inserted by FC2 system

しきのうた

第2楽章 〜はやのうた〜


「少女はそこでぼくのことを待ってくれているはずだ。」
霧舎巧『クリスマスの約束』より

今日は2月25日。俺の目の前で展開されていく文字。俺と愛果は交互に、言葉を紡ぎあげていく。
「ねえ、疾風?疾風って彼女いる?」
「え?いるよ、一応」
「ホント!?ウソついてないよね?」
「まさか」
「怪しいなあ」
「どうして?そんなに彼女がいないような人間に思える?」
「う〜ん、何だかクールで、何考えているか分からない。正直に言うと、そう感じる。でもあれかな?基本的には優しいし、そこがさらに女の子の母性本能をくすぐるのかな?疾風って、カッコイイ?」
「さあね。自分じゃ分からない。それに、愛果がどんな男をかっこいいって感じるかによるよ」
「う〜ん、疾風ってさ、そうやって自分のこと、よく他人みたいな目で言うよね。私、知ってるよ。そういうの、客体化って言うんでしょ?」
「どうだろう。俺自身はあまり、意識したことがない」
「絶対そうだよ!う〜ん、じゃあ分かった。彼女がいるっていう事にしてアゲル」
「してあげるも何も、本当にいるってば」
「そっかぁ。ちょっとショックかも」
「え?どうして?」
「いやね、疾風は私に気があってモーションをかけてきたんじゃないかなあ、って」
「だとしたら謝るよ。そんなつもりはなくて、ただ純粋に、愛果を救い出したかったというか、愛果と一緒に抜け出したかった」
「だろうね。後で気付いたけど、意外に女の子には関心ないでしょ?」
「正直に言おうか?」
「うんうん」
「彼女以外の女は、よくても友達だよね。それを越える関係になろうとは思わない」
「だろうと思った。でも私はいいよ、疾風の友達、というか仲間で」
「仲間、か。確かにそれがいいな」
「ところで彼女のお名前は?カワイイ?」
「名前は美寛。俺はかわいいと思ってる」
「あ、じゃあ世間一般的にはあまりカワイイとはいえない?」
「それはひどいな」
「アハハ、ごめんごめん。ちょっと疾風を怒らせてみたかっただけ」
「何だよ、それ」
「いいのいいの、気にしないで。それよりさ、その美寛ちゃんに怒られない?」
「どうして?」
「私とチャットしてるからだよ。私だって女子高生だよ?」
「それこそ本当か?この世界、いくらでも詐称できるじゃない」
「あ〜、ヒドイ!こんな清純でうら若き乙女に向かって〜!!」
「その言葉自体が女子高生とは思えないほど古臭いんだけど」
「いいもんいいもん!!」
「悪かったよ。ごめんな」
「へへっ、いいよ、許す。でも大丈夫?ホントに」
「どうかな、確かに見つかるとちょっと危険かも。美寛、やきもち焼きだから」
「あ〜、いるよね、そういう子。そういう子に限って、自分を磨いてなかったりするんだよね」
「美寛はそうじゃないけどな」
「おろ?そうなんだ。あ、もしかして、彼女をかばってる?」
「たとえそれが真実だとしても、本当に好きな人をかばわない人なんている?」
「あ、けっこうピュアな発言」
「茶化すなよ。俺はそう思うよ。愛果だって同じじゃないのか?」
「ん、何が?」
「好きな人がいたら、護ろうと思わない?」
「私は…」
そこで愛果との交信は途切れた。

