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つきのうた

第2幕

「攻撃を防ぐための鎧に、鏡のように磨かれたウロコが用いられているのには理由がある。それを着た彼らに立ち向かう者は、鏡に映る自分の姿を必ず目の当たりにする。どのような理由にせよ、武器をとる者の姿は醜悪極まりない。鏡のウロコに映る自分の姿に耐えられない者は、微動だにできず相手に殺されてしまう。まるで自分の姿に殺されるように。」
〜FINAL FANTASY XII ハントカタログ ミラーナイトの章より〜

「もう、こういうの大好きだよな、遥は…。」
山道を登りながら篤が呆れ顔で言う。今は土曜日の朝8時。私たちは朝から、私たちの通う深月高校の北側にあるK山に来ていた。メンバーは私と疾風と、秋川遥と米本篤の4人。服装は山の中という事もあって、みんなコートを着てはいるけど、下はジーンズなどの動きやすい服装だった。ちなみに私たち4人は小学校以来の友達だけど、篤だけは深月高校ではなく、進学校でもある白龍大学付属高校に通っている。
「秋川って意外に…ロマンチックというか、子供っぽいというか…」
疾風もちょっぴり呆れている。一方の遥は、顔を少し赤くしてはいるけど、相変わらず口は動いていた。
「ふ〜んだ!月倉くんの彼女よりは数倍マシだと思うけど?」
遥は普通にヒドイ事を言う。私、目の前にいるんだけど…。そう思っていると、ちゃんと疾風は私のことをかばってくれる。
「そう?美寛は少なくとも、ドラマにかぶれたりはしないけど?」
私たち…正確に言うと遥以外の3人…は、ある意味で遥に「強制連行」されているの。今、土曜日の夜10時から放送されているドラマ「月影のセレナーデ」に遥は夢中になっている。私は全然興味がなかったから知らなかったけど、遥が言うにはそのワンシーンのロケがK山で行われていたというのだ。そのシーンというのがしかも、今までの放送の中ではもっとも「感動的」なシーンらしい。駆け落ち同然で家を飛び出した主人公の女性とその恋人が、主人公の父母…当然彼らは娘の交際に反対している…に見つかって、近くの山中にある洞窟に身を潜める。そこで永遠の愛を誓い合うシーンだそうだ…って、どれだけ時代遅れなシチュエーションなんだろ…。まぁ、たまにはクラシカルな物語に耽溺したくなる気持ちは、分からないでもない。私が古典推理小説を読むのと一緒だもの。…要するに遥はその洞窟の中で、自分の恋人である篤とドラマ通りのことがしたいらしい。でも2人だけで来るのは恥ずかしいから、私と疾風を半ば強制的に連行したのだ。私も疾風も別に来たくなかったけど(だってお互い愛し合ってることくらい、いつでもどこでも伝えられるじゃない!)、私は遥に「借り」もあったし、しょうがなくついて来てあげている。
「だって美寛はまだ子供じゃない!ドラマが始まる時間にはもうベッドに入って、『ハヤくん大好き〜』とか寝言を言いながら、月倉くんからもらったぬいぐるみ抱いて眠ってるでしょ?ああいう大人の愛は分からないの!」
遥はまた、『ハヤくん大好き〜』の所だけ、すっごいブリッコな声を出した。まるで幼稚園児扱いだ。
「あ〜、ヒドイなぁ!そこまで言う?」
「だって本当のことじゃない」
全然違う。ベッドに疾風がくれたレッサーパンダのぬいぐるみが置いてあることぐらいしか当ってない。で、確かに寂しい日は、1メートル以上はあるそのぬいぐるみを抱いて寝るけど…。あと、そういう寝言を言ってるかどうかは自分でも分からない。でも、私はそんなに子供じゃないよ!…私と遥がそんな話をしている時に、ふと疾風が切り出した。
「…あれ?そこじゃないのか?」
言われて横を見ると、確かに少し細い道がある。缶コーヒーの空き缶も何個かある。明らかに、最近人が通ったような感じだ。私たちがその道を進んでいくと、やっぱりそこに例の洞窟があった。入り口近くの岩肌に何かが刻まれている。たぶん、私たちより先にここを訪れたカップルの記念碑なんだろう。
「割と有名だったんだね」
「知らなかったのは子供の美寛ちゃんだけよ」
そういわれて思わず遥を睨む。遥は疾風以上に余計な一言が多い。
「とりあえず全員で入ってみるか?」
「うん、そうね。中に変なカップルがいても困るし」
その篤の一言で、私たちは洞窟に入ることにした。私はどうしても洞窟というと、「八つ墓村」や「双頭の悪魔」に出てくるような、とても入り組んだ鍾乳洞を想像してしまう。しかし、この洞窟は全然広そうでもないし、少なくとも人間が通れるほどの横穴は開いていなかった。つまり分岐点の一切ない一本道である。ミノタウロスのいるクノッソス宮殿にはなっても、文字通りのラビリンスにはなりそうにない。しかも足元は岩じゃなくて土だし、「洞窟」なんて大げさかもしれない。でもとりあえずここは洞窟と呼ぶことにして、私たちはゆっくり、奥へと進んだ。

