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ほしのうた

二番星

今日は4月30日。お昼過ぎに飛行機でE県に到着した私たちを待っていてくれたのは、普通の白い乗用車だった。まぁ、黒塗りのリムジンなんて最初から期待してないけど…。中からは二人が降りてきた。一人は50歳近いと思われる男性。背はそれほど高くない。疾風と同じくらいかな。薄緑色の作業服姿。どこかの工場で働いているのだろう。もう1人は中学生くらいに見える少年だった。背はかなり低い。私と同じくらいかも。しかも童顔で女の子みたい。茶色のキャップに緑色のデニムの上着。上着のボタンは第1ボタン以外、全てかけている。下は茶色のジーンズに黒いスニーカーだった。
「月倉くんに雪川さんだね?こんにちは。君たちのホスト役を務める霞賀日光(ひかり)だ」
そう、私たちは一週間、いわゆるホストファミリーのところに泊めてもらうことになっている。それがこの霞賀家。何でもお爺さんの代まで漁の網元をしていたらしくて、かなりのお金持ちらしい。私も疾風もそこに泊まれるというから、私はかなり喜んでいた。やった、家まで疾風と一緒だ…!でも、私だってちょっぴり苦労したんだから、これくらいは良いよね?ちなみに苦労っていうのは当然、学年のみんなからの、私たちの交換留学に対する言いがかり。特に遥なんて、私と疾風の交換留学を「駆け落ちだ〜!!」なんて言い出すし…。もう、なんで遥は私と疾風をそんな風にしか見れないの!?…ここには遥がいないから、好きなだけ暴言もはける。
そんなことを思っていると、今度は男の子の方が話しはじめた。男にしてはちょっぴり高い声。きっと推理小説の登場人物なら、「よく響くテノールの声」とか表現されるんだろうけど。
「こんにちは!ウチ、霞賀実玖って言います」
私たちに実玖も挨拶する。実玖は右手を胸のところに持ってきて、左手を広げてそう言った。なんか…仕草が大げさな子。しかも一人称が「ウチ」?こっちの子はこれが普通なのかな?
「それじゃあ、行こうか。荷物はトランクに積んで…。家まで結構時間がかかるよ。トイレには行った?」
私と疾風は車に乗り込んだ。車の中ではお父さんは話をしなかった。ずっと実玖が後ろを向いて、私たちに話しかけてくる。ちょっぴり疲れていたけど、私と疾風はずっと実玖と話していた。
「ふ〜ん、疾風さんはゲームが好きで、美寛さんは推理小説が好きなんですね。よかった、ウチも両方大好きですよ」
「ホント?」
私が聞くと、実玖はにっこり微笑んだ。
「ええ。でも内容がかなりコアですから…ウチのレベルまで話についてこれる人、学校にはいなくて…。そうだ、美寛さんって読みながら『犯人はコイツだ〜』とか、考えます?」
「うん、もちろん!『読者への挑戦』とか書いてあったら、絶対考える。それこそ、他の事に頭が回らなくなるくらいかもね。…実玖は?」
ここで私が、警察官のお父さんから情報を得て、現実の事件にまで介入したなんてことは話さない。あれは…やっぱり私には、荷が重いし(それ以前に越権行為よね)。
「ウチ…ちょっとしか考えませんね。騙されたいって気持ちの方が強いのかもしれません」
ふと疾風が実玖に問いかける。
「ところでさ…実玖、お前いくつ?」
「え、ウチ?ウチは今年の宝瓶宮10日で17歳になりました。お2人と同級生ですよ?」
私と疾風は顔を見合わせた。ウソだ…。ここは代表して私が。
「…冗談でしょ?」
「いいえ、あいにくジョークは下手なんです」
実玖が苦笑しながら、肩をすくめて右手を腰の辺りで開く。イメージ的には欧米の人がしそうな仕草。たぶん、これは実玖の癖ね。あのツッコミを入れたくなる気持ちをぐっとこらえて、この際だからついでに、もう少し立ち入った質問もしてみる。
「ね、こっちの人ってみんな、自分のことをウチっていうの?」
