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ときのうた

Day 5 〜ペイント・パニック〜


「あのパズルのように元に戻せたら 不思議と少しだけ大きな絵になるだろう…」
ZONE『true blue』より

…例えばね、いわゆるシュールレアリズムとか、キュビズムの絵を思い出してみてよ。あんな絵、私から言わせれば何を描いているのか全然分からないの。パブロ・ピカソの「泣く女」だって、タイトルがあるからかろうじて分かるようなものだし、サルバドール・ダリの絵なんて、タイトルを聞いてもイメージできないもの。例えば「新しい人間の誕生を観察する知性学的な子ども」とか「浜辺でグランドピアノの川を見つけた花の頭部の女たち」とか…。既に私にとっては、タイトルの漢字さえこれで合っているか自信ないもん。私は分かりやすい絵が好きなの。モネの「印象・日の出」とかさ、ゴッホの「ひまわり」とかさ。前者はもちろん日の出の絵で、後者はもちろんひまわりの絵だもんね。巣高銀河さんの絵も分かりやすくて好きだったなぁ。
確かに古代から人は絵を描いてきたよ?アルタミラやラスコーには壁画が残っているし、日本だと高松塚古墳の壁画が有名かな?でもさ、そんなことをしなくたって、後世に何かを残す、自分が生きてきた証を刻むって事はできるわけ。だってそうでしょ?文字があるんだもん。シュメール人が楔形文字を使っていたのはB.C.2300年頃の事だし、少なくとも高松塚古墳の時代より前には、日本でも文字が使用されているわけ。…え、平民じゃそうはいかないだろうって?まぁ、確かに尾張国郡司百姓等解とかから察すると、昔の平民じゃ字は書けないよね。でもさ、そんな人たちが後世に何かを残そうと思うかな?そしてその手段として絵を選ぼうとするかな?当時は筆や絵の具だって高級品だったはずで、きっとそんな道具さえ平民には行渡らないよね。要するに何が言いたいかっていうと、絵っていうものは少なくとも昔の日本では、かなり特権的な人たちの産物だったんじゃないかって事。つまり、平民である私たちが、そんな何かを伝えようとして絵を描く必要性はほとんど無かったわけ。う〜ん、これを現代にまで敷衍するのはさすがに強引かな?でも私はそうだと思うよ。漫画家や画家でもないのに、絵を上手にかけなくて困るなんてこと、普通無いもん。
だからね、推理小説で絵が絡んでくると…正直、困ることがあるんだよね。その絵の持つイメージっていうのが…実は私にはあんまり理解できない。例えば「カット・アウト」の桐生正嗣の絵もそうだし、藤沼一成の絵にいたっては、全然イメージできなくて…。

「…で、美寛?これ、何の絵?」
璃衣愛が真面目に聞くそばで、実玖が必死に笑いをこらえている。疾風は見慣れているからか無表情。
「えっ!?見て分かるでしょ?ねえ、疾風、実玖?」
「きっと、イノシシなんでしょう?でも…」
実玖がそういった瞬間に、璃衣愛が大笑いする。
「ええっ!!?これのどこが〜!!!?」
「な、何よ〜!!どこをどう見たってイノシシでしょ?」
「美寛…こんなに足と尻尾の長いイノシシがいると思う?」
「そうですよ、美寛さん。それにイノシシに角はありませんよ…。うりぼうスイカよりイノシシから離れていません?」
私は実玖を思いっきり睨む。…あ、今はね、どこに行くかの相談中に絵を描いていたの。それで、どうせだから生き物の絵でしりとりしよう、って事になって。それでキツネ→ネコ→コイときて、私がイノシシを描いたら…こんな事に。
「美寛、美術で3以上取ったことないから」
「うわ、ヒドイ」
「ちょっと疾風〜!?3くらい、取ったことあるよ!!!」
「4はないでしょ?」
私は黙り込む。む〜っ、疾風のイジワル!!
「何よ何よ、疾風だって大して絵が上手くないくせに!ほら、疾風、次の絵を描いて!!」
言われて疾風は、後ろのテーブルの上から紙を手に取る。その時、ふと璃衣愛が声を上げた。
「あれ、疾風くん?…後ろに何か書いてない?」
「えっ?…本当だ。何だ?」
それは普通のコピー用紙。そこにはこう書かれていた。

