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コトダマ


「えー、今日からこのクラスに編入することになった、真中 直行(まなか・なおゆき)です。ヨロシク!」
或る秋の日のホームルーム。黒板の前に男子生徒と女性教師が立っている。
「はい、みんな真中君と仲良くしてね。えっと、真中君の席は一番後ろに用意してあるから」
「あ、はーい」
直行が席に向かおうとした時、教師は付け加えた。
「あ、真中君」
「何スか?」
振り向く直行。
「あなたの隣の席の正宗(まさむね)さんはクラス委員だから、困ったことがあれば正宗さんに聞いたらいいわ」
「ほーい」
直行は、その隣人の名をカッコいい名だと感じた。
「正宗さんも、宜しく頼むわね」
「…はい」
その返事の声に、直行は少し驚いてその方を見た。空席の隣、一番廊下側の席に座っていたのは、大人しい、というか気弱そうな女子生徒だったのだ。
直行は自席に就くと、その"正宗さん"を見た。彼女はそれとなく視線を逸らす。
「よろしくなっ」
明るく挨拶してみる直行。
「…あ、ど、どうも…」
彼女はなおも目を逸らす。
直行は、彼女はこういうキャラなのか、と思いつつもしばらく彼女の方をそれとなく見ていた。

 
*  *  *

 
転校生というのはそれだけで話題の中心になるものである。
1時間目が終った後の休み時間、直行の席の周りには男女問わず十数人の生徒が集まっていた。
「へぇー、真中君って前は神奈川に住んでたんだぁ」
「なぁ真中、お前部活何処に入るんだ?」
「帰り一緒の方向だったら一緒に帰らない?」
言葉の集中攻撃に半ば圧倒されつつある直行。そんな中、こんな言葉が聞こえた。
「真中の名前って面白いよな、読み方変えたら"マンナカチョッコウ"だもんな」
それを聞いた他の生徒たちはみな思わず吹き出した。
「ホントだ、ものすごくイイヒトっぽい」
「実直で誠実な感じだよねえ」
その様子を見た直行は、小さく笑って言う。
「そんな、俺結構悪いヤツだぜ?」
それを聞いた一同には更に大きな笑いが起こった。
そんな中、直行は廊下の方から声を聞いた。
「ねぇゆたか、化学のノート貸してくれない?あたし持ってくるの忘れちゃって」
ふと直行が廊下の方を見ると、廊下側の窓から教室に身を乗り出した女子生徒が"正宗さん"に話し掛けていた。
「う、うん、いいけど…」
彼女は、どうやら"正宗 ゆたか"という名前らしい、鞄の中から1冊のノートを取り出すと、その女子生徒に渡した。
「ごめんねー、昼休みまでには返すからさ」
そう言って立ち去ろうとする女子生徒を引き止めるように、"正宗さん"は言った。
「あ…でも私、昼休みは…」
「…あー、そうだったわね。まあ、ゆたかが居なかったら机の中に入れとくからさ」
「…うん」
そうしてその女子生徒はチャイムの音が鳴ると同時にノートとともに去っていった。
直行は、自分がその様子を最後まで見ていたことに気が付いた。

 
* * *

 
昼休み、購買部でパンと紙パックの牛乳を買ってきた直行は、隣の席に"正宗さん"が居ないことに気が付いた。
そう言えば先刻昼休みはどうとか言ってたな、と直行が思い出していると、その話し相手の女子生徒がノートを返しにやって来た。
「あ、あのさ」
直行は彼女に話し掛けてみた。
「え?何?…てか、誰、あんた?」
彼女は目を細めて直行を見る。
「あ、俺今日このクラスに転校してきたんだけど…正宗さん、って、何処に居んの?」
「え?ゆたか?ゆたかだったら屋上に居るけど」
「屋上…?」

