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あいのうた

シンフォニー

疾風は、私を強く抱きしめた。私は突然の出来事にちょっぴり驚く。
「美寛…」
「何?何よ、疾風!!これくらいじゃ私、許さないよ!!!離して!!!!」
私は怒った声のまま、疾風の顔を見上げる。疾風は…ちょっぴり、笑っていた。
「もう、美寛ってば…勘違いしすぎだよ…ねえ、雅さん?」
疾風はそこで、お姉ちゃんのほうを振り向く。もちろん、私のことを強く抱いたまま。
「雅さん、今すぐやりましょう。そうしないと、美寛の誤解が解けそうに無いから」
「えっ?ごめん、ハヤ君…私、まだよく分からないんだけど…」
「要は美寛が…先週の火曜日と一昨日に、俺と雅さんが買い物に行ったのを、デートだって勘違いしてるんです。それで美寛は勝手に、俺が美寛と雅さん相手に二股かけてるって思い込んで…。俺たちが何しに行ってたか、ちゃんと説明しないと…美寛、本当に俺と別れるとか、今すぐ死ぬとか言い出しそうだから」
「あ、うん、そういう事ね。やっと分かったわ。…もう、みひろちゃんってば…そんな事で怒ってたんだ〜」
そう言いながら、お姉ちゃんは部屋を出て行った。もちろん、私には事情が飲み込めない。そんな…疾風は…。
「疾風…疾風はまさかあれが、デートじゃない、なんて言うつもりなの!!!?」
「…あのさ、美寛…いくら何でも、姉妹相手に二股かける男はいないって」
私の頭はまだ混乱していた。疾風はもうすっかり、いつもの顔。微かに笑っているその顔に、私は心が安堵していくのを覚える。ああ、やっぱり私に一番必要なのは…疾風の笑顔なんだ…。その時、お姉ちゃんが部屋に戻ってきた。手には紙袋を抱えている。
「はい、みひろちゃん」
お姉ちゃんは、紙袋を私に差し出す。疾風は私を抱いていた両手を一度離して、自分のカバンの中から何かをごそごそと探し始めた。それで…お姉ちゃんのこれは、一体何?

