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恋人はネコ☆ 〜Cat I love you!〜

16ぴき目☆夏の終わりのはなし
「あれ、どうしたんですかママ、その巾着袋?」
朱実のバッグについている巾着袋を指差して、同僚の女性が言う。
「ああ、これ?これはね…」
愛おしそうな表情を浮かべて、朱実はつぶやくように言った。
「…大切なひとから、もらったものなの」

「私さあ、“有名な童話かおとぎ話を下敷きにしたラヴストーリー”って言われたら、その下敷きにされるほうもロミジュリとかシンデレラとかのラヴストーリーになるんだろうって思うんだけど…」
美菜緒は、やけにきちんと製本された台本を手にして言葉をこぼした。
「なんであんたは敢えて“アリス”を選ぶわけ?」
そう、その台本の表紙には大きく「不思議の国でアリんス」というタイトルが書かれていたのだ。
「えー?やっぱそこは意外性ってヤツだよ」
微笑んで言う脚本家のともみ。
「美菜緒と音桐クンとが演じるラヴストーリーって触れ込みなのに“アリス”って、意外性があって注目が集まると思わない?」
「でもねぇ…ってちょっと待った、今ともみ、私たちが演じるラヴストーリーって“触れ込み”だって言った?!じゃあまさか…」
「うん。夏休みに入ってからあちこちで噂を広めといてあげたわよ♪」
「あんたは…っ。余計なことしてんじゃないわよっっ!」
美菜緒は顔を真っ赤にして、ともみの頬をつねって赤くしながら言う。
「いてて、まぁまぁ、ご愛嬌ってコトでさあ」
「何がご愛嬌よ…それよりともみ、あんたの方こそどうなのよ?」
「え?何が?」
ともみは頬を押さえながら聞き返す。
「鳴瀬君のコトよ。あれから何か進展はしてるの?」
「あー、うん、時々メールのやりとりはしてるよ」
「やりとり“は”って、何かその、デート的なこととかないわけ?」
「やだなぁ、何かスキャンダルについて追及する芸能記者みたいだよ?…それがね、響クンって今すごく遠くに住んでるんだって。あのバイトの時だけあの辺に住んでたらしいんだけど…だから、しばらくは会えないんだって」
少しうつむいたともみを見て、美菜緒はおもむろに口を開いた。
「…ご、ごめん…何かヘンなコト聞いちゃったわね」
「いいよいいよ、別に離れ離れってワケじゃなし、それにあたしは、あんた達を見てるので十分だしw」
「あのねえっ…」

「ふああっ、やめてよおっっ!!」
美菜緒がともみに言い返そうとした時、よーじのどこか間の抜けた悲鳴が聞こえた。
「え?」
美菜緒がよーじの方を見ると、よーじは顔がそっくりな2人組に放送室中を追い掛け回されていた。
「いいじゃんか音桐、ちょっとだけだからって!」
「そーそー、ちょっと身体のサイズ測るだけだからって!」
「やだよお、なんかゆーすけもさすけも目がヤラシイんだもおんっ!」
よーじは少し泣きそうな目でその2人組――放送部員1年生の双子・匂坂 佑助(兄)と匂坂 佐助(弟)に抵抗する。
「んなコトねえよ、おれらは衣装係の遠山に頼まれてやってんだぜ?女に測られるよかマシだろ?」
「つーかおれらもCG編集する時にサイズ分かってたほうが便利だしw」
と言ってはいるが、双子はどちらも意地悪そうな笑顔でよーじににじり寄る。
「で、でもおっ…」
「いーからいーから」
そう言うと佑助は、佐助にがんじがらめにされたよーじの腰に巻き尺を廻す。
「うっそ、ウエスト65?!ほっせーなぁお前」
「背がちっこいからじゃね?ちなみに音桐、足のサイズ幾つ?」
「ひっく…んと…23…」
ヘソ出し状態にされたよーじは、涙声で言う。
「うっわ、23なんて女モンじゃんよ」
「いや、やっぱ背の問題だろ」
「はいはい、そのへんでよーじイジメんのやめなさーい」
手を叩きながら、美菜緒が3人の元に近づく。よーじはすかさず美菜緒の後ろに廻って美菜緒の服をぎゅっと握る。
「やだなー宮崎センパイ、おれらイジメてないっすよー」
「そーそー、スキンシップってやつっす。あとお仕事」
「もう、そういうヘリクツはいいから。ホラよーじも。いつまでも泣いてないで服ちゃんと着る」
「…うん」
よーじは涙を拭いつつ、乱れた学生服を元通りにしようとする。
「あーもう、先にベルト外さないと…」

