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かぜのうた

第2章 予感の緑風

お花屋さんの前を通り過ぎた時に、私はふと足を止めた。疾風はそんな私に気がついて、数歩先に進めていた足を私と同じ位置にまで戻してくれる。口は素直じゃないけど、優しい。
「そだ、お花買っていこうか」
「何?今度はどうしたの、美寛?」
「ん?あのさ…今、ふっと…風花のことを思い出したから…」
私がそれだけ言うと、疾風は納得したような顔で私を見返す。たぶん、疾風も「ああ、そういう事なら」と納得してくれたのだろう。こういう時に、疾風の考えていることを全て見通すことができたら、って思うことがある。でも私の結論は、やっぱり見通せなくていい、ってことに落ち着く。だって、もし好きな人の気持ちが全て分かってしまうとしたら、多分私は、その人の側にずっといてあげようとは思わないから…。でも、疾風の微妙な仕種を見ると、私はいつもそういう誘惑に駆られてしまうのだ。
「あんまり多くは買わないでよね」
でも、こう言う疾風の気持ちならすぐに分かる。私が、自分のために買ったものでも疾風に持たせるのは毎度のことだから。疾風にちょっぴりそういう現金な性格があるのは、幼なじみの私なら知ってて当然だ。
私は、綺麗だったからという理由だけで、名前も知らない花を少し買った。その間にも、私の思いはさまざまなところへ飛んでいく。…私、お花ならアイリスが好き。アイリスという花の名前は、神崎のおじさまから教えてもらったのを今でも覚えている。おじさまはこうも言ってたっけ。「パーティーの時にこの花を飾るといい。でも黄色のはやめておいたほうがいいな」って。このちょっぴりブラックなジョークの意味は、最近になってやっと分かった。でも、これらの些細な想い出よりも、今の私の心を占めていたのは…。
風読風花。彼女のことだ。風花は今からちょうど半年前、去年の7月4日にこの世を去った。もちろん、こんな若い女の子が急にこの世を去る原因なんて…私が思いつく限りでは…3つしかない。1つは病気、1つは事故、そしてもう1つが…自殺。そう、彼女は自殺した。自宅の洗面所で、いわゆる「リストカット」したらしい。母親が息も絶え絶えの彼女を見つけて、すぐに病院に連れて行き…。でも、結局間に合わなかった。私が先生から聞いた話はそれぐらい。動機はいまだにわからない。誰かが他にも色々言っていたような気はするけど、私はそんなところまで鮮明には覚えていない。風花はわりと親しく話をしていたお友達だっただけに、ただただそのショックが大きすぎたのだ。あれから、もう半年。
「風花のこと、思い出してたのか?」
お花屋さんを出てすぐに、疾風が聞いてきた。最初は私がちょっぴり蒼ざめた表情してたのかな、とも思ったけど私は元から色白だし多分違うと思い直した。むしろ、私の大きくてかわいい瞳が、伏し目がちになっちゃったからかな、などと自惚れてみる。
「うん、そう…」
「あんまり思いつめないでよ」
疾風にしては珍しくストレートな慰めの言葉だ。自然に笑顔に戻っていく。
「うんっ!!」
必要以上に明るく、子供っぽく返事をすると、疾風はちょっぴり呆れ顔になる。
「はいはい…。それよりさ、美寛?」
「ん?ど〜したの、ハヤ?」
やっぱり、お互いを名前で呼び合えるのはすごくいい事だ。まだ子供っぽい笑みを絶やさないまま、私は疾風を見つめる。すると、疾風はちょっぴり真面目な顔になった。
「お前が学校に行くって言い出したの、風花のためか?」
「ん〜、半分くらいそうかな。でも、ホントの用事は別にあるよ」
「へえ…。で、その『ホントの用事』って一体何?」
「教えな〜い。だからさ、学校に着いたら教える、って言ってるじゃない?」
そうやって疾風をじらす。疾風もじらされるのには慣れているからそれで諦めてくれる。私はちょっぴり早足で、疾風の前に出た。何だか心が躍ってる。心なしか、ちょっぴり飛び跳ねるような感じで私は歩いていく。これから学校ですることを考えると、少しロマンティックな、心地よい気持ちになっていくのだ。疾風はそれを知らないから、不思議そうに私のことを見て、それでも何も言わずに、お花を持ったままついて来てくれる。
また強い風が吹いた。何だか今日は風が強い。なんか、嫌な予感がする。そう思いながら疾風の方を振り返ると、彼はバツが悪そうにそっぽを向いていた。


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