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恋人はネコ☆ 〜Cat I love you!〜

15ひき目☆You're Mother, You Made Me(後編)
「こんなとこ来るの初めてだから、ちょっと怖いな…」
ネオンが眩く光る歓楽街の中を、美菜緒はとぼとぼ歩いていた。
「…で?」
声が美菜緒の胸元からした。正確には、美菜緒が両腕で抱えている黒い犬が声を発していた。
「なんで俺が一緒に来なきゃいけないんすか?しかもこんなアヤシイ街に…」
「だって、一人でこんなトコ来るには勇気居るし、かと言って事情が事情だからよーじは連れてけないし、音桐の家のこととか知ってる人で連れていけるような人つったら犬養(あんた)以外に思いつかなかったんだもの」
「…でも、俺もそこまで詳しく知ってるわけじゃないっすよ。特に、よーじの母親のことなんかよーじからこれっぽっちも聞いてないですし」
美菜緒は陽が沈んでも明るい空を見上げた。
「…母親、か…」

「え、よーじのお母さんって…?で、でも、よーじあんなに嫌ってましたけど…」
時間は少し遡って、音桐動物病院の診察室。
「ああ…あの親子の間には、まぁ、壁みたいなもんがあるわけだ」
梶助はくしゃくしゃの白衣のポケットから、これまたくしゃくしゃになった煙草の箱を取り出し、1本の煙草に火をつける。
「…君は、ねーさんを見た時不自然に思わなかったか?」
「え…?そうですね…もうネコ耳は見慣れてしまいましたし、特には…」
「じゃあ、君がそのネコ耳を見たのは何時ごろだった?」
「え?えっと…あれは確か昼ご飯の直前だったから、12時過ぎだったかと…って、あれっ?!」
「そういうことだ」
白い煙を吐き出して言う梶助。
「俺達はあくまで陽が沈んでいる間耳やしっぽが生える体質だ。だが、ねーさんはその中でも更に特殊な体質で、陽が沈もうが昇ろうが、四六時中耳やしっぽが出たまんまなんだよ」
「えっ…?!」
美菜緒は動揺を抑えきれない様子で尋ねる。
「そ、それじゃあ、どうやって…」
「…俺も子供の頃は知らされてなかったんだが、ねーさんは生まれてから長いこと音桐の家の奥のほうで隔離されて育てられていたんだ」
「隔、離…?」
美菜緒は、心の奥を針でつつかれたような想いがした。そんな、人が隔離されて育てられるなんて…。
「ああ…だが、俺が大学の頃、ねーさんはひょんなきっかけで出逢った男と結婚し音桐の家を出て、そしてよーじが生まれた。だがよーじに物心がつく前に離婚して、ねーさんはよーじと2人暮らしとなった。…ところで、音桐の家にはやたら金があるということは、君ももう勘付いているよな?」
「え、ええ、まぁ…そうじゃなきゃあのよーじがバイトもせずにぐーたらと一人暮らしなんか出来ない筈ですし…」
「恋人の割に非道い言われ様だが、まぁそうだな…」
梶助は少し呆れ顔になったが、再び話を続ける。
「で、だ。今のよーじや俺のように音桐の家から離れて過ごしている者にも、それ相応の金が振り込まれ、特に不自由ない生活が出来る。だが、ねーさんは例外だった。特殊な体質であるねーさんには、雀の涙程度の金しか渡されず、別れた夫からの養育費をしても子ども1人を養っていくには足りなかった」
「そんな…」美菜緒はこの時初めて、音桐という家に対する僅かな不信を抱いた。
「もちろんそんな体質のねーさんがふつーの職に就くことなど出来なかった。そんなねーさんが、最終的に選んだ職種は…」

