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三重の思惑


※登場人物一覧などは省略。
「あ、この曲こないだバイト先でかかってたんだけど、結構いい曲なんだよ」
「ふーん…ほなこれも借りてこか」
女性ヴォーカリストの歌声が響き渡るレンタルビデオ・CD店の中に、烈馬と千尋が居た。木曜日はレンタルCDが1枚100円になり、おまけに大通りからわき道に入ったところにあり客が少ないので、2人はこの時を狙って多く借りていくことにしている。
「あ、じゃあこっちの森原 安奈のは?ちょっと売れてるらしいで」
「そうなんだぁ…あ、STREAMの新曲出てたんだ」千尋は1枚1枚とかごの中に入れてゆく。
その時、烈馬の携帯電話が鳴った。
「あ、ゴメン千尋」烈馬はかごを千尋に渡すと、電波のよく入りそうなところに行って通話ボタンを押した。
「はいもしもし…」
「あ、矢吹?俺、羊谷さ」
「ああ羊谷君…どしたんや?」
「俺、今篁のバイクの後ろに乗って柏原(かしわら)町の葛屋(くずや)に向かってんだけど、今日レンタル安い日だから矢吹も誘おうかなと思ってさ」
「あ、そうなんや。俺丁度千尋と葛屋来てんねん」
「マジで?そりゃ丁度よかったさ。んじゃ篁にもっとバイク早く走らさせてそっち行くさ」
「ああ、待ってるわ」
「あ、じゃあ信号変わりそうだからまたあとで。じゃ」
烈馬は携帯を切り、千尋の居るCDの棚に戻る。
「電話誰からだったの?」
「ああ、羊谷君や。今からこっち来るんやって」
「へぇ…あ、この曲もいいのよね」千尋が1枚のCDを手に取ったその時であった。店内に1発の銃声が響いた。千尋は思わず、手に取ったCDを落としてしまった。
「ああっ、CDのケース割れちゃったじゃない…」床に落ちたCDを拾おうとする千尋を、烈馬が制する。「…え?何?」
「…お前、この状況わかってないんか?」烈馬は呆れ顔で、レジカウンターの方に千尋の注意を促す。カウンターの上に、覆面を被り拳銃を持った男が2人立っていた。
「こ、これってまさか…」千尋の言葉は、その男の声に掻き消された。
「俺達は今このレンタル屋を占拠した!死にたくなけりゃさっさと金を出せ!」

「…また赤信号さ?お前ホントに運ないさね」
停止線に停まるバイク。運転する祥一郎の背中にしがみ付く時哉が言う。
「運とかって問題じゃねぇだろ…」呆れる祥一郎。「っていうかなんでオレがオメーをレンタル屋に連れてかなきゃいけねぇんだよ」
「だって通り掛かった公園に居たお前暇そうだったし、バイクの方が早いしさ」
「…オレはオメーの兄貴じゃねぇんだぜ」青信号になり再びバイクを走らせる祥一郎。
「…なんで兄貴なのさ」時哉はぽつりと呟く。「フツー保護者とかもっと別の言い方するだろ」

「客は全員ここに並んで、携帯電話を渡せ!」レジの上に居る男は、拳銃を振りかざして言う。「店員、早く金を出しやがれ!」
「は、はい…」恐らく烈馬と同い年くらいと思われる女性店員は、かなり慌てた様子でレジを操作している。
烈馬と千尋をはじめ10人ちょっとの客がレジの前に並ぶ。男の1人がレジから降り、1人ずつ携帯電話を受け取り始める。
「ほら、お前も携帯出せ」男は烈馬の所へ来る。
烈馬は何も言わず、携帯を男に渡そうとした。その時であった。
「おい、店員」男はレジに居る店員に言う。「この邪魔な音楽をさっさと止めろ。それと、ブラインドも全部閉めろ」
「は、はい…」店員はBGMを流す機械を操作し、男性フォークデュオの曲を止め、全てのドアや窓についているブラインドを閉めた。

男が全員の携帯電話を受け取り、店員から金を受け取ろうとした瞬間、入口のドアをノックする音が聞こえた。
「すみませーん、ビデオ返しに来たんですけどー」
烈馬と千尋は、その声の主が誰であるかすぐわかった。時哉である。ブラインド越しのシルエットだと2人見えるから、もう1人は恐らく祥一郎であろう。
「おっかしいな…」先程とは異なる声色が聞こえる。「ブラインドの隙間から電気ついてるのが分かるし、外に何本も"今日はレンタルCD100円の日"ってのぼりが立ってるから休みってことはないと思うんだけどな」
「おい」男は店員に言う。「お前の着てるそのエプロン(制服)を貸せ。あいつらをやり過ごす」
店員はエプロンを渡し、男はそれを着たが、胸についた名札はその女性店員の物であったので外し、他の客を入口から見えない位置に移動させ、覆面を脱いでからドアを開けた。

