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ほしのうた

九番星

そう、島が消えた。夢幻島が、なくなったんだ。名前の通り、跡形もなく消えた。私の言葉を聞いて、みんなが一瞬呆然となった。夏一だけが変わらずスペアリブを頬張りながら聞き返す。
「…は?冗談やろ?」
「冗談でこんな事言うわけないじゃない!ホントなの、ホントに消えてるんだってば!!」
「えっ?あそこで消え去り草が栽培されているとは思いませんけど…見に行った方がいいみたいですね」
私たち…正確には夏一と巣高さんを除く5人…は、さっそく問題の穴のところへ向かった。まず疾風が、その中を覗き込む。
「…本当だ…本当に…島が、ない…」
「え、ウソ!?本当に?」
改めてみんな驚く。何よ〜、私の言葉はそんなに説得力無いの?
「そんな…そんなことは無いでしょう。ちょっとウチ、岩場の上から見てきますね」
そう言って実玖は、1人でさっさと岩場の上に上がっていってしまう。一方穴のところでは、疾風と恋奈が交代していた。恋奈が穴を覗き込み、疾風と同じように驚く。
「うわ、本当…本当に、無くなってる…。これ、霧とか錯覚とかじゃないわ…」
「ね、ちょっと、代わってよ〜」
璃衣愛がそう言って、恋奈と代わろうとする。すると、不意に実玖の声が聞こえてきた。
「ねぇ、美寛さん…見間違いじゃないですか?」
実玖は穴の反対側に顔を見せる。って言っても、見えているのは右目を中心にした顔の一部だけ。なんか、ちょっぴり怖いなぁ。それより、実玖のその言葉…。
「絶対違うよ!だって、今疾風にも恋奈ちゃんにも見てもらって…」
すると実玖が、思いもよらないことを言い出した。
「いえ、そんな事言われても…現実に、ありますもの…ほら」
そう言って実玖が体を横にずらす。そこにすぐに、璃衣愛が張り付いた。
「…あれ?ホント、全然普通にあるじゃない!」
…えっ!!?
「ねえ美寛…騙すつもりだったんでしょ?」
そんな事…私は疾風と恋奈を見る。2人は口々に、私の味方をしてくれた。
「いや…璃衣愛、確かに島は無かった」
「ううん、璃衣愛ちゃん…その、本当に島は…無かったよ?」
そして今度は、私がまた穴をのぞいて見る。すると…。
ある。間違いなく、島がそこにある。海の真ん中に1つだけ、でもはっきりと、島が浮かび上がっている。疾風も恋奈も、その事実を見せ付けられて固まる。もちろん、私も。
実玖が岩場を上がって戻ってきた。そして、私に向けてこう言う。
「なんか…また、変な謎が増えちゃいましたね」

帰り道に、私はいきなり呼び止められた。
「ねぇ、美寛!ちょっと上まで行こう」
「…え?いいけど、璃衣愛…上ってどこのこと?」
璃衣愛は東の方を指差した。どうやら星降山のことらしい。私は頷いて、璃衣愛の後についていった。山頂には古びた小屋がある。昨日は夜でよく分からなかったけど、意外にきれいな小屋だ。推理小説ではこういう建物を「四阿(あずまや)」って言うけど、それほどに大げさな建物ではない。
「ここなら誰にも聞かれないからさ」
私と璃衣愛は向かい合って座った。何の話だろう…?璃衣愛は、かなり真面目な顔つきをしている。
「ちょっとさ、疾風クンのことで」
そういわれた瞬間に、私の体がこわばる。まさか璃衣愛、本気で疾風のこと…。
「美寛に謝らなくちゃ、って思って…」
…えっ?
「ど…どうしたの?何の事?」
思わず璃衣愛に聞き返す。璃衣愛は頬を赤らめて、私から顔を背ける。
「あの、さ…私」
璃衣愛は私の目を見た。璃衣愛の目は、澄んでいる。
「別にそんなに、疾風クンのこと、好きじゃないんだ」
「え……ええっ!!?ウソでしょ?」
「ううん、本当。彼は…私にはちょっと、暗すぎるよ。その…普段はそこまで暗くないけどさ、美寛なら気付いてるでしょ?彼の…何ていうのかな…そう、陰みたいなものに」
私は返事をしない。代わりに一度だけ、小さく頷いた。そう、それは…私も知ってる。時々だけど、疾風には陰…というか、陰鬱なというか…私にもよく分からないけど、とにかく不安そうな表情が出るときがある。それは…あまりにも澄んだ瞳。私にも未だに…なんで疾風があんな表情を見せることがあるのか…分からない。
「いるのよね、ああいう男。私、ああいう人は苦手なの」
それは分かったけど…。
「ねえ璃衣愛、それじゃあ何で、あんな疾風をたぶらかすような…」
「たぶらかす、はヒドイなぁ!」
璃衣愛は少し声を荒げる。でも怒ってない。目なんて笑ってるくらいだ。
「ちゃんと理由はあったの!だから、それを説明するためにわざわざここまで2人きりで来たんじゃ…」
そこまで言うと、急に璃衣愛は黙り込んだ。変な沈黙が流れる。
「…璃衣愛、どうしたの?言ってくれないと分からないよ」
「お願い…これは誰にも言わないでよ」
私はもう一度頷く。それを見た璃衣愛は、顔を伏せてしまった。
「私は…ただ、怒らせたかったの」
「…怒らせる?えっ、誰のこと?もしかして…私?」
「ううん、違うよ…。その…」
璃衣愛の声が次第に小さくなっていく。きっと、こっちが本当の璃衣愛なんだ…。少なくとも私には、今の璃衣愛のほうが見ていて自然に感じる。
「実玖…を…」
私は何も言わずに、璃衣愛の体を自分のほうに抱き寄せた。そっか、そういう事か…。女の子の中には、男の子を振り向かせようとしてわざと、その男の子に冷たくする女の子がいる。正直私には理解できないけど、いるのは間違いないこと。たぶん、璃衣愛もそういう女の子なんだよね?疾風という他の男の子と仲良くすることで、自分の一番好きな実玖に嫉妬して、怒って、そのために泣いて欲しかったんだよね?
「分かったよ、璃衣愛…。私は、全部、許すから…」
それだけ言って、後は無言で私たち2人はしばらくそこにいた。優しい風が私たちを包んだ。

