inserted by FC2 system

とわのうた

エンディング


南奈は俯いていた。顔を上げようとしない。
「ねえ、南奈ちゃん、どうして…?」
私は声をかけるが、彼女は反応しなかった。今度は疾風が声をかける。
「南奈ちゃん…違っているかもしれないけどさ…あの2人が自分という存在を産んだから、じゃない?」
南奈はコクリと頷く。その頷きの意味が私たちには分からなかった。
「そう…そうです…私は、ある日突然目覚めた…。私という存在が自覚されて、私と言うものを客観的に捉えることができるようになって…でも、それを知ったときに、同時に…怖くなった。この“永遠の世界”で、永久に生き続けることが…だから…私と言う存在を創った2人が…許せなくなって…」
「南奈ちゃん…正直に言うけど、きっと南奈ちゃんが目覚めたのは偶然じゃない…もしかすると、それこそ博士の望みだったのかもしれない」
南奈の言葉は途切れる。
「え?…それって、どういう事?」
空岡の声に疾風が答える。
「ここからはあくまでも想像です。今となっては、博士に聞くことができませんから」
「え、でも…ここで博士に何の関係があるの?」
「博士が望んだ“永遠”の概念…これが今回の事件の源だからです」
疾風はひとつため息をつく。…疾風ももしかしたら、この先は話したくないのかもしれない。
「柿崎さんや安土さんも言ってましたけど、なぜわざわざこんな世界を“永遠の世界”に選んだか、って話です。はっきり言ってこんな寂れた世界に永遠に住みたいとは思わない。仮に俺が世界を創るとしたら、少なくとももっと明るい世界を創ると思います。でも博士はそれをしなかった。その理由は…博士に永遠とは何かって昨日尋ねたんです。覚えていますよね?」
私たちは頷く。
「あの時博士は『それは有と無の狭間…創造と破壊の狭間に存在するものだ』って答えました。博士はつまり…あくまで想像ですけど…一度創ったこの世界を、壊す気だったんじゃないでしょうか?」
えっ…?自分の創った世界を、壊す…?
「そう、一度神となって世界を創造し、次に悪魔となってこの世界を壊す…。そして壊された世界の後に残る世界こそ、博士の求める“永遠”だったような気がするんです。世界を創るのが神なら、その世界の秩序を乱すのが悪魔。そう考えると、なぜ博士が時間にこんな無秩序を生み出したか、分かるような気がする。博士が礼拝堂の絵にあんなものを選んだ理由も、そう考えると納得がいく。もちろん、俺たちはこんな考え方はしていませんが、きっと博士は、このような考え方をしていた…神を崇めるとともに、悪魔にも畏敬の念を抱いていたんでしょう。でも、博士はさらに行き過ぎた発想をしたかもしれない。例えば…自分と言う存在をなくすことで“永遠”にたどり着こう…とか」
は…?自分と言う存在を、なくす…?
「疾風、それって…まさか…!」
「南奈ちゃんを産み出した目的は…この“永遠の世界”の中で、自分を殺してもらうためだったかもしれない」
「そんな!!それだったら別に、現実の世界でも…」
私の声は、急に聞こえる声にさえぎられた。
「…おお、繋がったか!君たち、無事か!!?今から君たちの意識を現実に引き上げるよ!!!」
…それから後は、よく覚えていない。目の前のものがグジャグジャに混ざって、溶けて、ひとつの均質な色に近づいていってしまう。私は側にいた疾風の腕に必死にしがみついて、目を強く閉じた。

そうして、私たちは現実の世界に戻ってきた。結局その後、エターナルポッドの実用化計画はストップしてしまったらしい。私にとっては、今もあの世界が現実だったのか空想だったのか、よく分からないままになっている。もちろん、現実として認識している部分もある。たとえばあれから少しして、安土から手紙が届いた。柿崎とともに仲良くやっているみたいで、その嬉しさが文章からも伝わってきた。そういえばデュランからもエアメールが届いていた。おそらくデュランや空岡は、自力でポッドを脱出したのだろう。どうして私の住所が分ったのだろうと訝しんだけど、どうやら日本の企業に問い合わせたらしい。でも残念ながら、彼の文章はフランス語で綴られていて、全く読めなかった。今度実玖が来たら読んでもらおう。
学校に行くと私たちのことで大騒ぎになっていた。エターナルポッドがトラブルで開かなくなり、私たちは一生出られなくなるところだったらしい。その話を聞いて一瞬冷や汗が出たけど、でも自分に起こった出来事なのかという、どこか遠くから見るような視点も、私の中には残っていた。でも、エターナルポッドから出ることが出来たのは、きっと疾風のおかげだと思う。あの声が語っていた「相応の報酬」は、つまり“永遠の世界”からの脱出だったんじゃないだろうか。…そういえばあの声はなんだったんだろう?そのことを疾風に聞いてみる。
「美寛…あれはたぶん、博士の声だよ」
「えっ?でも…」
「最後の方の話は全部想像だからさ。俺にも確かなことは言えない。あくまで可能性の話だけどね」
そう言いながらも、疾風はちゃんと話してくれる。
「博士は今でも、“永遠の世界”で生き続けているような気がする」
「え…ええっ!!?」
「あの声の主が博士だとして、博士はその肉体を失った…でも、精神と言うか頭脳と言うか…それだけは、今でもコンピュータにつながっているんじゃないかと思って。でも、もう全ては永遠に失われた話…あんまり気にしすぎないほうがいいよ。美寛だって、思ってるだろ?」
疾風は一度言葉を切る。
「例えば何か、悪事を犯した人が、そのとき何を思っていたか、どうしてそんなことをしたか…」
「うん、それは…分かってる」
現代の人々は、動機を求めすぎている。全ては「心理主義」の影響だ。殺人が起きると、その異常な動機にだけ着目する。それは自分を正常、他人を異常という立場に置いてしまうことで、自分が異常だと思われないようにしたいだけなのだ。自分の中に異常な部分があることも知らずに。
「後から他人がどうこう言って、分かるものじゃないよ。当人が何を考えていたか、正解を言い当てることは普通出来ないし、当人さえ理由が分からないことも十分ある。結局は自分を納得させるため、なんだから」
「うん、それは、分かるよ。…でも、例えば南奈ちゃんは?」
「どこかでは生きていると思うよ。彼女に罪はないと思うし…現実に世界のどこかにいたりするかもね」
「もう、そんなバカなこと…」
私は苦笑いする。でも、疾風の瞳は以外に真剣だった。
「そう?俺はそういう奇跡があってもいいと思うけどな」
私たちの間を爽やかな秋の風が通り抜ける。私の目の前では自動車やバスが、都会の喧騒を縫うように走り抜けていく。人々は何気ない日常を通過していく。誰もが何かを求めながら生きて、そしてすれちがっていく人生。そのすれ違いの中に、永遠が垣間見える。この世界に存在するかもしれない永遠。そんな永遠の陰に、紺色の長い髪をした少女を見たのは、私の錯覚だったのだろうか。


最初に戻る前を読む続きを読む

inserted by FC2 system