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あいのうた

ノクターン

そう、きっかけはこの日にきたフユからのメールだった。彼女の名前は菊崎芙有って言って、私の小学校時代の友人の1人。中学校では彼女が転校したから離れていたけど、偶然同じ高校…私立深月高校…に入学して、1年生の時に同じクラスになって以来、こうやってよくメールのやり取りもしているの。その彼女から、こんなメールが届いていたんだ。
「あの…ごめんね、大事なお話がしたいの…。今日、会えないかな…?」
私が起きたのは午後1時過ぎ。昨日と一昨日の2日間の疲れがたまっていて、そんな時間まで爆睡していたの。送信された時間は今朝の9時過ぎだったので、私はすぐに返信することにした。あ、フユのメールにはいつも無駄に「あの」とか「えっと」とかが付くの。フユは引っ込み思案なので、いかにもフユらしいと言えばフユらしいんだけどね。
「ゴメン、今起きた!うん、いいよ〜V(^0^)」
私は眠い目をこすりながらシャワーを浴びて、服を着る。その頃には、フユからの返事がきていた。
「うん、ありがとう。…えっと、それじゃ3時にフロラでいいですか?」
私はすぐにOKの返事を送る。ちなみにフロラというのは「フローライト」という、学校の近くの喫茶店。深月高校の周りには何件か喫茶店があって、私たちはそれを全て、カタカナ3文字の略称で呼んでいるの。
そして、私は徒歩で出かけた。たぶん、そのときの私は、かなり期待に胸を弾ませていた。

3時少し前にフロラにつくと、片隅のテーブル席でフユが待っていた。フユは水色のブラウスに白のロングスカート。いかにも清楚な感じ。小学校の頃から眼鏡だったけど、高校生になってからはコンタクトをしているの。テーブルの上にはアイスコーヒーと文庫本。フユは純文学が好きらしいので、本に関しては、推理小説しか読まない私とは話が合わない。それから、椅子の脇には日傘がかけられていた。典型的な文学少女、って感じだなぁ。髪は無造作に下ろしている。ちょっぴり怯えたような瞳が、彼女の性格をよく表しているような気がした。頬に赤みが差しているのはチークじゃなくて、本当に照れているのよ。フユ、対人赤面症っぽいところもあるからなぁ…。
「ごめんね、急に」
私が椅子に座って店員さんにカフェオレを注文すると、フユはすぐにそう口にした。何でもないことで謝るのも彼女のクセ。そういう時、私はいつも笑い飛ばしてあげる。
「ううん、いいよ。…それで、どうしたの?何か、急じゃない?」
するとフユは俯く。これもいつもの事なので、私は気にも留めない。
「うん…その、ずっと…悩んだんだ…。これを、美寛ちゃんに、言おうかどうか…」
「悩んだの?もう、フユはいっつも何でもないことでず〜っと悩むんだから。…いつから悩んでたの?」
「その…先週の、火曜日から…」
私は先週の火曜日のことを思い出す。…そうだ、あれは私の友達の1人、夜屋美留奈から電話がかかってきた日だ。もうその事さえ、私には遠い昔の出来事のように感じられていた。つまりフユはもう一週間近く悩んでいたのね。もぉ、毎回思うけど、よくそんなに長い時間悩み続けられるよね…そんな事を思いながら、私はフユを見た。その途端に、私は違和感を覚えた。…今日のフユ、いつも以上に何かを…恐れてない?
「本当に、ゴメン…でも、ウソでも見間違いでもないの…。だから、そのつもりで…聴いて」
私は何も言わずに頷いた。フユはただでさえ小さな声を、もっと小さくする。
「私がね、その…アレクでバイトしているのは、知ってるよね?」
私はもう一度頷く。フユが声を落とした理由はもちろん、この話を私以外の人に聞かせたくないという理由があるとは思うけど、今フロラにお客さんは私たちしかいなかった。それよりはむしろ、自分がフロラのライバル店といえる近所の喫茶店でバイトしている事を知られたくなかったからみたい。ちなみにアレクとはアレクサンドライトという喫茶店で、ここも深月高校から坂を下りてすぐのところにある。フロラとアレクは目と鼻の先なの。
「その…先週の火曜日の午後なんだけどね…学校が終わってすぐの頃にね…ホントに、ごめん」
フユは私の顔を見るのをやめてしまう。そして、微かに息のような声を漏らした。
「月倉くんが、入ってきたの…」
「えっ?疾風が…アレクに?」
私の第一印象は「珍しい」だった。確かに先週の火曜日なら補習があって、私たちは授業を受けた。でも、だいたい疾風が1人で喫茶店に入るなんてありえない。少なくとも私は、疾風から「1人で喫茶店に入った」なんて聞いた事がなかった。それに疾風だったら、いつも私と一緒に行くエデル…これはエデルスタインという喫茶店なんだけど…そこに行くと思うなぁ。どうして、アレクなんだろう?フユは私がちょっぴり考えて、そして自分の方を再び見たのを確認してから話し始める。
「月倉くん、私には気付いていないみたいだった。バイト中は私、眼鏡をかけるし、髪をくくってバンダナをするから、きっと分からなかったんだと思う。それで、彼は2人がけのテーブル席に座って、アイスティーを頼んで、しばらく待っていたの。ケータイをみて、何度か時間を確認しているみたいだった」
「えっと…それはつまり、誰かと待ち合わせていた、って事かな?」
「うん。そうだったの。10分くらいして、月倉くんの席に、人を案内したから」
その言葉を聞いて、私は思わずある情景を思い浮かべる。それは、陳腐なドラマではお決まりのシーン。
「えっ…?まさか、待ち合わせの相手が…!!?」
フユはまた俯いてしまった。でも、今度はさっきと違って、はっきりと話してくれる。
「ゴメン、そうなの…。すっごくキレイな、女の人だったの…」


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