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恋人はネコ☆ 〜Cat I love you!〜

8ひき目☆かぞくぐるみ
「おねがいっ!お姉ちゃん」
夏の日の午前、蝉の声と風鈴の音が対流する部屋の中、紺色の長い髪の少女が土下座している。
そして、若干目を丸くしてそれを見ている黒髪の女。その髪は少女よりも更に長い。
「そうねえ…まあ、わたしは構わないけど…」
「ホントっ?!」少女はばっと顔を上げる。
「ただ、1個だけ条件を出すなら…」

「ただいまー!」
剣道着の袋を肩にかけた、茶髪でショートカットの少女が、勢いよく玄関のドアを開ける。
「ああ、お帰り美咲樹(みさき)」ドアのすぐ向こうでは、紺色の髪の少女が大きなキャリーバッグを抱え靴を履いているところだった。
「あれ?美菜姉、どっか出かけるの?」美咲樹と呼ばれた茶髪の少女がきょとんとした表情で言う。
「うん、私ね、夏休みの間よーじん家に居ることにしたから」美咲樹の姉、美菜緒は、靴を履き終えるとバッグを手にし、美咲樹の脇を通って玄関を出て行く。「それじゃ、行ってきまーす」
「……」姉の姿を呆然(ぼうぜん)と見ていた美咲樹は、ドアの閉まる音で我に返った。「…は?」

「美代(みよ)姉、美代姉っ!」
畳敷きの居間にどたどたという足音を鳴らしながら駆け込んでくる美咲樹。その形相は痴漢にでも襲われたように紅潮している。
「あらあら、お帰りなさい、美咲(みさ)ちゃん」居間では黒髪の女が、音も立てずに湯呑みで茶をすすっている。この宮崎家の長女、美代子(みよこ)である。「今日の練習は早かったのねえ」
「何のん気にお茶飲んでるの?!美菜姉、例のカレシん家に同棲しに行くって…」
「んー、いいんじゃなあい?」急須からお茶を注(つ)ぎ足しながら美代子は言う。「お相手の住所も電話番号も置いてってくれたし、何より2、3日に1回くらいご飯作りに帰ってきてくれるって約束してくれたし。あ、そうそう、今日のお昼ご飯のチャーハンがキッチンにあるからあっためて…」
「ってそういう問題じゃないでしょ?!カレシの、えっと…よーじって名前だったっけ、あたし達、その人の顔もろくに知らないんだよ?美菜姉ってさり気に男のヒトと付き合うの初めてだし、もしその人が悪いヒトで、美菜姉が騙されてたりなんかしたら…」
「大丈夫よお、美菜ちゃんは頭いいから、騙されたりなんかしな…」
「ああもうっ、あたしガマンできないっ!美菜姉奪い返しに行くっ!!」美咲樹は剣道着を放り投げ、美代子の服を掴む。「ほらっ、美代姉も行くよっ!!」
「…へ?」

「はい、はい…そうなんです」
スーパーのレジで、携帯電話を片手に話している美菜緒。支払いをしながら話を続ける様はとても器用である。
「ええ…5時半頃ですね、分かりました。じゃあお待ちしてますね」
電話を切り、カゴを運ぼうとする美菜緒に、話し掛ける声。
「ああっ、オレっ、オレが持つなのっ!!」
「はいはい、それじゃあよーじにお願いしようかな」子供をあやすように微笑んで言う美菜緒。「卵も入ってるから気をつけてね」
「うんっ、まかせてっ☆」よーじと呼ばれた少年は、楽しそうにカゴを運んでいく。
「それにしても、まさかTVの視聴者プレゼントでお肉が当たるなんて思ってもなかったわ」と美菜緒。「私の名前とよーじの名前とで応募してみたらよーじの方が当たっちゃうなんて、やっぱよーじって強運ね」
「んー、たまたまだよぉ」カゴを置くよーじ。「あっ、袋に詰めるのもオレがやるなのっ!」
「はいはい」美菜緒は小さく笑って言う。「ということで折角だから梶助さんやゆんちゃん、犬養も呼んで焼肉パーティーなんて話になって、梶助さん達は診察時間が終わってから来るって言ってたけど、犬養は何で遅くなるの?いかにもヒマそうなのに」
「あー、多分アレだよぉ」レジ袋と格闘しながら言うよーじ。「鉄っちゃんって夏休みのあいだバイトやってるからあ」
「バイト?」
「うん。なんかねえ、海の家でバイトやってるんだってえ」よーじは鷲掴みにした野菜を片っ端から入れながら言う。「だから最近は朝はやーく起きて海に行ってるんだって。大変だよねえ」
「へー、意外にそんなコトやってるんだぁ…って、もうちょいちゃんと入れようよよーじ」
「ふぇ?これじゃダメなのぉ?」既にぱんぱんに入ってちょっと袋が破れているのに、まだ入りきっていない商品がカゴの中に幾つも残っている。見るからにダメじゃん。
「しょうがないなぁ、私がやるわ」一方美菜緒は、慣れた手つきでてきぱきと袋に詰めていく。
「おおっ、みなおスゴイなのぉ!天才なのぉ!!」目をキラキラさせながら言うよーじ。「…そーゆえば、こんなたくさんのお野菜どーするのぉ?」
「…あんた、焼肉って肉だけしか食べないつもり?」

