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ほしのうた

三番星

今日は5月3日。昨日と一昨日の授業はやっぱり新鮮だった。何だか、まったりしていて、時間が経つのも忘れたくらい。でも、あれは普段あんなに拘束された学校にいるからこそ、感じられるんだと思う。クラスのみんなも明るかったし、すぐに打ち解けた。まぁ、確かに2人の関係は聞かれたけどね…。その時は、みんなの答えを否定しなかった。「友達?」って聞かれても「恋人?」って聞かれても、「そうだよ」って答えておいた。それは「月子さん」から学んだ事だった。
それで、今日はついに星降島へ行くことになったの。今、私たちは漁船のような小型の船に乗って、島に向かっている。メンバーは私と疾風を入れて7人。私と疾風、そして実玖と璃衣愛。それから船を操縦しているのは、星降島の所有者でもある巣高銀河さん。画家って言うからカイゼル髭を生やしたような中年のジェントルマンを想像していたけど、物腰の柔らかな初老のおじいさんだった。63歳という年齢を感じさせない若々しさがある。あとの2人は実玖たちのクラスメート。見ただけで体育会系と分かる体格のいい男の子が檻尾夏一。星降高校にある数少ない部活動の1つ、水泳部に所属していて実は県下でもかなりいい成績みたい。まだむしろ肌寒いくらいの天気なのに、半袖のTシャツ一枚で過ごしている。そして、眼鏡をかけた文学少女っぽい女の子が春沢恋奈。星降高校のメンバーの中では際立って肌が白い。学校ではあまり話さなかったけど、どこか都会的できれいな女の子だった。髪を腰の辺りまで伸ばしている。私たちの学校なら、絶対に生徒指導を受ける長さだ。それもあったのかは知らないけど、ほとんどの3年生が応募した深月高校との交換留学に、彼女は応募しなかったらしい。
「よし、あと10分ほどだから我慢してくれよ」
巣高さんが大きな声を張り上げて言う。私たちは今、左手に小さな島を見ていた。右手にもっと大きな島がある。でも今のところ岩場しか見えない。ここでは船をおりられないから、船で下りられる場所まで移動しているのだろう。それにしても、あと10分か…船酔いの激しい私にはちょっぴりキツイ。
「だらしないぞ〜、美寛」
横から璃衣愛の声がする。そんな、だって私、船に乗った経験なんて数えるほどしかないもの…。船に乗った回数は絶対に右手、ううん、それもピースくらいで足りる。既に私は顔を伏せていた。横から疾風の声がする。疾風は全然乗り物酔いしないからなぁ…。
「今左手に見えてる島って…無人島?」
「ええ、そうよ」
これは恋奈の声。か細い声で、船の進む音に掻き消えてほとんど聞こえない。
「今は無人島。平安時代の中期に、このあたりにいた海賊が根城にしていたらしいの。当時はこのあたりにだけ霧が出ていたらしくて、海賊を取り締まる役人の船もこの島の存在には気がつかなかったらしいわ。まるで蜃気楼のように存在が消えてしまう島…。それ以来、この島は夢幻島って呼ばれているの」
うわ、なんか社会の先生みたいだ。そういえば恋奈は民俗学や郷土史に興味があるって言ってたっけ…同じ文系でも私とはえらい違いだ。
「ま、ここらへんは潮の流れが速いけんのぉ。近づかん方がええぞ」
この野太い声が夏一の声。この中では彼だけがバリバリ方言だ。ただ、本人曰く別の地方の方言も少し混じっているらしい。私にそんな区別はつかないけど…。
「釣りにはいいポイントだけどねえ」
緩慢に巣高さんが答える。確かに、実玖と夏一は釣りの道具が入っていそうな大きなカバンを持ってきていた。それからは釣りのことで、疾風が何か質問しているみたいだったけど…。それから後、島につくまで私の記憶はほとんどない。とにかく、もどさないように頑張るだけで必死だった。きっと倒れるまで、時間の問題…。

