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つきのうた

幕間

「You are the moonlight… 聖なる夜にKISSした永遠 胸に今 刻もう
You are the moonlight… 私だけ選んでくれた あなたに逢えて
本当の優しさと 寂しさを初めて知ったよ 『離さないで…』」
SPEED「You are the moonlight」より

時刻は午後6時を過ぎている。疾風の携帯電話は部屋に置いてあった。疾風に連絡は取れない。私は走り出していた。ジーンズにスニーカーで疾風の家に来ていたことは、すごく役にたった。とにかくまず、街に出た。他の人の視線なんて気にしなかった。私は、疾風が行きそうなところを一つ一つまわった。お気に入りのコンビニも、デートでよく行く喫茶店も、近くのゲームセンターも、そして思い出がいっぱい詰まった公園も…。でも、疾風はどこにもいない。まさか、まさかもう、あんな狂人の手に…?ううん、そんなの認めない!私が…許さない。
私は学校の方まで来ていた。学校の門は閉まっていて、人気は全くなかった。学校までの坂をダッシュで上がってきて、私は息切れしていた。汗で服はかなり濡れていた。本当は今すぐ、道端に倒れこみたかった。でも…そんな事をしている間に、疾風に何かあったらどうするの?今私が倒れて、その間に疾風がいなくなったら!?そんなの…絶対イヤ!私は…疾風がいなくちゃ生きていけない…疾風と2人で生きていくためなら何だってする!!
自分のうつろな目があたりをさまよう。ふと、視界に何かが入った。学校の北にあるK山だ。そういえば…中学の時から、私と疾風はここに来ていた。学校帰りに2人きりになりたくなったら、いつも山の頂上にある広場に行った。広場といってもすごく狭くて、色あせた小さなブランコが、ぽつんと2つあるだけ…。
いる。きっと、疾風はあそこにいる。直感だった。私は重くなった足を引きずって、山を登り始めた。頂上までは20分くらいかかる。今までずっと走ってきた上にこの山道は、死ぬほどキツイ。何度も苦しくて吐きそうになった。一歩一歩進むたびに、立ち止まる。でも、がんばれる…私、疾風のためなら…。山を登りながら、ずっと昔に疾風としていた話を思い出した。私が冗談半分で言い出した話だった。

「ねぇ、ハヤ〜?ハヤは…ホントに両想いで、ホントに大好きな人のためなら、死ねる?」
「え…?いきなり、何?」
「例えば…私が不治の病にかかったとして…」
「あのさ、いつから俺の一番好きな人は美寛になったの?」
「いいでしょ、もぉ!もしもの話なんだから!…でね、私の病気を治すためには、疾風の心臓が必要なの。疾風が死んで、私に心臓をくれたら、私は生きていけるの。…どうする?」
「お前にはあげない」
「あ、ヒドイ!!どうせ私の事、好きじゃないからでしょ!」
「大好きだったら、なおさらあげない」
「…え?どうして?」
「じゃあ聞くけど美寛?…美寛の一番好きな人が俺だと仮定して、美寛…俺なしで生きていける?」
「…えっ…」
「ホントに両想いなら、死んだってお互いのこと、好きだろ?他の異性に乗り換えたりしないだろ?」
「…うん。私は、ゼッタイしない」
「死ぬのもつらいことだけどさ…生きることだってつらい。分かるだろ?」
「…うん…大事な人がいないなら、私…生きていけない」
「俺も同じ気持ちだって事。大好きな人を生かすくらいなら、大好きな人と一緒に俺も死ぬ…かな」

頂上が見えてきた。私の瞳は涙でかすんでいた。ブランコに誰かが腰掛けている。私はようやく涙をぬぐった。
「疾風…」
間違いない。疾風だ。私の声に、疾風は振り向く。
「…え?美寛?」
私は走り出していた。私のどこにこんな力があったんだろう…。自分でも分からない、体の一番深いところから自然に力が溢れてきて、私を駆け出させてくれる。
「疾風!!」
何も考えずに、私は疾風の胸に飛び込んでいた。疾風の表情は、私には見えない。私は自分の顔を、深く疾風の胸にうずめていた。ただただ、嬉しかった。そんな2人を、満月だけが照らし出す。
「美寛…?どうしたの?」
「疾風のバカ…バカバカバカっ!!私がどれだけ心配したと思ってるの!?こんなところに1人で…私がどんな想いして疾風のこと探してたか分かるの!?」
疾風の胸をバンバン叩いた。疾風のトレーナーを、思いっきり涙で濡らした。そのうち、力が抜けて、私は地面に座り込んでしまった。そんな私を、疾風は抱いてくれている。疾風も膝を地面につけていた。
「ごめん…美寛…」
「…バカっ…」
ようやく涙が止まった。2ヶ月前に「うれし泣きはしない」って決めたのに、もう泣いた自分がちょっぴり情けなかったけど…それ以上に、安心して、うれしくって、しょうがなかった。
「美寛…息、できる?呼吸、落ち着いた?」
疾風の優しい声が耳元で響く。
「…うん?ううん、まだ、ちょっぴり…」
「少しだけ、息するの、手伝ってあげる」
疾風がほんのちょっぴり息を吸って、その直後に、私は疾風の息を受け取った。ちょっぴりむせそうになったけど、その温かさが、優しさが、嬉しかった。私は、目の前にある疾風の首を両手で抱きしめた。2人で生きている、ってちゃんと実感するまで、私は手を離さなかった。

