inserted by FC2 system

恋人はネコ☆ 〜Cat I love you!〜

14ひき目☆You're Mother, You Made Me(前編)
ピンポーン♪

正午過ぎの音桐家に、甲高いドアチャイムが響く。
「誰かしら、こんな時間に…って、よーじ出なくていいの?」
2つのオムライスが並ぶ食卓にスプーンを置きながら言う美菜緒。
「みなお出てよおっ、オレ今っ、ケチャップ開けるのにいっぱいいっぱいなんだからあっ」
よーじは「んにゃっ」とか「とおっ」とかヘンな声を上げながら、新品のケチャップを開けようと格闘している。
「…どっちかっていうと私がそれやったほうが安全な気がするんだけど…まあいいわ、私が出るわよ」
「どーせ鉄っちゃんか、それか、なんかのかんゆーだと思うから、鉄っちゃんじゃなかったらてきとーに追っ払っといてなのおっ」
まぁよーじ相手に本気で勧誘しようとする奇特な人も珍しいだろうけどね、なんてことを思いつつ、美菜緒はエプロン姿のまま玄関に向かい、躊躇いもなく鍵を外しドアを開けた。
「…あ」
美菜緒は、言葉を呑んだ。鉄でもなければ、勧誘員のようでもなかったからだ。
ドアの向こうに現れたのは、少し派手な服をまとった40歳前後と思しき女性の姿だった。濃い目のメイクもしており、とりあえずよーじとは無縁の人間のように思えたのだが、ウェーブのかかった長い赤毛からぴょこんと出ている濃紅色のネコ耳が、彼女を音桐家の人間であることを示していた。
そして、そうなると美菜緒には、或る一つの大問題が生じることとなる。
(…あれ?私、何モノ…??)
この部屋は音桐よーじ(♂)が一人暮らしをしている(ことになっている)部屋である。そこにやって来る音桐の人間ということは、十中八九よーじを訪ねて来たとしか考えられない。なのにドアを開け出迎えたのは、見覚えのない自分(♀)。しかもエプロン姿。
(ちょっと待って、私は一体此処でこの人にどういう応対をすれば良いの?突然自己紹介するのもヘンだけど何事もないかのように“どちら様ですか?”って聞くのもなんか気まずいし…うわーっ、もしかしなくても私今超ピンチ?逆境??)
と脳内でのた打ち回っている美菜緒に対し、その女性は小さく微笑んで言った。
「あなた…美菜緒ちゃん、かしら?」
「…へっ?!あ、あ、は、はい、そうです、けど…」
美菜緒は思わず声が裏返るわどもるわの大パニック状態。
(えっ、な、何でこの人私の名前知ってるの?まさか、私って音桐の家じゃとっくに名が知れてたりするワケ??こないだの美咲樹じゃないけど、“この女がよーじをたぶらかした悪女だー”とかって一族内で目の敵にされてるとかそういうことだったりとか…?!きゃーっ、どどどどうしよう私)
「あ、あの…大丈夫?」
苦笑いを浮かべて女性が美菜緒に話し掛ける。
「はっ?!え、あ、えっと、その、たた多分あんまり大丈夫ではないかと…」
(テンパりすぎだよ私!何言ってんだ私はっ!?)
「ま、まぁ落ち着いて…それより、よーじは居るかしら」
「え、あ、は、はい、よーじなら今…」
美菜緒はクラクラしつつ、彼女を案内するかよーじを呼ぶかしようとして部屋の中を振り返った。その瞬間、美菜緒の目は覚めた。よーじが、一人暮らしのマンションにしてはやや長い廊下を凄まじい速度と剣幕で走ってきていたからだ。
「…へ?」
美菜緒が呆気に取られているうちに、よーじは美菜緒を追い越し、ドアを物凄い勢いで閉めて施錠した。その形相は、美菜緒がこれまで見たことがない程恐ろしいものだった。頬や服についた赤い汚れが、その表情をより深刻に見せていた。
「…ちょ、よ、よーじ…?」
「帰れ!!!」
「…えっ…」
美菜緒は、心の底から驚いていた。此処まで何かに怒っているような拒んでいるようなよーじの表情など、殆ど見たことがなかったからだ。強いて挙げるなら、初めて美菜緒がよーじの“あの姿”を見ることとなったその直前のよーじの拒絶くらいだろうか。
「帰れ、帰れ、帰れーっっ!!」
しかし、このシーンはそれとは大きく異なる。ドアを何度か叩き、喉が潰れそうな程の声をドアの向こうの女に上げるその言動には、明らかに相手に対する敵意、嫌悪の情が見て取れる。よーじがこんなに負の感情をむき出しにするなんて、美菜緒にとってはショッキングな出来事であった。
よーじはひとしきり叫んだあと、ドアにもたれかかるように座り込んで、搾り出すように言った。瞳には涙が溢れていた。
「…帰ってよぉ…」
ドアの向こうにまだあの女性の姿はあるのだろうか、そんなことを一瞬美菜緒は疑ったが、間もなくドア越しに声が聞こえた。
「…仕方ないわね、じゃあ、今日のところはこれで帰るわ。それじゃあ、またね」
ドアの向こうに、ヒールの少し小さな音が聞こえ、遠ざかっていった。
そして、ドアの内側には静寂が舞い降りた。よーじは玄関に膝を抱えて座り込み、まるで母親に叱られた子どものようにすすり泣きを続けていた。美菜緒は何が起こったのかも、何と声を掛けて良いのかも分からず立ち尽くしていたが、よーじの嗚咽が途絶えたのをきっかけに口を開いてみた。
「…ね、ねぇ、よーじ…?」
すると、それまで押し黙っていたよーじは、突然顔を上げて立ち上がった。
「…よおしっ、お昼ごはん食べるぞおーっ☆オッムライス〜オッムライス〜♪」
その声は、ついさっきまで泣きじゃくっていたそれと同一のものとは思えない程に元気ハツラツとしており、屈託のない笑顔に美菜緒は目が点になっていた。そんな美菜緒を尻目に、よーじは後ろに束ねた少し長い髪が上下するくらいに飛び跳ねながらリビングへと向かっていった。
「な…何だったの…?」
頭の整理が出来ないまま、美菜緒もリビングへ戻った。そして、そこには更に彼女の頭を悩ます光景が拡がっていた。
「…え、えーっとよーじ君…一応聞くんだけど、どうしてこの部屋はこんなに真っ赤なのかなあ?」
「ふぁっ、あのねえ、ケチャップがどーしても出なかったから力いっぱい押してたりしてたらねえ、急にこう、どばーってケチャップが出てきちゃってねえ、気がついたらこんなになっちゃってたなのお」
よーじは両手を大きく広げて「どばーっ」具合を表現して言う。そう言えばよーじの頬にも服にも赤い汚れ…ってこれケチャップかよ!
美菜緒はさっきまでのうやむやをとりあえず放り捨てて、よーじへの説教と部屋の大掃除に集中することにした。

