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かぜのうた

第3章 黄昏の凪風

私と疾風は自分たちの学校、深月高校に入った。何台かの自動車と自転車がおいてある。通学用の自転車を見るたびに、私は羨ましいと思ってしまう。学校の変な規則のせいで、高校から「それほど遠くはない」位置に住んでいる私たちは、通学のための自転車を使わせてもらえないのだ。
「こんな日でも、誰かは学校に来てるんだな」
「ほら、それはさ、宿直の先生とかいるだろうし、それにこの時期に図書委員が本の調査とかするらしいし…」
「本の調査?何それ?」
「え、例えば無くなった本とか図書館に返されてない本とかチェックしたり…あと、近くの市立図書館から借りた本を返して新しい本を入れたりする、とか言ってたよ」
「よく知ってるな、美寛…。それ、誰に聞いたの?」
「ん?ねむねむ」
ねむねむ、とは図書委員の白沢合歓のことだ。珍しい名前という事もあって、みんな彼女のことを陰ではそう呼んでいる。本人が嫌う呼び方…つまり悪口だから当然彼女の前では使わない。疾風はそれを聞いて「古代種?」と口にしたが、私にはその意味がよく分からなかった。ちなみに、この図書委員の話は、彼女と親しいから教えてもらったというわけじゃない。むしろ逆で、2ヶ月も借りっぱなしだった本を返しに行ったときにムリヤリ聞かされた。早い話がお説教されたのである。早く返却してくれないと夏休みやお正月明けにある「本の調査」が面倒になるのよ、とか何とか…。もうほとんど覚えてない。疾風や神崎のおじさまが関わらない話は、忘れるのが早い。
それはともかく、こんな他愛のない話をしながら、私たちは南校舎に入った。少し説明をしておくと、この深月高校はK山の南側にあって、校舎としては北校舎と南校舎がある。南校舎には教室や職員室が、北校舎には音楽室や被服室、理科室といった「特別教室」がある。先ほどから話題になっている図書館も、「館」という字こそついてはいるが、実際はこの北校舎の中にある図書「室」だ。配置としては、北から順にK山、北校舎、南校舎。K山と北校舎はかなり隣接していて、北校舎の北側の窓を開ければ、すぐに山肌が見えるほどだ。北校舎と南校舎の間には、中庭や女子更衣室、渡り廊下といったものが半ば雑然と配置されている。ついでに言うと両校舎の東側に体育館や運動場、プールがあり、西側には正規の駐車場や駐輪場がある。私たちは今正門から学校に来た。正門の正面に南校舎の玄関があるのだが、こんな普段は人が来ない日だからこそ、生徒も先生も、南校舎の玄関付近に勝手に駐車・駐輪してしまうのである。別にこれは見咎められないらしい。それなら私も、自転車で来ればよかった…。でも徒歩で来た以上、いまさら文句を言ってもしょうがない。
「ね、まずは風花にお花を…」
そう言って、まず私と疾風は自分たちの教室に向かった。風花と私たちは同じクラスだった。2年5組の教室の扉を開けると、ちょっぴり埃っぽい。風花の机…窓際の、一番後ろの席だ…には、ひっそりと花瓶が置かれ、そこには萎れた一輪の花が佇んでいる。この花は…何だろう?文化祭の頃にはとっくに枯れていたコスモスを、誰かがこの花にかえたのは覚えているけど、花の名前までは分からない。
「まだ11時か…」
教室に入りながら疾風がつぶやいた。時計で思い出したけど、北校舎の屋上には時計塔がある。人が上れるようにもなっていて、誰かが「逢い引きにピッタリ」なんて言ってたっけ。そうそう、私ったら何でこんな大事な場所を忘れていたんだろう。今日学校に来た目的は、他でもない、時計塔にあるのに…。疾風はさらに別のことを呟く。
「はぁ、それにしても9日からまた学校か…」
「もう、ハヤってば…。別に、いい事だってあるじゃない?」
「たとえば?」
「ん〜、私のセーラー服姿が見られる、とか」
「バ〜カ、美寛のなんて見ても嬉しくも何ともない」
「ぷぅ〜、ヒドイよ〜」
こんな会話をしながら花瓶の水を入れ替える。…私たち、この教室には死者を弔いに来たんじゃなかったっけ?いや、それよりも風花に元気な私たちの姿を見せるほうがいいよね、と自分をかなり強引に説き伏せる。ひとしきりこんな話をしてから、やっと2人ともちょっぴり真剣な表情になって、風花の机を見た。そして、2人とも手を合わせて、静かに祈る。祈りが終わったあとに、疾風がふと何かに気がついたような声を出した。
「…あれ?これ、何?」
疾風が指さした先には、彫刻刀か何かで彫られた詩がある。でも、その詩の存在くらい、私は2学期に入ってすぐの頃にもう気がついていた。
「ハヤ、今頃気がついたの?それ、風花が…その、天国に行く前の日の日記に書いてた…詩、だよ」
「誰が彫ったんだ?こんな長い詩」
誰が彫ったかは私も知らなかった。疾風は何も言わずに机の反対側にまわって、その詩を眺め始めた。私も彼に倣って、机の反対側に行く。そして、疾風と同じような神妙な顔で、その詩に目を通した。

かぜのうた
からだがなくなったら
ひとはなにになるのかな
じぶんは風になりたい
風になればそらもとべる
どこにでもじゆうにいける
でもきえることは
ゆるされなくなるね
それならじぶんは
すきなひとといっしょに
ずっと風のままでいよう
風のままでいきていこう

疾風は一通り、その詩を眺めたみたいだった。風花との想い出に、思いをめぐらせているのかな、と思っていたがどうやら違っていたらしい。すぐに話題を別のことに切り替えてきた。
「それで、美寛?学校に着いたんだからもう話してくれてもいいだろ?」
「ん?何の事〜?」
とぼけてみてもムダだって事は分かっているけど、一応とぼけてみせる。教室の窓ガラスを、強く吹いた風が絶えず叩いている。まるで、私の心臓の鼓動を再現して、疾風にも聞かせているみたいだった。
「決まってるだろ?なんでこんな新年早々、俺と学校まで来る気になったのか…」


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