「…美菜緒先輩って、ホントに“お母さん”みたいだねぇ」
小道具担当の瑞穂が、衣装担当の真奈美に話し掛ける。
「だよねー。音桐君のお母さんも美菜緒先輩みたいな人なのかな?」
「んー、似てるけどちょっと違うかな」
2人の話に割って入ったのは、せっせと大道具を作っている鉄だった。
「え?犬養君、音桐君のお母さん知ってるの?」
「あ、ああ…こないだちょっと会ったんだ」
「へぇー、どんな人なんですかぁ?」
「どんなって、まぁその…何があってもよーじのコトを大切に想っていて、優しそうで…なんだかんだであの2人には、“親子の絆”ってヤツがあるんだろうなぁ…っておいっ、そんなコトより!なんで俺一人でこんなでかいセットとか作らなきゃいけねえんだよっ!」
遠い目をしていた鉄は我に返ると、ハンマーを片手に真奈美と瑞穂に吠える。
「…あ、気付いた?」
いたずらっぽい笑顔を見せる真奈美に、鉄は更にぷちんときた。
「気付いた?じゃねえよ!つーか、なんか俺だけ負担でかくね?」
「…てっちゃんだから、じゃない?」
服を整えたよーじのこれっぽっちも悪気のない一言に、鉄はOTLな感じになった。そして美菜緒がひとこと。
「てゆうかまたこのオチなの?」

「あーっ、それにしても、もう夏休みも終わりかー」
3つの影が長く伸びる帰り道。美菜緒がふとつぶやく。
「そうだねえ、なんかすっげーはやかったよねえ」
「ま、何となく2年半以上経ったような気もするけどな」
「ふぇ?そーお?」
てゆうか作者が軽くヘコむような発言しないでください鉄さん。
「そう言えばよーじ、あんた夏休みの宿題は全部終わった?」
「ふぇ?んーと、あ、うんっ、みなおが手伝ってくれたおかげでほとんど終わったよお☆」
「えっ、マジで…?!」
笑顔のよーじの後ろで、意外そうな表情を見せる鉄。
「マジでって…まさか鉄っちゃん…?」
「だ、だってしょうがねーじゃん!毎日半分は犬の姿だからシャーペンとか持てねえし、そもそもよーじもギリまで宿題溜め込んでるハズだと思って油断してたし…っ」
「前半はまだしも、後半は言い訳にもなってないわね」
「んー、しょーがないなあ。じゃあオレが鉄っちゃんの宿題を手伝ってしんぜよーっ!」
「おおっ、ありがとう神サマ仏サマよーじサマっっ!!」
「かっかっかっ☆」
よーじに泣いてすがる鉄と、どこぞのご老公よろしく高笑いをしてみせるよーじ。
「…一体何設定なのよそれは…」
呆れ顔の美菜緒は、ふと沈みゆく夕陽を見てつぶやいた。
「…何ていうか…ずっとずっと、こんな日が続きますように…」
「ふぇっ?なんかゆったなの、みなお?」
「ううん、何でもないわ。さ、早く帰りましょ」
空はもう、秋の空になろうとしていた。