「意外に長いね」
私は疾風に囁いた。ちなみに疾風しか懐中電灯を持ってきていなかった。遥は「ドラマの中では洞窟の中、明るかったから…」なんて言い訳をしていたけど、それぐらいは気付いてよ。あれはドラマ用の照明であって、洞窟の中に電気が通っているわけ絶対ないじゃない。
「ああ、俺も5秒くらいで行き止まりになると思ってた。…でも思ったほど暗くはないな。上から日の光が差し込んでる。けっこうK山の頂上に近いんだろ」
疾風の声が少しこだまする。確かにそうみたいで、ある程度は暗いものの、洞窟という割には明るい気がした。近づけば、あんまり面白くなさそうな疾風の表情がよく分かる。私はそれを見て、なんとなく嬉しくなった。そんな時間がちょっぴり続いた後、ふと視界の先に異質なものが映った。
「なんだ、あれ…?」
篤が最初に、訝しげに口にした。私にもおぼろげながら、その異質なものの白と黒が見える。洞窟の奥は、少しだけ緩やかな傾斜になっていた。私たちのほうがちょっぴり高い位置にいて、奥に行くほど少しずつ下がっていく。
「ね、…誰かが、寝てる?」
そう遥に言われると、確かに人の姿に見えてきた。黒いのは髪で、白いのはその人の肌とコートだろう。
「でも、こんなところで寝てるなんて…ねぇ?」
私は疾風にそう言いながら、また疾風の顔に目を向けた。
「…えっ?疾風、どうしたの?」
疾風の顔が硬直している。止まっているみたいだった。その顔を見た瞬間に、嫌な予感がした。
「まさか…」
疾風が先に立って、何かに吸い込まれていくように近づいていく。私たちも後に続いて数歩近づいた。途端に、全員の足が止まった。私たちにも目の前のそれがはっきり見えた。かなり近づいて、それを覗き込む。
「あ…」
一人の女の子だった。洞窟の行き止まりから5メートルくらい手前のところに、仰向けになって寝そべっている。たぶん10歳くらいだろう。中学生にはなっていないと思う。目をつぶっていても大きな瞳だと分かる、かわいい少女だ。きれいな黒い髪が乱れている。でもそれはかなり自然で、床が岩肌じゃなくてシルクのベッドだったら、シャンプーかリンスの宣伝に見えたかもしれない。白のコートの下には、肌と同じくらい白いトレーナーを着ていて、少し寒そうだった。彼女もやはり、ジーンズをはいていた。手はきちんと脇に添えられていて、足もそろっている。何だか「気をつけ」をしている感じだ。でも、そんなことより…。
仰向けになっている彼女は、マフラーをしていなかった。でも、その代わりに首の周りを暗い朱が彩っている。まるで三つ編みのように付けられたその生々しい跡はきっと…
縄の跡…。
それは、きっと4人が同時に気付いたのだろう。
「うわあぁっ!!」
「うっ…!!」
「きゃあああぁぁ!!」
「い…いやああぁっ!!」
洞窟の中で、2組のカップルの叫びが響きあった。でも、そこで響いたのは、永遠の愛を誓う魂の歓喜の叫びじゃない。人間が逃げ続けているものに突然直面させられた時の、魂の絶望の叫びだ…。

