とわのうた
エンディング
そうして、私たちは現実の世界に戻ってきた。結局その後、エターナルポッドの実用化計画はストップしてしまったらしい。私にとっては、今もあの世界が現実だったのか空想だったのか、よく分からないままになっている。もちろん、現実として認識している部分もある。たとえばあれから少しして、安土から手紙が届いた。柿崎とともに仲良くやっているみたいで、その嬉しさが文章からも伝わってきた。そういえばデュランからもエアメールが届いていた。おそらくデュランや空岡は、自力でポッドを脱出したのだろう。どうして私の住所が分ったのだろうと訝しんだけど、どうやら日本の企業に問い合わせたらしい。でも残念ながら、彼の文章はフランス語で綴られていて、全く読めなかった。今度実玖が来たら読んでもらおう。
学校に行くと私たちのことで大騒ぎになっていた。エターナルポッドがトラブルで開かなくなり、私たちは一生出られなくなるところだったらしい。その話を聞いて一瞬冷や汗が出たけど、でも自分に起こった出来事なのかという、どこか遠くから見るような視点も、私の中には残っていた。でも、エターナルポッドから出ることが出来たのは、きっと疾風のおかげだと思う。あの声が語っていた「相応の報酬」は、つまり“永遠の世界”からの脱出だったんじゃないだろうか。…そういえばあの声はなんだったんだろう?そのことを疾風に聞いてみる。
「美寛…あれはたぶん、博士の声だよ」
「えっ?でも…」
「最後の方の話は全部想像だからさ。俺にも確かなことは言えない。あくまで可能性の話だけどね」
そう言いながらも、疾風はちゃんと話してくれる。
「博士は今でも、“永遠の世界”で生き続けているような気がする」
「え…ええっ!!?」
「あの声の主が博士だとして、博士はその肉体を失った…でも、精神と言うか頭脳と言うか…それだけは、今でもコンピュータにつながっているんじゃないかと思って。でも、もう全ては永遠に失われた話…あんまり気にしすぎないほうがいいよ。美寛だって、思ってるだろ?」
疾風は一度言葉を切る。
「例えば何か、悪事を犯した人が、そのとき何を思っていたか、どうしてそんなことをしたか…」
「うん、それは…分かってる」
現代の人々は、動機を求めすぎている。全ては「心理主義」の影響だ。殺人が起きると、その異常な動機にだけ着目する。それは自分を正常、他人を異常という立場に置いてしまうことで、自分が異常だと思われないようにしたいだけなのだ。自分の中に異常な部分があることも知らずに。
「後から他人がどうこう言って、分かるものじゃないよ。当人が何を考えていたか、正解を言い当てることは普通出来ないし、当人さえ理由が分からないことも十分ある。結局は自分を納得させるため、なんだから」
「うん、それは、分かるよ。…でも、例えば南奈ちゃんは?」
「どこかでは生きていると思うよ。彼女に罪はないと思うし…現実に世界のどこかにいたりするかもね」
「もう、そんなバカなこと…」
私は苦笑いする。でも、疾風の瞳は以外に真剣だった。
「そう?俺はそういう奇跡があってもいいと思うけどな」
私たちの間を爽やかな秋の風が通り抜ける。私の目の前では自動車やバスが、都会の喧騒を縫うように走り抜けていく。人々は何気ない日常を通過していく。誰もが何かを求めながら生きて、そしてすれちがっていく人生。そのすれ違いの中に、永遠が垣間見える。この世界に存在するかもしれない永遠。そんな永遠の陰に、紺色の長い髪をした少女を見たのは、私の錯覚だったのだろうか。