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かぜのうた

第9章 悪夢の暴風

「はぁ!?それじゃ、あの事件の犯人、風花の怨念だって言うのか?」
今日は1月6日、時刻は午後1時を少し回ったころ。お昼ごはんを食べ終わった私は、疾風の家へ来ていた。だから、ここは疾風の部屋。私は昨日と同じような服装で、疾風のベッドに腰掛けている。私の前に座っている疾風は、今は紺色のトレーナーに黒のズボン姿で、自分の椅子に座って私のほうを見ている。その表情は、ちょっぴり呆れ顔。今、私があの事件を「風花の怨念」だなんて言ったからだ。部屋の中には、微かに男の子のにおいがする。
「だって、そう考えるしかないんだもん。い〜い、ハヤ?彩芽は正面から撃たれて、南側にある壁に後頭部をぶつけてるの。ってことは、犯人は北側から彩芽を撃ったことになるじゃない?でも、あの扉を開けてから屋上に設置されてるフェンスまで、幅は1メートルくらいしかないの。時計塔とかがせり出している分、あそこだけすごく狭いでしょ?」
今、こうして私が疾風に色々話しているのは、話しながら自分の考えをまとめるためだ。神崎のおじさまはどうやら討議による推理は好みじゃないらしい。あの書斎の中1人で考える、いわゆる「安楽椅子探偵」なのだ。もちろんパパには話せないし…パパと話せるならおじさまを介する意味がない…ママやお姉ちゃんと話すと「美寛ちゃん怖〜い」だの「え〜、ウソ〜」だの、いちいち実のない言葉が返ってくるから面倒だ。だから、こういう時には疾風の前で話す。疾風なら私が推理小説大好きっ子である事も知っているし、余計な口を挟まない。前にも言ったけど、私が話しかけて欲しくない時には何も言わない、というのが疾風の長所の1つなのだ。
「あそこに2人も立つなんて狭すぎるし、第一そんなことしたらボーガンなんて撃てないと思うんだ。でも、逆にボーガンは4〜6メートル先から撃たれた、って事実をとっちゃうと、今度はその先が空中になっちゃうの。だからこう考えたくもなるんだよ…。風花の亡霊が空中に立ってて、彩芽にむけてボーガンを撃って、自分の書いた詩を彼女の胸ポケットに入れて飛び立って…」
私は疾風のベッドに横になった。横から疾風の声が聞こえてくる。
「バ〜カ、そういうのはいくら本当そうに聞こえても却下。お前さ、いろいろ推理小説読んでるんだろ?何か似た小説ないのか?幽霊とかボーガンが出てくる小説…」
それなら昨日から考えていたし、読み直してもみた。
「一応2つは知ってるけど…カーの『幽霊射手』と、我孫子武丸の『8の殺人』。でも、どっちとも絶対違うよ。そんな環境じゃないんだもん」
もちろんここでトリックを紹介するなんてアンフェアなことはしない。でも、それらとは…何て言うか、パターンが違うのは間違いないと思う。たぶん…あくまで直感だけど…事はもっと単純なんだと思う。
「例えばさ…」
私の耳の横で疾風の声がする。その疾風の声を際立たせるBGMは、今日も止め処なく吹く風の音だ。外から聞こえてくる風の音は、私と疾風を、この町を、この社会を嗤っているような気がした。
「あそこに櫓みたいな物を作ったり出来ないの?」
思わず吹き出した。私は起き上がる。
「もうっ、バカ!!」
それでもちょっぴり元気になれた。疾風はたぶん、今の私を勇気づけようとしてくれている。やり方は不器用だけど、その気持ちは素直にうれしい。
「今のは冗談だよ」
絶対ウソだ。
「それよりさ、今度は真面目な話。彩芽さ…本当に正面から撃たれたのか?」
「ん…どういうこと?」
「あのさ…今まで美寛は、ドアが向いている方…つまり北から撃たれた、って言ってたんだろ?別に横でもいいんじゃないのか?だからさ…たとえば、屋上の北東の端とか、南東の端とかから撃てば、5〜6メートルはあると思うけど?」
「それでどうやってあんな風に倒れるって言うのさ?」
そう言うと、疾風はちょっぴり声を高くした。冗談にしてしまう時に使う疾風の癖だ。
「それは、まぁ…偶然」
偶然なんて言葉はあまり使いたくない。偶然に頼る犯罪の方が成功しやすい、とも言われるけど、そういうのは私の頭が受け付けなくなってしまっている。でも、せっかくその方面にまったく興味のない疾風が言ってくれたのだから、私も少し譲歩する。
「じゃあ…いいよ、偶然そうなったことにしてあげる。だから、本当は横から撃たれた彩芽が、撃たれたその反動でまず北側を向いてから、壁に向かって倒れたってことにすればいいのね?でも、それでもダメ」
「どうして?」
「まずね、入射角の問題があるの。屋上には少し階段があるでしょ?だから、ハヤが言ったみたいに屋上の北側の隅っこから撃ったら、低いところから高いところへ向かって撃つことになるの。すると、ボーガンの矢は下から上に向かって入るよね?」