「来る8月26日にK市美術館に展示されている至高の一品を頂きに参ります

名も無き怪盗」

「えっ…怪盗!?」
その紙を私たちはみんなで覗き込む。怪盗、だなんて、この現代に…?
「すご〜い!!もしかして1412号だったりとか?」
「タナボタでアイテムが手に入る…って訳ではなさそうだな」
「絵のモチーフに手を加えていったりするんでしょうか…?」
「きっとポニーテールの女子中学生だよ!」
私たちは口々に自分の怪盗像を描く。
「きっとみんな違うと思うよ〜」
私たちの想像は、雅おねえちゃんの一言であっさり片付けられた。
「お姉ちゃん、何か知ってるの!?」
「う〜んとね、パパが言ってたよ。その怪盗はおじさんで、最近よく出るんだ、って。…その紙も、パパがコピーしたものだと思うよ〜。きっとパパ、今日はK美術館にいるんじゃないかなぁ?」
「おじさん、かぁ…ねえ、お姉ちゃん、この『至高の一品』って何?」
「う〜ん、そこまでは知らないなぁ」
私は実玖たちのほうを見る。
「ね、ね、至高の一品って何だろう?鈴木財閥の黒真珠かな?」
「それよりさ、パール・ドルフィンとか!」
「怪盗はおじさん…だったら、エンジェル・マヌーヴァじゃないですか?」
「ちょっと…現実と虚構を混ぜないでくれる?」
暴走する私と璃衣愛と実玖を疾風が止める。
「そうやって話すより…行った方が早いんじゃないのか?」
「そう、そうだよね!!ねえ、実玖も璃衣愛も、いい?」
私は2人の方を見る。
「ええ、いいですよ」
「どんな素敵なオジサマなのか、見てみたいしね!」
誰も素敵なオジサマ、とは言ってないんだけど…。とりあえず、こういうわけで今日はK美術館に行くことにしたの。