「留守か…2人でどっかに出かけてるってことね」
美咲樹と、無理矢理連れて来られた美代子は、美菜緒のメモを手がかりに、なんとか美菜緒の恋人の部屋の前まで辿り着いた。表札には“音桐”の文字。
「じゃあ仕方ないねー、帰りまし」「よしっ、張り込み決定っっ!!」
美代子の言葉を無視して言う美咲樹。
「ええー…?」気の抜けた驚きの声を上げる美代子だったが、そんなことはこれっぽちも気にしない美咲樹。
「うん、あの角とかちょうどいい隠れ場所になるよね。じゃあ早速行くわよっ、美代姉!」
「…もう、一度言い出したらキリ無いんだからー」
意気揚々とした美咲樹とは対照的に、けだるそうにのんびり歩いていく美代子だった。

「あっ、美菜姉来た!」
張り込みを始めること数十分、美咲樹たちの目の前に、2人の男女が現れた。
「…え?」
美代子は、明らかに今うたた寝から目が覚めたといった表情を見せる。

「えーっ、みなおってば、夏休みの宿題7月中に終わらせちゃうなのぉ?!」
「そうよー、そうすれば残りの休みは宿題の心配せずに楽しめれるでしょ?」
「うわー、すっごおいっ!!」
スーパーのビニール袋を両手に持って歩く美菜緒と、その隣に居る背の低い快活な少年。少年の方が部屋の鍵を開ける。
「オレ、去年なんかさいごの日までほっとんど残っててえ、鉄っちゃんに手伝ってもらおーと思ったら鉄っちゃんもおんなじくらい残っててえ、結局2人そろってせんせーに怒られちゃったんだあ」
「それは…どうかと思うけど、まぁ今年は私が手伝ってあげるから」
そんな話をしながら、2人は部屋に入っていった。

「ずいぶんかわいらしい恋人さんねえ」
相変わらずのん気な声色の美代子。
「いや、違うわね」
「え?」
妙に自信あり気に言う美咲樹に、美代子はきょとんとする。
「だって、幾らなんでもあれは年下すぎでしょ?!あの子どうみても小学生くらいだったじゃん!」
「えー、でもあの子が鍵開けてたよー?」
「そう、そこが問題なのよ」
まるで名探偵にでもなったように語る美咲樹。
「どういう意味?美咲ちゃん」
「あの子はね、たぶん美菜姉の恋人の子どもなのよ」
「えーっ?」
美代子は驚き、かつ少し呆れたような顔で言う。
「つまり、そのよーじって男は実は妻子持ちで、美菜姉は不倫しちゃってんのよ。たぶん男は単身赴任だか別居生活だかしてて、そこに美菜姉をたぶらかして連れ込んだんだわ。しかもあの子どもの夏休み中の世話まで押し付けちゃって。あーもうっ、許せないっ!!」
「えー、ほんとにー?」
「間違いないわ。こうなったら、絶対よーじって男の顔見て文句の一つでも言ってやるわ」
「あらあら…」
鼻息荒く宣言する美咲樹の後ろで、美代子は苦笑いを浮かべていた。

数時間後。例の部屋の前に、一人の青年がやって来てチャイムを鳴らした。
「あら、今度こそ恋人さんかしら」
「しっ、静かにっ」

「あら、犬養、ずいぶん早かったのね」
ドアを開けたのは美菜緒だった。
「あれ、美菜緒先輩?アイツは?一緒じゃないんすか?」
「あー、今お昼寝中。それより、頼んでたアレ買ってきてくれた?」
「ああ、はい、途中でコンビニ寄って買ってきましたよ」
青年は美菜緒にビニール袋を手渡す。
「あー、ありがとね。まぁ、こんなとこで話してんのもあれだし、上がって」
「ってまるで先輩ンちみたいな言い方っすね…」

「…違う」
「え?そうなの?美菜ちゃんと同い年くらいかと思ったけどー?」
「だって相手はさっきの子の父親なのよ?あれじゃ父親って年齢じゃないし、そもそもあの人、“美菜緒先輩”って呼んでたもん。美菜姉は表札のとは違う苗字で呼んでたし、何か買ってこさせてたことから見ても、ただの後輩に過ぎないと思うわ」
「なんか美咲ちゃん、ほんとに探偵さんみたいねー」
筆者的にも書いててこいねこじゃなくてKeyzっぽい気になってきた。

更に数時間後。少し空が赤く染まり始めた。
「ねえ美咲ちゃん、そろそろお腹空かない?もう帰りましょうよー」
「いや、相手が社会人だったら、もうそろそろ仕事終わって帰ってくる頃だよ。そんで帰ってきたところを…あっ」
美咲樹たちの視界に、また2人の男女が入ってきた。
1人は小学生くらいの少女、そしてもう1人はぼさぼさ髪に無精ひげを生やした30代半ばほどの男性だった。
「…あれだわ」
「ええ?」
「だって年齢的にもばっちりだし…たぶんあの女の子はさっきの男の子と同じで、美菜姉の恋人の子どもなのよ。…よおし」
美咲樹は物陰から出て行く。
「えっ、ちょ、ちょっと美咲ちゃん…?」