私は動悸がおさまるまで、ずっと疾風にしがみついていた。一方の遥は、完全に気を失っている。地面に倒れこみそうになったのを篤が支えていたが、しばらくその支えは手放せそうになかった。篤は呆然と立ち尽くしている。これ以上声も出ないのだろう、文字通り開いた口が塞がっていなかった。
「ね、疾風…これって…」
私は震えた声で疾風に尋ねる。この中で一番冷静だったのは、もちろん疾風だ。たぶん本人だって今すぐ叫びたいに違いない。でも、たぶん私を守るっていう気持ちが、他のどんな気持ちより強いんだと思う。少なくとも私は、そう信じている。疾風は…強い。
「おい篤、出るぞ!こんな所に長居してても、美寛と秋川が辛いだけだ」
「…え?ああ…」
とはいっても、篤もほとんど行動できなかった。結局、やっと早かった鼓動が鎮まった私が遥を支え、疾風が篤を促す形で洞窟の外に出た。その時間は、一体どれだけだったんだろう。少なくとも行きの倍はかかったはずだ。やっと洞窟の外に出たとき、私は遥を篤にあずけて、疾風の元に駆け寄った。篤は遥を抱えたまま、近くにあった石の上に座り込んだ。完全に放心している。しばらくそっとしておく事にしよう。
「ね、疾風…パパ、呼ぼうか?」
「ああ、呼んで」
さっきも言ったけど、私のパパは警察官だ。私はパパに連絡した。幸い、すぐに連絡がついた。多分、来るまでにはあと10分もかからないだろう。私は気持ちを落ち着けながら、さっきの状況を疾風に確認する。
「ねぇ、疾風…。あれ、縄の跡だよ…ね?」
「ああ…そうだろ」
疾風の声は、いつもより冷たい。きっと思い出したくないんだ…。でも、どうしてもあと1つだけ確認。
「…じゃあさ、あのあたりに縄がなかったのも見たよね?」
「縄が無いのを見る、なんておかしな言い方だけどな。確かに…なかった」
私は黙り込んでしまった。きっと…他殺だ。あの女の子、殺されたんだ…。
「美寛…元気ないじゃない?お前なら、自分で事件に巡りあった事を喜ぶかと思った」
ふと、疾風が横からそんな言葉を漏らす。きっと、私を励ましてくれる冗談だったんだろう。でも、今の私にはそれを受け止められるだけの余裕がなかった。自分の目の前で再び起こった「事件」…その衝撃は、いつどんな状況であっても変わらない。それは、一瞬で私の気持ちをバラバラにしてしまう。まるで、凍ったバラの花に手を触れた時のように。
「ごめん、今は…。ねぇ、疾風…」
「何?」
私はこの状況に、全くあわない一言を返した。
「私のこと…お前って、呼ばないで…」
疾風にも私の気持ちは、なんとなく伝わったのだろう。私の言葉とあわない答えが返ってきた。
「悪かったね…ダルマスカの王女様」

