inserted by FC2 system

Respective way


「今日は先週話した転移魔法の実践を行う。まずは手許にあるものを遠くに運んだり、遠くにあるものを手許に出てこさせたりする魔法だ」
此処はとある帝国にある魔法使いの養成学校。20人程の生徒の前に、教員と思しき一人の男性が立っていった。
「まぁ大体のことは先週言ったから分かると思うが、例えば――」
教員は何かを呟くように念じた、すると次の瞬間、彼の手許に花瓶が現れた。
「――とまぁ、こうなるわけだ。ちなみにこれは教室にあったものだが、間違いないよな?」
生徒は頷き、そして驚きと賞賛に満ちた拍手をした。
「さて、それじゃあこれを1人ずつやってもらうことにしよう。まずは…カイン、何でもいいから教室にあったものを出現させてみろ」
「はい」指された生徒は立ち上がり、先程の教員と同じような身振りをした。彼の手には燭台が現れた。
「よろしい、さすがはクラス一の優等生だ。じゃあ次は…シーナ」
「…はーい」次に指された生徒は、どうにも浮かない顔で立ち上がる。「ええと…えいッ!」
次の瞬間、シーナの手許には…何も無かった。
「あ、あれ…?えっと…えいッ!とぉッ!とりゃあッ!」
何度もやってみるが、結果は変わらない。
「…もういい」教員は吐き棄てるように言った。「じゃあ次、ラスク」
 
 
     *     *
 
 
「あーもうっ、ボクあのせんせーきらーい!」
休み時間。少年は膨れ顔で教室の机に突っ伏す。
「いっつも最初に出来のいいカイン当てて、次にボク当てて、そんでボクのこと見下して楽しんでるに決まってるよぉー」
少年は窓際の花瓶を見つめた。
「…ってナレーション、さっきから少年少年ってうるさいよッ!ボクはこー見えても、20歳の成人女性なんだからねッ!!」
…すみません。
「さっきからお前独り言でかすぎ」
「ふぇ?」シーナの前の席に、(今度こそ)少年が飲み物を手に座る。「ああ、リック」
「お前まださっきの気にしてるワケ?もういいじゃんよ」
「そんなことゆったってー…」
「そんな拗ねたって、お前がクラスで唯一の女子であることも、お前がクラスで一番成績悪いことも変わんねぇぞ?」
「分かってるよォ、リックのいじわる」
「その顔は分かってない顔だ」
「えー…」
「とにかく、来週までに転移魔法の練習くらいしといた方がいいんじゃねえの?来週は瞬間移動の実践やるっつってたし」
 
「ッたく、せんせーもリックもいじわるなんだからー…」
多くの生徒が養成学校に付設された寮に暮らしているが、寮費を払えないという理由で少ね…じゃない、シーナは自宅から通っていた。と言っても、自宅には今シーナひとりしか住んでいないし、そこまで窮乏しているわけでもない。寮生活に拘束されるのが厭なだけであった。
「…なんか、自信なくしちゃうよォ…」
そうこうしているうちに家の手前まで来た。シーナは、夕焼け色の家の煙突から、薄い煙が出ているのに気づいた。
「あッ、もしかして…ッ!」
 
シーナは蝶番が外れそうな勢いでドアを開けた。
「あら、お帰りなさい、シーナ」
「やっぱりッ!ただいま、お姉ちゃん!」シーナは先程までの憂鬱モードが嘘のように元気な声を出す。「あ、おかえり、かな?」
「ふふ、そうですね。ただいま、シーナ」
エプロン姿の女性――シーナの姉、マリーナは、丁寧な笑顔を浮かべた。
 