(…それにしても…さっきのはやっぱり気になるなあ…)
急務を片付け終え、よーじが汚れた服を着替えに行っている間ソファーに横になる美菜緒。左手を額に乗せ、さっき訪れた女性の顔と、彼女を追い出したよーじの顔とを思い出していた。
(あの様子じゃ、よーじ本人には聞けないだろうし…)
そんなことを思っていると、リビングのドアが開く音がした。
「はれっ、みなお、どっかちょーし悪いなのおっ?!」
薄いブルーのフードつきノースリーブに着替えたよーじが、心配そうな表情で美菜緒に近寄る。「あ、ううん、ちょっと疲れただけ」とふつうに言おうと思った美菜緒だったが、ふと“或る考え”が脳裡をよぎった。途端に、軽く咳をする。
「う、うん…ちょっと、急に夏風邪引いちゃったみたい…」
「ほんとっ?!だいじょーぶなのおっ?!」
急に目がちょっとうるっとなるよーじを見て、美菜緒は「あー、こんな純朴なよーじに嘘をつくなんて気が引ける…」と内心で思いつつ、少し苦しそうな声を出して上半身を起こす。
「うん、大丈夫は大丈夫よ…ただ念のため、梶助さんにでも診てもらいに行こうかな…」
「あっ、待ってっ!!」
ソファーから立ち上がろうとする美菜緒を制して、よーじは少しかがんで美菜緒に顔を近づける。
「えっ、ちょ、ちょっとよーじ…?!」
少し顔を赤らめる美菜緒の額に、よーじは前髪を上げて自分の額をくっつけた。うわー、よーじの肌ったらすべすべ…ってそうぢゃなくってっ。美菜緒は無性に恥ずかしくなってくる。
「ふぁ、ほんとにちょっとお熱あるかもなのおっ!じゃあムリに動かないで横になってたほうがいいよお。オレがかんびょーするからあ」
よーじは慌てた顔を見せるが、美菜緒は少し笑って言う。
「ううん、もし本当に非道い風邪だったらなおさら、引き始めのうちに診てもらったほうがいいじゃない。だから…」
「で、でも梶助おじさんって動物のお医者さんだよお?ヒトの風邪なんてみれるなのお?」
「なーに言ってんの、獣医だって医者のはしくれだもの、診れるに決まってるじゃない。じゃあ私ちょっと行ってくるわね」
うわー、口から出任せすぎる、そんなことを思いながら、美菜緒はソファーから立ち上がった。

