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かぜのうた

第16章 暴露の爆風

帰り道は、私がずっと話をしていた。疾風が「何をしていたか聞きたい」って言ったから、今日起きた出来事、聞いたことを全部話した。街灯と月の灯りだけが2人を照らす。ふと「月を見るなら午前1時がいいんだよ」とか「日焼けすると肌は黒くなるけど、月焼けすると肌は白くなるんだよ」なんて言葉がよぎったけど、私はそうは思わない。私は夕方の、月と太陽が一緒にいる時間が好きだし、月の光は、目の前にいる人を幻想的に見せてくれるだけだと思う。そう…さっきの、時計塔の中の疾風のように。
結局、疾風は今日も私の家まで遠回りしてくれた。今までなら騎士として当然、なんて軽い事も言えたけど多分これからは言えない。素直に感謝できる気がした。今は風も吹いていない。あれだけ激しく、冷たく吹いていたお昼がウソみたいだった。まるで風も、私たちに気を使ってくれているみたいだった。

「ただいま〜」
「おかえり〜、みひろちゃん」
お姉ちゃんの声がした。いつもはママの声だけど、そういえばママは、今日は短大の同窓会でいないんだっけ。
「声がしてたから分かっちゃった。ハヤくんと一緒だったの?」
「うん、そうだよ」
答えてから気付いた。…私、お姉ちゃんに冷たくなくなってる…。自分の中でそれは、すごく大きな進歩のような気がした。もっとも私、「進歩」とか「前進」って言葉は嫌い。私たちが生きているのは、進むためだけなんかじゃ絶対にないと思うから…。リビングに入ると、そこではパパがくつろいでいた。私はパパに、この数日でお決まりになったフレーズを口にした。
「パパ、ただいま。ねぇ、おじさまの具合は?」
「ああ、美寛、おかえり。龍牙か?…まあ、順調そうだな。もっとも龍牙の側にはいつも…」
「そっか、おばさま、本当に泊り込んでるんだ」
「まぁ…あの2人のことだからね」
パパは苦笑した。おじさまとおばさまの関係は単なる兄妹じゃない。私なんかは二人のことを夫婦だと思っている。どうやら、この分なら心配なさそうだ。逆にあれだけアツアツだと、お医者さんや看護婦さんの方が辟易しちゃうかもしれないなぁ、と私はそういう場面を想像してパパと一緒に苦笑する。私は次に、やっぱりこれも最近おなじみで、こう尋ねる。
「ねぇ、何か分かったの?今はおじさまを介することは出来ないんだから…」
「やれやれ…美寛はしょうがないな。とりあえず、ご飯を準備してきなさい。話は食べながらでもいいだろ?」
そこで私は夕食を準備してきた。お姉ちゃんはもう食べ終わっているらしい。
「まったく、美寛はどこでこういう趣味に影響されたのか…」
「分かりきったこと聞かないで。もちろん、おじさまの影響よ。…パパ、それで?」
するとパパは、かなり真面目な顔つきになった。
「しょうがない、美寛に隠していた2つのことを教えようか。まず1つは、電話に関して」
「電話?それって、ケータイのこと?」
「ああ。どうも被害者は、死ぬ直前まで、誰かと電話していたらしい」
「電話を…」
私は首をかしげる。あの電話は、私たちの密会を撮ろうとする目的以上のものがあったのか?
「まだ誰の電話か、までは特定されていないんだ。しかし、発信源は特定されている」
携帯電話を使用した際に、どこからその電話をかけたか、というのは大まかな位置でなら分かる。これくらいは推理小説に書かれているし、最近ニュースでもその事実なら伏せないようになってきた。
「発信源は…エリア名で言っても分からないだろう…とにかく、深月高校があるエリアだ。高校内の可能性が高い」
「…ねぇ、携帯電話の持ち主を特定した方が早いんじゃないの?」
「そうもいかないのさ。その携帯電話は、どうやら闇市場で出回ったものらしくてね…だれがどういう名義で契約しているものなのか、それさえわからない。聞いたことはあるだろう?振り込め詐欺なんかで使われる携帯電話にそういったものが多いことは…」
「じゃ、その方向からの特定は出来ないってことね」
う〜ん、あまり参考にならない。
「ねぇ、もう1つの大事なことって何?」
「これは…いいか、被害者自身に関わることだから、絶対に言うんじゃないぞ」
被害者自身?彩芽に関すること?何だろう。少なくとも私には思いつかない。しかし、パパの次の一言は私にとってかなり大きな爆弾だった。
「実は、被害者は…妊娠していたんだ」
「ええっ…!!?」
驚いてご飯を持ち上げていた手が止まってしまった。そのままご飯を口に持っていかずに、一度おわんに戻してから話を再開する。それにしても…妊娠だなんて…。
「だ…誰との子!?もしかして…萌葱くん?」
「それは被害者の恋人だったよな?いや、それはない」
「どうして?…って、そうか。血液型が一致しなかった」
「そういうことだ。胎児の血液型はA型、母親がO型。萌葱君は…勝手に調べさせてもらったが…B型だった。少なくとも彼との子供ではない」

