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しきのうた

第1楽章 〜しきのうた〜


「こうして、きみの、きみたちの物語が始まる。」
法月綸太郎『二の悲劇』より

4人の君たちは歩いている。君たちは春にその運命を、君たち自身の手で選んだ。その邂逅は夏を感じさせる島で絶対のものとなった。秋が近づく季節に君たちは再び出会い、新しい冒険をそれぞれの心に刻む。そして冬が訪れても、君たちの絆に変わりはないだろう。

これは、そんな君たちの記憶の断片。

君たちの1人の名前は、月倉疾風。君の記憶は、冬にある。あの頃、君は恋人の雪川美寛とともに、正体不明と目された殺人鬼、「the lunatic」を追っていた。ルナティック、それは月を意味する言葉。偶然か、君の名前にも月の文字は冠されている。満ちたる月は古来より人々に夜と、未知なる恐怖を与えてきた。満月の光に狼男は変貌し、月人派は満月を崇拝し畏怖する。そして月は「狂気」と関連付けて考えられる。復讐に囚われた、哀れな「狂気」。君はその「狂気」に立ち向かい、そして「狂気」を救った。しかしこの事態は、実際には1ヶ月以上も続いたのだった。これは、その間に忘れ去られてしまっていた、君の記憶…。

君たちの1人の名前は、雪川美寛。君の記憶は、春にある。あの日、君は3年目の高校生活をむかえていた。しかし、君の気持ちは、これまでの春とは違っているはずだ。なぜなら、君の隣には、月倉疾風がいる。長い間、君が想い続けてきた幼なじみ。君は月倉疾風と恋仲になれたことを、心底喜んでいるのだろう。そういえば、いつか君は言っていた。「思う」と「想う」は違う、「想う」とは好きな人や憧れの人のことを考える時だけに使うのだと。また「会う」と「逢う」も同じで、「逢う」は特別な人と同じ場所にいることだけを指すのだ、と。しかし、君にはそんな耽美な発想とはかけ離れた一面も存在する。これは、光に対する闇の意思を持った、君の記憶…。

君たちの1人の名前は、結川璃衣愛。君の記憶は、夏にある。君はあの日、君たちの中の1人になった。それと同時に少し、君は素直になることが出来た。そんな君は、正直な君自身を見せることを今でもためらいながら、それでも少しずつ、素直になってきているのだろう。特に君が密かに想い続けていた彼…霞賀実玖に。君は遠く離れた地から来た、君たちの中の2人と別れた後、退屈な日々を送っている。しかし、今日はそんな退屈な日ではない。親しき友たちと訪れる先で、君は非日常的な、非現実的な世界に足を踏み入れることになる。これは、初めて銀幕に姿を見せた女優のような輝きを見せる、君の記憶…。

君たちの1人の名前は、霞賀実玖。君の記憶は、秋にある。君はその年の八月だけでなく、秋にもこの国の中心に近い街を訪ねたのだった。しかし、君を囲んでくれた、君と一緒に楽しんでくれた人は、今はそばにいない。君のことを誰よりも想ってくれる存在、結川璃衣愛さえ、そこにはいない。しかしそこには、君と紙面や電子の世界で繋がった、新たな友が待っているはずだ。君はその期待を胸に、大雨の中を、夜の闇の中を、バスに乗って進んでいく。寝付けない時間が続くが、直に君はその空間から解放されるだろう。そして、君が新しい夜を目にするころには、君にとって実に意外な光景が展開されているはずだ。これは、極めて作為的に組み上げられた、君の記憶…。

さあ、君たちよ、君たちの記憶よ、目を覚ましておくれ。そして、赤に似て微妙に非なる、真紅の夢を見ようではないか。さあ、4人の君たちよ、「四君」よ、「シキ」よ、「しきのうた」を聞かせておくれ。そしてひと時の甘美な、「シンクの夢」に溶け込ませておくれ…。


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