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かぜのうた

第18章 虚構の順風

パパとはその日の夜に話をした。私は、自分が組み立てたこの推理を、今までパパに話していなかったことを悔やんでいた。まさか、鏡野先生の身にそういう事が起きるなんて、予想もしていなかった…。
「鏡野先生…自殺だったの?」
「ああ、そう見て間違いない。理科準備室の普段使われていない物置の中から、ボーガンと皮の手袋、それに携帯電話が見つかった」
「遺書は?」
「ああ、先生の机の引き出しの中からプリントアウトされたものが見つかったよ」
私の頭の中で、ふとその様子が思い浮かぶ。確か先生の机は南に面していた。理科準備室の扉を開ければ、すぐ右手に鏡野先生がいた。その椅子に座って、思いつめた顔で、自分の遺書を書いている先生…。
「ねぇ…どんなことが書いてあったの?動機のこと?」
「ああ、動機のことがほとんどだったな…美寛、分かっているな?」
絶対にしゃべるな、という意味だ。私は強くうなずいた。もっとも、私だって疾風以外の人にしゃべる気は全くない。…そう思っている時点で契約違反かもしれないけど。
「実は…鏡野先生は、どうやら数件の買春に関わっていたらしい」
「ええっ!!?」
「そう、何人かの女子高生と関係を持っていた。そして、その中に…被害者、つまり自分の娘も含まれていた」
「えっ…それって、それって…」
思い切って言ってしまえば、近親相姦ってことだ。…そんな。そんなのは小説の中だけの話だと思っていた。こんなに身近に、しかも自分の友達が、そんな…。今私が知っている限りの言葉じゃ、このことはただ「そんな…」という言葉でしか表せない。
「鏡野先生はA型だ。胎児の血液型にも納得がいく」
「じゃあ、先生が彩芽を殺した理由って、まさか…」
「ああ、そのためだろう。そして、最後にはそれに対する良心の呵責が綴られていた。しかし…困ったことに、彩芽殺しの方法が分からないんだよ。先生がどうやったら、娘を殺すことが出来たのか…」
「パパ、教えて欲しい?」
私は思いっきり笑顔を作ってパパに言った。少なくとも今の私には、安堵の気持ちが広がっていた。先生を追い詰めることなく済んだんだ…。自分の望む最良の方法でのハッピーエンド、ってわけじゃないけど、これならまだ自分の中で許容できる。私は自分の考えをパパに話した。
「そうか…なるほど!」
パパは納得してくれたようだ。よかった、これで終わった…と私は思った。それなのに、なんでまだ風は冷たく吹いているのだろう、とも思いながら…。

次の日、私は疾風にパパから聞き出したことを話した。もちろん、周りに誰もいない場所…放課後の時計塔の中で。
「そうか…」
疾風はただ俯いていた。疾風にだってこんな事実はショックに違いない。私はそんな疾風の気持ちを思いやって、何も言わずにただ疾風を見ていた。
「あのさ、美寛」
不意に疾風の声がした。
「頼みがある」
え?何だろう…。疾風がこんな風に切り出すことなんてほとんどない。私にとっては初めてとも言える体験だった。でも、疾風の顔は真剣だ。私もちょっぴり真面目に聞き返す。
「ん?どうしたの、疾風?」
「あのさ…今から、美容院に行って来てくれない?」
私はただ、「…はぁ?」と答えるしかなかった。


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