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ほしのうた

五番星

料理は最高においしかった。魚がこんなに新鮮だなんて!あぁ、これを食べるとしばらく実家でお刺身は食べられないなぁ…。疾風もいつもよりはかなり多く食べていた。疾風に「そんなに食べたら太るよ?」って言おうとしたけど、その言葉が3倍返しで返ってくるのがイヤだったから止めておいた。
楽しい夕食のひと時が済んだ後のこと。私たちが後片付けを済ませたときだった。
「…えっ!?」
急に電気が消えた。ウソ、停電!?
「あ、驚かしてごめんなさい。余興をするから切っただけです。巣高さん、お願いします」
実玖の声がする。なんだ、それならそれで…。
「さて…」
急に私の後ろで、しゃがれた声がした。振り向くと…明かりに照らされた、か…怪物!!?
「あぁっ…!!」
思わず悲鳴を飲み込んだ。そして、目の前の「怪物」をよくよく見てみる。
「はは…ごめんよ、雪川さん。童心に戻ってしてみたくなっただけだから」
何だ…巣高さんか。でも、懐中電灯の光を首の辺りから顔に向けて当てるなんて、かなり子供騙しのトリックにあんな素で反応してしまった自分がちょっぴり情けない。
「それじゃあ、みんな座ったかな?みんなが肝試しに行く前に、1つ、話をしてあげよう…」
部屋の中についている明かりは、巣高さんが持っている懐中電灯だけ。あとは、大きなガラス戸から入ってくる月明かり。でも、一応誰がどこにいるかは分かる。私の右隣が疾風で、璃衣愛、夏一、恋奈、実玖、巣高さんだった。円を描いて座っているから、私の左隣は巣高さんね。
「星降村の子は知っているかもしれないけど、この村にずっとずっと昔、ある女がやってきた。その女は器量もよく、家事などもまめにこなせたので、村の若衆から非常に人気があった。しかしこの女、晴れた夜になると必ずどこかへ行ってしまう。本人に聞いてもはぐらかすばかり。そこから色々な噂が立ったそうだ。実はすでに夫も子供もいるという現実的な噂も、実は妖怪なのではないかという不気味な噂も立った。そして、その頃からまた1つ、奇妙な噂が立つようになった。なんでも、夜中に山の中で、何か帯のような細長いものが光るらしい。女の方もさることながら、こちらはそれ以上に不気味だ。何かの凶兆かもしれない。そこである若衆たちが様子を見に行ったのだ。とても晴れ渡った夜のことだった。その若衆たちは山道を登り始めた。すると、百歩も行かないうちにその光と出くわしたのだ。緑色の光が、くねくねと山道を登っている。その光はまるで生きているかのようだ。若衆たちはたまげたが、しかし追う決意を固めた。そして今度は半里ばかり、緑色のくねくねと光る光を追いかけて山道を進んだ。するとどうだろう。地元のものも知らないような洞窟が現れた。そして、そこには幾筋もの緑色の光が動き回っている!…若衆たちは驚いて、よくよくその洞窟の前をみてみた。すると、驚いたことにその光の中心に、あの女がいるではないか!」
なんか…よくある話だけど、やっぱり不気味。巣高さんの話し方もうまいし、それより何よりこの雰囲気が…。
ふっと、電気が消えた。どうやら巣高さんが、意図的に懐中電灯を切ったみたい。うわ、これは…ちょっぴり本気で怖くなってきた…。私はそっと、疾風の左腕に自分の両手を絡ませる。
「ある若衆が意を決して女に向かって叫んだ。『お主、そこで何をしておる!?』すると女が振り返った。そして女は、女とは思えぬような太い声でこう言ったのだ。『ああ、見てしまわれたのですね…』若衆たちは今度こそ驚いてしまった。女の周りに光が集まっていく。そして、それぞれの光で、この光が何だったのかに気がついてしまったのだ。緑色に光る帯の正体は…蛇だった!何匹もの、いや何十匹もの蛇が、女を取り囲んでいる。そして女の顔を見ると、みるみると酷い形相に…蛇の形相に変化していくではないか!」
璃衣愛が「きゃっ」と小さな声を上げて、疾風の手を握る。…あのさ、私から見れば璃衣愛がこの中で一番、そういうのに耐性がある人だと思うんですけど。迷惑そうにしている疾風の顔を私は思い浮かべた。
「これはもういけない、とばかりに若衆たちは弓矢を手に取り、女を射殺した。すると女を囲んでいた蛇たちも光を失い、死んだように動かなくなってしまったのだ。さて…若衆たちは思案した。この女と蛇たちをどこへ葬ろうか。確かに彼らは、女を妖怪だと思っていた。しかし、どこかに祀ってやらねば報われぬ。もしかしたら呪われるかもしれない。そこで若衆たちは死体を運び、それを祀ったのだった。そしてそれが…」
巣高さんは一度言葉を切った。
「それが、星降島だったのだ。…今日はよく晴れている。その女は、それ以来亡霊となって、緑色に光る蛇とともにこの島をさまようそうだ。ほら、今もそこに…」
そう言って巣高さんがある場所を指差した。思わず視線がそちらに動く。そこには…。
「げっ!!」
「ええっ!!?」
「きゃあっ!!!」
わずかな明かりに照らし出されたその先にいたのは…髪の長い女の人…!しかもしかも、「キッキッキッ…」なんて不気味な甲高い声!!思わず夏一と璃衣愛と私が声を上げた。すると次の瞬間、クスクスと笑い声が起きる。部屋の電気もついた。
「予想以上に、いいリアクションでしたね〜」
この声は…実玖?私の横でふと、疾風のため息も聞こえる。
「お三方、あとで恋奈さんに謝ってくださいよ?ウチが恋奈さんを照らしただけです」
「もう、失礼だなぁ、みんな…」
ちょっぴり不機嫌そうな顔をしてみせる恋奈。
「いやぁ…やられた。すまんかったな、恋奈。…よし、じゃあ実玖、先にいかしてもらうけどええな?」
「ええ、どうぞ。10分したらウチらも動き始めます。疾風さんたちは、その10分後に…」
こうして肝試しは始まった。