ここはK美術館に行く電車の中。私たちは4人並んで腰を下ろしている。璃衣愛は黒のキャミソールの上に半袖の白のシャツを着ている。下はスカートで、中にデニムをはいていた。実玖はいつもと同じで薄手のTシャツの上に、ポケットのいっぱい付いた長袖のジャケットを羽織っている。全てのポケットにケータイやら文庫本やらを入れているらしい。下はいわゆるカーゴパンツで、チェーンアクセサリを両側に何個も垂らしていた。疾風は深緑のワイシャツみたいな服に茶色の長ズボン。…全く、疾風はおしゃれに全然関心が無いんだから…。私は水色のTシャツ…疾風からの誕生日プレゼント…に紺のデニムという、一番シンプルな服だった。…さて、移動中に璃衣愛がふと話し始める。
「あ、そうだ。実玖、紙とペンってある?」
「ええ、ありますよ」
実玖はズボンの左ポケットから、紙と鉛筆を取り出す。璃衣愛は実玖から受け取ったその紙に、何かを描き始めた。
「あのさ、美寛」
璃衣愛は紙を私に見せる。そこに書かれていたのは、バスの絵だった。一本線で表された道路に、窓だけが並ぶバスの絵が描かれている。
「このバスはこれからどっちに進むでしょう?」
その質問に、私は止まってしまった。え…これだけで、そんなの、分かるわけが…。あ、そうか!
「右だね!」
「どうして?」
「え…だって、この絵のバス、ドアが無いじゃない!バスっていうのは、絶対ドアが左側にあるから、この絵のバスは手前側が運転席でしょ?つまり、右を向いているんだから…」
私はふとそこで言葉を切る。璃衣愛の目が明らかに笑っている。
「…あ、これもヒッカケなのね!!」
「そうですよ」
実玖が横から同意してくれる。
「実玖は…分かる?」
「まず、右とか左じゃダメですよ。車が進めるのは前後であって、いきなり右や左にスライドする事は…スリップして横滑りすることがない限り…ありませんからね」
「あぁ…なるほど。ってことは、答えは前?」
「いいえ…前にも後ろにも進めるでしょう。美寛さん、車ってバックも出来るんですよ?」
あ…そうか…。もう、璃衣愛の問題はいつもヒドイなぁ…。ところが、璃衣愛の目はまだ笑っている。
「あれ?実玖、それでいいんだ?」
「…えっ?」
まさか、実玖の答えも違う…とか?私は実玖の横に座っている疾風を覗き込む。
「疾風は…分かる?」
そこで初めて、疾風は私たちのほうを向いてくれる。疾風は口を開いてくれた。
「進まない」
「え…?どうして!!?」
「絵に描いたバスだからさ。俺たちが絵の中に入れるわけでもないんだし、ペイントローラーやアドが描いた絵じゃないんだからこのバスが現実世界に飛び出してくるなんて事もない…つまり、この絵のバスがどっちかに進むなんて事はありえないでしょう?」
む…むか〜っ!!!私の横では璃衣愛が笑っている。
「さっすが疾風くんだよね〜。惚れ直しちゃうな〜」
「璃衣愛ちゃん…変な事言わないで下さい」
実玖がちょっぴり強い口調で璃衣愛に言う。でも璃衣愛は得意げな顔で、実玖に言い返した。
「悔しかったら実玖も何か問題出せば?」
実玖はちょっぴり考え込む。
「う〜ん…パッといい問題は思いつかないですけど…例えば、頭が2つあって足が無い王様は、どこの国の王様でしょう?とか」
今度は璃衣愛が考え込む。私も一緒に考え始めた。きっと実玖の問題なら、璃衣愛みたいなふざけた答えじゃないはずだよね。きっと、どこかの国名の1文字目と最後の文字が関係しているんだろうな…。璃衣愛は早々に音を上げた。
