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ほしのうた

十一番星

「…そういう事です。一ヶ月くらい前でしたかね…今年のセラピム座流星群は5月5日の午前中…って言っても真夜中なんですけど…に降る、っていうのが分かったの。やっぱり…夢だったんです。そういう幻想的な夜に、ウチの一番好きな人と…その、一緒にいたいっていうのが。もうお察しだと思いますけど、ウチが持ってきた釣り道具っぽいバッグ…あれ、中身は天体望遠鏡なんです。ちゃちゃっと改造して、望遠鏡が入るようにしたんです。ま、肉眼で見えるとは思いますけどね」
確かに…肉眼で見えなきゃ絵にも写真にも出来ないよね。
「あれ?そういえば…璃衣愛、どこなの?」
「客間でお昼寝中です」
実玖は入り口の扉のほうを見ながら話す。実玖の顔に沈んだ表情は見えなかった。本当に…嬉しそう。
「それにしても…」
私は実玖に言う。
「私だって、それくらいの分別はあるつもりだけどなぁ。『大好きな璃衣愛ちゃんと、2人きりで星空をみたい』って言われたら、ちゃんと譲るよ?」
「…それ、今聞いたから言えるんじゃありませんか?普通に『今晩、流星群が見れるんですよ』って先に言われたら無理でしょう?」
う〜ん…そうかも。
「ねぇ、でも大丈夫なの?」
恋奈が実玖に尋ねる。
「え?何のことですか?」
「だって、璃衣愛ちゃんって…その、ほら…疾風君のこと」
「ああ…その事ですか…。うん、それはウチが…もうちょっと、強かったらな…って思っていたところです」
「…え?強かったら?」
実玖は俯く。さらさらした前髪が、実玖の目のあたりにまでかかって、彼の表情は見えない。もしかして、実玖…泣いてるの?
「ええ…美寛さんは知ってますよね?…同じようなこと、さっき、璃衣愛に…言われました。ちょっと怒られちゃったんです。どうして気付かないの、気にしてくれないの、って…。言い訳がましいけど、気付いてはいたんです。それは、あれだけ露骨にやられたらみんな分かりますよね?…でも、言えなくて。何だか…怖くて…。その、ウチは…争いたくないんです。たとえどんな些細なことでも、しかも自分の見知った人と…そういうの、キライで…。弱いですよね」
「全く…分かりにくいやつだな」
疾風が実玖の隣で言う。…ところで、私以外の人からしてみたら、疾風だって十分「分かりにくいやつ」よ?
「そう思ってるなら、強くなれば?」
「…それは強い者の台詞だよ。僕は…強くない」
実玖の口調が一瞬で変わる。恋奈は首をかしげている。きっと口調も変わったし、一人称が僕になったから。…でも、私には理由が分かる。実玖の言葉は引用なんだもの。
「それなら…弱いなりに、何かできるだろ?」
疾風の言葉に、実玖は顔を上げる。
「そういう事を気にする前に、璃衣愛のことを気にしたら?璃衣愛が今一番望んでいることは、実玖がいないと出来ないことだろ?実玖…好きな人がお城で実玖が来るのを待っているのに、実玖はずっと酒場にいる気?」
「あ…『鳥が高く舞い上がるためには』…」
「そういう事。今実玖がするべきことは?」
そういうとすぐに、実玖は立ち上がった。…今の会話の意味は、あとで疾風に聞くことにするけど…たぶん、実玖もある意味で「吹っ切れた」んだよね。
「ありがとうございます…疾風さん!」
実玖は急いで、リビングから出て行った。