「それじゃあ、気をつけていっておいで。私は悪いけど、先に寝ているから」
巣高さんに懐中電灯と、念のために地図をもらってから、私と疾風は家を出た。星降山は、巣高さんの家からほぼ真東に位置している。登り道も一本だし、迷う心配はない。でも、なんかちょっぴり怖いな…。心の片隅でそう思ってた私は、出発する前から疾風の左手を握っていた。
「こんなの、いつ以来かな…」
2人きりになってすぐに、疾風の声がする。
「ん?ん〜、幼稚園の頃にした記憶はあるなぁ」
「肝試しのことじゃないよ」
思わず疾風の顔を見返す。疾風は私を見て、右手の人差し指だけあげて微笑んだ。女の子の仕草みたいで、なんだか疾風らしくない。…これもゲームの登場人物の真似だな…。
「星空のこと」
そういわれてから初めて、私は空を見上げる。…ホントだ、都会じゃ絶対に感じられない星の多さ…明るい星も、ほとんど見えないような小さな光を放つ星も…満天の星が、私と疾風を包んでいる。
「光の多い都会じゃ、ね…こんなにたくさんは見えないよ」
「ホント…すごい、うれしい…」
まして今、疾風と2人きりだし…とまでは、さすがに口にしない。代わりにちょっぴり子供っぽく言う。
「へへ、これだけでも満足じゃない?私が書類を偽造してあげなかったら、こんな経験できなかったんだよ?」
「それにだけは感謝するよ」
もう、「それにだけは」は余計だよ!…でも、やっぱり、うれしい。そんなことを話しながら、私たちは山のふもとまで来た。山といってもきっと標高は100メートルもない。私たちの学校の裏にあるK山よりも低い。これ、完全に「丘」よね。さっき巣高さんに聞いた話だと、昔作られた石段がそのまま残っているらしい。その一本道を上がっていけば、頂上に着くらしいの。
「なんか…肝試しというよりは、デートの帰り道だよね」
疾風の顔を見つめながら、私はそっと話す。でも、疾風は私を見てくれない。もう、ヒドイなぁ…。
「ねぇ、疾風?ちゃんと私のほうを見てよ……ねぇ、どうしたの?」
疾風の視線が動かない。口だけが動く。
「おい、美寛…正面、見て…。あれ、俺の気のせいか?」
私は言われて正面を見た。別に、ただ石段が続いているだけ…って…。
「…えっ?」
石段の真ん中あたりに、何かがいる…。太くて長い何か…ところどころ陰に隠れているのか見えなくなるけど、その何かは小さくクネクネと動いている。そして、それがほぼ一直線に上へと駆け上がって行く。でも、それより、何より、その物体は…。
緑色に、光ってる……!!?
ま、まさか…本当に、本当に…さっきの話の……ヘビ!!?
「きゃああああぁっ!!!」
私は思わず叫んで、疾風の胸の中に飛び込んでいた。懐中電灯の落ちる音が、私と疾風の間にだけ響いた。
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