私はパパとの「捜査会議」を終えた。パパには今日のことを全部話すわけにはいかなかったから…時計塔のシーンなんて死んでも他の人には話さない…推理小説で言うところの「痴情の縺れ」に絡みそうな、要は動機になりそうな恋愛の話だけしておいた。でも、あまり意味を為さないことは分かっている。不可能犯罪は、そのトリックから攻めるしかないはずだ。現実をこんな風に捉えるのは間違っているかもしれないけど、私はそう信じる。それにしても…。
彩芽が妊娠していた。という事は、犯人は既に2人を殺したことになる。たとえ、彼女の妊娠を知らなかったとしても。それが許せないって訳じゃない。いや、許せないのは許せないけど、そんなことより…。私は彩芽の中に宿っていた命のことを考えていた。生まれる前に生きることが出来なくなるなんて、そんなのって、ない。このことは、私の中では許すとか許さないとか、そんな次元を超えている。私の頭の中に、色々な言葉が渦巻く。
「私なんか生まれてこなければよかった」?そういえばあの「中也」も、美鳥や美魚や清を思いながら、そんな問題に直面していた。でも、ううん、違う。それでも、意味がある。私はそう信じたい。今、自分が日本という安穏な社会に暮らしているという前提があるから、私たちは戦争の悲惨さなんて意識しない。もし戦争や内紛の起きているところで暮らせば、命の儚さなんて一瞬で理解できる。そこから生が意味のないものに思えてくる時もあるのかもしれない。でも、たとえそういうところに生まれる命であっても、意味はある。逆に無意味であっても、無意味だっていう意味があるんだと思う。
「死に至る生を恐れている」?そう、そうかもしれない。あるテレビで、私と同い年の女の子がこう言った。「アタシは死ぬのが怖いから生きているの!」そう聞いたとき、私もつらかった。それを「お前が弱いからだ」の冷徹な一言で切り捨てた大人がいた。それは、違う…。違うっていうより、恐ろしいことだと思う。その子は、死と向き合って暮らしているんだと思う。それがどれだけ恐ろしいことか、その人には分からなかったのかな、って思う。逃げるよりは向き合わなくちゃいけないって思う。たとえ、どんなにつらいことでも。
人生を戦いにたとえる人がいる。ううん、それどころか人間って何でも物事を戦いにたとえるし、戦わせることが好きな動物だ。戦争や政争、権力闘争はもちろん、スポーツ、受験、就職、恋愛…なんだってそう。「格差社会」っていう言葉はまだしも、私はこの社会を覆う「戦い」の概念が嫌い。時には逃げ出したくもなるし、いつだって逃げていいと思う。それを社会が許してくれるかどうかはともかく、少なくともそういう権利はあると思う。だけど、彩芽の中の「命」は?その「命」には、それさえ与えられなかった…。それが哀しい。でも、多分みんなはこの一言で私を切り捨てるんだろう。
…お前が弱いからだ…
こんなとめどないことを、ずっと考えながらその日は眠りにおちた。結局最後に私が思ったことは、私は今、命のために生きているってことと、今頃疾風は何をしているのかな?ってことだった。


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