「…別によーじまでついてこなくても良かったのよ?」
住宅街の道を、携帯電話を片手に言う美菜緒。その隣ではよーじが美菜緒の手を握っている。
「だって心配だったんだもんっ!もしとちゅーでみなおがいきだおれになっちゃったらタイヘンじゃん!そーならないよーに、オレがみなおを守るんだっ☆」
どこぞのヒーローよろしく拳を握り締めて宣言するよーじに、美菜緒はちょっと呆れ顔を見せる。
「生き倒れってあんたね…」
そんなことを言いながら2人は“音桐動物病院”のドアを開けた。
「すみませーん…梶助さん居ますかー…?」
「あーっ!よーじお兄ちゃんっ!!」
そんな2人の前にまず現れたのは、梶助とはちっとも似ていない梶助の娘だった。ゆんはよーじの姿を認めると真っ直ぐに飛びつきに掛かる。
「ふぁ、ちょ、ゆん、やめてなのお…オレ、今日はみなおのつきそいで来ただけなんだってばあ」
「付き添い、ということは、今日は美菜緒君が患者ということか?」
よーじにじゃれるゆんの背後から顔を出したのは、いつもどおり無精ヒゲを生やし、ぼさぼさした髪を掻きながら煙草を吸う梶助の姿であった。
「あ、は、はい…ちょっと夏風邪っぽいんですけど…」
梶助は、美菜緒の視線を見てから言う。
「…はあ、俺は一応獣医なんだがな…ま、そんなのちょっと話聞いてやりゃ気も休まるだろ。とりあえず診察室に来てもらおうか」
「あ、はい!お願いします」
美菜緒は梶助の後ろについて診察室へ入ろうとしたが、その背後にもう1つ気配を感じて振り向いた。
「え、えっと、よーじ…?もしかして…」
「えーっ、だってオレ、みなおが心配なんだもーん。いっしょについててあげたいんだけど、ダメなのお?」
少し瞳を潤ませて見上げてくるよーじに、美菜緒は心が揺れる。そんな心を断ち切ったのは、梶助の言葉だった。
「こーら、病人を困らせんな。俺の腕前を信じてないわけじゃねえだろ?お前はゆんと一緒にそこで待ってろ」
そう言うと梶助は、よーじを摘まんで待合室へ放り出し、診察室のドアをぴしゃりと閉めた。
「ふぇえ、オレみなおといっしょがいいなのおーっ!」
「ゆんと一緒に遊びましょー、よーじお兄ちゃんww」
よーじの身体はゆんによって待合室に拘束されることになるのであった。

「それで?話っていうのは何なんだ?」
煙草を灰皿に押し付けながら言う梶助。左手には携帯電話。
「わざわざあらかじめ『大切な話があるので、仮病を使って梶助さんに会いに行きます。宜しくお願いします』なんてメールまで寄越したりして…俺ぁそこまで暇人じゃねえんだが」
(え、でも患者さん一人も居ませんけど…)とか心の中でツッコみつつ、美菜緒は言う。
「す、すみません…実は、さっきよーじの部屋に、或る女性がやって来たんです」
「女性…?」
「はい…長い赤毛をした40歳くらいの女の人だったんですけど、ネコ耳が生えてたから音桐の家の人っぽかったんですよ。でも、よーじはものすごい剣幕でその人を追い返しちゃって…そのよーじの表情があまりにシリアスだったから、何かあるんじゃないかって思って…で、音桐の人のことなら音桐の人に聞こうって思ったんです…」
「…なるほどな」
「梶助さんは、その方ご存知ですか?その人は何故か私の名前知ってたみたいなんですけど…」
「ま、ご存知も何も…」
梶助はふと窓の外を見て言った。
「その人は恐らく音桐 朱実、俺のねーさんだからな」