10分ほど、私たちは洞窟の前で佇んでいた。今、新しくやって来たカップルが私たち4人を見たら、きっと不思議に思うに違いない。でも、そこに最初にやってきたのはカップルではなく、正規の警察服に身を包んだ私のパパ…雪川隆臣だった。後ろには私服警官も合わせて、10人くらい来ている。たぶん、これからもっと増えるだろう。
「あ…パパ!よかった…」
「まったく、美寛も運がいいのか悪いのか分からないね」
パパは皮肉にも聞こえる一言を投げかけてきた。そんな、私なんてまだ2回目だ。毛利小五郎なんかと比べれば、事件に遭遇した数はとびっきり少ない。もっとも、大半の日本国民に比べたら多いけど…。
「それで、遺体がある洞窟は?その後ろの洞窟か?」
「ええ、そうです」
その問には疾風が答えた。パパも疾風のことは知っている。もっとも、ただ私の幼なじみ、というレベルでしか知らないはずだ。カンのいいママが気付いて、パパに告げ口していなければ、の話だけど。
「ああ、月倉君。君もご苦労様。この洞窟の奥だね?」
「ええ。一本道だから迷うことはないと思います。一番奥に…その、女の子が」
「分かった。よし、行くぞ!」
そう告げて、警官たちは動き出した。今更ながら、パパって実はけっこう偉い位置にいるんだな、と思ってしまう。それともこれが臨時なのだろうか。遠くでは遥と篤が座り込んでいる。なんだか眠っているようにも見えた。満月の下ならいい絵になりそうだ。あの2人も、そんなことを思ってしまう私ものんきだなあ、と思いながら疾風の元へと歩み寄る。疾風からそっけないけど、温かくて優しい声がする。
「どう?大分立ち直ってきた?」
「うん…さっきは、ごめん」
「別にいいよ。謝られるようなことはしてない。それより…」
疾風はちょっぴり笑顔になった。K山に来てから疾風が笑ったのは初めてだ。
「残念だったね、美寛」
「え?何が?」
「事件がただの死体遺棄で、さ。美寛の好きな不可能犯罪じゃなくて」
「ああ…もう、そんな不謹慎なこと言わないでよ!」
疾風はちょっと顔をしかめた。大体疾風の言いたいことが分かる。きっと「いつも不謹慎な発言をする美寛には言われたくない」だろう。私もちょっぴり顔をしかめてから、それでも体は疾風に寄り添わせる。しばらくすると、パパが洞窟から出てきた。
「ねぇ、パパ…どうだった?絞殺…でしょ?」
その声に、パパはいつもより冷たい声で答える。きっと警察官としての職務中だからだろう。それとも「容疑者」と向き合っているからかもしれない。死体の第一発見者は、とりあえず容疑者の筆頭だ。
「ああ、美寛の言ったとおりどっちも絞殺だ。共に着衣の乱れや暴行を受けた痕はないから、おそらくどこか他の場所で殺されて…」
「…えっ?」
急に疾風の声がした。振り向くと、疾風の顔は凍っている。まるでさっき、死体を発見した時と同じような…。ううん、あの時以上だ。私は急に怖くなった。
「ねぇ、どうしたの疾風?」
「…雪川さん!」
いきなりそう言われたから驚いた。疾風の顔の向きからして、その「雪川さん」は私のパパらしい。
「今すぐ現場を見せてください!!」
「…え?どうしたんだ、月倉君?」
そう言うなり疾風は、現場に既に張られていた、黄色いテープ…これは殺人事件が起きた時に、現場付近に張るものだ…をくぐって、洞窟の中に入ってしまった。あわてて私もパパも後を追う。一体どうしたんだろう…。すぐに私たちは洞窟の一番奥まで来た。そこでは他の警官たちが鑑識作業などを行っていた。疾風は彼らの作業風景を眺めているようにも見えた。でも、違う。私には直感できる。疾風は立ち尽くしているんだ。
「やっぱり…でも、どうして…」
「ねぇ、疾風ってば!一体何が…」
私はまず立ち尽くしている疾風を見て、次にまた、洞窟の一番奥を見た。目の前では、ごく当たり前に作業が行われている。洞窟の横幅は意外に広く、作業もかなり余裕を持って進められていた。洞窟の一番奥には、天井から日の光が差し込んでいる。それでも私は、別のある事実に釘付けになった。目の前の事実が信じられなかった。
「えっ…ウソ…!!?」
そこにあった事実は、初めてこの洞窟に足を踏み入れた警官たちには、ちょっぴり異様とはいえ普通の現場に見えただろう。でも、私たちはそうじゃない。最初に死体を見つけた私たちにとっては、そんな事実、信じられない。

どうして…どうして、死体が「増えている」の…?
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