「う〜…もう、分かったよ、実玖!降参する」
「疾風さんは…分かっていそうですね。美寛さん、どうされます?」
「む〜…ダメ、私も分からないや」
「答えはここですよ」
そう言って、実玖は内ポケットから何かを取り出した。これは…!
「トランプの国の王様、ですね」
そういいながら実玖は、スペードのKを私たちの前にかざす。あぁ、なるほど…。
「へえ、バイシクルか…。実玖、こんな物まで持ち歩いているの?」
疾風は実玖の手からトランプを取り上げる。実玖はカードの束の一番上に、スペードのKを置いた。
「え?バイシクルって何?」
璃衣愛の質問に実玖が答える。私は…確か二階堂黎人の小説に、その手の話がちょっぴりあったことを思い出していた。
「バイシクルっていうのは、一般的に手品で使用されるトランプの種類ですね。赤と青の二種類があるんですけど、今ウチが持っているのは青。…ほら、後ろの模様が自転車のタイヤに似ているでしょ?それでこう言うんです」
その時、サッ…と軽快な音がした。私たちは驚いて横を見る。疾風の右手に、綺麗にトランプが開かれていた。
「わ…すごい!!」
「疾風さん、手品できるんですか?」
「ああ…一時期、色々試していたことはある」
疾風は同じ手つきで、カードを元の束状に戻した。それにしても、そんな疾風が手品に凝っていたなんて話、初めて聞いたよ…?私は思わず疾風に問い詰める。
「何で言ってくれなかったの〜!?私に見せてくれてもいいじゃない!!」
「美寛の前では出来ないよ」
「どうして!?」
疾風はちょっぴり俯く。
「美寛は俺の癖を知りすぎているからさ。手品って言うのは大衆に見せる方が楽で、誰かの間近でやるクローズアップマジックのほうが難しい…特に手品師のクセや普段の仕草を知っている、親しい存在の前で手品をするほうが高度なんだよ。だから…むしろ美寛には一番見せられない」
それは…確かにそうね。同じことは倉知淳も言っていた気がする。それなのに…。
「いいじゃん、何か見せてよ〜!『主よ、タネも仕掛けも無いことをお許しください…』って言ってね」
璃衣愛がねだる。…璃衣愛、今の疾風の話、聞いてたの…?疾風は苦笑い。
「璃衣愛…タネや仕掛けがあるから手品なんだけど…まあ、いいか。今一番上にあるのは…ああ、さっきのスペードのKか」
疾風はそう言ってスペードのKだけを取る。そして、それをカードの束の真ん中あたりに押し込んだ。
「いい?1・2・3で…上がってくる」
疾風は一番上のカードをめくる…って、スペードのK!!?
「うわ、何で!!?」
「日本のテレビの世界では、たぶん前田知洋さんが有名にした手品ですよね」
「ウソ…こんな間近でやられても、全然わからない…」
「美寛、手品のネタを考えようとしないでよ。日本人の悪い癖だよ?」
うん、確かに。日本のテレビの手品番組は、確かに見せ方があくどすぎるよね。不可能性を必要以上に強調するし、変に手元だけのカメラアングルが多くて手品師の他の動きが見えないし…他局や視聴率を意識しているのが如実に分かるもの。ああいう見せ方は、私は嫌い。やっぱり見るなら、本場のロンドンかラスベガスの舞台だよね…。疾風はトランプをポケットにしまいながら言う。
「…ところで、次じゃないか?K美術館の最寄り駅」
「えっ?…あ、本当だ!」
私たちは急いで下りる仕度を始めた。そして私たちは、いよいよK美術館に足を踏み入れる…。