5月5日、午前1時。私と疾風は南の岩場にいる。もちろん実玖と璃衣愛は、2人で山に行った。私たち5人は2人を密かに見送った後で寝たんだけど…私は、どうしても眠れなかった。それは疾風も同じで…だから私と疾風は、夜のお散歩をしているの。なんとなく、自然と二人の足は岩場のほうに向いた。
「この岩に登ろうか…美寛、上がってこれる?」
「うん、平気だよ」
そして今、私と疾風は、南の岩場の一番大きな岩の上に、並んで腰掛けている。二人の前に広がるのは、ただ静かな海…。どうしてだろう、こんなに暗いのに、海が青いって分かる。そして、実玖の小さな奇跡を演出した、あの夢幻島。きっとあの島も、自分が数分だけ私たちの世界から消されたことなんて、全く何も感じずに、今もあの場所で佇んでいるんだろう。そして、私たちの頭上に広がるのは…。
セラピム座流星群。私たちが岩場についたころから、1つ、また1つと降り始めた。かすかな光も、はっきりと見える鮮やかな光もある。私たちの頭上を、通り過ぎていく白い光…。まるでそれは、天使の…うれし涙。
「キレイ…」
そう言って、私は疾風の肩に頭を乗せる。この格好が、私は好き。私のすぐ上から疾風の言葉が、優しい流れ星のように、私の頭に、体に、心に、響くから…。
「本当だな」
「…もうっ…それだけなんだ…」
「ほかに何か言って欲しかったの?」
疾風に気付かれないように、私はちょっぴり、顔を赤らめる。
「その…例えばさ、『美寛のほうがキレイだよ』、とか」
疾風はそっと、私の体を抱き寄せる。
「…冗談は口にしたくないな」
「あっ、ヒドイ!」
私は冗談半分に、疾風の体を強く抱きしめる。
「ちょっと、美寛、痛いから…ごめん」
「もう…いいよいいよ、疾風ってそういう事しか言えないんだよね!」
私はわざと、疾風から離れる。って言っても、離れる距離は1メートルもない。だってここは岩場の上だし、それ以前にそもそも…2人きりの時に、私たちが1メートル以上離れることなんて、きっとありえないし。すぐに疾風は、ちゃんと私の側に来てくれる。
「美寛、ごめん…ただ、さ」
「ただ…なに?」
疾風はもう一度ゆっくり、私の体を抱き寄せる。
「ただ、比べたくなかったの。何十年に一度しか輝かない、そのときしか綺麗に見えない星と…美寛を、さ」
私の動きが止まる。私と疾風の真上を、二筋の流れ星が並んで進んでいく。
「疾風…もう、疾風は…こういう時、なんでそんな…キザな事言えるの?」
「何?今のは本音だよ」
「もぉ…疾風の、バカぁ」
そう言いながら、私は疾風に抱きつく。…やっぱり、私にとって一番大切なのは…疾風との、愛だよ…。思わず私は、今までで一番大胆に、疾風に顔を近づける。2人はしばらくそのまま。いくつもの流れ星が、私と疾風の上を飛び交う。それは、2人を祝福する天使のように。
「びっくりした…美寛、いきなりだね…」
「その気にさせたのは、疾風じゃない…」
2人はしばらく黙っている。でも、その時間がこんなに、心地よい。このまま、時間が止まりそう。時間が止まらないことを教えてくれるのはただ、雪よりも輝く天使からの贈り物だけだった。

「なあ、美寛…そろそろ戻ろうか」
疾風の声で、私はふと気がつく。…あれ、私…眠ったの?
「もう夜明けだよ」
「うそ…ごめんね、寝ちゃって」
「いいよ、別に。…美寛の寝顔、可愛いし」
私は疾風の膝から起き上がる。目の前の海は、少しだけ白い。東の空が少しずつ赤く、白くなっていく。やがて差し込む光。その光で、今までの景色が変わる。少しずつ、色を、命を取り戻す世界。その世界を私と疾風は、2人だけで目の当たりにしている。
「キレイ」
「…美寛のほうがキレイだよ」
私は思わず、疾風のほうを振り返る。疾風は、疾風らしくない、とびっきりの笑顔を見せてくれた。
「美寛…最高のゴールデンウィーク…ありがとう」
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