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あいのうた

ワルツ

7月30日、火曜日。私は早めにお昼ご飯を食べた後、すぐに家を出た。黄色いTシャツにデニムの動きやすい格好。髪は一つに束ねていた。普段、こんな髪形はあまりしない。それだけでも女の子は、感じが変わる。そう…私、疾風と付き合い始めて、疾風がツインテールの女の子が好きって分かってからは、ほとんどいつもツインテールだった。だから、これはそういう意味でも、疾風との…決別なの。私は先に、いつも服を買うお店「スピードスター」によって、野球帽のような白いキャップを買ってきた。店を出て、早速値札を切ってそれをかぶる。つまりこれは、変装なの。帽子なんて普段まずかぶらないから、これなら疾風でも分からないはず。それから私は…いろいろな事を考えながら歩いた。そう、色々なケースって言った方がいいかも。そんな事をしているうちに、すぐにアレクにたどり着く。そして、何気なく中を覗いてみると…。
…いる!あの黒いシャツは、間違いなく疾風だ…!窓際の席にいるから、これ以上近づくと気付かれそう。…そこで私は、向かいのコンビニに入った。普段からよくファッション誌を立ち読みしているコンビニ。そこで私は、さりげなくアレクを見張ることにした。…ただ、何度かファッション誌の内容に熱中してしまって…何と、その女がアレクに入るところを、私は見逃していたの。私が顔を上げたときに、疾風と女の人が出てきて、そこで始めて気付く始末だった。でも、何とか気付けて…ふぅ、よかった…。あ、でもその女がトイレに入っていた可能性だってあるんだしね。とにかく、勝負はこれからなんだから!
喫茶店を先に出てきたのは疾風だった。うん、やっぱり疾風に間違いない。清潔な黒いシャツに、茶色の長ズボン。ある意味いつもどおりの、シックな服だった。他の女子は「地味」って言うんだろうけど、私はそうは思わないの。そして女の方は…どうやら、お金を払っているらしい。しばらくして、その女が出てきた。私は窓ガラス越しに、その女を観察しようとする。でも、その女を見た瞬間に、私の思考は完全にフリーズした。
「えっ…!!?ウソ…!!!」
思わず私は声を漏らしそうになって、慌てて口を噤む。
その女は、今日は髪を束ねていなかった。普通におろしている。薄緑のTシャツに、白い長めのスカート、茶色のサンダル。ゆったりしている服装のはずなのに、スタイルのいい体つきがかなりよく分かる。アクセサリは何もしていない。ただその分、色の白い肌が際立っている。あくまで自然な感じで、確かに世の男が好きになりそうな印象を与えていた。右手には小さな、ポシェットのようなかばん。今も疾風に対して優しく微笑みかけていた。私はその光景を目の当たりにして、本当に頭の中が真っ白になった。そして、自分でも驚くほど早く、そして強い怒りの感情がこみ上げてくる。それが自分でも抑えきれないほどだった。もちろん、女に対しては様々な罵詈雑言が思い浮かぶ。そして…疾風に対して最初に出てきた私の言葉は、「最低」だった。私はもう一度、女を見る。絶対、間違いない。…あれは、あれは…。

私の……お姉ちゃんじゃないの…!!!!