美術館の近くは…8月最後の日曜日という事もあって…美術館にしては、かなりの人出だった。そんなに数は多くないけど、お客さんが少しずつ入っていく。入場券売り場の近くには、「特別警戒実施中」の看板が立っている。そしてその横に、見慣れた人が立っていた。30代前半の、見かけは線の細い人物だった。
「あれは確か…蔵持さん!」
「え?…ああ、誰かと思えば雪川警部の娘さん!」
私たちは彼のそばへと向かう。私はあくまで偶然を装うことにした。
「お久しぶりです!…どうしてこんな所に?」
我ながら白々しいお芝居だなぁ…。蔵持さんは気付いていないらしい。
「ああ…それはちょっと言えないけど、まあ事件がらみだよね。それより…雪川さんは、どうして?」
「え?私は、地方から来た友達といろいろ観光をしてるの。『美人の』ツアコン役だよ♪…それより、蔵持さんがいるってことは…もしかして、パパも?」
後ろから疾風の大きなため息が聞こえた。…後で1回、ほっぺをつねってやらなくちゃ…。
「いや、雪川警部は東海林静香殺しの件で捜査中。ここにはいないよ」
「ふ〜ん、とりあえず殺人とかじゃないんだね」
パパはK県警の捜査一課だ。殺人が起これば、当然パパたちが動くことになる。ちなみに東海林静香は、私たちがパパから無理やり話を聞きだした翌日、亡くなってしまった…。だから、容疑が傷害から殺人に切り替わったのね。
「はは…そうだよ」
「ってことは…何?美術館を爆破するとかいう電話でも入ったの?」
その言葉に実玖が口を挟む。
「美寛さん…爆破予告のあった美術館にお客さんを入れるわけないじゃないですか…」
「そうそう。具体的な話はできないけど、客に被害が及ぶ心配はないからね。さ、あまり立ち話をしていると怒られる。館内に入ったほうが、涼しくていいと思うよ」
「『客に被害が及ぶ心配はない』犯罪?それって…もしかして、美術品の窃盗?」
私は小さな声で、今初めて知ったように口にする。元演劇部だもん、普通の人にはこれで十分通用するよね。案の定、蔵持さんは急にうろたえた表情を見せる。
「あっ…ちょっと、雪川さん…!!これは極秘なんだから、あまり大きな声では言わないで…」
私は頷いて声を潜める。
「それで?何が盗まれるの?」
「それが分かれば苦労はないんだけどね…」
えっ?…警察にも「至高の一品」の見当が付いていない、って事?蔵持さんは小さな声で話しはじめた。
「最初に届いた犯行予告には『至高の一品』を盗む、としか書いていなくてさ…その後、もう1枚予告状が送られてきた。ところがそいつが、いわゆる暗号文でね…」
暗号文!!いやでも私と実玖の心がときめく。璃衣愛の表情に変化は無い。疾風は嫌そうな顔をした。きっと疾風の頭の中には、「いつものパターン」という言葉が浮かんでいるはず。
「ねえ、それ…見せてくれたり、しないですか?ほら、私のほうが、暗号のパターンはいっぱい知ってると思うけど…」
「ああ、推理小説か…あの探偵さんの影響だね?」
蔵持さんの言う「探偵さん」とは、パパの親友で名探偵、私の師匠でもある神崎龍牙のことだ。神崎のオジサマはもちろん民間の人だけど、パパに助け舟を出して事件を解決に導いたことも多い。実際、警察の中には神崎のオジサマに親和的な派閥と反発的な派閥があるらしい。ま、警察のメンツを保ちたい人は、探偵なんかに事件を解決されれば面目丸つぶれだもんね(でも、そういう警察官相手じゃないと探偵は活躍できないのも事実だよね)。蔵持さんはパパの腹心でもあった人なので(今は捜査一課にいないけど)、親オジサマ派だった。
蔵持さんは何も言わずに、ポケットから何かのコピーを取り出す。そしてそれを私の左手にそっと握らせてから、わざと大きめの声で言う。
「さぁ、もう行って行って!」

