inserted by FC2 system

そらのうた


第十羽

私と疾風は鷲戸さんの家を出た。出るときにふと、煙突のようなものが屋根についているのが見えた。…その先には大きな照明が取り付けられている。
「疾風、あの照明、何だろうね?」
「さぁ…小さな灯台の役割でも果たしているんじゃないのか?この辺なら、西に山があるだけであとは見通しもいい」
「なるほどね。…ね、疾風。せっかくだし山の中を通ってみない?」
「道は…ないわけじゃなさそうだな。行ってみるか」
私と疾風は獣道を歩き出す。
「ふふ、なんかこういうのって、ちょっとした冒険だよね。道の真ん中に毒蛇が出てきて、私が足を噛まれて、『美寛、大丈夫か!?』って疾風が駆け寄ってきてくれて、傷口から毒を吸い出してくれるの。その顔を見て、ああ、疾風って本当にカッコイイ…とか思っちゃいそう」
「…美寛ちゃんって、妄想力と腕っぷしはたくましいよね…」
そういう疾風を1回ビンタしてから、私は反論する。
「ふんだ!疾風だって頭の中では私にメイド服着せて、顔真っ赤にしてるくせに!!」
「誰がだよ。…あれ?」
疾風がふと立ち止まった。私もつられて立ち止まる。何だか、他の道よりちょっぴり開けた空間だ。
「やけに開けた空間だな…さっきまで道は全然こんな感じじゃなかったのに」
「本当ね…でも、別に何もないけどなぁ」
私は辺りを見回す。本当に何もない。ただの草むらの中だ。3月だと言うのに、草は青々と茂っている。私はその草に近づいてみた。その瞬間。
「…!!疾風っ!!!」
「どうしたの、美寛…そんなに驚いて」
「これ、ここの草!!」
私の頭はすっかりヒートアップしてしまっていた。
「落ち着けよ、美寛!…ここの草、ってこの辺りに生えている草のことか?別におかしなところは何も…」
「おおありよ、疾風!これ、全部ケシだよ!!!」
「ケシ…って、確か…」
私は疾風の顔を見る。疾風の顔には、普段は現れない驚きの顔が広がっていた。

「そうよ。大麻の原料よ」

さっきの「草むら」を通り抜けてから私と疾風は話を進める。
「ねえ、疾風…今のは、どうする?」
「どうするも何も、警察が来れば見つけるだろ。それまでは何も言わない方がいい。それより美寛」
「ん?何?」
「たぶんさっきのが、この島の“宝”なんじゃないかな」
「えっ!?」
「教授の唱える説が正しいとして、だよ?麻薬は、日本では認められていないとはいえ金になるのは間違いない。それはきっと昔でもそうさ。俺、世界史はあまり知らないけど…確かアヘン戦争ってあったよな?」
私は頷く。19世紀半ば、アヘンの貿易をめぐって清とイギリスが争った戦争だ。
「もしその効能を知っている人間がいたとすれば…それは独占したくもなる。自分が使う意味でも、売って金にするためにも、ね。教授の説に従えば、そのために大鷲さまの伝説をでっち上げて…という可能性は否定できないし、むしろ積極的な証拠になりえると思う」
「うん、そうね。…ところで疾風」
「何?」
私はさっきから考えていたことを口にした。
「このケシがさ…今回の犯行の動機じゃないかな、って」
「ケシが?…つまり誰かが先に見つけていたって事?」
「そう、きっとそうよ!それを教授に見つけられそうになったから、大鷲さまの伝説に擬えて先手を打ったのよ!そうなると怪しいのは、常にこの島にいる円さんと鷲戸さん、それに城之内先生…」
「なるほどね…動機の面から考えると、確かに怪しいのはその3人か。ついでに円さんに関して言えば、教授の遺産も手に入るしね。…でも、それを言い出すと他の人も怪しい」
「え?どういうこと?」
「教授が既にケシを見つけていた場合だよ。例えば川内さんや谷在家さん、南さんと教授が取引していた可能性も否定できなくなる」
突拍子もない発想だけど…確かに、否定できない。
「そうなると、島に偶然来たことを装って殺してしまう、ということもありえる。たまたま聞いた大鷲さまの伝説に、お粗末ながら擬えてね。ま、これが動機だとして容疑者から外せるのは、それまで教授にあったことのない俺と美寛と雅さん、それからケシそのものを知らない可能性が高い翔くんぐらいだろ」
「うん、それもそうね。…結局動機の面からじゃ、誰にでも可能性がある、で終わっちゃうか」
「そういうこと」
「やっぱり密室そのものから、解いていくしかないのかな…。大鷲さまの伝説、ねぇ…」
疾風はその言葉を聞いて、ふと立ち止まる。
「美寛…思うんだけどさ」
「どうしたの?」
「密室を作る意義もなんだけど、俺には大鷲さまの伝説に擬える必要性っていうのもよく分からない」
「え?」
「美寛はさ、今回の殺人が大鷲さまの伝説に擬えて行われたって思う?」
「そりゃそうだよ、疾風!あんなの、見立て殺人以外の何物でも…」
疾風はちょっぴり笑って、私の頭を撫でる。
「俺がちょっと口にしただけの意見に、そこまで影響されないでよ」
「私は最初からそう思ってた!」
私の反論を軽く受け流して、疾風は続ける。
「いいけどさ…でも、大鷲さまの伝説に擬えて教授を殺す意味は何?」
「えっ?それは、教授に対する強い殺意」
「それだけで死体の腕を切れるもんかな」
「う〜ん…でも、それくらい、やりかねないかもよ?」
「確かにね。でもそれだったら、もっと擬えることができるだろ?ベランダに置いて鳥葬させれば…」
疾風はさらりとエグいことを言ってのける。
「とにかく俺が言いたいのはさ、腕を切ったのにも理由があるんじゃないか、ってこと。大鷲さまの伝説に擬えるだなんて心理的な考えじゃなくって、もっともっと合理的な…何かがあるんじゃないか、って」

