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ほしのうた

十番星

「疾風さんはともかく、美寛さんは…邪魔、しそうでしたからね…」
私の目に、その影がしっかりと見えた。実玖だ…。実玖は私に笑顔を見せて言う。
「ごめんなさい、美寛さん…でも、ディーラーがゲームに参加したらゲームにならないでしょう?」
実玖は恋奈と私の間に座った。実玖が…全てを仕組んだの?
「疾風さんは分かったんですよね?」
「ああ。実玖が隠してた下らない動機もね」
「下らない、はヒドイですよ…これでも結構、純粋に夢見てきた事だったんですから」
「美寛みたい」
私みたい…?何の事?でも、きっとあまりいい意味じゃないんだろうな…。
「ねぇ、最初から説明してくれない?」
恋奈が話に加わる。
「疾風さんから全部、どうぞ。解決編は名探偵がするものですよ?」
「いつ俺が探偵になったのか知らないけど…」
そう言いながらも、疾風は話しはじめた。
「だいたい、気付けばかなり甘かったと思う。くじ引きに細工が出来たのも、肝試しのとき1人だけ小屋の外にいたのも、島が消えた時に一人だけ岩場側にまわったのも、全部実玖だった」
「え、ちょっと待って!」
私は一度割り込む。2番目と3番目はともかく…。
「くじ引きに、って何の話?」
「だって、そうだろ?あの光は全自動の仕掛けじゃない。だとしたら先に山に登っていないと出来ないだろ?」
「だって私、その仕組みが分かってないもん!」
ちょっぴりブって言う私。疾風は優しく、私の言葉に答えてくれる。
「いい、美寛?あれは長いロープに蛍光塗料を塗っていただけ」
「それくらいは分かる!でも、あんなクネクネ動いたじゃない!あれは、普通階段のところに本人もいて、手でやらないと…」
「じゃあなんで、もっと大きく動かなかったの?もっと階段から逸れたっていいじゃない?小刻みに動くとはいえ、軌道はほとんど一直線だっただろ?」
それは…確かに、そうだったかもしれない。でも、緑色の光のインパクトが強すぎて、あまり覚えてない…。
「鎖さ」
疾風は短くそう言った。
「…鎖?あの、手すりになっていた鎖のこと?やだな、疾風…鎖に蛍光塗料を塗っても駆け上がっていくなんてこと、絶対にないじゃない!それに、だったら私たちが駆け寄った時もまだ光っているはずで…」
「美寛、蛍光塗料が塗られていたのはロープだって言ったでしょ?違うよ、鎖の穴」
へっ?…穴?恋奈と私は首をかしげる。
「鎖には、穴が空いているだろ?」
そんなの当然じゃないの。
「ロープくらい通るだろ…あの穴に」
えっ…。
「あれは、鎖の穴に交互に…波縫いって言うのかな…ロープを通していただけさ。それを上から引き抜けば、ロープは小刻みにうねりながら、でもほぼ直線の軌道で通っていくだろ?俺たちはそれを見ただけ」
「ウソ…だって、全然そんなふうには…」
「それは、巣高さんにあんな話を聞かされた直後だったし。俺だって、あの時は蛇にしか見えなかった」
実玖を見ると、ニコニコしている。む〜、なんかムカつくなぁ…。
「そんな、上から引き抜くなんて…上手くいくの?途中で引っかかったりするんじゃないの?」
「そうならないような工夫をしておいたんですよ。ロープもそこまで太くないものを使ったし、鎖の穴の部分には大きな摩擦力が働かないようにニス…っていうのかな?あんな感じのものを塗っておきましたし…。あと、ロープは引き抜くんじゃなくて巻き上げていたんですよ。原理は釣りと一緒です」
実玖の補足を聞いて、ますます私は気分を悪くする。一方の恋奈は納得した表情だった。
「そうか、それでくじ引きなのね」
「ああ。これを美寛に見せるためには、美寛の1つ前に出発しないといけない」
私は今更ながらに、くじ引きの意味が分かった。
「えっ、じゃああのくじ引き…璃衣愛に実玖が、『それじゃあくじ引きの意味がなくなる』とか何とか言ってたけど、本当は…」
「ああ、元から意味がなかった。ところで、実玖?俺と美寛が一緒になったのは偶然?」
「いいえ、ですね。男子のくじ引きも操作させていただきました」
「でも、どうやって?」
恋奈が尋ねる。
「封筒の中身を逐一替えていたのさ。たぶん、最初に夏一に引かせた時は3枚ともaだったんだろ?」
「ええ、その通りです」
「で、俺と美寛のところに来る前に男子の封筒は両方cに、女子の封筒は全部Cにする。美寛と俺に一枚ずつ引かせる。あとは、自分が引く振りをして、自分の手に忍ばせていたbを、今そこから引き出したように見せる。あとは女子の封筒をAとBに入れ替える」