「これもいいえ、ですね。ウチくらいしかウチのことをウチとは言わないです」
その言い回しに混乱した。なんか、変わった子だ…。そういえば、さっきも変なことを言ってた。
「あのさ…さっきの『ほ〜へ〜きゅ〜』って何?」
ちょっぴり実玖の目が輝いた。どうやら実玖も私と一緒で、誰かに何かを説明するのが好きみたい。私の場合はお姉ちゃん気取りでいられるから嬉しいんだけど、もしかしたら外見の幼い実玖も一緒かも。
「え、宝瓶宮ですか?アクエリアス…水瓶座のことです。ウチ、1月30日生まれですからね。水瓶座は1月の21日から始まるから…占う人によっては20日から始まる場合もありますけど…その日を第一日として数えていくやりかたですね。かなり古い数え方で、『占星術殺人事件』の冒頭の遺書でも書き換えられていますし…今となっては中世イヴァリースを舞台にしたゲームでくらいしか、お目にかかれない表現だと思います」
その言葉に私たちは引っかかった。そうだ、確かにあの本の冒頭部分には何回も星座が出てくる。私はそのシーンを思い返そうとしていた。隣の疾風からは「そうか、タクティクスの…」という言葉が漏れていた。
「そういえば、お2人の誕生日はいつですか?」
実玖がそういうので、私が答えてあげる。
「え?疾風が2月27日生まれで、私が8月2日生まれ」
「ふ〜ん。パイシーズとレオですか。分かりました」
そこで星座を口にするなんて、ますます変わった子だなぁ…。

私たちはずっと東に走り続けていた。時刻が午後4時をまわった頃、車はS市の外れから星降村についた。どうやらE県とK県の境あたりの村らしい。海辺の道を車は走っていく。窓を開けると、強い潮の匂いがした。
「いい匂い!」
「そのうち飽きますよ」
お父さんが苦笑しながらそう答える。すぐに私たちは、一軒の民家に入った。年季の入った家、といえば聞こえはいいけどかなり古い。テレビで「古民家リフォーム」に登場してもおかしくない。私と疾風は思わず目を見合わせた。その視線に気付いて実玖が口を出す。
「あ、美寛さん、疾風さん?こっちはじいちゃん家ですからね?駐車場だけ使ってるんで、お二人が泊まる家ではありません。お2人が泊まる家は隣ですよ」
私たちはあわてて隣を見る。そこは私の家や疾風の家と同じような普通の家屋で、思わず胸を撫で下ろしてしまった。全く、ビックリさせるんだから…。
「あ、実玖!」
いきなり声が聞こえてきたので、私はまたビックリしてしまった。振り返ると、セーラー服の女の子がいる。肌は小麦色。黒髪は肩甲骨の辺りまであって、背が女の子にしては高い。顔立ちは…こんな言い方は失礼だけど…田舎の子にしてはかなり美形。私と疾風は車から降りて、トランクから自分の荷物を取り出す。実玖はその女の子のほうへ近づいていた。
「璃衣愛ちゃん!どうしました?」
実玖と並ぶと璃衣愛ちゃんの背の高さがよくわかる。二人はまるで、お姉ちゃんと弟だった。
「え、だって今日でしょ?東京から2人、交換留学生が来るって…」
私たち、東京の人ではないんだけど…まぁ、東京とK県なら大して変わらないか。
「この2人?」
そう言って彼女は私と疾風を遠慮無く見る。なんか…やっぱり、あんまりいい気分じゃないなぁ。
「ええ。こっちが月倉疾風さんで、そっちが雪川美寛さん」
「やっぱり都会の子ってかっこいいね〜」
…ってそれ、疾風だけへの感想じゃない?私は?璃衣愛は私を無視して話を進める。なんか…私、一瞬でこの子に敵意を覚えたかも…!
「ね、2人も連れて行こうよ」
「…え、ええ。構いませんよ。伝えておきます」
「そ、ありがと。じゃ、また明日ね〜」
そういって、彼女は行ってしまった。普通、自己紹介くらいしなさいよ…。疾風が実玖に話しかける。
「なあ、実玖?今の子、だれ?」
疾風が実玖に尋ねる。実玖の顔は、もう元に戻っていた。…なんか、さっき一瞬、実玖の表情が変わったような…?