「んー!!やっぱりお姉ちゃんの料理はサイコーッ!!」
ふたりで囲む食卓。ふたりにとってこれは久しぶりのことだった。
「ありがと、そう言ってもらえると、私も嬉しいです」
「でも、どうして急に家に戻ってきたの?お仕事お休みなの?」
マリーナは、20代という異例の若さで宮廷料理長に就任し、皇帝の住む城に住み込みで働いている。この家に帰ってくるのは、年に数回あるかどうかというくらいであった。
「ええ、皇帝が突然『今日は休みだー!!』っておっしゃったから」
微笑んで言うマリーナ。微笑んで言うようなことかどうかは怪しいが。
「そっか」シーナは、手を止めて言う。「じゃあ、今日はもうすぐ帰っちゃうんだ」
「そう…ですね、明日の料理の下ごしらえもありますから」
「…そっか」
マリーナは、うつむき加減で呟くシーナを見つめた。
「…何か、話したいことがあるなら聞きますよ?」
「…ふぇ、な、何で…?」
「シーナは、小さい頃からよく顔に出るタイプなんですもの。そんなんじゃいい女の子になれませんよ?」
冗談っぽく笑ってみせるマリーナ。
「むぅ…」
シーナは膨れてみせたが、すぐまたうつむいた。
「…ボク、ホントに一人前の魔法使いになれるのかなァ…?」
「え?」
「最近、成績もなかなか追いつかないし、せんせーはいじわるだし、なんか自信がなえちゃってさァ…」
マリーナは、暫く黙っていた。そして、ゆっくり口を開いた。
Make your way the right way, you don't choose the right way.
「…ふぇ、何、ソレ…?」目が点になるシーナ。
「或る有名な人の言葉です。『正しい選択肢を選ぼうとするのではなく、自分の選んだ選択肢を正しくしなさい。』という意味です」
「…自分の選択肢を、正しく…」
「そうです。シーナ、あなたは何のために一人前の魔法使いになろうとしているんですか?」
「そ、それは、その…」
「その目的さえ忘れないで努力すれば、きっと魔法使いにだって何にだってなれると思いますよ。ね?」
マリーナの笑みに、シーナは一瞬見とれてしまった。宮廷でマリーナに惚れている人が居るという噂も聞いたことがあるが、この笑顔がこの人の魅力なのかも知れない、とも思えてしまう程だった。
「…うんッ!」
 
翌週。
「――なるほど、で、転移魔法は出来るようになった、と」
授業開始直後、シーナは教員に転移魔法を存分に披露してみせた。
「はいッ」
「それは分かったが…じゃあ今日の瞬間移動の予習もして来たんだろうな?」
「…え」
「いや、えじゃなくてだな…」
呆れ顔の教員。そして焦り顔のシーナ。
「…そーいえば今日は瞬間移動の授業でしたっけー…」
「あのなァ…」
「あ、でもでも、多分出来ますッ!転移魔法と原理は一緒なんですよねッ?」
「…まぁ、一応はな」
「よーしッ、じゃあやるぞーッ!!」
 
――お姉ちゃん、見ててね。
 
「っておい、待てシーナ!」
 
――ボクは一人前の魔法使いになってみせるからね。
 
「お前、何処に移動するつもりだ?!」
 
――その、理由は、
 
「…ふぇ?」
 
 
     *     *
 
 
「…−ナ、シーナ」
声が、する。聞きなれた、声。
「…ん…?」
目を覚ますと、其処は見たことの無い厨房だった。でも、目の前には見慣れた人が居た。
「はれ…お姉、ちゃん…?」
「ああよかった、何処かケガでもしていたらどうしようかと思いましたよ」
「ってあれ、えっと…此処は…?」
シーナは頭を手で押さえながら言う。
「此処は、私の勤め先。宮廷の厨房ですよ」
「…ええッ?!」
宮廷内部は一般の民草が自由に出入りできるようなところではない。
「な、なんでボクが宮廷の中に…?」
「それはこっちが聞きたいですよ、何か物音がしたかと思ったら、突然あなたが此処に居るんですもの」
「…あッ、まさか…?!」
先々週の授業中の教員の言葉が脳裏をよぎる。
“瞬間移動の際、移動先は頭の中で思い描いたところとなる”
「…そう言えばあの時、お姉ちゃんのことを思い浮かべたような気が…」
「え?」
「あ、ううん、な、何でもない…あはは…」
明らかに引きつった微笑みに、マリーナは首をかしげる。
 
