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そらのうた


第十四羽

「……え?」
「……な、何だと?」
「……え?え?ちょっと待ってよ、疾風!!」
私たちは口々に叫ぶ。何で、何で翔くんが犯人になるのよ!!さすがにこの一言が与えた衝撃は大きかった。お姉ちゃんは目を見開いて口を両手でふさいでいるし、先ほどからずっと俯いていた円さんも顔を上げた。
「今までの条件から除外されなかった人間は、川内さんと翔くんだけです。翔くんについては、最初の条件は鷲戸さんほど明確に鷲匠とは認識されていないとはいえ、十分一人前の鷲匠に誓い存在であるがゆえに該当しない。城之内先生なんかも、彼をもう一人前の鷲匠として扱っていますからね。2番目の電波アレルギーに関する条件も当然該当しないし、3番目のパズルの鍵の条件も該当しません。俺たちが比等鷲島に着いてこの家に入る以前に、彼は離れに入ったことはないと明言した。つまり鍵のシステムは知らないはずです。そして、川内さんと翔くん…この2人のうちで最後の条件、つまりハッチの鍵を開けずにあの離れから出る事のできた人間は、翔くんしかいない。今からその方法を説明します」
「…せ、せがれが…?」
鷲戸さんは相当なショックを受けているらしい。どんな言葉にも反応していなかった。私たちは疾風の説明を心待ちにする。
「説明しますが…かなり血なまぐさい話、つまり腕の切断理由などにも触れないといけなくなる。もし気分が悪くなったら、どうぞご自由に席を外してください」
お姉ちゃんや由里さんはうなずいていた。
「月倉くん…まず端的に問おう。君は、翔くんがどこから脱出したと思っている?」
「先生、それはベランダです」
「ベランダ?まさか、君はあそこから翔くんが飛び降りたというのか?」
嘲笑するような先生の声に、疾風はうなずいて答えた。
「半分正解です。翔くんは、あそこから『ゆっくり飛び降りた』んです」
「意味が分からないな。『ゆっくり飛び降りた』だと?もっと具体的に言いたまえ」
先生の言葉に、疾風は大きく頷いた。
「ええ。翔くんは…」
疾風はそこで一呼吸置く。

「鷲たちに掴まって降りたんです」

「な、何だって!!?」
これには全員が驚きを隠せなかった。
「鷲に掴まって降りた!!?」
「ええ、そうです。鷲匠見習いである翔くんはベランダに出てシカバネワシたちを呼んだ。シカバネワシは昼夜の別なく行動すると教授が言っていました。真夜中でも呼べば来たでしょう。そして、鷲たちに掴まってゆっくりと下降していった。鷲たちは建築資材を運んだとも言われていましたし、翔くんは小学4年生にしては背が高いもののかなり細身だ。鷲たちによってたかって上げてもらえば、空も飛べたはずです。そうしてゆっくり、地面に降り立った。あとはもろもろの品を処分するだけ」
「し、しかし…」
口ごもる城之内先生をよそに、疾風は鷲戸さんに聞く。
「鷲戸さん…確か昨日ここに俺たちが来た時に、俺たちの荷物を鷲で運んでくれましたよね?あの時、鷲に荷物を下ろさせる号令もかけていた。そういうこと、翔くんももう出来るんでしょう?翔くん、物を上げさせる号令はかけることが出来ていたようですし」
鷲戸さんは放心状態のまま、首をがくがくと縦に動かした。
「ベランダの窓の鍵がかかっていなかった理由はこれです。美寛の好きな物理トリックでクレセント錠を下ろすことは可能でしょうけど、少なくとも翔くんにそんなことをやる必要はなかった。ただ、彼は逃げるだけでよかった」
「じゃあ疾風、バスタオルとコードって…」
「ああ、鷲の足にくくりつけたんだろうな。全てをつなげて一本にすると強度は落ちるけど、短いものを何本も何本も用意すれば、それだけ相対的に強度は上がる。バネの伸びに関する、フックの法則と似たような発想だよ。バスタオルについて言えば、もちろんコードが足りない分は鷲の足に巻いたかもしれないけど、別の使い道があった」
「別の使い道?」
「ええ、川内さん。自分の腕に、鷲たちを止まらせるためですよ」
「…そうか、鷲匠は自分の腕を鷲の握力の高い足で傷つけられないように、厚手の布を腕にしているな」
「その通りです、先生。バスタオルは何重にも腕に巻いて、自分の腕を守るために使った」
「でも、でも!!それじゃあ何で教授の腕は…」
由里さんが大声をあげる。そうだ、それが今回の最大の謎の1つだ。自然死にも事故死にも見えた可能性がある教授の死を、確実に殺人にしたもの…それは腕の切断だ。
「人間だって動物でしょう?」
疾風が軽い口調で言う。…私はその瞬間に、疾風の次の一言が分かってしまった。…そんな、まさか!!!私は慌てて疾風の言葉を遮る。
「ちょっと疾風、待って!!!!お姉ちゃん、由里さん、それから円さんも鷲戸さんも…聞かないほうがいい!!みんな、しばらく出て!!!」
「ど、どうしたの、美寛ちゃん?そんな急に慌てて…?」
お姉ちゃんが首をかしげる。
「そう…だな。美寛は…分かったんだろ?この調子だと、まともに聞けそうなのは…先生くらいですね。先生、外に出ましょうか?そのほうが移動も楽だ」
先生は訳の分からない調子だった。
「あ?ああ、構わないが…」
私と疾風と城之内先生は外に出る。そこから川内さんもついてきた。
「先生、鷲匠はいませんが我慢してください。…川内さん、大丈夫ですか?」
「ええ、私は平気よ」
川内さんは気丈に頷いた。
「じゃあ、言いますけど…頼むから想像はしないでくださいね」
私は息を呑んだ。疾風の腕をぎゅっと掴む。

