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やみのうた

閉幕


『そして物語は一度、終わりを迎える。
しかしそれは、新たな物語の始まりなのだ。』
深駆 『ゆめのうた』より

あれから何日か過ぎた。
夜屋美留奈は、とりあえず私の家からは出て行った。でも、まだ夜屋家に戻るわけでは当然無く、今は未来の妹の家に身を預けているらしい。美留奈が遺産をどうするかは知らないけど、しばらく彼女は、そっとしておいてあげよう。
夜屋満夫と夜屋道夫は、警察に逮捕された。動機は、やはり口封じ。日野の話はどちらも事実だったようだ。これを機に、警察の捜査の手は宙丘総合病院にまで及んだ。もう、夜屋家の栄華は、遠い昔の話のようだった。
夜屋未来は…塞ぎ込んでいるらしい。彼女も妹の家にいるらしいが、ほとんど部屋から出てこないそうだ。一方の南は…彼女だけは、気丈に歯科医として働き続けている。おそらく仕事に身を沈めることで、あの惨劇を忘れようとしているのだろう。
古谷さん、中矢さん、美沙さんの3人は…とりあえず、遺産の一部を次の仕事を見つけるまでの生活費として、受け取ったらしい。もっとも古谷さんは隠遁生活を送るらしいけど。美沙さんは、しばらくこの地を離れたい…そう言っていた。きっと3人も、思い思いの傷を、抱えている…。
あの時、宇治原さんが炎上させた小屋も、その後徹底的に捜索された。死体は一人分しか出てこなかった。もちろんそれは、夜屋美依夢の死体。宇治原さんの死体は…見つからなかった。それどころか、小屋が炎上した直後に宇治原さんを見た同僚がいるらしい。宇治原さんは彼にこう言ったそうだ。
「犯人が自殺を図ろうとしています!小屋の方です!!…俺は増援を呼びに行ってきます!!」
その後の彼の行方は、杳として知れない。もちろん、警察は宇治原さん…宇治原正春を、全国に指名手配した。
小屋の中から、耐火金庫が見つかった。美依夢の部屋の引き出しの中から鍵が見つかり、後で調べたところ、この金庫の鍵であることが分かった。中から出てきたのは、美依夢がつづった文章。…そこには、彼女の計り知れない怒りが、嘆きが、悲しみが、不安が、恐れが、憎悪が、渦巻いていた。そして、たった1つだけ、異質なものも入っていた。
それは写真だ。美依夢の家族が、笑って写っている写真だった。
何が起きているかを分かっていない、まだ赤ちゃんの民人。彼を抱える笑顔の満夫と、そんな満夫を見守る未来。未来の体に寄り添って不安げな表情を見せている美依夢。その美依夢に微笑みながら手を差し伸べている美月。その美月の反対側の手を美留奈が握っている。
美依夢はずっと、こんな幸せを思い描いていたのかもしれない。これがきっと、夜屋美依夢というパンドラの箱に残された、1粒の「希望」だったのだろう。
さて、私は…とりあえず、受験に終われる日々になってしまった。もう、すっかり忘れてたよ…。だいたい去年より、ずっと宿題の量も多いし…本当にこの宿題だけで、大学に合格できるのかな?
きっと疾風も、同じように宿題に追われているんだよね…私は夜空を見上げながら、疾風のことを想っていた。その時、私のケータイがなる。…あ、疾風だ!!
「もしもし、疾風〜?」
聞こえてくる疾風の声は、いつものように落ち着いていて、私の心を安らかにしてくれる。
「美寛?急にごめん」
「ううん、いいよ〜。どうしたの?私の声が聞きたくなった?」
「それもあるけど、1つ聞きたい事があってさ。…美寛の家に、3日くらい泊まれる?」
その言葉に、私の胸は高鳴る。
「えっ…?それはつまり、疾風がずっとお泊りしてくれるってこと?…あ、一緒に宿題しよう、とか?」
それなら、私もはかどるかも…!と思ったけど、疾風はあっさり否定する。
「ごめん、泊まるのは俺じゃないんだ」
「…えっ?」
疾風は事情を説明する。…どうやら、私たちが5月の交換留学の時に知り合った2人…霞賀実玖と結川璃衣愛が、こっちに遊びに来るらしい。それで、宿代を浮かせるために、実玖は疾風の家に、璃衣愛は私の家に泊まりたい、って…。
「な〜んだ…」
「何、美寛?もしかして俺が泊まりにいくと思ったの?」
「うん。疾風と一緒にお勉強できるのかな〜、って」
「…それなら昼間でいいじゃない。わざわざ泊まること…」
「はいはい、分かったよ〜!」
私はちょっぴりふてくされて言う。そんな私の耳に、ふと疾風の言葉が届く。
「美寛…俺と美寛は、いつでも一緒…でしょ?」
「…うん。ありがと、疾風…。うん、分かった、私の家は大丈夫だと思う」
「そう?ありがと、また実玖から話があったら、美寛にも伝えるから…。じゃあね、おやすみ」
「うん、おやすみ、疾風」
そうして私は、また夜空を見上げる。この黒い夜にも、星が輝く。月も淡く光る。私の日常の中で、また新しい何かが動き出す。私はそんな予感を感じながら、眠りについた。
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