* * *

「第1回っ!大こわい話選手権大会グランプリスペシャルーっ☆」
「…は?」
陽が沈み耳やしっぽが出たよーじがものすごく元気良く、同じような言葉の並んだ訳の分からない宣言をするのを、美菜緒はきょとんとした表情で見ている。
「ええと…さっきまでの話とあんまり関係ないような匂いがするのはどうしてかしら?」
「関係なくないよおっ。もーすぐ夏も終わりでしょお?それなのにオレ、この夏にこわい話ってゆったり聞いたりしてないんだもんっ!これはユユシキジタイってヤツだから、きゅーきょやることに決めたんだっ☆」
「ああ、それは大事だな。うん」
目をきらきらさせて言うよーじと、頷いてみせる鉄(もちろん犬の姿である)。
「…どこからツッコんだらいいのか分からないんだけど…そもそも怖い話なんてそうそうあるもんじゃないでしょ?」
「へっへーん、それが実はオレ、1個仕入れてあるんだよねえー☆」
「え、そうなの?」
「うんっ☆あ、それじゃあ…」
よーじは部屋の隅に行くと、電気のスイッチをぱちんと切った。とたん、鉄の震えた声がする。
「って、おいおいよーじ…お前何してんだよっ…」
「何って、こわい話って暗くないとつまんないじゃん」
「…あ、もしかして犬養、暗いの怖かったりして…?」
「ばっ…!!そ、そんなコト、な、ないっスよ…ははは…」
「ふーん、じゃあよーじ、そのまま話始めちゃって」
「あ、嘘っす嘘っす!よーじ、頼むから電気つけて、豆電でもいいからっ」
「もお、鉄っちゃんてばー」
よーじはしぶしぶ豆電球をつけた。

「コレはオレのクラスメートがゆってた話なんだけどねえ」
よーじはどこから取り出したのか、懐中電灯で自分の顔を照らしながら話す。
「その子、おじーさんか誰かのおはか参りに行ってたんだって。そんでね、それが終わって帰ろうと思ったら、その子のうしろにだれかいるよーなケハイがしたんだって。それで、その子はゆーっくりうしろをふり向いたんだ。そしたら…」
唾を飲むような音がした。長い長いタメの後、よーじは言葉を続けた。
「うしろにいたのは、じゅーしょくさんだったんだって」
「……はあっ?!」
美菜緒は、思わず声を荒げてしまう。
「ってそれ、特に怖くも何ともないオチじゃない。後ろに居たのはそのお墓で成仏できてない女性の自縛霊だったとか、そういう話になるんじゃないの?ふつー怖い話って」
「ふぁ、そっかあ」
「そうそう」
ため息をつく美菜緒。
「あ、ちなみにそのおはかの周りにはお寺とか神社とかぜんぜんなかったらしいんだけどねえ」
「……!!!」
美菜緒は思わず一気に鳥肌を立てた。
「んじゃあ次のおはなしー」
「ってちょ、ちょっと待ちなさいっ!!何さらっと大事な大事な情報を通り過ぎようとしてんのよっ!?」
「ふぇ、なんかダメだったなのお?」
きょとんとしているよーじに、美菜緒はただただ脱力するばかりだった。
「…てゆうか犬養、あんたも何かリアクションしなさいよ」
「…は、はい?あ、何か言いました…?」
犬の姿の鉄は、タオルの中から首だけを恐る恐る出した。
「…えっと…あんたさり気に怖い話とか嫌いなタチ…?」
「ふぁ、そーゆえば鉄っちゃんってそーだったかもなのお」
「って、あんた親友なら真っ先に気付いてあげなさいよ。てかだったら犬養も、怖い話しようってよーじが言い出した時に反対すればよかったじゃない」
「そんなコトよりさぁみなおー、みなおはなんかこわい話知らないなのお?」
「そんなコトよりで済ましていいとこなのかしら…でもそうねえ、いきなり怖い話って言われても…あ、そういえば」
「えっ、美菜緒先輩もあるんすかっ?!」
「ああ、あるって言っても私じゃなくて、妹の美咲樹がしてた話なんだけどね」
美菜緒はよーじから懐中電灯を受け取って言う。
「1年位前、あの子が剣道の練習から帰ってるときに、ふとあるお屋敷が目に入ってきたの」
「お屋敷…?」
「ええ。その小学校のどまん前にバカみたいに大きなお屋敷があるんだけど、それまで灯りもついてなかったし、誰も長いこと人が出たり入ったりするところを見たことがなくて、すごく不気味だなって言われてたの。でもね、その日美咲樹が見た時は、何故か或る一部屋だけ明るくなってたんだって。少し気味悪く思いつつも、美咲樹はその部屋をどうにか覗き込んでみたの。そしたら…」
美菜緒は、それっぽく“タメ”を作ってから、言葉を紡いだ。
「その部屋の中では、1人の若い女性が2匹の犬と何か話をしていたんだって。まるで、未亡人の霊が野良犬に慰められているかのように…」
数秒の沈黙。そして。
「…あっははははははは!!」
「…へ?」
自分なりに十分“怖い話”をしたつもりの美菜緒は、よーじと鉄のリアクションが想定外のものであったことに目を丸くした。
「やだなぁみなおってばあ、そんなの全然こわくないじゃんかあー」
よーじは涙が出る程笑いながら、部屋の電気をつけた。
「え、な、なんで…?てゆうかあんたら私の話ちゃんと聞いてた?」
「聞いてたよお?だって、その小学校ってたぶん白咲(しらさき)小学校でしょ?」
「え、う、うん…何、あんたらもあのお屋敷知ってるの?」
状況がさっぱり飲み込めていない美菜緒に、追い打ちをかけるように鉄がきっぱりと言った。
「知ってるも何も、それ、俺ん家ですよ」
「…はあっ?!」
美菜緒は耳を疑い、犬の姿の鉄に詰め寄る。
「いや、だからそれ俺ん家なんですって。言ってませんでしたっけ?」
「そ、そんなのありえないでしょ…だってあのお屋敷、庭も入れたら東京ドームくらいの敷地あるでしょ?あれが民家だなんて…」
「んとねえ、鉄っちゃん家ってすっごいおかねもちなんだぁ。オレん家とちがくて、鉄っちゃんの両親がいっぱいいっぱいガンバっておかねもちになったんだってえ。そんで、何年も前にあのおやしきをベッソーとして建てたんだけどお、鉄っちゃんたちは海外にずっと住んでたからしばらくだあれも住んでなかったんだあ」
「で、妹の綾が学校に通う歳になったから、とりあえず俺と綾と、何人かの使用人とで日本に定住することになって、あの屋敷に住もうってことになったんすよ。だから多分妹さんが見たのは、越してきてすぐの頃の俺ら兄妹と使用人のことだったんじゃないかと。あ、ちなみに第12話の転校のシーンも、俺が海外から転校して来たとこだったんすよ」
「…よーじも信じられないけど、あんたがそんな大富豪の御曹司だったなんて…今日エイプリルフールじゃないわよね?」
「ウソじゃないよお?鉄っちゃん家にはメイドさんとかも居るんだもんねえ?」
「ああ」
美菜緒は額に手を押し当て、顔をしかめた。
「なんか、なんかこう、不公平な気分だわ…」
そんなふうにして、夏の夜は更けていくのであった。