美術館に入った私たちは、入り口付近の席に座って、他の人に悟られないように蔵持さんから渡された紙を見た。それはA4のコピー用紙で、その左上に少し字が書いてある。きっと名刺大の紙をA4でコピーしたんだろう。そして、そこに書かれていた言葉は…。

『数字だけに従って、この美術館を希求の光で照らすがよい。至高の一品はその陰にある

名も無き怪盗』

「…はぁ?って感じですね…」
まず実玖がそう声を上げた。私も考え込みながら言う。
「まず数字って何か、だよね。そして希求の光が何か…。至高の一品はその陰にある、っていうんだから、つまりこの希求の光で照らされないところにあるんでしょう?で…何?」
その時、ふと璃衣愛が声を上げる。璃衣愛はコピーを見たあと、ずっとK美術館のパンフレットを見ていたの。
「…あれ?希求の光…って、これじゃない?」
「ええっ!!?」
私たちは興奮してパンフレットを覗き込む。そこにあったのは古びたランプ、というかカンテラの写真だった。木製の大きなシェードに遮られる形で、光が4方向にだけ伸びている。灯台の明かりがもう2筋、直角方向に対して増えた感じだ。パンフレットによると、これは死者を弔う際に、死者が眠っている棺桶を照らすための光だったらしい。そのため、直接これで他の希求の光…つまり、希求の光を持っている生者を照らすことはタブー視されていたそうだ。ま、それはともかく…。
「なるほど…光が4方向にしか届かない、特別な光ってことだな。それで数字って言うのは…」
疾風はそういいながらパンフレットの絵を指差す。
「これのことだろ」
「えっ…!?」
私たちは食い入るようにそれを見つめた。なんてこと無い、船の上に剣か何かを持った男が立っている絵だ。タイトルは…「3度目の正直」?
「さっきからパンフレットを読んでいて気になっていたんだ…。この美術館に今展示されている絵のタイトル…やけに数字が多くないか?」
そういわれれば、確かに…。「4が最後にやってくる」とか「2人の少女が呼ぶ聖なる審判」とか「1輪のガルバナ」とか…。やたらと1〜4までの数字が入った作品が目につく。それを見て実玖が口にした。
「そういう事ですか…。つまり、これらの絵が飾られている位置と、その絵のタイトルにある数字が、何かのパズルを作り出している…って事ですね。えっと、館内の見取り図はあります?」
私は実玖に見取り図を手渡した。そして、怪しい人物がいないか確かめつつ、この美術館に隠された秘密を解き明かすために、ゆっくりと見てまわることにした。
さて、一周。なんか、美術館とは思えないほど入り組んでいた気がするなぁ。鏡でも置いたらミラーハウスになりそうだよ。でも、それ以上にこの美術館には、分かりやすい絵が多くて助かったなぁ。見ていて全然、何の絵か分からなくて不機嫌になる、なんて事がなかったもの。
「美寛に分かる絵って事は、あんまり上手くない絵なのかな」
私はそういう疾風のほっぺを、さっきの分とあわせて思いっきりつねる。実玖は1人、見取り図に向かっていた。その実玖に、璃衣愛が声をかけている。
「実玖…どう?分かりそう?」
実玖はその声に顔を上げた。
「ええ。…つまり、この美術館はこういう状態になっているんですね。太線が壁です。ウチらが調べてまわった、タイトルに数字の入っている絵が掛けられていた壁に、直接その数字を書き込んでみたんです。入り口は北側の真ん中にありますけど、この図では省略しました」

美術館出題
実玖は言葉を続ける。
「これは一種のパズルですね。数字だけに従って、ここに希求の光を置いていくんです。パンフレットに書いてあった通り、希求の光で他の光源を照らしてはいけません。おそらく、光は上下左右の4方向を照らすんでしょう。そうじゃないと右下の4が、他の光源を照らす形になりますから…」
実玖はそう言って、盤面に手をつけはじめた。何だか手馴れている。
「実玖、さすがに速いね…」
「このパズル、似たようなものを解いたことがあるんです。その時は『照明によってすべてのマスが照らされる』っていう前提があったから、数字が無くても照明をおくことが出来たんですけどね…あ、出来た」
疾風や璃衣愛も盤面を覗き込む。私が代表して、ある場所を指差した。
「…見て!!ここだけ、照らされていないし希求の光も置かれていない…」
「きっとここが『陰』なんですよ。行ってみましょう!」

私たちは問題の場所を、わざと一度通り過ぎた。そして、あたりにほかのお客さんがいないことを確認してから、ひそひそ話を始める。
「…見えたか?」
「ええ、見えました。古びた油絵の前に、背広姿で恰幅のいいおじさんが1人、いましたね」
「あんな名も無い絵を狙うなんて…やっぱり愛知県警とかにマークされているんじゃないの?」
「なんか、ショックだな〜。もっとカッコイイ人だと思ったのに」
疾風は、私や実玖や璃衣愛の答えに首を振る。
「あのさ、そうじゃなくて…あの男の手だよ」
「えっ?…手がどうかした?背広のポケットに突っ込んでなかったっけ?」
「ああ…美寛の言うとおり。でも…あの男、手袋をしていた。白のゴム手袋」
「えっ!?本当?…でもそれだけじゃ、ただの潔癖症っていう可能性もあるけど…?」
その時、ふと実玖が問題のスペースの方を見て、あわてて顔を戻した。
「…ねえ、みんな!男が服を脱ぎだした」
「は…はあっ!!?」
私たちは一様に驚く。実玖は小さな声ながらも、早口でまくし立てる。
「ごめんなさい、言い方が不十分でしたね。…つまりあの男、背広の下に、この美術館の係員の制服を着込んでいたんです!それでかなり太って見えていた…」
「なるほど…背広だけ脱いで、係員を装って盗みにかかるって訳か」
「とにかく、すぐにでも行動に移らないと…!!」
疾風も一度男の様子を窺ってから言う。
「よし…実玖と璃衣愛は、向こうに回って!俺と美寛でとりあえず捕まえに行く。きっと、そっちに逃げると思う」
「挟み撃ちですね。了解しました!…璃衣愛ちゃん、行きましょう」
「OK!」

