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ほしのうた

七番星

目が覚めた。上手く眠れない。汗をかいている自分がいるのがわかる。…さっき、嫌な夢を見た。緑色に光る大きなヘビが、私と疾風の間に横たわっている。疾風が反対側にいて、疾風の隣には璃衣愛がいて…もう、思い出したくない。それより、わけもなく、怖い。10分くらいがんばったけど、もう、ダメ…。
私は客間から抜け出す。私たちが帰ってきたとき、本当に巣高さんは2階で眠っていた。私たちは相談して、男子はリビングで、女子は客間で眠ることにした。客間を出るときに、ふと後ろを振り返る。ベッドでは恋奈が、そのすぐ下あたりでは璃衣愛が、ぐっすり眠っていた。リビングでは疾風たちが眠っている。静かだ。夏一とか、大きないびきをかいて寝てるものだとばっかり思ってたけど。夏一はソファーの上に寝転がっていて、寝相はいいみたい。一方実玖は布団から転がり出ている。今もうつ伏せの状態で床に倒れていた。…これで唇が青紫色で、アーモンドのにおいが口からしていたら、絶対に青酸カリで毒殺された死体に見える。そして疾風は、窓際に布団を敷いて眠っていた。月が疾風の顔に、優しい光を投げかけている。そのかっこよさに見とれた後、私は疾風を起こさないように、ゆっくり疾風の布団の中に体を入れた。疾風はソファーの上においてあった、横に長いクッションを枕代わりにしていた。もう、疾風ってば用意がいいんだから…。遠慮なくクッションの、疾風が使っていないところに自分の頭を乗せて、眠りにつく。途端に安心して、また私は夢の世界へ旅立った。

…私と疾風がいる。2人きり。場所は…きっと、星降山の頂上。2人で、空を見上げている。空にはたくさんの流れ星…(あれ、この構図、どこかで…)。私と疾風はベンチに座って、星空を見上げながら、笑って…(そうだ、これは、絵だ…)。疾風が、星の話をしてくれる。見上げた空には、次々と線が引かれていく。そして、星座の絵も。まるでプラネタリウムみたい。「空には黄道があって、そこを通っている星座がいわゆる『黄道十二宮』…つまり、星占いに使われる星座」疾風の声が、私の頭の中だけに響く(そういえば、あの絵…)。「あれ、13個ない?」今度は私の声だ。「へびつかい座を数えただろ?」疾風の言葉とともに、他の絵や線が消える。空に残ったのはへびつかい座だけ(あの絵の、左下のうねり…)。「そう、サーペンタリウス。ちょっと哀しい星座」疾風はそう言い残して、消えてしまった。私は疾風を探して辺りを見回す。…誰もいない。ふと空を見上げる(あれは…蛇…?)。その時だ!へびつかい座のヘビが光り始めた。目を覆いたくなるくらいの緑色!そしてヘビは、ヘビ遣いの手元を離れ、落ちてくる(落ちてくる…どこに?)。空から、落ちてくるヘビ…。まさか、私のところに?ヘビはどんどん落ちてくる。私は、動けない。私の体は凍ったように、ベンチから離れることが出来ない。落ちてくる…落ちてくる!押し潰される!!

「美寛〜!起きろ〜!!」
「………えっ…?」
目が覚めたとき、私の顔を照らしていたのは月の光じゃなくて太陽の光だった。璃衣愛が私の体の上に乗っている。…そうか、そのせいで私、ヘビに押し潰される夢なんか…。私はふと横を見る。疾風はもういなかった。
「美寛以外、とっくに起きたよ」
「美寛、起きた?」
璃衣愛の後ろから疾風の声がする。疾風はもうパジャマから普通の服に着替えていた。髪が濡れてる。疾風は朝風呂することがたまにあるから、きっと今日はそうしたみたい。
「あ、疾風…。おはよっ」
「もう…また怖い夢でも見た?」
不審そうな顔の璃衣愛を横目に、疾風はそう聞いてくれる。…そう、私は小さい頃から、怖い夢を見ると必ず誰か…たいてい雅お姉ちゃん…の布団にもぐりこんでいた。そんなことを知ってるのは、疾風だけよね。
「うん、ごめん…でも、おかげで…大丈夫だったよ」
私は起きて、顔を洗いに行った。