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あとがき
更新日は真冬ですが、お話は夏の終わり。
てゆうか第1話が夏だったので、16話かけてようやく夏が終わってくれました。いやー長かった。
というわけで今回は、此処までの「夏」に起きた色んな話を一旦まとめて、次につなげていこうという感じでした。言うなれば第一幕の閉幕ってとこでしょうか。
よーじと朱実の親子関係、文化祭の放送部企画、ともみと響などなど、おさらいしつつまだ続くよみたいな雰囲気で書きました。
ドラマが「不思議の国のアリス」になったのは僕もびっくりです(笑)。これでどんなラブストーリーを書けばいいのか、僕がとりあえず頭を悩ませておりますw
ちなみに「ありんす」は江戸時代の吉原の遊女の方々が使っていた言葉で「ある」の意味。
放送部員の1年生4人もちょっとずつ顔出てきました。え?なんで柳部長が出てないかって?
実は柳部長が出てくるシーンも書いてあったんですが、長くなりすぎたのでカットしたのです;;そこはいずれ書きます〜。てゆうかそれでもまだ比較的長いんですけどね。もうこれ標準にしようかな。
んで怖い話のほうは、割とむりくり押し込みました(笑)。ホントは鉄にも何か話させて1話作るつもりだったんですけどねえ。
鉄の家が大金持ちっていうのは最近考え付いた設定です。でもちゃんと伏線は張ってありますよ。
例えば13ひき目で鉄が「こっち越してきた時は小学校のど真ん前の家を選んだ」と言っていますし、同じ回の後半ではよーじが「オレ、鉄っちゃんみたいにメイドさんにそんなきょーみあるワケじゃないし」と言っています。ただのメイド好きさんじゃなかったのですよ(笑)。
まぁその三千○家ばりにバカでかいお屋敷もそのうち書こうと思ってますのでお楽しみに。
あ、ちなみに今回のタイトルが米倉千尋さんの「夏の終わりの花火」をもじったものであることには誰も気付かなかったことでしょうw

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