雪川雅。それが、私の姉。私立白龍大学の3年生。美人でスタイルもよくて、頭も悪くはない。おまけに性格もいいし家事も出来る、「完璧な女」なの。強いて欠点を挙げるなら、運動音痴な事と、喋り方や動作が比較的遅い事くらい。でも運動なんて大学生にもなったらあまり関係ないし、それにゆっくりとした喋り方や仕草は、男からは上品で優雅に見えるらしい。私も最近、ちょっぴり許せるようにはなったけど、それでもまだ「どんくさい」って思うことがある。…とにかく、何で未だに彼氏がいないのか不思議なくらい、イイ女なの。
だからこそ私には、お姉ちゃんのことが大嫌いな時期があった。お姉ちゃんは基本的に怒らない。昔からの、人の良さの表れなんだけど、中学生の頃の私には「イイ子ぶってる」としか思えなかった。それで、お姉ちゃんみたいになりたくなくて、髪を茶色にしたり…他にも色々、「悪い子ぶった」事がある。とにかく、お姉ちゃんと比べられたくない!!それが、あの頃の私の本音。私がこの悪循環を脱出できたのは、ただ、疾風のおかげだった。疾風がお姉ちゃんになんか見向きもせずに、私だけを愛してくれた事は、本当に心強かった。私だって誰かに愛してもらってる、誰かを愛して生きていける!!それを教えてくれたのが、疾風だった。
なのに…。
目の前で疾風は、お姉ちゃんと、笑ってる…。
こんな、こんなウラギリなんて、ない…。
許せない…許せないよ……!!!
私はファッション誌を置いて、コンビニを出て行く。お姉ちゃんの足取りは、そんなに速くはない。疾風はちょっぴり速い方だけど、今はお姉ちゃんの足並みに合わせているみたいだった。2人は楽しそうにおしゃべりしながら、街のほうへと歩いている。…見てるだけでもムカムカしてくる。胃腸薬でも飲んでおけばよかった。
(でも、それを普段、私と疾風はみんなに対して、しているんだ…)
私は立ち止まったり、電柱や曲がり角の陰に隠れたりしながら2人を追った。幸い平日の昼間だ、そんなに人はいない。他の人の目も気にする事はなかった。…なんか、完全に安っぽい探偵ドラマの尾行シーンだけど、今回ばかりはしょうがないよね。2人は街に出て、まずディスカウントストアに足を踏み込んだ。デートコースとしては、いまいちパッとしないところだなぁ…。ところで、2人はどこに行く気だろう?私は見失わないように、そして不審に思われないように注意しながら、それとなく2人を追っていく。2人はパーティー道具のところにいるらしい。あまり近づくと気付かれるので、私はそっとその反対側のスペース…ここはお菓子売り場だった…で品物を見ている振りをしつつ、疾風とお姉ちゃんの声に耳を澄ませる。断片的にではあるけれど、確かに2人の声が聞こえてくる。
「ハヤ君は、どういうのが好きなのかなぁ?」
そうか…疾風の事を「ハヤ君」だなんて呼ぶのは、お姉ちゃんくらいしかいないよ…。フユだってそう言ったじゃない。なんで私、あの時に気が付かなかったんだろ…?
「…ああいうのとか。あの真ん中の」
え…?真ん中の?あ、そうか…何かが壁にかかっていて、その中で真ん中のものがいいって、疾風は言ってるのね。それにしても一体、2人は何を見ているの…?
「あ、たしかにカワイイね〜」
「でも…さすがに、あれは…マズイですよね」
「う〜ん、そうだね〜。私はいいけど、パパやママが見ると誤解しそうだなぁ」
その後も疾風とお姉ちゃんは、何か話していたけど、結局その場を離れてしまった。やっぱり2人は、買い物籠に何も入れていない。私はまだ2人がお店を出る気配が無さそうだったので、すっと隣のコーナーに入る。それで、結局2人は何を見ていたのか確認しなくちゃ…。私は正面を見て、思わず立ち尽くした。
「えっ……!!?」
たぶん口には出していないはず。でも、心の中で私はそう叫んでいた。…そんな、まさか、まさか疾風…!?
そう、そこにあったのは変装グッズというか、コスプレの道具だったの。それで、何着かの服が、壁にかかっているんじゃなくて宙に吊ってある感じだったんだけど、その「真ん中」にあったのは、白いフリルのいっぱいついた、カワイイ紺色のメイド服だったの…。ま、まさか疾風、お姉ちゃんにこれを着せるつもり…!!?それは、確かに洗濯するのはママだし、警察官のパパが見たら尚更、誤解を招くとは思うけど…。
あ〜、もう、絶対許さない!!疾風、お姉ちゃん相手にそんな事を考えてるのね!!?…そうだよね、疾風だって男だもんね。ど〜せメイド服姿のお姉ちゃんに、お姉ちゃん手作りのオムライスとか、食べさせてもらいたいんでしょ!!?もお、疾風のバカ!サイアク!!…それくらい、私にだって出来るよ…。
私は気持ちを落ち着けて、改めて2人を探す。疾風とお姉ちゃんは、仲良さそうにマグカップなんかの小物を見ていた。幸い店員も客も見える範囲にはいないし、店内の音楽も賑やかだったから、私は労せずしてそんな2人を、ケータイのカメラに収めた。


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