「いらっしゃいませ」
満面の笑みで、茶色がかった髪と黒髪の2人の客を迎える男。
「あ…」ちょっとたじろぐ客。「おにーさん居ましたっけ?このビデオ借りに来た時は居なかったと思うんですけど」
「えっ」男は少し言葉を詰まらせながらも言う。「ああ…昨日から働いてるんですよ」
「ふーん…あ、このビデオ返しに来たんですけど」客は男に青い袋を渡す。
「あ、ああ、ありがとうございます」男は袋を受け取る。「またのお越しをお待ち…」
「すみません」もう1人の客が言う。「ちょっと借りたいモンがあるんですけど、いいですか」
「え…」男は躊躇って言う。「あ、な、何をお借りになりますか?お持ちいたします」
「そんなわざわざ悪いですよ」茶色がかった髪の客の方が言う。「俺達で探しますって」
「いえいえ、私がお持ちしますから…何でもどうぞ」
「そうですか?じゃあ…」黒髪の客が言う。「ヤブキチヒロって歌手の"もう大丈夫"ってCDありますか?」
「え?えーっと…」男は記憶を辿るようなフリをして言う。「あ、その商品は入荷してないんですよ…」
「…そうですか」と黒髪の客。「まぁあれインディーズだし、入るまで時間が引き延ばされますよね」
「んじゃ、そろそろ帰るか」もう1人の客が言う。「すみません、色々お手数かけて」
「いえいえ」男はまた笑顔を繕う。「またいらしてください」
客は去って行った。

「ちょ、ちょっと烈馬…」千尋が声を潜めて言う。「時哉くんと祥一郎くん、わたし達を助けてくれるのかと思ったらそのまま帰っちゃったじゃない…」
「いや、心配せんでええで」
「え?」
「さっき篁君が言うてたやろ、『ヤブキチヒロの"もう大丈夫"ってCDありますか』って」
「あ、それじゃあもしかして…」
「ああ、その後『時間が引き延ばされる』とか不自然な表現を使てたのを考えると、あれは篁君の俺と千尋への『もう大丈夫やから、時間を引き延ばしといてくれ』っちゅうメッセージやっちゅうこっちゃ」
「それじゃあ…」
「ああ、あとはどうやって時間を引き延ばすか、やけど…」烈馬は何かを思いついたようだ。「あのー…」
「ん?何だ?」男の一人が言う。
「店の奥にもお金あるんじゃないですか?」
「…そうだな」男はエプロンを返した店員に言う。「おい、店の奥を案内しろ」
男の一人と店員は店の奥に入っていった。

「それじゃ、おいとまするとするか」
鞄に大量の金を詰め込んだ男が言う。
「言っとくが、あと数時間はこの事を喋るんじゃねぇぞ」もう1人の男が言う。「まあどうせ、俺の顔を見たのはさっきの客くらいだから証言されても変わらないと思うがな」
「それが、変わっちまうんだよなぁ」
「え?」男は声のした入口の方を見た。さっきの茶色がかった髪の青年が居た。「お、お前…」
「残念だけど、俺の父親は県警捜査一課の刑事なのさ」
「てことは、どういうことか分かるよな?」隣に居る黒髪の青年が、ドアを大きく開けた。次の瞬間、防弾用の盾を持った多くの警察官がレンタル店に雪崩れ込んだ。
「う、うわぁっ!」1分後、男2人は御用となっていた。

「にしても…」解放された千尋が言う。「時哉くんも祥一郎くんも、よくあの店が強盗に押し入られてるって分かったよね」
「簡単なことさ」と時哉。「あの店員は胸に名札つけてなかったし、返したビデオの中身も確認せずに受け取った。あの店員が偽者なのはすぐ見抜けたさ」
「それにレンタル屋ならいつも流れている筈の音楽は流れてなかったし、微かに硝煙の匂いもしてた」と祥一郎。「そもそも店中のブラインドが閉まってたし、結論出すのはすぐだったよ」
「で、あの後すぐオヤジさんに電話してくれたっちゅうことか」と烈馬。「やっぱ流石やわ」
「ま、或る意味運が良かったさ。お前らにとっても、俺にとっても」
「…え?どういうこと?」千尋が聞く。
「あのビデオ、返却日を1週間過ぎてたのさ。でもあのお蔭でこっそり延滞料金払わずに済んだってわけさ♪」
「…極悪人」烈馬は呆れ顔でツッコんだ。
あとがき。 …っていうか言い訳

はい、超短編です。(爆)
ミステリ要素の無かった「Good-bye Summer Vacation」を除けば一番短い作品になってます。
いや、単純にネタを思いついて書いてたら1時間くらいで出来上がっちゃったってだけなんですが。(ぇ
でも、これくらいのもいいでしょ?
ちなみに歌手の名前は全部テキトーですが、レンタル屋の名前はもじりです。って見りゃ分かるか^^;
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