「あ…あのっ!」
「…ん?何?」
男はドアの前で、怪訝(けげん)そうな表情で美咲樹を見る。
「あなた、音桐さん、ですよね」
美咲樹は痛いほどの眼差しで男を見つめる。
「あ、ああ…そうだが…」
「ねえパパ、このヒト誰?」
少女は男を見上げて尋ねる。
「あー、えっとすみませーん…すぐ帰りますんでー…」
同じく物陰から出てきた美代子が美咲樹を制そうとする。が。
「あんたね、美菜姉をたぶらかして同棲させた男は!」
「…は?」
男も少女も、目がものすごく小さな点になっている。
「しらばっくれてんじゃないわよ、あんたが無理矢理美菜姉を此処に住まわせて息子の世話とかまでさせてるってことくらい、こっちはもうお見通しなんだから!!純情な美菜姉は騙されるかも知れないけど、あたしは」
その時、突然ドアが開いた。
「あれ?美咲樹に…お姉ちゃんまで…?どしたの?」

「あははははは、それで、梶助サンをよーじと勘違いして、美菜緒先輩が不倫でもしてんじゃねえかって勘違いしたのか、ぎゃはははは」
「犬養笑いすぎ」
夕間暮れのリビングに、美菜緒のゲンコツの音が響く。
「あ、えっとー…ホントにすみませんでしたー。わたし、宮崎 美菜緒の姉で宮崎 美代子といいます。こっちは妹の美咲樹です」
頭を下げる美代子。その横で美咲樹も、バツが悪そうな表情でうつむく。
「あー、まぁ俺は構わねぇけど…あ、俺はよーじの叔父で音桐 梶助。こっちは俺の娘で祐姫」
「ったく、そんなによーじの写真とか見たかったんなら言ってくれればよかったのに…幾らでも写メとかしてあげるわよ」
美菜緒はお茶を入れながら言う。
「だってあたし、心配だったんだもん…」
「まあ、それはそれでいいんじゃないかしら。それで?その“よーじさん”はまだいらしてないの?」
「え…だって2人とも、見張ってたんなら見たんじゃ…?」
「え?」
美咲樹と美代子が訝(いぶか)しげな顔をしたその時、廊下へのドアが開いた。
「…ふぁれ?なんかヒトがいっぱいいるなのぉ…?」
服装の乱れた少年が、眠そうな目をこすりながら言う。
「あ、よーじ、おはよう」
少年に駆け寄る美菜緒。
「んー…なんか知らないヒトがいるよーな気がするなのぉ…」
「あー、えっとね、よーじ…」
美菜緒は少年の服を整えながら言う。
「って、えええええええっっっっ?!?!?!」
「あらあら、まさか美菜ちゃんの彼氏って…」
今度ばかりは、美咲樹だけでなく美代子も意外そうな表情を見せた。

「それにしても…まさか美菜姉の恋人があんな子どもっぽい人だったなんて…」
薄暗い住宅街を歩く姉妹。
「ていうかあれで15歳とか…あたしより年上になんて絶対見えないよ…」
「まあまあ、でも悪い人じゃなさそうでよかったじゃない」
「そりゃまあ、そうだけどさー…ていうか美菜姉たちって今焼肉パーティやってるんだよね?なんであたし達家に帰ってるの?」
「だって美菜ちゃん、今日のわたし達の晩ご飯もちゃんと用意してくれてたんだもの。それに美咲ちゃんが食べなかったお昼ご飯のチャーハンも残ってるし」
「…あー、言われてみればお腹空いてきたかも…」

「あっ、ずるいぞよーじ、その肉俺のだぞっ!」
「へっへー、早いもん勝ちだもんねーっ☆」
「ったく、俺だけハンデあんの分かっててそういうことすんじゃねえよっ!!」
音桐家では、よーじと鉄の焼肉バトルが繰り広げられている。
「あー、もう少し静かに喰えねえのかよ…」
うっとうしそうに声を上げる梶助。
そして美菜緒は、ネコ耳の生えた3人と喋る犬を目の前にしながら、心の中でつぶやいていた。
(この秘密は、まだしばらくはお姉ちゃん達には内緒かな…)
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あとがき
今回は場面転換が多すぎますね(笑)。一応一行空いてるところは、時間か場所か視点の少なくとも1つは変わってます。
最初美菜緒にはあまり具体的な設定はしないでおこうとか思ってたんですが、よーじの家のこととか書こうと思うと、「じゃあ美菜緒んちはどうなのよ?」という話が出てくるだろうと思い、この度とりあえず姉と妹を設定してみました。
長女が美代子、次女が美菜緒、三女が美咲樹となっております。家事は基本的に美菜緒の担当(笑)。
他の設定はやっぱりあんまり決まってないのではありますが;

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