「ご明察ですね」
「実玖、何でその後の封筒も操作しなかったんだ?お前、璃衣愛と一緒が良かったんじゃないの?」
実玖はちょっぴり視線を下に落とした。
「ん〜、怪しまれると思ったっていう気持ちもありますけど、現実的には璃衣愛ちゃんと恋奈さんが一緒にいたからトリックを仕掛けられなかったんです」
私はそれを聞きながら、疾風が実玖のことを「意外に打算的」と言っていたのを思い出す。きっと…璃衣愛と疾風を引き離せただけで、実玖は満足だったんだ…。それに私と疾風が一緒になれば、私が絶対疾風と離れようとしない、ってところまで実玖は計算していたのかもしれない。…私は勝手にそう解釈する。
「ね、それより!どうやって島を消したの!?」
「あれ…美寛さんならご存知でしょう?スフィンクスくらい」
「え?スフィンクスって、エジプトの?」
恋奈が真顔で聞き返す。でも、文脈的には絶対違う。スフィンクス…どこか別の場所で聞いたような…。
「喋る生首って言ったほうがいいですか?」
実玖の言葉が、私の頭に入ってくる。…喋る生首…そっか!!
「まさか…あの、あんな単純な手品!!?」
「ええ、そうですよ。…あ、疾風さん。恋奈さんに、教えてあげてください」
「いや、俺も手品かどうかは知らないけど…。とにかく、使われたのは鏡だ」
「えっ?…鏡?」
恋奈は首をかしげている。
「あの穴のすぐ外に、鏡を斜めにして置く。それだけ。俺たちが穴から見る景色は、鏡に反射されたものってこと。きっと…東側が見えていたはず」
「あれ?そこまで分かりました?」
「西に向けたら船着場が見えかねないし…それに何より、あの風景の中には光がほとんど全く、といっていいほど無かった。昼食が終わった頃だから、きっと1時前だろう?今日はこんなに晴れてたんだ。1時前の南や西の空に光がないのは不自然だろう?」
そう…スフィンクスという手品では、光源と観客の位置を固定することが何よりも重要なの。だから、この手品の最中に、たとえばロウソクなどを使っては絶対ダメなの。…それにしても、何で私は気がつかなかったんだろ…。
「あ、そうか…。だから岩場に周ったんだ」
「そういう事、鏡を回収するため。それが出来るのも当然、実玖しかいない」
「でも、私があの時帽子を取りに、あそこに行かなかったらどうするつもりだったの?」
私が疾風にそう聞くと、実玖が横から口を挟んでくる。
「ああ、その件は…美寛さんに謝らなくちゃいけませんね」
「…え?どうして?」
「ごめんなさい、帽子を動かしたのはウチなんです」
そう言われてすぐに気がついた。そうだ、何だかおかしい気はしてたけど…あの時私は、帽子を脱がなかったんだ!それを実玖が、確実に私を岩場におびきよせるために、わざと岩場の近くに移動させたんだ。きっと食事前に恋奈が言ってたトイレに行っている間に、鏡や帽子を仕込んだんだ。む〜、なんか全部実玖の計算どおりに私が動いてるなぁ…。私は実玖を見つめる。何だか嬉しそう。その表情に余計ムカつく。…でも、まだこれで終わりじゃない。
「ね、疾風!そろそろ説明してよ!実玖が一体、何のためにここまでしたのか…」
「分かったよ。実玖、いいか?」
「ええ…しょうがないですね」
実玖は肩をすくめながら右手を挙げる。
「美寛…恋奈も、口を挟まずに聞いて。実玖は俺たちに先立って、まあ…ある意味、ロマンチックな事実を知った。そもそも実玖が島に行く大きな理由は、そこにあったんだ。でも、璃衣愛が俺たちを島に誘ったことで、実玖は不安になった」
「どうして?」
思わず口を挟む私。
「俺と美寛が…その、傍目に見ても分かるくらい明らかに、恋人同士だったから…だろ?」
「ええ、そうですね」
思わず考え込む。…よく分かんない。どうして私と疾風が付き合っていてラブラブだったら、実玖は不安になるんだろう?まさか璃衣愛が疾風のことを好きになっちゃいそうだったから、なんて訳でもないよね…。そんな事、疾風に限って絶対ありえないけど…。
「とにかく、実玖は不安になった。俺はともかく、かなりロマンチックな…ごめんな、美寛?…美寛がある事実を知ってしまったら、きっと自分の邪魔をされる。なんとかして、美寛にある事実を知らせないようにしたい。そこで実玖が思いついたのが、美寛にほかのことを考える余裕をなくす事だった」
…え?ほかのことを考える余裕をなくす?