このあたりは基本的に神崎のおじさまからの受け売りだ。本当はもっと面倒な用語を使うらしいけど、おじさまが私にしてくれた分かりやすい解説をそのまま流用する。
「でもね、彩芽の場合はそうじゃなかったの。上から下に矢が入ってる。お辞儀でもしたら話は別だけど、そんな事は普通ないでしょ?それにね…もし彩芽ちゃんと犯人が2人とも屋上にいたとしたら、もっと大きな問題がでてくるの」
「大きな問題?」
「そ、いわゆる『準密室』」
疾風はただ、「何それ?」と言わんばかりの顔で私を見てくる。こういうとき、私はちょっぴりうれしい。普段会話していると、どうしても身長とかそういう所から、疾風がお兄ちゃんで私が妹、みたいな構図が出来上がってしまうのだ。私の場合は雅という名実ともに典型的なお姉ちゃんがいるだけに、このことに対して感じるコンプレックスはかなり大きい。だから自分が「お姉ちゃん」になれると、途端にうれしくなってしまう。私は疾風に簡単に説明してあげる。
「い〜い、ハヤ?『準密室』っていうのは、密室と同じ性質を持つ空間のこと。密室って言ったらさ、1つの部屋があって、その部屋に入れる場所がない、っていう部屋ね。だから、扉とか窓とかには全部鍵がかかってる。場合によっては目張りまでされてるの。それに対して『準密室』は…そうだな、例えば雪が降った後の離れで、離れと母屋の間に足跡がない、みたいな…鍵はかかっていないかもしれないけど、空間的に普通のやり方じゃそこを訪れることが出来ないスペースのこと、かな?分かりにくいね…。あ、じゃあ、今回のケースで考えよっか」
疾風は自分の椅子から立ち上がり、私の隣に座った。疾風の存在を間近に感じてちょっぴり緊張する。でも、緊張しているのがバレないように、私は声を震わせないようにしながら話し続けた。
「私たちは鳥や天使じゃない…まして幽霊や怨念なんかじゃないんだから、屋上に行こうと思ったら校舎側の出入り口か、時計塔側の出入り口を通らなきゃいけないでしょ?行きは別にいいの。だって、行きは校舎側の出入り口がまだ通れるんだから。問題は帰り」
私は一息ついて、また話し始める。疾風は、静かに私の話を聴いてくれている。
「犯人にとっても、入り口の扉が塞がれるなんて想像はしてなかったはずなの。だってもし本当にそうなったら、かなりすごい偶然なんだもの。でも、あの死体は動かされなかった」
「死体を一回動かして、自分が出てから戻せばいいんじゃないの?」
「バカ、そんなこと校舎の中から出来るわけないでしょ!」
「じゃあ時計塔の出入り口から帰る。梓田さんからそれより前に鍵を借りて、合鍵を作るとか…」
「今回はムリ。何回も言うけど、扉がふさがったのは偶然なんだから」
「それなら犯人は梓田さんってことにすれば?彼ならもともと鍵を持っているんじゃないの?」 一瞬納得しかけた。でも梓田さんが犯人だとは思いたくないし、すぐに私はそうではないことに気がついた。
「…あ、たとえそうだったとしてもダメ。ほら、あの時計塔の中、覚えてるでしょ?あれだけ床に埃が積もってたら、当然足跡が残るじゃない!」
そうだ、思い出した。あのカーペットみたいに続いていた埃に、乱れたところなんて一つもなかった。つまり、脱出経路としてあそこは使われていないはずだ。疾風もそれを聞いて納得したらしい。すぐにその線は諦めた。かわりに、また突拍子もない事を言い出す。
「じゃ、最後の手段は飛び降りか…」
疾風もけっこう色々思いつくじゃない、と感心する。私のワトソン役にぴったりだ。
「もう!2階建ての校舎の屋上から飛び降りたら、よっぽど運がよくても重体よ!」
「バカ、誰も地上に飛び降りるなんて言ってないだろ。俺が言いたかったのは、あそこのフェンスを越えてどこかの窓にそのまま滑り込めないか、って」
「残念でした。フェンスに指紋は一切残っていなかったらしいけど、犯人は普通手袋をしているからこれは当然よね。ロープを結びつけたような跡とかも一切なし。塗装が剥がれかけてたから、そういうのがあるとすぐに分かっちゃうのよね、あそこのフェンスは。まあ、そこまではいいわよ。でも、もしフェンスを越えて飛び降りれたとしても、人が降りれそうなスペースがあるのは理科準備室の窓だけ。あそこにはコンクリートのせり出した部分があるけどね、でもそこには鏡野先生と萌葱君の2人がずっといたのよ」
「じゃあムリか…」
「そ、そういう事。だから、どうにかして屋上に足を踏み込まずに彩芽ちゃんを撃たなきゃ、もっと面倒なことになっちゃうわけ。ハヤくん、分かったかな〜?」
そういいながら疾風にもたれかかる。疾風はちゃんと私を受け止めてくれた。ああ、疾風もいい子になったな、と思った瞬間余計な一言が飛んできた。
「美寛…少し、重くなったな」


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