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あいのうた

ソナタ

ウソ…!!?その言葉は想像していたとはいえ、私の心を打ち砕いてしまった。そんな、そんな疾風に限って、別の女と浮気するだなんて…。そういえば、火曜日の疾風は確かにヘンだった。それを私は今になって思い出す。そう…あまり、私とも話をしてくれなくて…。あれを、私は勝手に、その前の土曜日に起きた「あの事」を、疾風がまだ引きずっているんだと思っていた。そう、確かあの日も、その前の日と一緒ですぐに学校を出ちゃったはず。私はどちらの日も、しばらく詩織とおしゃべりしていたから、あの二日間は一緒に帰らなかったんだ…。私はすぐにフユに確認する。これは…疾風を問い詰めなくっちゃ!!
「ねえ、フユ…そのさ、疾風が会っていた女って…どんな女だったの?高校生?」
「ううん、私には高校生には見えなかったよ。もう少し年上。たぶん二十歳くらい」
「どんな感じ?」
「えっと…色白でキレイな人だった。髪が長くて、落ち着いてて、すごく上品で…うん、私もあんな女性になれたらな…って思うくらい」
「その人と話した?」
「女の人と?うん、話したよ。私が『いらっしゃいませ』って言ったら、『すみません、高校生の男の子と待ち合わせしているんですけど』って。それで…あの、その時は、月倉くんしか店の中に男子の高校生がいなかったから…。ああ、月倉くんはこの人と待ち合わせしていたんだ…って」
「それで案内したんだ?疾風のところへ」
「うん。そうしたら…その、月倉くんが顔を上げて…その…」
「え?疾風、何か言ったの?」
「あの…『お久しぶりです』って」
な…何ですって…!?お、お久しぶりって、疾風はその女と、何度か会っているって事!!?
「それ、ホントにホント?」
「…うん。ゴメン」
とにかく、ショックだった…。私と疾風の仲は、少なくとも私は、永遠だって思っていたのに…。疾風だっていつも、私のことを「一番好きだよ」って言ってくれていたハズなのに…。
「…ねえ、2人はそれから…どうしたの?」
「え?えっと…女の人がアイスコーヒーを頼んで、しばらく2人で…その、お話してた。それで、30分くらいかな?それぐらい経った時に、2人で出て行ったの」
疾風が30分も、私以外の女と話す…!?それ、よっぽど2人が親しいってことになる。私だって、30分ず〜っと疾風と話し続ける事は、そんなにある事じゃないもの…。私の中に少しずつ、でも間違いなく、怒りがこみ上げてくる。もちろんそれは疾風にじゃなくって、疾風をたぶらかした女に。
(でも、それは私の素直な気持ちなの?)
「あの…美寛ちゃん?」
フユが私に話しかけてくる。目は本当におびえていた。
「あの…最後に…その、一番大事なことが」
そう言って、フユは自分のケータイを取り出した。そしてちょっぴり、画面を操作する。
「え…?もしかして、フユ…!?」
「うん、そうなの…。こんな事、仕事中じゃなくてもしちゃいけない事だって分かってはいたんだけど、その…美寛ちゃんのことを考えると、つい…」
フユは自分のケータイの画面を見せてくれる。それはもちろん、写メだった。確かにそこには、疾風が映っている。制服姿だ。夏服で、第一ボタンは外している。…疾風がこちらを向いている、ということは、待ち合わせ相手の女の顔は、残念ながら分からなかった。でも、ちょっぴりウェーブのかかったポニーテールは確かに、キレイな女性を予感させるのに十分だった。その奥にのぞく肌も、疾風の制服のブラウスと同じように白い。椅子のせいであまり詳しい様子は分からないけど、どうやら黄緑色のカーディガンを羽織っているらしい。そしてベージュに近い色のスカート…たぶん膝くらいまでだ…をはいていた。確かに、かなり上品そう。
「フユ、ありがとう!…あのさ、これ…送って欲しいな」
「うん、分かった…」
私はフユから、この問題画像を手に入れる。そして私たちは、フロラを出た。帰る途中も、フユは怯えっぱなしだった。…まあ、フロラにいたところをアレクの人に知られたくはないよね…。そう最初、私は思ったけど、でもアレクをかなり通り過ぎてからも、フユは怯えた目をしていた。それを見て不意に、私はあることに気が付く。フユって…もしかして…。
「ねえ、フユ…まだ何か、言ってない事があるんじゃ…」
その言葉と同時に、フユは少し飛び上がった。
「えっ!?え、えっと…」
「もう何をいわれてもいいよ。私は、フユには怒らないから…それとも、疾風のことを心配してるの?」
「え…それは…うん…。だって、私が2人の仲をさ…。その…引き裂く、みたいで…」
「まさかフユさぁ」
私はフユに笑顔を見せる。
「私と疾風の関係が、それぐらいで終わるなんて思ってるんじゃないよね?」
「……そう、だよね…きっと、2人は、大丈夫だよね…」
今の私の気持ちは、ちょっぴり後ろめたい感じだった。…だって、口にはしたけどそんな事…私にだって、分からないんだもん…。それは、私は『あの事件』のおかげで、疾風が今までずっと隠してきたものに近づく事はできた。それはきっと、疾風の事を分かってあげる上では、すっごい前進。それは分かる。でも…それでもまだ、全部って訳じゃないもん…。もしまだ、疾風が、私の全然知らない一面を持っているとしたら…?そうは考えるけど、もちろん、今のフユの前では顔に出さない。そういう私の顔を見て、安堵したフユは話してくれた。
「その…2人の会話が、聞こえちゃったから…」
「何て言ってたの?」
「その…女の人のほうが、『じゃあ、今日は私の番で、来週の火曜日はハヤ君の番だね』って…それで…その、『来週も同じ時間に、ここで待ち合わせって事でいいかな?』って…。月倉くんは、頷いたみたいだったの…」
…それは、もしかして…「来週の火曜日」、つまり明日にも疾風がその女と会うって事…!?
「そっか…うん、分かったよ、フユ。本当に、どうも、ありがとね」
そう言って、私とフユは笑顔のまま別れた。もちろん、フユと別れた瞬間から、私の顔から笑顔が消えたのは言うまでもない。


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