「え?彼女ですか?彼女は結川璃衣愛ちゃん。クラスメートですね」
「そういえば、学年に何人いるの?」
これは私の質問。
「学年ですか?1クラスだけで29人です。もっとも2人は交換という形でK県に行きましたから、美寛さんと疾風さんをいれなければ今、27人います」
「それでさ…さっき、連れて行くって言ってたのは何の話?」
私がそう聞くと、実玖は照れ笑いした。
「あ、ええ…。2日の授業が終わったら、連休中は島に行こうか、って話してるんです」
「島?」
「ええ、そうです。でも、獄門島とか角島とか竹取島とか大三角島とか奇跡島とか嘉敷島とか妃真加島とかなんて名前じゃないですよ。ましてヨースター島やビーカネル島やインディアン島、って事もないですし。島の名前は星降島。天気がいいですから、ここからでも見えますよ。…ほら、あそこに見えませんか?」
実玖の指差す先に、確かに小さな島があった。…にしても、よくそんないっぺんに島の名前が出てくるなぁ…。
「巣高銀河さんっていう画家の方の私有地なんです。島ごと買われたんですね。でもわりと気軽に招待してくれるんです。掃除を手伝うとか絵のモデルになるとかいう条件は付きますけど…」
「ふ〜ん…面白そうだね。私たちも行っていいかな?」
「ええ、どうぞ。連絡はウチがしておきます」
そういって実玖は家に入っていった。私たちも後に続く。

霞賀家の2階の部屋が2つ空いていたので、私たちはそこを1つずつ使うことになった。荷物を解き、着替えをしてから実玖の部屋を覗いてみる。2階にはこの3部屋しかなかった。実玖は誰かとの電話をちょうど終えるところだった。
「はい、お願いします。…あ、美寛さん、疾風さん。大丈夫ですよ。今、巣高さんと電話していたんですけれど、連休中に島に来ていいって」
「ホント?ありがとう。それより、この部屋…」
私と疾風は部屋を見回していた。たぶん6畳の部屋のはずだけど、床にまで物が溢れかえっていてとてもそうは思えない。一応、足の踏み場は残されていたけど…。
「…家宅捜索をする際は捜査令状を取ってきてくださいね」
実玖が苦笑混じりに言う。それより、物の統一感の無さに驚いていた。それは部屋の奥に備え付けられている、大きな本棚を見ただけでも分かる。辞書、ゲームの攻略本、哲学書、推理小説、天文学の本、引退したアイドルの写真集、漫画、心理学の本、クイズやパズルの本にセンター試験の過去問…ジャンルがバラバラだ。でも、それが1つの本棚の中に納まっている。これって、まるで…。
「神羅屋敷の地下みたいだな」
「水乃サトルの部屋みたい」
私たちが口々に感想を漏らす。
「あはは…どちらも言いえて妙ですね。でもここには実験の経過を記したメモも、洗ってない食器もありません」
どうやら実玖は、どちらの比喩も分かっているらしい。確かに、ぱっと見てこの部屋で一番多そうな本のジャンルは推理小説だし(見える範囲での話だけど)、部屋の左手にはテレビとゲーム(しかも多い…疾風よりも多く持ってるかも)が置いてあった。
「あのさ…片付けろよ」
「どうも、ウチ、不精でして…」
私たちは立ったまま辺りを見渡す。私の目にまず留まったのは、壁にかけてある写真だった。星空が写っている。
「あ、キレイな星空だね〜」
「ああ…それですか?ウチのおじいちゃんが撮った写真です。1961年に降ったセラピム座流星群の写真ですね。そう…このあたりで周期的に見られるんです」
「セラピム?」
「セラフィム、って言えば疾風さんは分かると思いますけど…えっと、セラピムは熾天使のことです。本来は神学における9階級全天使の第1位に位置する天使のことで…第2位に属するケルビムとか、聞いたことありません?一応その中で第9位が、普段天使という意味で使われるエンジェルなんですけど…」
…よく分かんないなぁ。私はまだ、部屋の色んな方向に目を向けていた。変なものが多い。それになんか、変というより使い方がよくわからない物体もこの部屋には多い。これは、家宅捜索だなぁ…。まず疾風が手近にあったものを取り上げた。
「これ、何だ?どこかのネジ?」
「あ、それ、ウチが座ってる椅子のネジです。よく取れちゃうんですよ〜」
「ね、このレンズは何よ?」
今度は私が、机の上においてあったレンズをとりあげる。
「…え?あ、それは…カメラのレンズですね」
本当?なんか、もっと大きいもののレンズのような気がするけど…。机の上にはさらにおかしなものがあった。ペンダントのようなものだけど、その先に変わった飾りがついている。
「え、何これ?銀の…ライオン?」
「あ、それはきっと疾風さんが知っていますよ。ね?」
私は疾風にそれを見せた。疾風はしばらく眺めている。
「へぇ…グリーヴァか」
「そうですそうです」
「ところで、一番意味が分からないのはあれなんだけど」
そういって、疾風は本棚の上のオブジェを指差した。ビリヤードの玉が5つ、輪をなして固定されている。
「あ、あれは隣のS市のビリヤード場が閉店した時にもらった玉を、とある問題が解けたのを記念して、オブジェに作り変えたんです。美寛さん、分かります?」
私はその玉の5つの数字を眺めてから、ちょっぴり気取って言った。
「ええ、Mathematical Goodbyeね」
「ご明察です」
実玖は両手を少し広げて、にっこりと微笑んだ。
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