 
     *     *
 
 
「よォーしッ、紫色のエリンギ発見ッ!」
険しい山中で、少年の声がする。
「えーっとォ、ヒネズミの子供でしょ、カレー湖の水でしょ、んであとはァ…あッ、鬼喰い花の根っこだッ!…っと、その前にこのエリンギをお姉ちゃんのトコにっと…えいッ!」
次の瞬間、彼の手にあったえぐい色のきのこは消え去っていた。
「ッてだからナレーション、少年とか彼とか言うなってばッ!!ボクはレイディーなのッ!!」
…レイディーねぇ…。
「何さァ、文句あるのォ?」
…いえ、別に…。
 
厨房に居るマリーナの手許に、ありえない色のきのこが登場する。
「あら、シーナ、仕事早くなってきましたね」
早速この珍味と名高い紫色のエリンギの下ごしらえに取り掛かるマリーナ。
「…これが、シーナの選んだ『正しい選択肢』なんですね」
 
「へーっくしゅんッ!!」
峡谷の中心で、大きなくしゃみがひびく。
「…んー、花粉が近くにあるってことかなァ…?」
魔法というよりは忍術か何かに近くないか、と思える程険しい道程をかいくぐっていくシーナ。
「ふーッ、きッつーい!…でも、これもお姉ちゃんのためだもん!」
 
――姉の出不精をよく知るシーナは、この日のために魔法使いの養成学校に入った。そして、若干早咲きながら、今その日に居る。
 
「あッ、確かあの木の下らへんにあるってゆってたよーな…」
 
――この選択肢が正しいか正しくないかは、まだ分からないけれど、正しくなくったって構わない。
 
「…ッて、こっち近道じゃなかったよ…あっちから廻るみたいだね」
 
――今から、正しくすれば良いのだから。
 
「痛てて、あれ、どっかでかすり傷作っちゃったんだァ…」
 
――だから、きっともうこの先悩むことは無いと思う。
 
「あれ、もしかして……」
 
――大事な人の、傍に居るから。
 
「あッ、見ーつけたッ!!」

おわり


あとがき
吟遊に載せる小説としては初めて、登場人物の名前が全部カタカナです(笑)。
カタカナ名前をつけるのが苦手な冴戒にとっちゃ、メイン2人はまだしも脇役の名前なんて決めるのは結構な労苦でした(爆)。…いや、つけなくてもよかったんですけどね?(ぇ
なおカインがFFか何かの登場人物に居る名前だなんてことは後から知りました。(ぉ
で、実を言うと今回の主役2人については、だいぶ前から居たキャラだったりします。ちなみにファミリーネームはオブライアンなんですけど(聞いてない
今回の話の中心は途中の英語の箇所で、此処から話を膨らましてくうちにこの子らを登場させてみようという気になり、結果魔法とか出てくるファンタジーっぽい設定になりました。
事前の触れ込み程は魔法出てきてないとかいうのは内緒ね。(ぇ
なおこの英語の部分ですが、或る英語の先生が仰っていたことの受け売りだったりもします。まぁ元は日本語で、英語訳は冴戒が勝手にしたのですが。好きな言葉の一つです。
あと、今回は地の文にもこだわってみました。登場人物とのからみなんていう新たな試みも(笑)。
その分楽しんで書いたので、実は頭から2時間弱で、ほぼ休み無くずずいと書き下ろしてしまいました(爆)。自分でもびっくりですよ、ええ(苦笑)。
この子たちが今後登場するかどうかは激しく未定です。(ぉ
あ、そうそう、タイトルの「Respective way」ですが、「それぞれの道(選択肢)」という意味です。Respectiveという形容詞は尊敬云々の意味はありませんのでご注意ください(何
戻る

inserted by FC2 system