コタエアワセ
「ええっ?!僕に愛のキューピッド役をーっ?!」
「バカっ、他の奴らに聞こえちまうだろうがっ!」
昼休みの最中(さなか)の教室の隅に、生徒の視線が一瞬集まり、僅(わず)かなどよめきの後また分散した。
「あ、ご、ごめん…でも、本気なの?リュート」
「…悪いかよ」
「べ、別にそんなつもりじゃ…。で、だ、誰なの、相手は」
「……」
リュートとは長い付き合いだから、彼の顔が朱(あか)く染まったことはすぐ分かった。少しの沈黙を置いて、リュートは小声で言う。
「…4組の、朱藤(すどう)だよ」
「朱藤さん?へー、意外だな、リュートが朱藤さんを好きになるなん」
「だから口に出して言うなっつーの!」
リュートは必死で僕の口を手で押さえつける。周囲の視線はまた一瞬だけこちらを向いた。
「…ショータ、お前、朱藤とはよく喋(しゃべ)ってんだろ?だから、それとなく俺とお近づきにしてくれねぇかと思ってよ…」
「うーん…まぁ、親友のリュートの頼みだから、聞いてあげないこともないけど…」
「ほ、ホントかっ?!」
その時また視線が集中したことにリュートは即刻気づき、すぐまた声を殺した。
「その代わり、明日のお昼はおごってね♪」
リュートは、バツが悪そうに小さくうなずいた。
リュートの家はうちのすぐ隣だから、小さい頃からそれこそ家族ぐるみの付き合いをしている。
二家の間には塀(へい)は一応立っているものの、互いの母親同士が洗濯物を干しながら世間話が出来るくらいの低さである。
そして、リュートの家の庭に立っている大きな木、リュートは林檎(りんご)の木だと言っていたが実際に実が生(な)っているのを見たことはないのだけれど、その木を伝っていけば、2階の僕の部屋から同じく2階のリュートの部屋までは親にもバレずに往来することが出来る。
僕は電話を切ると、枝を伝い、ベランダでリュートの部屋の窓をノックした。
リュートは部活だし、僕は今週掃除当番だから、放課後になるとすぐリュートと別れた。
「相沢、お前このゴミ箱運んどいてくれ」
「あ、はーい」
担任に手渡されたゴミ箱を手に教室を出て、階段を下りていると、上(のぼ)ってくる女の子が居た。
「あっ、す、朱藤、さん…」
僕は思わずどもってしまった。さぞかし彼女にはヘンに見えたことだろう。
「あっ、相沢君!掃除当番なんですかー?」
「あ、うん…」
どうやら怪しまれはしなかったようだ。というかこのカッコを見れば掃除当番かどうかは聞かなくても分かるような気はするが…。こういうオトボケ加減がリュートは気に入ったのかも知れない。
「あ、そうだ朱藤さん、ちょっと話が…」
「あっ、奇遇ですー、くるみも相沢君に相談があったんですよーvv」
「え、相談…?」
「はい、実はー…」
うつむいて、恥ずかしそうにしている朱藤さん。もしかして…
「…くるみ、小泉(こいずみ)君のこと好きなんですーvv」
「えっ…?」
目の前の朱藤さんは「きゃー、言っちゃいましたーvv」と大騒ぎしているが、僕の心の中もちょっとした騒ぎになっていた。
「顔もカッコいいですしー、クールですしー、バスケやってる時の眼差しとかもう首ったけなんですーvv」
「あ、そう、はは…」
何故か僕の首すじに冷や汗が垂れる。
「それでー、小泉君の親友の相沢君に何か手助けをお願いできないかなーって思ったんですーv…ダメですか?」
「う、ううん、構わないよ…。そ、それじゃあ今度、それとなく聞いてみとくね…」
「ホントですかーっ?!ありがとうございますーvvあ、それで、相沢君の話って何ですかー?」
ハッピー満点の表情のまま聞いてくる朱藤さん。
「あ、いや、大したことじゃないから、いいよ…」
僕はしどろもどろに答えた。
「そうですかー?あ、くるみ早く教室に戻らなきゃいけないんでしたっ!それじゃあ、よろしくお願いしまーすvv」
階段を駆け上っていく朱藤さんを、僕はゴミ箱を抱えたままただ黙って見送っていた。
少しの物音のあと、窓が速く開いた。
「ショータ!朱藤、何だって?」
寝間着(ねまき)姿のリュートは息を荒げ、頬を赤らめて言う。
「あ、ええと、先刻(さっき)朱藤さんから電話があってさ…」
「うんうん」
まるでおやつを待ちわびている子供のようだ、と思った。
「実は…」
掃除から解放された僕は、何故か猛烈な早歩きで家に向かっていた。
普段なら体育館にふらっと立ち寄ってリュートの姿を眺めたりするのに。
とてもむしゃくしゃした気分で家に帰り着くと、ブレザーのネクタイを解(ほど)くことさえせず、ベッドに躰(からだ)を投げ出していた。
…あれ、どうして僕はこんな鬱蒼(うっそう)とした気分なんだろう…?