どれくらい経ったんだろう。ううん、2人でいるときに時間なんて気にしたくない。とにかく、やっと私たちは立ち上がった。そして、並んでブランコに腰掛ける。
「でも、どうして急に?」
疾風がズボンの土を払いながら聞いてくる。全然自分の立場が分かってない。
「あのね、疾風…疾風、殺されるかもしれないのよ?そんな、のんきな話し方しないで」
「…は?殺される…って、何それ?」
疾風はただ呆然と、私を見つめていた。
「い〜い、疾風?私、あの連続殺人のミッシングリンクが分かったの」
「…?それって、月の事?」
今度は私のほうが驚いた。
「え…?疾風、気がついてたの!?」
「ああ。だけど…こじ付けだろうと思って」
「そんな…だって、あれは偶然なんかじゃ…」
「俺は偶然だと思うよ。第一、天城潤は普通そっちで名前を知られている。わざわざ本名まで持ち出してくるのは不自然だし、硫太くんの件にしても、なんで両親が離婚する前に殺さなかったのさ?それは予期できなかったとしても、例えば父親を殺してもいいじゃない?彼なら、離婚するしないに関わらず姓は安月夜だ」
「それは…」
私は口ごもった。例えば、犯人が天城潤と幼少時から知り合いだった可能性もあるし、それでいてなおかつ、姫原硫太の両親の離婚話までは知らなかった、っていう可能性だってある。
「俺は…変な言い方だけど、もっと邪悪な動機があると思う。月という漢字に対する執念ってだけで、あんな不可能に見える犯罪を何件もやろうとする?」
私はちょっぴり不機嫌になった。
「ああもう、疾風クンはかわいくない!」
私は思いっきり、疾風の膝の上に座り込む。自分の背中を思いっきり疾風のおなかに押し付けた。
「美寛…ムキにならないでよ…」
そうは言っても、ちゃんと疾風は私の体を抱きとめてくれる。やっぱり、優しい。
「もぉ…分かったよ!じゃあ聞くけど疾風?疾風、今までここで何してたの?」
私がそう聞くと、急に疾風の表情が変わった。本当に困ったような顔をしている。
「えっ…それは…」
「…何してたの?」
私は疾風を問い詰めるために、疾風の腕の中で体の向きを逆にする。だっこしてもらってる感じだ。
「まだ、何も思いついてないから…」
「え?何の事?」
疾風は私の背中にやっていた手を離して、自分の上着のポケットに持っていった。
「これ、渡すのに気の利いたセリフ、考えてたんだけどね」
渡されたのは黒い小さな箱だった。
「え…?これ、もしかして…!!」
私は急いで箱を開いた。その中にあったのは、一つの、小さな…でも、キレイな…銀色の、指輪だった。
「美寛が“ホワイトデーは3倍返し”なんて言うから…。わざわざ隣の市まで行ってきたんだからな」
そうだ、今日は…3月14日だ…。私は疾風を見つめた。また涙が出そうになってくる。
「疾風…疾風…!」
「ね、してみて?」
私は指輪を箱から取り出す。満月の光を受けて、指輪は淡く光った。私は冗談半分に、左手の薬指に指輪をはめる。
「ちょっと、美寛…」
「だってこの指以外、ぴったり入らないんだもん。…ねぇ、疾風?」
私はとびっきりの笑顔をして見せた。疾風も微笑んでくれる。
「もう一度だけ…お願い」
「一日2回以上はしない約束じゃなかった?…でも…今日は、許す」
今の2人には、時間も、ウソも、駆け引きも、何もない。ただ、満月の下で…私と疾風は、誓い合っただけ。それはどんなドラマよりもドラマティックな、永遠のワンシーン。
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