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あいのうた

レクイエム

疾風とお姉ちゃんはしばらくして店を出た。私もちょっぴり距離を開けて、2人を追いかける。そうやって後ろから見てると…お姉ちゃんは160センチくらい背がある。それが…ちょうど疾風と、いいくらいに見えて…。お姉ちゃんのことが大キライだった昔を、私は思い出していた。…でも、疾風が手をポケットに入れているのは救い。これで2人が手を握り合ったりしたら、私は普通じゃいられなくなるよ…。
そんなことを考えていた時、急に2人が左に曲がった。…あれ?私はすぐに、ちょっぴり近づく。そこはアイスクリーム屋さんだった。…そう言えば疾風は、アイスクリーム屋さんには「美寛と一緒でも、あんまり入りたくない」って言ってた。女の子ばっかりで緊張するから…って言ってたけど…。ふ〜ん、疾風、お姉ちゃんとなら平気で入れるんだね〜…。
とにかく、私も休憩することにした。アイスクリーム屋さんの向かいのファーストフードのお店に入って、ジュースを頼む。そして窓際の席に座って、それとなくそのお店を見張ることにした。疾風とお姉ちゃんは、数分後にはお店を出てきた。疾風はバニラのソフトクリームを、お姉ちゃんは二段のアイスクリームを持っている。疾風の表情はいつもと変わらない。どんな気持ちか予想すると…緊張半分、嬉しさ半分みたいな顔だ。一方お姉ちゃんは、かなり機嫌が良さそう。基本的にいつも嬉しそうな顔をしているけど、今日は特別のような気がした。…2人はお店の前の日陰になったベンチに腰を下ろす。私は何気なく2人を見ていた。…はあ、私、何してるんだろ?…そして、疾風は…今、何を考えてるんだろ?私といる時より…楽しいのかな…?
その時だった。私も突然の出来事で、ホントにビックリした。…お姉ちゃんが、何か言いながら、疾風に自分のアイスクリームを差し出したの!!…きっといつものゆったりした声で、「食べる〜?」とか何とか言ったんだと思う。な…お姉ちゃん、一体何考えてるのよ!!?私の視線は疾風に集中する。疾風の表情はよく見えなかった。…食べちゃダメ、疾風!!それ食べること、何を意味してるか分かってるでしょ!!?

バシャッ!
「コラッ!!」

「えっ!?」
その音に私は驚いて振り向いてしまった。店内で小さな男の子がお母さんらしき女性に怒られている。床にはこぼれたオレンジジュース。女性はしきりと周りの人に謝りながらも、男の子を叱っていた。…私は、よくそんな器用な事ができるなぁ…と感心していた。それと同時に、居心地の悪さも…って、しまった!!!疾風は!!?
慌てて窓のほうを振り向くと、もうそこに変わった様子は見られない。疾風はお姉ちゃんと、何かを話しながらソフトクリームを食べている。私は急に落ち込んでしまった。そんな…疾風は結局、食べたの?それとも食べなかったの?もう、真実は分からない。私はなぜか、自分にでも疾風にでもお姉ちゃんにでも男の子にでもなく、男の子を叱る母親に対して、理不尽な怒りを抱いていた。
お姉ちゃんは食べるのが遅い。アイスクリームを食べきるのに、たぶん20分以上はかかったと思う。おかげで私は多少休憩できたけど、でも心の中のモヤモヤは広がっていくばかりだった。疾風とお姉ちゃんが立ち上がるのにあわせて、私も店を出る。外の陽射しは、私の心を折れさせるほど暑かった。…でも、がんばらなくちゃ!!!
(何を……がんばるの…?)
2人は来た道を、ディスカウントストアの方に戻っていく。…って事は、アイスクリーム屋さん目当てでわざわざこっちまで来たのね…。疾風は興味ないはずだから、きっとお姉ちゃんが言い出したんだろう。…疾風、私が言うとちょっぴり文句を言うのに、お姉ちゃんだと素直なんだ…。ああ、ダメ!!なんか、いちいち疾風の行動を悪い方悪い方にとらえちゃってる。…なんで私、こんなに疾風のことを信じられないの…?疾風よりも、お姉ちゃんよりも、そんな自分が、イヤになっていく…。
疾風とお姉ちゃんは、今度はデパートに入っていった。2人はエスカレーターに乗って、上へと上がっていく。…よかった、エレベーターに乗られたらどうしようかと思った…。まず2人は、6階まで上がっていった。6階って言うと…本とかCDとかおもちゃとかの売り場だね。2人はCDショップに入っていく。さすがにそこまで追いかけるのは気が引けたので、隣の本屋さんでまた立ち読みしながら、2人を観察することにした。…でも、なんでこんなところに2人はいるんだろう?お姉ちゃんが音楽を聞いている姿は、私の印象には無い。疾風だって…音楽のCDなんて、ゲームのサントラしか持ってないはず…。でも、2人にはそんな事、関係ないみたいだった。2人の表情までは見えないけど、きっと2人は笑っている。そう想ってしまうだけで、もう泣きそうだよ…。私はそんな泣きそうな気持ちで、2人を見ている。不意に、CDショップのBGMが私の耳にも聞こえてきた。