「美寛が、推理に熱中すると他の事に手がつかなくなる、って車の中で言っていたのを実玖は思い出した。だから実玖は、美寛に見合う謎を提出して、美寛の思考をある事実から間接的に遠ざけようとした。…考えてみれば、ずいぶん下らない理由だし、その通りに美寛が動くとも限らない。でも実玖はやってみた。そしてそれが…意外に成功した。ある事実の話は、ほとんど話題に上らなかったし、美寛はずっと考え込んだ」
うう…悔しいけど、私は実玖の言うとおりに動いた…。それにしても…。
「ねぇ、疾風〜!そのある事実って何!?」
「今から思い返せば、いろいろヒントはあった。実玖の部屋の本棚にあった本、机の上にあったカメラにしては大きなレンズ、それから実玖の持ってきた釣りの道具が入っていそうなバッグ…」
「え?釣りのバッグってどういう事?」
思わず恋奈も口を挟む。
「いい?美寛も恋奈も、俺たちが昨日釣りから帰ってきたところは見ただろ?」
私と恋奈は一様に頷く。私は頭の中であの時のシーンを思い返してみた。
「あの時、釣竿は2本あった。一つは夏一が持っていた新品。もう一つは年季の入った古い釣竿で巣高さんが持っていた。あれを見れば、普通は2本の釣竿はそれぞれ夏一と巣高さんのものだと思うだろ?現にあれは、2つとも持っていた当人のものだ。それじゃあ聞くけど…」
疾風は一度言葉を切る。
「実玖の釣り道具は?」
「…あ、あれ?そう言えば…」
「実玖はわざわざ釣りの道具が入っていそうなバッグを持ってきたんだ。ほら、船に積んであっただろ?あの機会にしないとは思えない。そうなると残る可能性の中で大きいのは1つだ。つまり…」
「もともと、あのバッグには釣りの道具なんて入ってない」
私は疾風のセリフを強奪する。
「そういうこと。あとは、絵の話を聞けば分かったよ」
「えっ!?…あの絵に何か、秘密があるの?」
恋奈が驚きの声を上げる。実玖も不思議そうな顔をしていた。
「そう…どうして疾風さん、ウチの思っていたことが分かったんですか?ウチも漏らしたつもりはないんですけど…」
「簡単な計算で分かった」
簡単な…計算?私たちは首をひねる。
「いいか?月の満ち欠けには周期がある。地球の自転や公転もそうだし、ハレー彗星も…76年に一度か86年に一度か忘れたけど…とにかく、天体には周期が存在するものが多くある」
いきなりそう言われても…どこにそんな話が出てきたの?
「実玖の部屋に、ある写真が飾ってあった。セラピム座流星群を撮ったもので、それが撮られたのは1961年。そして、リビングにあるこの絵…」
私たちはそこで、絵のほうを振り返る。
「実玖の部屋に飾ってあった写真と同じ、セラピム座流星群の絵。そして、これが描かれたのは昭和59年。西暦に直すと?」
「えっと…1984年ね」
恋奈がそう答える。そこで実玖は「あっ」と声をあげた。
「実玖、写真の説明をしたときにセラピム座流星群は『周期的に』見える、って言ったよな?とすると、この流星群の周期は23年という事になる…美寛も恋奈も、分かっただろ?」
えっと、「分かっただろ」って言われても…あれ、待って!!1984+23は…。
「実玖…実玖がさっきまで昼寝をしていた理由も、そういうことだろ?」
やっと私にも意味が分かった。急いで実玖の顔を見ると、実玖はにっこり微笑んだ。
「そっか、実玖はこの絵の通りに…今晩、璃衣愛と二人きりで流星群を見たかったんだ…」


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