「只今帰りましたー」
ふと開いた待合室のドアを、よーじはゆん越しに見た。眼鏡をかけた黒いショートカットの女性が、荷物を抱えて入ってきたのだ。
「あ、よーじ君来てたんですねー」
「…えっとお…どちらさま…?」
きょっとーんとした表情のよーじに、その女性は苦笑して言った。
「あー、そう言えば髪切っちゃいましたし、よーじ君と会うのも久しぶりでしたもんねー。ほら、ここで働いてる、影山 あづさですよ」
「…ふぇっ、あづささんなのおっ?!そーゆわれてみれば、あづささんにそっくりかもなのお。ごめんなさいなのお」
「てか“似てる”って本人だよ、よーじお兄ちゃん…」
「いえいえ、いいんですよー」
あづさはテーブルの上にどこかで買って来たらしい荷物を置いて言う。
「髪切って戻ってきて最初は、先生にも祐姫ちゃんにもびっくりされちゃいましたもん。あ、これ頼まれてた筆箱ですよ、祐姫ちゃん」
「ありがとう、あづささんw」
ゆんはあづさから新品の筆箱を受け取って言う。
「でも、何で急に髪切っちゃったなのお?ずいぶんばっさりいっちゃったよねえ?なんかあったなのお?」
「そう言えばゆんも、何であづささんが髪切ったか聞いてないなあ。あっ、もしかして失恋とか??」
2人の子ども(片方は15歳だけど)に問いただされ、困り果てたあづさは少しうつむいて言った。
「違いますよ。まあ、大切な人を失ったっていうのは確かですけど…」

「梶助さんのお姉さんって…確か梶助さんってよーじの“おじさん”ですよね…?」
「大切な人って、おともだちとケンカでもしたなのお?」
「ああ…厳密に言えば“叔父”にあたるな」
「いいえ…もっとずっと大切な、この世で一人しか居ない女性です」
「そ、それじゃあまさか、あの人って…」
「え、それじゃあまさか、その人って…」
「ああ…彼女は紛れもなく、よーじの」
「はい…私が失ったのは、私の」

「母親だ」「母親です」


最初に戻る15ひき目へ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
あとがき
この話がUpされたのは10月2日ですが、実は10月1日が梶助さんのお誕生日だったりします。
まぁそれはあんまり関係ないんですが、この話を書き上げたのは10月1日だったりします(苦笑)。
ま、この話自体はかなり早い段階からやろうと決めていたので、書き始めたらさっさと書きあがったんですけどね。
今回初登場の新キャラ、朱実さん。最後にバラした通り、よーじのお母様でございますよ。
詳しいキャラ設定等は次回明らかになる予定ですのでお楽しみに〜。
そして何気なく登場してたあづささんにこんな不幸が訪れるなんて。と思ったかもですが、実はあづささんは最初っからこういうことになる設定だったりするのです。
こういう「さりげなく物語にけっこう深く関わる伏線」みたいなの、実はこいねこではやたら用意してあったりします(笑)。
最後のほう、細かい場面転換で2つの会話をクロスさせてみたんですが、分かりにくい気が果てしなくしています(苦笑)。お分かりになりましたでしょうか??
こーゆーの、マンガとかだと結構分かりやすく出来ると思うんですが、文字にするとさっぱりですな;むう。
「前編」とあるとおり、次回に続きますので乞うご期待。まぁ後編はすっげー漠然としか考えてないので今から練りますけど(苦笑)。
なおサブタイトルは「仔犬シャウト」というアカペラバンドの楽曲をもじりました。たった1箇所を似た語に変えただけなんですが、意図するところがだいぶ変わってしまいますね(笑)。まぁ今回の話にいい具合にハマったので次回も強行しますよん。

inserted by FC2 system