璃衣愛と2人で帰ってきてから、私はとりあえず1人になれる場所だったから、玄関のところに立ったまま考え事をしていた。とにかく、頭も心もお腹もいっぱいになった。それが、私の正直な感覚。お昼を過ぎて、満腹感は少しずつ薄れていく。さっきの璃衣愛の話で、心もなんだか一杯になっている。でも、それはとりあえず疾風と私の関係の点だけで言えば、いい意味だったから良かったけど…。でも、頭の中はまだまだ満腹感たっぷりだった。なんで夢幻島は、あの一瞬だけ消えたの?あれは写真や錯覚なんてものじゃない。本当に、本当に消えていた。その先の風景は紛れも無くちょっとした岩場と海。それ以外には何もなかった。それに、昨日の緑色に光るヘビのことも、私の頭の中を占領している。これは、そう…疾風と話し合って、ちょっとでもスッキリしなくちゃ!
そこでふと、私の思考は立ち止まった。…あれ、私、いつから、こんなときに疾風に頼るようになったんだろう…?昔はいつだって、自分のほうが疾風よりお姉ちゃんであろうとしていた気がする。それなのに、今は…ううん、前の事件の時も、疾風に頼りっぱなしだった。私、いつからこんなに弱い女に…。ここでまた私の思考は立ち止まる。…あ、そっか。弱くなったんじゃない。素直になれてるんだ、きっと…。
疾風はリビングにいた。そこには恋奈もいる。私はすぐに、疾風に声をかけた。
「あ、疾風!…あれ、他の3人は?」
ちなみにここで数に入っていないのは夏一。彼はまだ泳いでいる。元気だなぁ…。
「璃衣愛はさっき帰ってきたけど、それから後は知らないな…。実玖は昼寝するとか言ってたけど。巣高さんは、2階の部屋で絵を描いてる」
疾風が、自分の左隣の椅子を引いてくれたので座る。
「ねぇ、2人とも…」
恋奈が、私と疾風に話しかけてくる。
「やっぱり私も、昨日の蛇の事…信じるよ。さっきの島が消えたのを見せられると、緑色に光る蛇くらい、なんか…変な言い方だけど、普通に思えてきたの」
…ってことは恋奈、信じてなかったのね…。まぁ、あんな話を信じろって言うほうが無理なのは認めるけど…。
「ねぇ、疾風…私も、もう何が何だか分からなくなってきてるの…ねぇ、疾風は何かに気がついてるの?」
私がそう聞くと、疾風は目を私からそらした。
「俺は…奇跡的なことは、信じてない。あれは…きっと、大掛かりな手品。どうやったかの見当は付くし、それなら誰がやったかも分かる」
…えっ!?
「ほ、本当に!?」
2人の声がそろった。
「それじゃ、二つとも、説明できるの!?何がどうなってるのか…」
「ああ、一応ね」
それのどこが「一応」なのよ!…でも、そう言われるとやっぱり、ちょっぴり悔しい。
「ただ…1つ、分からなくてさ」
疾風は私たちの反応を無視して、話を続けている。
「なんでアイツが、そんな事をしたのか…って事が分からない。単純に、美寛や俺に挑戦したかったとか、美寛や俺を驚かせたかったとか…。それもあるかも知れないけど、そうじゃない…。何か、それ以上のことを、アイツは考えていそうな気がしてさ」
もう…そんな細かいところは後でいいでしょ!私は疾風をせきたてる。きっと他の人たちだって、方法や理由を知りたいに決まってるじゃない!
「それで、疾風?いったい誰が、こんな事…」
…あれ?疾風の視線が、おかしい。私の後ろに向いている。
「疾風、はぐらかさないの!何、私の後ろなんか見ちゃって…」
「なぁ、美寛…この絵って…」
疾風は絵を見ていた。何だか、疾風はこの絵に吸い寄せられている。
「…恋奈?この絵のこと、説明してくれる?」
恋奈は戸惑いながらも、巣高さんが描いた、この大きな絵の説明をする。それは昨日、私にしてくれた説明とほとんど一緒だった。そして、それを聞いてしばらくすると疾風は…。
小さな声で、でもはっきり、笑い出した。
もちろん、私にも恋奈にも、その意味は全然分からない。私なんて、疾風の気がふれちゃったのかと思ったもの。こんな笑い方をする疾風、初めて見たかも…それくらい、いつもの疾風と違う笑い方だった。
「ね…疾風、どうしたの?何がおかしいの?」
疾風は、私のほうをしっかり見てくれる。
「ごめん、美寛…でも、もう全部分かったよ。アイツ、そんな下らない理由でこんな大袈裟な事するなんて…。別に言ってくれれば、俺は邪魔しないのに」
「え?下らない理由?邪魔するって、何の話?」
疾風は、今度はリビングの入り口のほうに目を向ける。かすかな音がした。疾風は、ドアの向こうに声を投げかける。
「いるんだろ?」
ドアが静かに開く。誰?誰がそこにいるの?その影は、ゆっくりとリビングに入ってきた。
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