あれからしばらく経ち、今日は3月8日。交信は再び始まる。
「疾風、この前はゴメン。変なところで交信を終わらせて」
「いや、いいんだ。俺こそ、何か気に障ることを言った?」
「ちょっと長い文章を書いていい?」
「ああ、いいよ」
「確かに、疾風は私の気に障るようなことを言ったの。でも、それは疾風に責任があるわけじゃない。だって疾風がそんなことまで知る事はできないんだもの。でも、どうしても私は、やっぱりあのことが忘れられない。疾風がそれを思い出させるようなことを言うから、それがショックで、思わずあの時は交信を終了しちゃったの。でも、よくよく考えてみれば疾風は何も知らないもんね。私が悪かった」
「もういいよ。あのさ、愛果、無理にとは言わないけどさ」
「分かってる。私も、話すつもりで今は疾風と向かいあっているもの」
「向かいあう、って変だけどな」
「聞いてくれる?」
「ああ、いいよ」
「私たちが初めて会ったときのこと、覚えてる?あれが絡むの」
「そうか。確かに荒れてたよな、愛果。俺はあの時、やっと、少しだけ光が射して」
「それ、彼女、え〜っと、美寛ちゃんのおかげ?」
「ああ、きっとね。俺はだから、あそこから抜け出す気になった。あの時、一番荒れた書き込みをしていて、一番年の近かった愛果に、たぶん自分の姿を投影したんだと思う」
「そっか、私は疾風にとって、過去の姿だった?」
「言い方は悪いけどね。それで、出来るなら愛果と一緒に、抜けたいって思った」
「そっか〜。でもあの時私は、本当に、そうしようとすることしか頭になかった」
「うん、分かるよ」
「うん、その言葉、疾風みたいな人に言われないと納得できないね」
「同じ場所で知り合ったから?」
「うん。何て言うんだろう、話していても分かる、かな。なんだかそんな雰囲気が漂ってるの。文字からも、ね」
「そう?俺はもうそんなつもりはないけどな」
「ううん、絶対まだそう感じるよ。まあ、とにかく、私があそこにいた理由だよね」
「そういえば、聞かなかったな」
「うん。私も、言えるほど心が、強くなってなかった。でも、今なら、疾風になら、言える」
「そうか。よかった」
「じゃあ、心して聞いてよ?結構重いからね」
「ああ。ゆっくりでいいからね」
「うん。あのさ、疾風はさ、天城潤って知ってる?」
「ああ、一応知っているけど。でも、確か彼は」
「うん…殺されたよ。この前」
「だよな。ルナティックか」
「そう、今世間が騒いでいるルナティック殺人事件。まだ犯人捕まらないよね」
「ああ、もう3月になったけどな。死者はもう4人か。で?」
「うん、あのね、私、彼の恋人だったの」
「えっ!?」
「あ、疾風が!マーク使うなんて珍しい」
「いや、本当に驚いた。天城潤の、彼女だったの?」
「う〜ん、ま、彼、何人か彼女がいたとは思うけどね。私がその1人だったのは間違いない」
「そうなんだ。それで?」
「で、まあ、彼と色々親しくしていたのよ。色んな相談事にものってあげたし、父親のグチもいっぱい聞いた」
「ああ、父親と仲が悪いみたいだったな」
「みたい、どころじゃないよ。絶縁っていうか勘当っていうか、そんな感じだった」
「大変だったんだな。俺は普通に、彼は俺とは無縁な華々しい世界にいるだけだと思っていた」
「疾風はやっぱし、意外と純真だね。私は芸能界なんて暗くて陰湿な世界だと思ってる」
「彼に教わったの?」
「うん、まあ色々とね。大人の世界って、やっぱし汚いよ。ほら、私たちの世代って『ゆとり』がどうこう言ってたでしょ?」
「ああ、そうだけど」
「あれ、私に言わせてもらえば間違ってるよ。あんなの、大人が見たくない汚いところを隠して、子供に見せようとしているだけ。子供に理想を求めてもムダ。そんなの気付くに決まってるじゃん。学校の裏サイトがその典型」
「そう?あれはあれでよかったと思うけどな。将来何の役に立つか分からない勉強のし過ぎで、ノイローゼになるよりはマシさ」
「あ〜、ま、そうだけどね。あ、脱線しちゃったね」
「ああ、そうだな。それで?」
「うん、相談されたんだよ。あの日に」
「相談?あの日?」
「うん。その、さ。ちょっと待って」
「ああ、いいよ。もしかして、泣いてる?」
「ううん、平気。相談はね、その、結婚しよう、って」
「そう」
「あれ、疾風、驚かないね」
「いや、十分驚いてるよ。ただ、ここで大げさに驚いても悪いだろ?」
「ありがと」
「それで、何て言ったの?」
「一日だけ待って、って。でも、それが、それが間違いだったの!」
「そういう事か、分かったよ」
「ホントに?ホントに分かった?」
「さっきの『あの日』だろ?もうそれ以上言わなくていい」
「うん、ありがと…。でもね、いつも思っちゃうの!私があの時『うん』って言っていたら、って!そしたらすぐにでも彼とどこかに行くことになって、あの浜辺を離れたんじゃないかって…!!」