「18歳のお誕生日、おめでと〜」

「…えっ…?」
私は紙袋から中身を取り出す。それは少し大きめの、クマのぬいぐるみだった。
「これは俺から」
疾風も私に紙袋を差し出す。それは、一昨日疾風がデパートから出てきたときに持っていた紙袋。そして、その中には…水色のカワイイTシャツが入っていた。
「えっ…えっ?これって…」
「だから…俺と雅さんは、美寛のために誕生日プレゼントを買いに行ってたの。美寛、今日でしょ?誕生日」
そうか…そうだ!!今日は、8月2日は、私の…18歳の、誕生日だ…。そんな事、私すっかり忘れてた…。
「美寛、どういうのが欲しいのか分からなくて…だから、雅さんに相談したんだよ。そしたら…雅さんも最近の美寛の好みとかは俺に聞きたい、って言うから、2人で買いに行ったの。先週は雅さんからのプレゼントを決めて、今週は俺からのプレゼントを決めるって事で」
そっか…フユが聞いた言葉は、それだったんだ…。私は疾風の腕から滑り落ちて、床の上に座りこんだ。私の全身から、力が抜けていく…。
「もう、みひろちゃんは、はやとちりなんだから〜」
お姉ちゃんは笑顔を見せる。私は急に…真っ赤になっていた。
「そんな…私………ゴメン!!!疾風、お姉ちゃん!!!」
「しょうがないなぁ、みひろちゃんは…。それじゃあ、あとはハヤ君、いいかな?」
そう言って、お姉ちゃんは私の部屋を出て行った。部屋には私と疾風の2人きり。私は思い出したように、疾風に飛びついた。そして自分の頬を疾風の前に持ってくる。
「あの…さっきはさ、ホントに…ゴメン…その、私のことも1回、ぶっていいよ」
「そう?じゃ、遠慮なく…美寛、目つぶって」
私はギュッと目を閉じた。そして、次の瞬間…!
「……えっ?」
そう、頬に感じたそれは温かい感触。いつも感じてきた、それなのに今日はいつもよりも、ずっと新鮮な…そして懐かしい、愛おしい、疾風の…唇の感触だった。
「疾風…」
「なに?」
私は俯く。自然と目からは、涙が溢れてくる。
「ありがとう…あのさ、聞いてもいい?」
「いいよ。どうしたの?」
「まずさ…ディスカウントストアで、メイド服見てなかった?」
「え…うん…。その、さ…美寛が着たら、似合うかなって思っただけ。でも、止めといたよ。ほら…美寛がそんな服を持ってるの、親父さんに見られたらまずいでしょ」
「そっか、私に着てほしかったんだね…お姉ちゃんに着させたいのかと思った」
そう言うと、疾風は苦笑した。
「あのさ…俺、そういう趣味じゃないけど」
「そっか、そうだよね…疾風はただのロリコンだもんね…」
「その言い方も問題ある」
そう言って疾風は、ちょっぴり不機嫌な顔をする。でも私は、笑顔になった。
「じゃあ、CDショップに行ったのも?」
「そう、美寛が好きな曲、無いかな…って。美寛も変に思わなかったの?俺は音楽なんてほとんど聴かないし、そこで聞いたけど雅さんもほとんど聞かないんでしょ?」
そんなところにまで、頭が回るわけないじゃない…あんな、あんな気分の時に…さ?それは、今考えたら納得いくけど…。でも、私は笑ったまま、疾風の話を聞いている。
「あのさ、もう1つだけ…アイス屋さんで、お姉ちゃんと何話してたの?…疾風、まさか食べた?」
「食べた?何の話?」
「…お姉ちゃんのアイス。一回、お姉ちゃんが自分のアイスを疾風に近づけたでしょ?」
「え…?もう、美寛、そんなところまで見て勘違いしてるわけ?あれはさ、『美寛もよくそのアイスを食べるんですよ』って言ったら、雅さんが『上のと下の、どっち?』って聞くから…ほら、雅さん、二段アイスを食べてただろ…?あれの下が、美寛のいつも食べるチョコミントだったから、それで『下です』って答えただけ。その時、雅さんは俺にアイスを差し出したから…」
なんだ…たったそれだけの事だったんだ…。よかった…。
「もう、美寛もさ…勘違いしすぎ」
疾風は私の顔を覗きこむ。そう、それはいつもとは逆の立場だった。なんだか、新鮮。
「俺、『美寛と俺は永遠に結ばれている』って、時計塔の中で言わなかった?それにさ…前の日曜日のあれ、忘れてるわけ無いじゃない…」
「それは、うん、そう言われたし、そうは思ったけど…だけど…本当に、不安で…」
「…ちゃんと言わなかった俺に責任あるよな。…ごめん、美寛…」
私はもっと強く、疾風に抱きつく。そう、この場所が、この感覚が、この時間が…何より大切だって感じているのは、私だけじゃないよね…そう、それは疾風も同じなんだよね…。
「ねえ、疾風…?」
「何?」
「あの…こんな私に、でよかったら…もう一度…誓いなおしてくれるかな…?その、永遠の『愛』を…」
「うん、いいよ」
私はさっきの感触を、もう一度唇で確かめる。私の心の中から、全ての疑いが、迷いが、消え去っていった。
「…ありがとう、疾風」
「ああ…美寛、これからもよろしくね」
「うん、疾風…大好き…」
「じゃあさ、美寛」
疾風は私のほうを見つめて、ちょっぴり明るい声でこう言った。
「今からデートに行こう」
「ホント!!?ね、どこに?」
「とりあえず…おいしいレストラン…かな。どうせ美寛…昨日ロクな物食べてないんだろ?」
私は赤面して後ろを振り返る。私の机の上には、昨日食べたお菓子の空袋が、乱雑に散らばっていた。


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