 
* * *

 
屋上への扉は鍵がかかっていなかった。しかし、ドアを開けようとすると風のせいか少し力が要った。
ドアを開けると其処には、柵と何か貯水槽みたいなモノしかなかった。なので、直行が"正宗さん"を見つけるのに何の苦労も要らなかった。
直行は彼女にゆっくり近付いてから声をかけようと思い近付いた。しかし、大体半分くらい行ったところで彼女の方が振り向いてしまった。
「えっ…ま、真中、君…?」
彼女はかなり驚いたような表情で直行を見た。その膝の上には手作りと思しき弁当が置かれていた。
「あっ……ご、ごめん、正宗さん」
中途半端な距離だったし、妙に気不味かったので、直行は思わず謝ってしまった。そのちょっと情けない自分に気付いた直行は、何とか取り繕おうとする。
「あーでも…俺も結構高いトコ好きよ」
「え…?」
先刻からまるで痴漢でも見たかのようだった彼女の表情が少し緩む。
「えと、隣、座ってもいいかな?」
彼女は小さく頷く。直行はわざと"よいしょ"などと言いながら彼女の隣に腰掛けて、パンの袋を開けた。
「俺んトコ両親共働きだから、昼飯パンとかばっかなんだよね。その弁当は、お母さんが?」
「…私、両親居ないから、自分で…」
彼女の顔が暗くなるのを見て、直行は、あ、地雷踏んだかも、と思った。
10秒くらい、風の音と箸が弁当箱の底をこする音だけが二人を包んでいた。余計気不味くなったことに気付き、直行は必死で話題を探した。
「…と、ところでさ、正宗さんってカッコいい名前っぽくね? "正宗 ゆたか"って、ホントいい響きだよなぁ」
直行は次の瞬間、聴覚に届くのが風の音だけになっていたことに気が付いた。もしかしたらもっと大きな地雷を踏んだのか?直行は少し焦った。
「……私、この名前嫌いなんです」
「…え?」
もしや、と思った展開がストレートに直撃して、直行は更に戸惑う。
「な、なんで?」
「…だって、"正宗"だけでも男っぽいのに、更に追い討ちをかけるみたいに"ゆたか"って…ホントはこんな気弱で目立たない女なのに。…それに…」
「…それに?」
直行は、うつむいていたゆたかの顔を覗き込む。
「…それに…」
躊躇いがちな様子のゆたかの髪を、風が撫ぜる。
「…私、Aカップだから…」
「…は?」
直行はしばらく、ゆたかの発言の意味を脳みそフル回転で考えていた。Aカップって、胸が? 胸? …"正宗"の"むね"? …まさむねゆたか…ってそういうオチかいっ。直行は、少し吹き出した。しかし、顔を赤らめてうつむくゆたかに気付くと、すかさず笑いを止める。
「…まさか、んなこと気にしてんの?」
「だって、みんな言うんだもん、"お前全然胸が豊かじゃねえじゃん"とかって…」
ゆたかは直行の顔を見てそう強く言うと、顔をもっと赤らめて再びうつむいてしまった。
そして、また風の音だけが響く。
「…でもさ、それでも別にいいんじゃね?」
「…え?」
顔を上げるゆたか。
「俺だって、こんな如何にも誠実そうな名前のくせして結構遊び人だし、ちょっとズルでもした日には"真ん中で直行してこいよ"とか言われっけど、それはそれでいいじゃん。からかってくれるっていうのは、少なくともその相手が自分を気にかけてくれてるってことだしよ」
メロンパンを齧りながら直行は言う。
「それに、ホントに"正宗 ゆたか"ってカッコいい名前だと思うよ?女の子で"ゆたか"って、寧ろちょっとかわいいって思うけどなぁ…そうじゃなくても、とりあえず親は君に豊かに生きてもらいたいって思ってつけたんだと思うしよ」
食べきったメロンパンを牛乳で流し込む直行。
「なっ、ゆたかちゃん」
ゆたかは少し戸惑った表情を見せたかと思うと、再び箸を進めだした。そして、ポツリと呟いた。
「…真中君って、ホントにまっすぐなヒトなんだね」
直行はきょとんとしてゆたかを見たが、ふっと笑うと、彼女の弁当の卵焼きを摘まんで口に放り込んだ。
「あっ、ちょっと…」
「…な。そーでもねえんだって」
いたずらな笑顔でにっと笑う直行。
「うん、ゆたかの卵焼きは美味いっ」
呆気に取られた様子のゆたかも、小さく微笑んだ。
「…何突然評論家ぶってるの」
「何をう、俺はこう見えてもグルメなんだって、グルメ」
「あっ、今度はウィンナーまでっ…」
眼下のグランドではいつの間にか、十何人かの生徒がボールを追いかけていた。

おわり


あとがき
ホームページの改装ついでに、むっちゃ短い小説を書こうと思い立って出来たのがこれ。
目標は「月刊のマンガ誌で急に休載が決まった時の空きページを埋めるために急遽載った読み切り」です。(何
こういう純粋な話は下手すると初めてかも知れないですね。あんまりこねくり回しすぎないよう気をつけました。
最初短編用のネタを考えてる時にふと「ゆたかって名前の女の子いいかも」と思い立ち、「ゆたかなのに女の子」から話の流れを思いつき、ついでに胸どうこうの話も付け加えました(爆)。
そっから男の方も考えようと思ったんですが、こちらは速攻でしたね。「真中 直行」って名前はだいぶ前に思いついてました。今思えばこのために生まれてきたような名前だったなぁ(笑)。
ちなみに案の中ではゆたかか直行のどっちかを関西弁にしようかとかいうのもありました(笑)。あ、ゆたかにする場合は直行以外の全登場人物を変える必要があるんですけどね^^;
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