俺は一呼吸置く。天城潤は先日、県内の浜辺で殺された。そのことを思い出してから話を続ける。
「愛果…」
「そうしていたら、きっと、今頃…」
「愛果」
「私は、彼を、護れなかった」
「愛果!」
「えっ?何、疾風?」
「気持ちは分かるよ。俺だっていつでも、自分がしなかったことで後悔してる」
「うん」
「でも、いない人の気持ちを想ったって、何も分からない。想ってみても、それは愛果の幻想なの」
「幻想?」
「ああ。他人の気持ちなんて分からない。自分でも自分の気持ちが分からないことがあるでしょ?」
「うん、それは…あるよ。今までないと思っていたけど、あの日から、あるって分かった」
「だよね。だったらなおさら、他人の気持ちなんて分からない。今の愛果に、この言葉を贈ってあげる」
「え、何?」
「『でもね、亡くなった人たちの心は、もう動かないんだよ。何があっても、何をしても。目を閉じて思い浮かべる幻みたいに…ずっとずっと、変わらないまま』」
「…いい言葉だね。疾風、ありがとう。私、疾風がいなかったら、本当に」
「よせよ。俺だって愛果には救われてる」
「ホント?よかった。ねえ、疾風?」
「何?」
「さっきの言葉、ホントに、嬉しかったよ。疾風、あれ今思いついたの?」
「ん?あれは某ゲームの主人公の幼なじみの女の子の言葉」
「ええ!?疾風、ヒドイっ!!」
「ふふ、ごめんな。でも、それくらい元気な愛果のほうがいいよ」
「もうっ!!」
「ごめん。でも、元気になったね。スッキリ、できた?」
「…うん、だいぶ楽になった」
「そんなに簡単に消えるようなことじゃないと思う。でも、少しずつ、受け止め方を変えられるように、さ」
「そうだね、疾風。今日はもう大丈夫」
「本当?辛くなったらいつでも言えよ」
「うん、ありがとう。疾風こそ、彼女と不仲になったらいつでも言ってね」
「…そういう不穏なこと言わないでくれる?」
「アハハッ!ごめんね、ありがと」

これは3月16日の記録…。
「ルナテッィクの事件、解決したね」
「ああ、そうだな。気分は、どう?」
「う〜ん、でも思ったほど実感っていうか殺意っていうか、湧かないんだ」
「復讐、とかも?」
「うん。理不尽なのは分かるけど、でも、何て言うのかな、もう自分が封印しちゃいたい、って思ってるみたい。あの話題は最初から全然自分と関係なかったんだって、無理に思い込もうとしているのかも」
「そうか」
「疾風は?どう思う?」
「俺は別に何も思わない。愛果を通じないと、ルナティックとは接点ないし」
俺は嘘をつく。愛果はもちろん、それに気付いていない。
「ま、普通そうだよね。あ、そんな事より!今日はさ、疾風に謝らなくちゃと思って」
「前のことで?」
「ん〜ん、全然違う話。私、1つだけウソついてて」
「ウソ?何を?」
「私ね、女子高生じゃないんだ」
「そうなんだ」
「あれ、やっぱり驚かない。疾風、今の気持ちは?」
「不安と期待が入り混じっている感じ」
「え?どういう事?」
「いや、単純に男だとかいわれたらショックだな、って。今の世の中、男の恋人が女に限られるわけじゃない。それに俺の偏見だとは思うけど、芸能界ってそういう傾向が強くないか?」
「アハハ、違うよ、安心して。私は正真正銘、17歳の女の子。ただね、学校に行ってないんだよ。だから女子高生じゃない、ってそれだけ」
「なんだ…びっくりした」
「あ、やっぱり疾風、ちょっとは驚いてるんじゃない。そうそう、疾風、私ね」
「どうした?」
「あそこ、見てきたの」
「…平気だった?」
「う〜ん、全然大丈夫だった、じゃウソだね。やっぱり、沈んだ気持ちにはなるよ」
「もう見ない方がいいと思うよ」
「うん、そうだね。でも、思うことは違ってきているかな」
「思うこと?」
「うん、前はさ、こうやったら楽に死ねるんだ、って。ああ、自分もやっぱり死ぬしかないなって」
「今は、違う?」
「うん。今は、みんなの声が、辛い」
「確かに。俺は、もう無理かもしれない。他の人の悲痛な…生の叫びって言うのかな、あれを聞くと、自分の心もかき乱されて、正直怖くなってくる」
「だよね?私もそう」
「もう俺たち、封印した方がいいよ。もうあんな場所に戻らないほうがいい」
「そうだね、私もそう思う。あそこにいると他人のことも自分のことも混ざって、本気で疲れちゃう」
「これからは俺と愛果2人だけで話す。それでいいんじゃない?」
「うん、そうだね」

…この年の8月、俺と愛果が出会ったサイトは、警察の手で封鎖させられた…


最初に戻る前を読む続きを読む

inserted by FC2 system