私たちは教授の家にたどり着いた。居間のソファでは、川内さんが休んでいる。
「あら、どこに行ってたの?」
「翔くんと話していたんです。別のことを話して、今朝のことを知らせないようにしよう、と思って」
「そうね…それがいいわ」
川内さんは目の前の緑茶をゆっくりと飲んだ。
「あなたたちは…怖くないの?教授を殺した殺人犯が、まだこのあたりに潜んでいるかもしれないと言うのに」
「もちろん、怖いですよ。だから私はこうして、疾風と一緒にいるんです。疾風だけは、信頼できるから」
「そう…」
「川内さん、いくつか確認させてください」
疾風がそう切り出す。川内さんはヒステリックに怒り出すかと思ったけど、意外にも落ち着いていた。
「最初に教授の離れに行ったとき、あのハッチは確実にロックされていましたか?」
「ええ…それは鷲戸さんも城之内さんも確かめたから間違いないわ。…3人の共謀を疑う気?」
「いいえ、それは無意味です。あなたと2人は面識がない」
「その通りね。それだけ?」
「あのハッチは、ちゃんとカードキーで開けたんですよね?何かが上に乗っていたために開かなかった、というわけではなく」
「ええ、そうよ。それは先生にも鷲戸さんにも聞いてもらえれば分かるわ」
「最後にもう1つ。教授と初めて知り合ったのはいつ頃ですか?」
「変なことを聞くのね。数年前にS県で開かれた学会で知り合ったわ。…私も休むけどかまわない?」
疾風は素直に頷いた。私は2人きりになったのを見届けてから話す。
「あのさ、疾風…麻薬で思いついたんだけど」
疾風は何もいわずに目で、続けてと合図した。
「腕が切り落とされていた理由は、注射かもしれない」
「注射?」
「うん、そうよ。教授が麻薬を使用していたのだったら、腕に注射針の跡が残っているはずよ。犯人は麻薬によって自分と教授が繋がっていることを悟られたくなかったのよ」
「…それはいいけどさ、美寛…。別に注射針の跡だけが、麻薬の陽性を見極める方法じゃないだろ?俺はよく知らないけど、血液や尿を採取すれば分かるんじゃないのか?」
「でも、それは警察が来るまで調べられないでしょ?それに、ケシさえ見つからなければ遺体が麻薬を使っていたかどうかなんて検査しないわよ」
「…たぶん、でしょ?」
それはまぁ、そうだけど…。
「とにかく…他の人の話も聴いてみたい」
「そうね。…でも、由里さんと谷在家さんは、今会うのは無理だろうなぁ」
「行くだけ行ってみるか。だけど美寛、俺が話を聞きたいのは円さんだよ」


最初に戻る前を読む続きを読む

inserted by FC2 system