姫もよーじも知っておいたほうがいいが、こういう体質はな、利用して生きてくのも手なんだよ」
「え…?」
きょとんと目を見開くよーじとゆん。
「俺は、研究室でこの体質を告白した。それで、色んな実験に対象として協力した。簡単に言えば、実験動物(モルモット)として関わらせてもらったっつーとこだな」
「そ、そんな…」
美菜緒は両手で口をふさいだ。
「別に憐(あわ)れみとかは必要ない。俺の目的はあくまでこの体質を知ることだったからな。だが…」
タバコを手に持ち、ふっと天を仰ぐ梶助。
「結局、研究室じゃ大したことは分からなかった。遺伝子の一部が一般のヒトと多少異なっているらしいことは分かったが、直接的な要因とかはさっぱりだった。俺はそのまま医師免許は取ったが、医者は性分に合わなかったからやめたんだ」
「パパ…」
ゆんの髪飾りの鈴がかすかに鳴った。
「だが、大学に行ったことが全くの無意味だったかっていうと、そんなことは断じてなかった。手がかりは、もっと別のところから立ち現れてきたんだ」
「別の、ところ…?」
そう呟(つぶや)く美菜緒を視界の隅で見やりつつ、梶助は灰皿にタバコを押し付けた。
「あれは、大学3年の秋だったかな…俺は、友人2人と一緒の部屋で暮らしていたんだ」

「梶くーんっ、ぽちーっ、大ニュースですよ大ニュース!!」
安普請(やすぶしん)のアパートのドアをぶち壊しそうな勢いで、一人の男が入って来た。かけている眼鏡もズレ落ちそうである。
「あのなあ王子、その“ぽち”っつー呼び方はやっぱやめてくれねぇか…?」
部屋の中に居た、短髪でガタイのいい男が、読んでいたスポーツ新聞を閉じながら言う。
「でもぽちだってボクのこと“王子”って呼んでるじゃないですかー」
“王子”は持っていた大量の書籍を机の上に置くと、眼鏡をかけ直して言った。
「あーもう、名前はどうでもいいから」
窓際のソファーに腰掛け足を放り出して、タバコを吸っていた無精ヒゲの男、音桐 梶助が、めんどくさそうに口を開く。
「で?大ニュースってのは何なんだよ」
「あ、はいっ、それがですねー…」
王子は山積みの書物の中で一番上に置かれていた一冊を手に取って言う。
「ほらボク、こないだ静岡の方まで調査に行ってたじゃないですか」
「ああ、民俗学の研究のためっつって2週間ぐらい行ってたアレか」
ぽちがスポーツ新聞をテーブルの上に置いて言う。
「はい、で、そこで見つけた史料の中の一つに、ちょっと興味深いものがありまして」
「興味深いもの?」
ソファーから身体を起こす梶助。
「はい。山奥の集落に残ってた書物なんですけどね。昔からの伝承とかをまとめたもので」
王子が手にしていたのは、いかにも古そうな雰囲気をぷんぷんに漂わせた、書物と言えるかどうかもあやしいような代物だった。
「わ、俺読めねえわ…」
思わず目を逸らすぽち。
「まあ、ボクも解析するのに今まで時間かかってたんですけどねー」
「んで?それに何か書いてあったのか?」
梶助は一方で古書に目を釘付けにしている。
「はい、とても気になることが。この集落に伝わる伝説みたいなものなんですけどね」
表紙をめくる王子。独特の匂いが狭い部屋中に漂い、タバコの匂いを掻き消した。
「この集落の首長は、猫の化け物みたいなものを神様として祀(まつ)っていたそうです。そんな或る日、寛弘(かんこう)三年、西暦だと1006年頃になりますけど、その冬の夜にこの首長の館が大火に見舞われた。寝静まっていた頃に起きた火事だったので、一家の者はみんな大慌てで家から逃げ出し、館は全焼したものの一家の者は全員無事だったんです。しかし…その猫の神様の祭壇は燃え盛る館の中に唯一取り残されてしまった」
息を呑む音がした。恐らくぽちだろう。
「鎮火してからそのことに気付いた首長は、大慌てで猫の神様に赦(ゆる)しを乞(こ)うた。けれど神様は怒り狂ってしまい、一家の者に末代まで呪いを残してやると首長に告げたそうです。首長はそれでもその猫の神様を未来永劫(えいごう)祀ることにした…」
「の、呪いって、それまさか、音桐の体質のこと…?」
目を見開いて言うぽち。
「あいにくその呪いの中身までは書かれていなかったんですけどね。でも、その首長一族の姓は…」
王子は或るページの一箇所を指差してみせる。辛うじて読める程度に古びた漢字だった。
「…音、桐…」
ぽつりと呟くように、指差された文字を読む梶助。
「何、それじゃあホントにその首長ってのは…」
「ボクも半信半疑だけど、でもこんな変わった苗字他に見たことないし、梶くんの実家も確か静岡だったと思うから、もしかしたらと思って…」

