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つきのうた

第7幕

「『監督、脚本家、音響、俳優ではどうです?』
『映画。ドラマでもいいのかな?』
『ですね。加わるもの次第で、ミュージカルにも演劇にも変化します。多値論理です。事件はもっと間が曖昧な、ファジー論理です。』」
高里椎奈「悪魔と詐欺師」より

「言ったとおりだよ。被害者たちには、ミッシングリンクが存在しない」
「だから…そうでもないのに、無差別殺人でもないわけ?おかしいじゃない」
「おかしくならなくなるケース、思いつかない?」
そんな事言われたって…思いつかないからこんなに聞いてるんじゃない。
「昔、美寛が無理やり俺に読ませたマンガにこんな話が無かった?」
無理やり、って言葉は余計だよ。
「ある男がある女を殺そうとした。女の父親は警察官だった。その警察官は、以前ある犯人を追いかけていた。犯人は車で逃走途中に事故を起こし、走って逃げた…しかし、その時に最初の男の母親が事故に巻き込まれていた。警察官は犯人を追ったため、男の母親は死んでしまった。男は最愛の人を失った悲しみを、警察官の最愛の人を殺すことで果たそうとした…」
うん、その話は知ってる。第何巻の事件かも言える。
「同じことさ」
「…え?同じこと?」
「ああ…。この事件の被害者たちにミッシングリンクは無い。ミッシングリンクは、被害者たちの親にある」
「…えっ!?親、にある…?」
一体、どういう事!?私はバカみたいに、目の前の疾風を見つめる。
「でも、でも…それじゃあ、佐田夫妻は、被害者の親たちに、自分の子供を殺されたってこと…?」
「まぁ…そう。間接的に、だけどね」
「間接的に?」
「いい、美寛?被害者の親の職業を考えて。天城潤の父親は隣の市の市長。月下姉妹の父親は不動産業。姫原硫太の元父親は…女性ブランドだのおもちゃ売り場だの、って言ってただろ?…たぶん、デパートか何かの重役だ。そして日向優奈の親は、硫太くんの父親の電話の話し相手と一緒だろうと仮定すれば弁護士。何か出てこないか?」
そう言われて、私は考え出した。市長…不動産…デパートの重役…弁護士…。隣の市…デパート?どこかで聞いた繋がり…そうだ、思い出した!!
「もしかして、隣の市の…強引なショッピングモールの誘致?」
「しかないと思う。あれ、裁判沙汰になってるって言ってたし、しかも…経営難を苦にした自殺者が出てる」
ああ、じゃあ、まさか…。
「美寛はさっきダメって言ったけど、一つだけね。さっきニュースで言ってたけど、自殺者の名前…佐田朋明って言うんだって」
ああ、佐田朋明…佐田夫妻の息子…。
「後付になっちゃうけどさ、今回のトリックを考えたのは、この朋明氏だったみたい」
「…え?」
「変だと思わない?犯行声明でもあったあの手紙は、全部ゲームの引用文だった。それに、あの文章は規定のモンスターを何匹も倒さないと見ることが出来ない。簡単に言うと、かなりゲームをやりこまなきゃ見ることさえ出来ないものなんだ。失礼な言い方だけど、あんなおじいさんおばあさんが最近のテレビゲームに夢中になると思う?それに、わざわざやらなくてもいいような、美寛好みのトリック…」
「ねぇ、もしかして…書き残していた、ってこと?」
「佐田夫妻が偶然見つけたんだろう。もちろん、あったのはトリックの原案だけ。それを夫妻が…子供を失った痛みを、親たちに分からせるために…勝手に流用したんだと思う。いや、そう…思いたい…かな。」
「そう…思いたい?」
「もっと嫌な想像もできる…。親に宛てた遺書に“復讐したい。このトリックをつかってあいつらの子供を殺してくれ”とか書いてあった可能性だって…否定は出来ない」
私はいきなりの疾風の言葉に絶句した。
「ち…ちょっと、疾風!!」
「本当はその方が、あんな面倒くさい犯行声明文を残した意味が通じるんだ。佐田夫妻は、頼まれていたとおりに実行しただけ…その意味も考えずに、ね。でも俺は、そこまでロジカルに全てを割り切れない。美寛は…美寛が、一番楽になれる答えを選んで」
疾風の言葉が、私の胸の中に優しく染み入る。でも…死んでいった人のことを、残された人のことを、みんなのことを考えると、そんなの…哀しい。死の痛みは分かる。この社会の理不尽さも分かる。きっと、人間が悪いんじゃない。誰かの行動の結果は、良かれ悪しかれ、必ず誰かに影響を与える。それが…最悪ともいうべき方向で、佐田夫妻に降りかかっただけだ。呪われるべきは社会であって、人間じゃない。でも、社会は簡単には変えられない。だからこそ、その方向は見失われ、暴発して…こんな連続殺人を生み出してしまったんだと思う。それは、現代が生む「狂気」…。きっと、いつでもどこでも生まれるんだ…。
いつのまにか、2人は押し黙っていた。
「あのさ…疾風?」
「ん?」
私はわざと、ちょっぴり明るく尋ねる。
「もし…私が誰かに殺されたら、どうする?」
「そういう話なら…パスだ」
疾風は左手を額に当てて、右手を軽く振った。
「考えるだけで気が滅入るからさ…美寛と離れ離れになるなんて…考えられないから」
「…ありがとう」
「美寛は?俺が殺されたらどうするの?」
私は、疾風の瞳をじっと見つめた。そして、暖めていた答えを優しく、口にした。
「そんな事、起きないよ。疾風のためにも、私のためにも…私が、疾風を守るから…絶対に…!!」
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