「Waiting for the stars to shine again…愛の星を見せたい……I love you…」
洗面所からドライヤーの音と共に、綺麗な高い声が聞こえてくる。その声は、どこかで聞いたことがあるような気がした。恋奈かな?私はあまり遠慮せずに扉を開けた。
「…えっ?」
そこには髪を乾かしている実玖しかいない。ウソ、この歌声…。
「気付いて……って、あ、美寛さん、起きられました?」
「う、うん…それより…そんな高い声でるの?」
「ええ。あまり大きな声では出せませんけど…どうかしました?」
私は急に、実玖のこの裏声をどこで聞いたか気付いた。そうだ、あの時の…!ちょっぴり不機嫌な顔で実玖を睨む。だいたい私、あんまり寝起きはよくないんだからね!
「昨日の肝試しの前、恋奈を照らした時に聞こえてた、あの甲高い不気味な笑い声…」
「あはは、そのことですね?ええ、あれはウチの裏声です。…『お帰りなさいませ、お嬢様?』」
実玖が冗談半分に裏声でそう言うと、本当にメイドみたいだった。目を閉じた男の子が聞けば、半分くらいはひっかかるかもね。もちろん、目を開けている私には、今の実玖がかなり奇怪な子にしか感じられないけど…。
「もうっ!あれ、かなり驚いたんだからね」
「ごめんなさい。…あ、そうだ、昨日の件ですけど…」
不意に実玖の声が真面目になる。
「本当に緑色に光っていました?普通の…白っぽいとか、黄色っぽいとかじゃなくて」
「うん、あれは絶対緑だった」
「そうでしたか…月の光とかを、あそこの手すりが反射したんじゃないかな、って思ったんですけど」
「ううん、そんな事は絶対無いよ。だって動いたんだよ?左右にもクネクネ動いたし、上っていったもの」
「そうですね…。あそこの手すりは鎖だから、左右に動くっていうのは鎖が揺れるのと誤認する可能性はあるかもしれません。でも、上るほうはやっぱり、今の仮定を百歩譲って認めても無理そうですね。…そういえば、上っていったその光はどうなりました?消えました?」
そう言われるとそうだ。あの光、結局どうなったんだろ?私は疾風の胸に顔をうずめちゃったから、あの光が結局どうなったか知らない。…後で疾風に聞かなくちゃ。一応今は知らないって実玖に伝える。
「う〜ん、どうも保留ですね。あ、そうだ、お昼は南の岩場でバーベキューみたいですよ」

身支度を済ませてリビングに戻ると、そこでは夏一が荷物の準備をしていた。鉄板や椅子、パラソルなんかが乱雑に置かれている。
「よぉ、起きたか。まったく、都会の女はすごい事をするもんじゃのう」
…きっと私が疾風の布団にもぐりこんだことを言ってるのね…。
「別に、私たちにとってはあれが普通だもん」
幸いこの話題は、私のその一言で終わった。夏一は全然別のことを話し始める。
「しっかし、都会っちゅうのはどんなところなん?」
「う〜ん…夏一はどんなイメージを持ってるの?」
「そう言われると…そうじゃのう、とりあえず賑やかで、遊べるところも多い、芸能人にもよぉ会える、みたいな感じじゃな。ここらは…そやけん、俺にとっちゃ寂しすぎるわ。退屈じゃし」
「…うん、そうかも。まぁ、芸能人に会えることはそうそうないけど…。でも確かにね、私は一週間しかここにいないから、目に映るものはすごく、まだ新鮮なの。でも…きっと、飽きるんだよね」
夏一は大きく頷く。
「ああ、そういう事じゃな」
私はふと、昨日恋奈が言っていたことを思い出した。
「それはきっと…ずっとそこにいるから、だよ」
「…?すまん、何て?」
「あのさ…田舎でずっと暮らしていると、田舎に飽きることは多いと思う。それと一緒で、都会でずっと暮らしていると、都会に飽きることも多いと思うの」
「ああ、なるほど。確かにそうかも知れん」
「私は…どっちかって言うと、都会の方が切実だと思う。その…何ていうのかな、本来の人間じゃない、っていうか」
夏一は首をかしげている。これがマンガなら、頭に?マークが浮かんでいるところ。
「あのさ…今まで、人間って田舎みたいなところに住んでいたじゃない?それがだんだん、都会的な場所に住むようになった、って思うの。だとしたら…都会っていうのは後から出来た場所で、本来の人間が居るべき場所じゃないような気がする…って、それだけ」
夏一は納得したようなしていないような顔を見せた。
「ふ〜ん…今の美寛、恋奈みたいじゃったぞ」
「ああ…うん、そうかも。昨日恋奈と2人で、ずっと話してたからね。影響されちゃったかな?」
「どうも、俺には分からんけんのぉ。その…田舎の方が都会よりええっていう感覚が」
「それは、恋奈だってもともと都会で暮らしていたんでしょ?」
「ああ、そうか…そやけん、恋奈は…なるほどなぁ」 夏一は勝手に納得している。…ホントにこんな説明で納得できたの?その時、台所の方から巣高さんが現れた。
「ああ、雪川さん。昼食の下ごしらえを手伝ってくれないかい?」
それからは、私もお昼の準備をすることにした。
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