「美寛、大丈夫か?着いたよ」
しばらくして聞こえてくる疾風の声。私、眠ったのかな…?
「…うん…って、ここ、どこ!?」
ビックリして辺りを見回す。私はいつの間にかベッドで眠っていた。見たことのない部屋にいる。
「まったく…巣高さんの家。俺が運んだの」
疾風はベッドに腰掛けて、私のほうを見る。「世話が焼けるんだから…」って目で私をみている。
「ご、ごめん…」
「いいけどさ、帰りに同じ目にあわせないでよ?」
そっか、帰りもあの船か…今から自信ない。
「あのさ、疾風…」
「何?」
私は起き上がり、疾風の腕を取りながら尋ねる。
「あのさ…私のこと、おんぶで運んでくれた?それとも、だっこで運んでくれた?」
「…なんで、そんな事聞くの?」
「え〜、だって気になるじゃない!私、運んでもらう時はこっちがいい、って決めてたんだから…!」
疾風は少し顔を赤らめている。なんかカワイイ。
「……エアリスを水葬するクラウド、かな」
「…え?何それ?」
その時、ドアをノックする音が聞こえた。もう、誰?こんないい時に…。
「すいません、失礼しますね」
入ってきたのは実玖だった。手に大きめの白い封筒を2つ持っている。
「ああ、さっきの話?」
そう疾風が聞くと、実玖は頷いた。さっきの話…って、何の話?実玖が私の視線に気付く。
「あ、美寛さんが眠っている間に、少しイベントみたいなもののお話をしていたんです。それで、星降山で肝試しをしましょう、って事になりまして…」
「ふ〜ん、肝試しかぁ。いいね、やろっ」
「それで、くじを引いてもらえますか?一人ずつがいいような気がするんですけど、璃衣愛ちゃんが男女ペアで行きたいっていうもので…」
そうか、それで2つ分用意したのか。それにしても…璃衣愛の目的は絶対に疾風だ。私の直感がそう伝えている。これから先、気をつけなくちゃ…。私がそう思っている間に実玖は、私と疾風に封筒を差し出す。
「えっと、男性用は夏一にはもう引いてもらいましたから、残りは2枚ですね。女性用はまだ3枚とも入ってます」
私と疾風は封筒の中に入っていたカードを引いた。私のカードには「C」と書かれていた。疾風は…自分も見ずに、そのままズボンのポケットに滑り込ませた。もう…秘密主義者。気になるなぁ。
「あ、封筒はこちらにください…あ、そっか、ウチも今引いていいんですね」
実玖も封筒からカードを取り出す。その時、カードに書かれた字が見えた。それは「b」だった。
「じゃ、後で詳しいルールは説明しますね。そだ、疾風さん?夏一さんが釣りに行かないか、って言ってましたよ」
「そう…折角だし行こうか。美寛はどうする?」
「私は…まだ、休んでるよ」
疾風といたいのは山々だけど、さすがに釣りにまでついていくのはちょっと…。残念だけど私には、釣りの面白さが全く分からない。
「そう、分かった。…ゆっくり休んでて」
疾風はそう言って部屋を出て行った。…他の人がいるからあのモードだけど、十分、優しさが伝わる。
「さて、ウチも釣りに行かせて頂きますね。…そうだ、美寛さんに2つ、お知らせです」
実玖が部屋を出る直前に、私を振り返ってそう言う。
「ただ…その情報が、美寛さんを喜ばせるか悲しませるか分からないんですよ…それでも聞きます?」
何の事かは分からなかったけど、私はとりあえず頷いた。
「1つめは…ごめんなさい、盗聴する気はなかったんですけど…水葬されるエアリスは、いわゆるお姫様だっこでクラウドに運ばれていくんです」
ちょっぴり嬉しくなった。うん、私はおんぶとだっこならだっこが良かったの!お姫様だっこなら、もっと嬉しい。あとは、私の意識があったら完璧だったのになぁ…。
「もう1つは…夏一のカード、aでしたよ」
私は普段は疾風にしか見せないような、とびっきりの笑顔を見せてしまった。
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