「街のざわめきにかき消されてく いくつもの叫びと愛の歌…」

なんか…まるで、私の心の中みたいだよ…。
それから疾風とお姉ちゃんは、また移動を始めた。2人は2階の、女性服売り場のところで下りる。やっぱり、2人は服を買おうとしているのかな…?店員さんの目も別の意味で厳しいので、私はあまり近づかないことにした。それとなく見ていると、やっぱり2人はカワイイ服を見ている。もう、怒る気力も無いよ…。私は迷子の子供の泣き声に乗じて、そこでも2人の姿をケータイに撮って、外で待つことにした。
今日2杯目のジュースを飲みながら、私はさっきのとは別のファーストフード店でぼんやりしていた。…疾風…。疾風は、もう、私のことなんて…どうでも、いいんだね…。あんなに私のことを気にしてくれて、泣き言も聞いてくれて、優しくしてくれて、励ましてくれて…。そんな疾風は、もういないんだね…。
疾風とおねえちゃんが出てきたのは、それから40分くらいたったころだった。もう夕方になろうとしていて、ちょっぴり暑さも和らいできていた。…疾風が紙袋を持っている。それは確かに、デパートの中にあるブティックのものだった。お姉ちゃんは、疾風と待ち合わせていたときから持っていたかばん以外、何も持っていない。私は一応、その2人を追いかける。…2人はまっすぐ、疾風の家のほうへ向かっていた。疾風の家の前で、2人は別れる。別れ際に疾風が、「今日はありがとうございました」って言ってるのは聞こえた。お姉ちゃんも「また今度ね〜」とか何か言っていた気がする。私は先回りして、お姉ちゃんより早く家に帰った。…もう、私の胸には何も、聞こえない。何も…届かない…。
家には誰もいなかった。パパは当然「例の件」で忙しい。確かあの事件以来、一度も家で眠っていないはず。それはそうだよね、あんな凶悪なことが起きたんだから…。一方のママが何でいないのかはよく分からない。もっともママはよく遊びに行くので、別に私たちも気にしていないところはある。私は誰もいないことを確かめてから、2階の自分の部屋に駆け上がった。自分の部屋で鏡を見る。そこにいる私は…私の目は…。
黒く、澄んでいた。それはまるで…まるで、数日前の、疾風の目だった…。
私は無理にでも笑顔を作る。そうしないと…本当に、壊れちゃいそうだった。笑顔を見せても、鏡の中の私は、泣いていた。
「疾風…さよなら…」
そう口にして、私はベッドに倒れこむ。倒れこんでから、自分が今着ている服や帽子が、汗で濡れていることに気がついた。


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