実際の男は、あまり太っていなかった。きっと背広の上に詰め物までしていたんだと思う。さらに眼鏡をかけていて、これじゃ見張っていなかったら、さっきの人と同一人物だとは思えなかっただろう。男はちょっぴり歯を見せながら、問題の絵を壁から外そうとしていた。私が思い切って、その男に声をかける。
「何してるの?」
途端に男の動きが止まる。男は私たちのほうを見た。私がまず、一発殴りかかる。でも、男の身のこなしは想像以上に軽い。簡単によけられる。そして、男の右手に何かが光る。…まさか、ナイフ!?その時だ!!

ヒュッ……

「うあっ!?」 男は右手を押さえる。カラン…と音がして、ナイフが床に落ちた。遅れて何かが床へと落ちてくる。それは…1枚の、トランプだった。クラブの9…それはトランプ占いでは、「最後通牒」を意味するカード。私は驚いて振り向く。そこにいたのはもちろん、疾風だった。左手には一束のトランプが開かれている。…あ、さっき実玖に貸してもらったトランプだ。ってことは、もしかして…いわゆる、「トランプ手裏剣」!!?
「美寛に手を出すつもり?だったら許さないよ」
カ…カッコイイ…!!思わず「タキシード仮面様ぁ!!」と言いたくなるのをぐっとこらえて、私は男に詰め寄る。男はナイフを放り出して、後ろの通路へと逃げていく。私と疾風も男を追いかける。
「実玖、璃衣愛!!そっちに逃げたよ!!!」
私は2人に叫ぶ。実玖と璃衣愛は、お互いがちょっぴり離れて立っていた。男は璃衣愛の右側をすり抜けようとする。
「逃がさないんだから!!…これ、借りるねっ!!」
璃衣愛は壁に掛けられていたモップを掴んだ。そして、それをクルクルまわして…。
「はあっ!!」
思いっきり柄の部分を前に突き出した!男は何とかそれを避ける。しかし、男はよろめきそうになった。あわてて進路を実玖のほうへと変える。一方の実玖は、一見のんきそうな表情で壁にもたれ、男が近づいてくるのを待っていた。
「お待ちしていました」
実玖はそう言って何かを取り出した。…えっ?何?銀色の…ロープ?実玖は横を向いて、それを何度かまわす。そこで私は気がついた。…鎖だ!!実玖がズボンの両側につけていたチェーンアクセサリ!それを何本もつなげて、1本の長い鎖にしているんだ!!
「かかって下さい……ヴィゼ・アベック・ユヌ・シェンヌ!!!」
実玖はそれを男とは全然違う方向に投げる。その先にあったのは、一鉢の観葉植物だった。鎖はその植物の幹や枝に絡まって固定され、一種のハードルを作り出す。男は目をみはったようだった。ちょっぴり足が止まる。しかし一瞬の後には決意して、それを飛び越えようとする。男は助走をつけて高くジャンプした。
「残念でした♪」
実玖は鎖を引き上げる。その鎖は、男の足に引っかかって…。

ドサッ!!