リュートは朱藤さんが好きで、朱藤さんはリュートが好きで…。
出来すぎているくらいうまく行っているじゃないか。
今すぐにでもリュートに朱藤さんのこと伝えてしまえば、二人は幸せになれるのに。
どうして僕はそうしないのか?
どうして…
考えれば考える程、気管が狭まってくるのを感じる。
考えれば考える程、あいつの顔が脳裡(のうり)に浮かんでくる。
おかしい、こんなこと今までなかったのに。
「……もしかして…」
僕は呟(つぶや)いた。眸(ひとみ)はケータイのストラップに向いていた。
「え、朱藤には好きな人が居るって?」
リュートの部屋はいつも通り少し散らかっていた。
「うん…」
僕はうつむきながら、リュートの顔色を窺(うかが)っていた。
「…そうか」
リュートもうつむいて言う。こういう時、リュートは潔(いさぎよ)い。
「…なら、仕方ねえな」
僕は、唾(つば)を飲み込んだ。
「そ、それと、もう一つ…」
「ん?何だ?」
リュートは顔を上げて僕の方を見た。
次の瞬間、僕の口唇(くちびる)は、リュートの頬を掠(かす)めていた。
「……っ?!」
「これが、僕のこたえ。」
顔を真っ赤にし、目を丸くするリュートに、僕は澄まして言った。
次の朝、僕らは一緒に登校していた。
「…あ、朱藤だ」
リュートの声に僕はびくっとして顔を上げた。
数十メートル先を歩くのは、紛(まぎ)れもなく朱藤さんだった。
「あ、ほ、ホントだね…」
僕の声は多分、あからさまに震えていたと思う。
「隣に居んの、2組の直木(なおき)だよな?」
「…え?」
僕は改めてよぉーく朱藤さんを見た。彼女は、僕らと同じブレザーを纏(まと)った男子生徒と親しげに話しながら歩いていたのだった。
「実はさ、リュート、好きな娘(こ)が居るんだってさ」
「ええっ、そうなんですかーっ?!くるみショックですー…」
「あ、ご、ごめんね、助けになれなくて…」
「あ、ううん、大丈夫ですよvそれじゃしょうがないですもんねっ。くるみこそ、相沢君に手間取らせちゃってごめんなさいですっ」
「あ、いやいや、ホント、ごめん…」
「なーんだ、朱藤が好きなのは直木だったのか」
リュートが言う。
「そ、そうみたい、だね」
僕は、ほっとして言った。
「さ、僕らも学校行こっ!」
「ちょ、ちょっと待てよ…っ」
リュートの手を取っていつもの道を駆け出すと、空気が煌(きら)めいて見えた。
おわり
<Afterstory 2>
「そう言えば、相沢君と小泉君って“ショータ”“リュート”って呼び合ってますけど、実際どんな漢字書くんですかー?」
「ん?ああ、僕の名前は相沢 松太(しょうた)。んで、リュートは小泉 柳斗(りゅうと)。そう言えば朱藤さんは?“くるみ”だったっけ?」
「はいv朱藤 來未(くるみ)っていいますvちなみにここの中学の2年4組ですv」
「…本編にはそんな設定一切出てこなかったがな」
「もう、リュート、そういう作者いじめな発言はしちゃダメだよっ」