「…濃いわね」
“ネコ耳スナック・みゃ〜ご”という、やたらポップでかわいらしい文字のネオンサインに、美菜緒と鉄はドン引きしていた。
「え、コレがホントに、よーじの母親がやってる店すか…?」
「らしい、わよ…?」
美菜緒は鉄に、梶助からもらったメモを見せる。
「ネコ耳やネコしっぽが生えてても違和感の無い職種として思いついたのが、水商売だったんだって。メイドカフェや執事喫茶が流行るよりずうっと前から、マニアックな層の客にウケてるらしいわ」
「は、はぁ…」
「ま、まあ、此処で立ち尽くしててもアレだし、早速入りましょ」
美菜緒はネコの手形で派手に装飾されたドアをゆっくりと開ける。
「あ、すみませ〜ん、まだ開店時間じゃないんですよぉ〜」
入ってすぐのところに居た若い女性が美菜緒たちの姿を見て言う。その頭にはネコ耳がついていたが、よーじなどのそれに比べれば明らかに「作り物」めいているように美菜緒には見えた。それと同時に、美菜緒は自分がそれ程までにネコ耳を見慣れているという事実に気付いてビミョーな気分になった。
「あ、えっとすみません、私は客じゃなくって、その…」
戸惑った様子の美菜緒に、女性はにやりと笑って言った。
「あ〜、此処で働きたいんですね〜。今なら全然大歓迎ですよ〜。よく見ればネコ耳とか似合いそうな顔してるし〜」
「ええっ?!い、いや、えっと、そうじゃなくてですねっ…てゆうかネコ耳が似合いそうな顔って何ですかっ…?!」
「せ、先輩っ…ぐるじい…っっ」
女性に若干襲われそうになっている美菜緒と、怖がっている美菜緒にきつく抱きしめられすぎて身動きの取れない鉄。
「あれ?環(たまき)ちゃん、何やってるの?」
美菜緒は声のしたほうを見た。女性の背後に、あの赤毛の女性が立っていたのだ。
「あ…」
「あ〜ママ、この娘(コ)がうちの店で働きたいって〜」
「あのっ、だから私、そんなコト言ってないんですって…っ」
隙を見て何とか逃れられた美菜緒。そして改めて赤毛の女を見た。彼女も美菜緒に気付いた様子だ。
「あら、あなた…美菜緒ちゃん?」
「あ、は、はい…すみません、突然押しかけちゃって…でもどうしても、朱実さんとお話したくて、梶助さんにこのお店の場所を聞いてきたんです…」
「そうなの…じゃあ…」
赤毛の女――よーじの母親だという、音桐 朱実は、さほど広くもない店内をぐるりと見廻してから言う。
「環ちゃん、奥のテーブルってもう掃除終わったわよね?ちょっと、使わせてもらうから、後のことヨロシクね」
「え?あ、は、はい…」
「じゃあ美菜緒ちゃん、こちらへどうぞwあと、鉄クンもね」
「えっ…」
な、何で俺のこと…と言いかけた鉄は、近くに自分のことを知らない人間(環と呼ばれた女性)が居ることを思い出して急いで口をつぐんだ。
そして2人は朱実に連れられて、店の奥まで歩いていった。

「…あ」
よーじは、かつて花瓶だった破片たちを目前にして、冷や汗を垂らしまくっていた。
「べっ…別にオレ悪くないよおっ??そ、そりゃあ、みなおが風邪だからおうち帰っちゃって、鉄っちゃんも居ないから、さびしさのあまりW○iで遊んでたら、ちょっとリモコンのストラップをつけてなくってリモコンがすっとんでっちゃって花瓶がわれちゃったケド、それオレのせいじゃないからねっっ?!」
いや、それ100%お前が悪いって。てゆうか誰に言い訳してんだよ。というツッコミをしてくれる人も居ないため、よーじはとりあえず黙って破片を片付けることにした。
が、花瓶が立っていた棚の引き出しを開けた途端、よーじは動きを止める。

――そんなコトないですよ、よーじ君。

「……」
よーじは、さっき聞いた言葉を頭の中で反芻しながら、棚の中に入っていた通帳と印鑑を見つめていた。

「そう、それじゃあ大体の話は梶助クンから聞いたのね」
“ネコ耳スナック・みゃ〜ご”の店内。奥のテーブル席に座る朱実が、飲み物を作りながら美菜緒と鉄に言う。
「は、はい…」
「あ、心配しなくても、あたしもあなた達のことは梶助クンから時々聞いてるから、そんな緊張とかしなくても大丈夫よ。はい、これどうぞ」
朱実は笑って言うと、カクテルグラスを美菜緒に差し出す。
「えっ、あ、でも私未成年で…」
「ふふ、大丈夫。これはアルコールの入ってないカクテルだから。鉄クンも、どうぞ」
犬の姿の鉄には、浅い皿に注がれたカクテルが出される。
「あ、す、すみません…」
「いえいえ、いつもよーじを支えてくれてる二人だもの。感謝してもしきれないわ。…あたしはもう、よーじに完全に嫌われちゃったみたいだから」
笑みを見せながらも少しうつむいた朱実を、美菜緒は何も言わず悲しそうに見つめていた。