大きな音とともに、男は床に倒れこんだ。そしてここにきてやっと、警官や美術館の係員が駆けつけてくる。
「おい、これは…何事だ!!?」
「あっ、蔵持さん!!ねぇ、この男、背広の下にこの美術館の係員の服を着ていて、そこの絵を持ち出そうとしたの!!きっとコイツが怪盗よ!!」
「な…何だって!!?」
まだ床に倒れこんでいる男に、蔵持さんたちが駆け寄る。私たちはちょっぴり遠くから、その光景を眺めていた。男に手錠が掛けられようとしている。と、その時…。
「…ん?何だ!!?」
それは一瞬の出来事だった。倒れた男から、白い煙が濛々と立ち込め始めたの!!
「えっ…ねえ実玖、これどういう事!!?」
「うわっ…アブダクターじゃないんですからっ…!!」
「ヒドイよ、これ〜!!!」
「くっ…美寛、大丈夫か!?」
しばらくして私たちは顔を上げる。そこには驚きの光景が広がっていた。さっきまで床に倒れていた男の姿が無い。そこに残っているのは、眼鏡と美術館の係員の制服だけだった。蔵持さんたちは呆然としている。それは当然だよね、あと少しというときに逃げられたんだから…。彼の手にはカードが握られていた。そして、そこにはこう書かれていた。

『至高の一品は見逃そう。勇敢な少年少女諸君に免じて。

名も無き怪盗』

「結局捕まえられなかったか〜。残念だね」
ここはH空港。最終便でE県に戻る実玖と璃衣愛を、私と疾風は見送りに来ていた。
「うん…でもさ、3人とも一体何よ、あれは!?」
あれ、というのはもちろん、怪盗を捕まえる時に3人が見せた行動。
「私は色々経験あるからさ〜。バトントワリングとか、水軍太鼓とか、薙刀とか」
「ははは…でも、ああいう狙う系のアクションは、ウチ、基本的に何でもできますからね。ローグには憧れてますし」
璃衣愛や実玖はサラッと言う。もうっ、言ってくれるじゃない…。私は疾風のほうを見る。
「あれは…ま、基本だろ」
私は思わず疾風に殴りかかる。基本ですって〜!?
「もうっ、カッコつけちゃって!!」
「でも美寛、あの時両目がハートマークだったよね」
そ、それはともかくさぁ…。
「でも私、それ以上に怪盗が素敵なオジサマじゃなかったことのほうがショックだなぁ」
「璃衣愛ちゃん、もういいじゃないですか?それに、若い男のほうがいいと思いますよ?」
実玖はそういいながら、そっとウィンクする。
「へ〜、そう、実玖?じゃあ1ヶ月くらい実玖より若い、疾風くんに乗り換えちゃおっかな〜」
疾風に近づく璃衣愛の前に、私はすかさず立ちはだかる。もう、この子は〜!!実玖も慌てて璃衣愛の手を握っていた。
「まったく…」
疾風だけが1人でため息をつく。なんだか急におかしくなってきて、しばらくみんなで笑っていた。
「それじゃ、またね!疾風くん、美寛!!」
「美寛さん、疾風さん…ありがとうございました!!」
その時、実玖が私に何かを手渡してくれた。
「こんなに謎がいっぱいだった日々にふさわしい、お別れのお手紙です。…それじゃ!!!」
実玖と璃衣愛は手をつないで、搭乗ゲートに向かっていく。私と疾風は、笑顔で2人を見送った。

さて問題。名もなき怪盗が狙っていた絵画は、K美術館のどこに飾られていたのでしょう?そして、実玖からの手紙はこんな内容だったのです。実玖が何て言っているか、分かりますか?
『この数字たちに、メッセージをこめておきます。「数字は独身に限る」のです。失われた中央を復元すれば、何て書いてあるか、分かると思いますよ♪

数独出題

「9871・952684・72576426・959484・95834/93831・72167・92168/59384・93831/72576426・959484・9597615/952684・9871」!!
それでは、また会う日まで♪

みく☆りいあ』

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