「翔くんは…教授の腕を、調理したんです。…焼肉にして、シカバネワシを呼ぶエサにするために」

「な…!!!」
鷲の鳴き声だけが辺りを包む。まるで「あの時はご馳走様」とでも言っているようだった。
「あの離れには冷蔵庫がない。鷲を呼ぶためには…ここに来たときも焼いた鶏肉を撒いていたし、子鷲島ではエサがないから鷲は呼べないと、友達の女の子に言っているのを聞きました…とにかく、焼いた肉が必要なんです。教授もそう言っていた。翔くんは鷲を呼んで密室から脱出しようとしたが、肉がないと呼べないことに気がついた。翔くんは室内で肉を捜す…すると、目の前に肉があることに気がついた。残酷ですが…それが、教授の死肉です」
川内さんが目をきつく閉じている。私は川内さんの背中をさすってあげる。彼女は今にも吐きそうだった。きっと、疾風がさっき、翔くんは地面に降り立ったあとに「もろもろの品」を処分した、といったが、そこにはコードやバスタオルだけでなく、焼け爛れ、鷲たちによって啄ばまれた教授の両腕も入っていたのだろう。そうだ、ベランダに落ちていた鷲のフンは…そういう事だったのか。食べたから出した、というわけか。
「仕方なく、彼は手近に飾ってあった斧で、教授の腕を切った。…腕を選んだのは、きっと体から飛び出している部位の中では比較的細く、切りやすく、またある程度肉の量が多いと総合的に判断したからでしょう。教授、なかなか貫禄のある体型でしたからね…。そういえば美寛、コンロの上にフライパンが乗ってただろ?」
私は…思い出したくないけど…思い出す。そうだ、確かにフライパンがあった。
「冷蔵庫のないキッチンで、フライパンを使って何を調理するんだ?あれはきっと、翔くんの片付け忘れだよ。それから部屋を覆っていたラベンダーの匂い」
「あれは、麻酔の匂いを隠すためじゃないの?」
「ああ、違うよ。大体さ、あの状況でわざわざ麻酔を使う必要なんてあるか?麻酔で眠らせてから殺人を犯したとしたら、2発殴られているのは何だか変じゃないか?普通は確実に一撃でしとめるだろ。それに、麻酔の匂いを消すためにラベンダーのビンを5本も割るのは、いくら何でもやり過ぎじゃないか?だから、俺は消したい匂いは麻酔じゃないと思った。もっともっと強い匂いだと」
「そうか…消したい匂いって、肉を焼いた臭いだったのね…」
「ああ、そういう事。事件の日の朝、なかなか翔くんが起きてこなかった理由も、今ぐっすりと眠っている理由もここにあると思う。こんな作業、やろうと思ったらかなり大変だからな。数時間はかかってるはずだ」
また静寂が包み込む。そして、疾風が口を開いた。
「ここまでが事件の説明です。そしてここからが、俺が大人の皆さんに質問したいことです」
「それは一体…?」
「先生、川内さん…この事件、どうやって解決させるのが一番望ましいと思いますか?」
疾風は重い口調で、そう告げた。
「どう、とは?」
「翔くんを警察に突き出すか、翔くんを説得して自首してもらうか、それともこの犯罪自体を迷宮入りさせて黙認するか…どれが一番、翔くんにとって、周りの人間にとって、幸せだと思いますか?」
そうか、さっきから疾風が気にしていたのは、このことだったんだ…。推理小説では、その場面を描くだけでたいていストーリーは途切れてしまう。でも、現実ではそのストーリーは途切れない。だからこそ、その人の行く末を案じた結末が用意されなくてはならない。それで、疾風はこんなに迷っていたのね…。
「私は…やはり、黙認というわけにはいかないな…。説得して自首させられれば一番だと思うが…」

城之内先生がそう告げたまさにその時だった。ガサガサと音がした。
「ん…!?茂みの中に誰かいないか!!?」
私たちは慌てて後ずさる。教授の家の前の茂みから出てきたのは…紛れもなく、翔くんだった。


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