「よーじは、見ての通り純真で清廉な子だ」
昼間、梶助は2本目の煙草に火をつけながら言っていた。
「だから、たとえ自分を養うためとは言え水商売に身を投じたねーさんのことが、どうしても許せなかったらしい。それでよーじは、中学進学を期にねーさんの元を離れて、今のあの家で一人暮らしを始めたんだ。実は俺、よーじが一人暮らしをすると言い出した時、よーじを引き取ってやると申し出たんだ。でもよーじは、“一人で住むって決めたのはオレのワガママだもん。おじさんやゆんにメーワクかけらんないよぉ”とかって笑って言うもんだから、それ以上言い出せなくてな」
虚空に白い煙が舞う。
「…結局、それ以来ねーさんはよーじとまともに会っていない。ねーさんがよーじの元を訪ねても、よーじは毎回断固として拒否してきたんだ。それ程までに、よーじにとってねーさんは嫌悪すべき存在らしい…」

「本当はね、もうあの子を養っていくだけのお金は稼いであるの。それがよーじと一緒に暮らしていける条件なんだと信じてガンバってきて、やっと目的を果たせたと思ったんだけど…やっぱり一度出来た溝は埋まりそうもないわね」
朱実は自分用の水割りを一口飲んで言葉を続ける。
「実は今日、あたしの誕生日なの。毎年あたしは誕生日になると、拒絶されることが分かっていてもよーじのところを訪ねるの。たとえどんなに拒まれても、あの子の顔つきが姿が声が、どんどん成長していくのを見られることが、ささやかだけどあたしにとっての誕生日プレゼントなのよ。あの子はそんなことさえ、迷惑に感じるのかも知れないけれど、ね…」
それまで黙って朱実の話を聞いていた美菜緒は、おもむろに口を開く。
「…そんなコト、ないと思います…」
「…え?」
それまで自嘲の顔をしていた朱実は、ふと“素”の顔を見せた。
「よーじって、その、子どもっぽいところがあると思うんです。あ、見た目はまるきし子どもですけど…でも性格もどこか子どもっぽくて…だから、たぶん…意地になってるのかも知れません…」
朱実のグラスの氷が、からんと鳴った。
「本当はよーじも、心のどこかでお母さんのことを許していいと思ってて、でも今更元の関係に戻るのはためらわれるから、ムキになって拒んでみせてるんじゃないでしょうか…あ、これはあくまで私の希望的観測なんですけど…」
「…俺も、そう思います」
今度は鉄が、テーブルの上に座って言う。
「あいつって何ていうか、時々素直になれないとこがあるから…そうじゃなきゃ、俺があいつに初めて逢った時、あいつはあんなに淋しそうな表情(かお)してなかった筈です。美菜緒先輩みたいな女性に魅かれたのもきっと、あいつが心のどっかで“母親”を求めてたからなんじゃないかって、俺は思うんです」
「…ありがとう」
朱実は小さく呟いた。それはホステスとしてではなく、“母”としての顔だった。

――あの子をこんなに素敵な子たちに出会わせてくれて、ありがとう、神様…――

と、その時だった。店のドアが強く開く音がしたのは。
「あ、まだ開店時間じゃ…って、ちょっ…?!」
応対しようとした環の横を、環より小さい影が素早く通り過ぎていく。
そしてその人物は、奥のテーブルまでずんずん進んできた。そして、そこに座る3人(傍目には2人と1匹)はその人物の登場に目を疑った。
「えっ…よ、よーじ…?!」
そう、その人物とは、朱実の実子、音桐 よーじだった。愛らしい耳やしっぽが生えているものの、その表情は、窮めてむっつりとしている。
「え、ちょ、よーじ…?なんで…ってゆうかどうやって…??」
問い質そうとした美菜緒を無視して、よーじは朱実の目の前に、ブルーの巾着袋を1つ放り投げた。
「…これ、やる…っ!!」
よーじはそれだけ言うと、踵を返して一気に店を出て行った。
「ちょ、おい待てよーじ!」
鉄はテーブルから飛び降りると、よーじの後を追いかけていく。
そして店の中には女性3人が残された。
「な、何だったんですか、今の子…?」
きょとんとしている環をよそに、朱実はそっと巾着袋を開ける。美菜緒も、その中身を覗き込んだ。

「って…えっ、梶助サン…?!」
よーじを追いかけてきた鉄の目の前には、梶助の車があった。運転席には梶助がおり、その後部座席によーじが乗り込もうとしていた。
「ちょ、おい待てって!」
鉄は急いで車に飛び乗る。
「…ふぇ、鉄っちゃん…?」
よーじは驚いた表情で鉄を見る。
「お前、これ一体どういう…」
「…曲がりなりにも、こいつはねーさんの子どもだっつーことだよ」
よーじの代わりに、運転席の梶助が車を発進させながら言った。
「…は?」

