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かぜのうた

第21章 閉幕の春風

「それにしたって、いきなりあんな事させて…もし私が気付かなかったらどうする気だったの?」
今日は1月21日、日曜日。結局、将弥くんはあの日のうちに自首した。パパにはその時に改めて、月曜日の自分の考えが間違っていたこと、そして真実のトリックを教えた。疾風がこれに気がついた、って事もすごく口にしたかったけど、本人がダメっていうから結局言わなかった。でも、終わってみるとあっけない。これと似たようなトリックを使った事件を、私は既に3つも知っていたのに…と情けなくなる。
「え?美寛なら当然分かると思ったから…」
今、私は疾風の部屋にいる。疾風はゲームのコントローラーを握っていた。私は後ろから、あの日のことを話しながらそれを見ている。疾風はRPGをしていて、蛾のような大きな敵と戦っていた。
「それに美寛が小学校と中学校の時、演劇クラブにいたのは知ってたし…」
そう、6年間私は演劇クラブにいた。もちろん、これもおじさまの影響だ。思えば、おじさまが大阪で「ラピス」という舞台をやったのも高校2年生の時だった…と聞いたような気がする。あれは3年生の時だっけ?ちなみに、おじさまは昨日退院した。まだおじさまには会っていない。というより…今おじさまに会うのは、怖い。
「それでも、だよ!もしあの時、将弥くんが目の前の女の子は風花じゃなくって私…雪川美寛だ、って気がついたらどうするつもりだったの!?」
「ああ、こんなふうに?」
疾風はテレビの中にあごをしゃくった。そこにいたRPGのヒロインは、目の前にいる敵が恋していた女性の服を着て、敵を説得しようとしていた。でも敵は、彼女が自分の愛した女性ではないことに気がついてヒロインたちに襲い掛かる。私の頭の中にも似たようなシーンが思い浮かんだ。そうだ、あれはラジオ番組を舞台にした短編…。一方、テレビの中では戦いが始まっている。私は知らない間につぶやいていた。
「うん、そう…こんなふうに…」
その時、テレビからこんな声が聞こえてきた。そっか、最近のゲームはキャラがしゃべるのか。
…ど〜して分かってくれないのさ〜!!…
…ダメだ、心を閉ざしてる!!…
「俺は…その、萌葱の心なんて分からないけどさ…少なくともあいつは、心を閉ざしているようなことは無かったと思う。彩芽と…付き合えてただろ?たぶんあいつは、必死で自分に言い聞かせたかったんじゃないのか?『いくら風花の復讐といっても、彩芽を殺せるわけがない』って。それに…前にも言ったよな?選ぶ権利を持っている以上、その人の意思を尊重するって。そりゃ、どうしても考えが合わないときは対立もするけどさ…俺には分からないよ。人間は神じゃない」
「うん、私も…結局誰がどう悪いのか…分からない」
「それでいいと思う。たった一つの固定観念に縛られるよりはそのほうがいい」
いつのまにかゲーム画面はエンディングになっていた。話の筋がさっぱり分からない。
「これ…このゲームって、結局どういう事?」
「ん?これ?」
疾風は私の耳にそっとこう言ってくれた。まるで、風のささやきみたいに。
「愛の力があれば何でもできるって事かな」
それを聞いて一瞬だけど、将弥くんと風花の関係が頭をよぎった。でも、それは…それは、きっと違う。きっと、愛は道具にならない。
「疾風」
私は後ろから疾風を、この冷たい季節に終わりを告げる風のように包み込んであげた。そして疾風の耳元に、そっと一言だけささやきを返した。
その言葉は、2人の間をゆっくりと流れていく。花びらを舞わせる春風のように。


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