「…確かに、静岡の山奥にある音桐の本家では、猫の神を祀っている。王子が見つけてきたその書物が、本当に俺たちの家系のことを言っているんだとしたら」
「ネコ体質は、その1000年も昔の呪いから由来している、っていうことですか…?」
美菜緒の手の中にある湯のみは、もう湯気を失っていた。
「まぁ、少なくとも俺は、そうじゃないかと信じてみることにした。科学的にも解明できない謎の現象、と結論づけるよりは、ちょっとはマシだからな。俺が医者になるのをやめたのも、獣医をやることにしたのも、それが理由ってとこだろうな」
「そうだったんですか…って」
湯のみをテーブルの上に置いて言う美菜緒。
「あんた達寝入るの早すぎっ!!;」
美菜緒のツッコミもむなしく、よーじは床に寝転がって大きな鼻ちょうちんを膨らませ、ゆんはテーブルに伏せて規則正しい寝息を立てていたのだった。

未だ爆睡中のよーじとゆんを後部座席に乗せた車は、人通りの少ない通りを選んですいすいと走ってゆく。
あのネコ手でこれだけ滑らかな運転ができるなんて…美菜緒は隣でハンドルを切る梶助の手許(てもと)を見ながら心の中で呟いた。
そう言えば先刻(さっき)もあの手でライターに火をつけてたし、よく考えたら手術だってあの手でやってたかもってことよね?!
何て器用な人なんだろ…
「宮崎、美菜緒君だったな」
「はっ、は、は、はひっ…!」
手許に見とれていた相手に突然名前を呼ばれ、美菜緒は思わず声を裏返させてしまった。
「君は…」
そんな美菜緒の態度には特に関心を見せず、というか視線を逸らすこともせず、梶助は淡々と車を走らせながら言う。
「…この体質を、気持ち悪いとか気味が悪いとか、そういった感情を抱いたことはあるか?」
「えっ…?」
美菜緒は、虚を突かれて、一瞬頭が真っ白になった。
「そ、そんな…私、よーじとかゆんちゃんとか、梶助さんとか見て、そんなこと思った試しは一度もないですっ…」
何故か慌ててしまい、自分で何を言っているのかもよく分からない。
しかし梶助は、その言葉を聞いてふっと口唇をほころばせた。
「…そう、か…」
車は赤信号で停まった。車内には、殆(ほとん)ど音の無い一瞬が生じた。
「美菜緒君」
梶助は、少し美菜緒の方を向いた。
「君は、よーじを…最後の最後まで、愛してやってくれ」
「え…?」
美菜緒は、小さく、それでいて力強い梶助の声に、軽い身動(みじろ)ぎすら憶えた。
「…よーじを、頼むぞ」
そして、ブレーキは背伸びをし、アクセルはしゃがみこんだ。

次の日の放課後。
「あっ!!」
よーじは、住宅街のアスファルトの上を歩いていくネコを見た。
「みなおみなおっ、あのコ、昨日のコだよっ!」
「え、そうなの?」
確かに色合いとかが同じであるような気はするが、同一のネコであるかどうかは美菜緒には判断しかねるところだった。しかし、さすがというか、よーじにははっきり分かるらしい。
「うんっ☆わー、あのコ元気になったんだぁ、よかったなのぉー☆」
心から喜びの表情を浮かべてはしゃぐよーじ。
「ふぁ、でもコレってもちろんアレだよねっ、梶助おじさんのウデがすっごいからだよねっ。いやー、さすがは梶助おじさんだよねー☆」
今しっぽが生えていたらぶんぶん振っていることだろうと思われる程のよーじの姿を見ながら、美菜緒は、昨夜の梶助の言葉を思い返していた。

“よーじを、最後の最後まで愛してやってくれ”
“よーじを、頼む”

あの時、梶助はどうしてそんな言葉を言ったのか。
梶助に送られて家まで帰り着いてから、一晩考えてみたものの、美菜緒にはどうにも分からなかった。
「はれっ、みなおぉ?」
「え…」
自分の顔を下から覗き込んでいるよーじに、美菜緒はやっと気がついた。
「どーしたのぉ?なんかむつかしい顔してたケド、なんか考え事とかー?」
つい先刻まではしゃいでいたよーじの表情が、今度はちょっと心配そうになっていることを、美菜緒は容易に判別した。
…よーじに心配かけているようじゃ、ダメだな。
「ううん、何でもない」
美菜緒はよーじの頭に手をあてると、微笑んだ。
「さ、帰ろっか」
「うんっ☆」
とたんによーじの表情がぱあっと明るくなった。
ころころと変わる表情。こういうよーじが、自分は好きなのだな、美菜緒は痛感したのだった。
アスファルトの「止まれ」の文字が、歪み始めていた。
「今年の夏は、暑くなりそうね」
誰に言うでもなく、美菜緒は呟いた。
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あとがき
今度は前よりだいぶ早くお届けにあがりました(笑)。
ちなみに今回、第1話から約1年目になるんですねー。わー早い。
ていうか1年もあったらもっとたくさん書けよっつー話ですが(苦笑)。
今回ちょっと風邪気味の夜に書き上げてます(爆)。微妙にこいねこっぽくない表現が見えるような気がするのはそのせいかも?
でもまぁ、とりあえずはみみやしっぽの理由が明らかになりましたよということで。
次はもっと軽い話にしますねー。

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