「お母さんは、ずっと私に優しくしてくれたんです」
時は遡って音桐動物病院の待合室。髪を短くしたあづさが、よーじとゆんに話している。
「私が生まれてすぐお父さんが亡くなっちゃって、お母さんはパートを2つ掛け持ちして女手一つで私を育ててくれたんです。でも今年の始めくらいから心臓を悪くしてしまって…」
あづさの瞳が、少しずつ潤んでゆく。
「もう長くないって聞いてはいたんですけど、いざその日が来たらやっぱり悲しいものですね…しばらく此処を休ませてもらって実家でお葬式とかやってたんですけど…日に日に“ああ、お母さんはもう居ないんだ”って実感させられてる感じでした」
「…そんなに、“おかあさん”がいないのって悲しいコトなの?」
あづさとゆんは、ぽつりと言葉を零したよーじのほうを見た。
「よ、よーじお兄ちゃん…?」
「“おかあさん”なんていてもいなくても、別にどってことなくなあい?どーせ“おかあさん”なんて他人だし…」
よーじは特に表情も変えず、平然と言う。
「…そんなコトないですよ、よーじ君。」
「ふぁっ…?」
自分の頭を撫でて言うあづさを、よーじは見上げる。
「よーじ君の“おかあさん”がどんな人かは知らないですけど、どんな“おかあさん”でも、子どものコトを第一に考えていない“おかあさん”なんて居ないと思いますよ」
「え、で、でも…」
「よーじ君の“おかあさん”も、きっとよーじ君のコトが大切で大切で仕方ないはずです。よーじ君も、そうなんじゃないですか?」
「オレ、も…?」

「これは…通帳と、印鑑…?」
巾着袋の中身を見た美菜緒は、呆気に取られていた。が、通帳の表紙を見てふと気付く。
「あれ、通帳の名義が“オトギリ アケミ様”になってますけど…これって…」
美菜緒は朱実のほうを見た。朱実は、巾着袋を抱きしめて涙を流していた。
「えっ…?」
美菜緒は、何が起こったのか全く理解できなかったが、朱実の顔は、美菜緒にはそれでもどこか喜んでいるように見えた。

「…よーじはねーさんとも俺とも離れて一人で暮らすことで、音桐の家から金を多く得ることにしたんだよ。そして、ねーさん名義の口座を作ってそっちにちょっとずつ貯金していた。いつかねーさんに譲るためにな」
車を走らせながら言う梶助。
「…そんなんじゃないもん」
よーじは窓の外に視線をやっている。
「俺にうそぶいても意味ねえぞ。口座作る時手伝ってやったの俺なんだから。そうじゃなきゃ、お前が俺に電話してきて、ねーさんの店まで連れてけなんて言う筈ねえしな」
「だから違うってばあっ!」
慌てて梶助に吠えるように言うよーじに、鉄がツッコむ。
「じゃあ何でだよ」
「ふぇ…?えっと、えっとそれは、そのぉ……ふぁ!あれだよあれっ、マがさしたってヤツっ」
「…じゃ、そーゆーことにしといてやるよ」
「ほ、ホントだもおんっ!!」
よーじの叫びを乗せて、車は夜の道を走り抜けていくのだった。


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あとがき
はい、シリアスモードの後編でございました。
ただこの後編も1話でおさまるかなぁと心配しておりまして(笑)、結果普段の1話分よりちょっと長めとなりました。
ぴょんぴょん回想シーンに飛んでるので、前編以上に話がわかりづらいような気がします…すみませんorz
一応ギャグっぽいシーンも混ぜつつ、でも全体的には感動系の話、という少女マンガ風の展開を目指してみましたが、いかがでしょう??
まぁ結構今回重かったんで、次はかなり軽い話にしようかなーと目論んでます。まだ決めてないけどね。
あ、ちなみにさらっと新キャラの環さんが出てきましたが、これは昨日登場が決まったキャラだったりします。ずっと前から設定考えてるのにまだ出てきてないキャラも居るってのに(笑)。
なお「たまき」という名前は「ネコと言えば名前はタマだよなあ」という単純な連想。きっとこのお店ではみんなネコっぽい名前で呼ばれてるのでしょう。あけみさんはミケとかかな?

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