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よみのうた

第1幕


「ごめんなさい、優奈がワガママ言って」
「いえ、別に大丈夫です」
私と疾風は親に連絡して(私の場合両親のどちらにも連絡がつかなかったので雅お姉ちゃんに言ったけど)、優奈ちゃんたちについていくことにした。優奈ちゃんは疾風の手をとったまま前を歩いている。2人を監視しながら、私は優奈ちゃんのお母さんと話をしていた。
「それにしても、肝試し…って、一体何の話ですか?」
「それがですね」
お母さんは思い出すように話を始めた。
「優奈が4月から小学生になったので、私、小学校のPTAの役員になったんですね。普段は横断歩道の誘導の順番を決めたりとか、学校の花壇に植える花を選んだりとか、そういうあまり苦労しないことを話すんですけど…この前、PTAの会長さんのお家に変な手紙が届いたんです」
「変な手紙?…それって、脅迫状みたいな?」
「いえ…脅迫状というより、予告状ですね。何か変に震えた字で書いてあって」
きっと利き手と逆の手で書いたんだろう。よくある手口だ。私は頷きながら話を進めてもらう。
「それで、何て書いてあったんですか?」
「それが、学校の七不思議がどうこう、って書いてあったんですよ」
学校の…七不思議?私は確認する。
「えっと…優奈ちゃんの小学校って、今歩いている方向からすると、深月小学校ですよね?」
「ええ、そうです」
「う〜ん…私も深月小学校出身なんですけど…七不思議なんて、そんなにあったかなぁ?確かに二宮金次郎の像が歩くとか、そんなくらいの話はありましたけど…」
「そうですよね?私の夫も深月小の出で、やはりその程度しか聞いたことが無い、と言っていました」
優奈ちゃんのお父さんは…確か弁護士だった。それを思い出しながら私は話を聞く。
「でも、今他の子供たちに聞いたら、かなり増えているんですよ」
「えっ?」
「本当です。優奈も何個か知っていました。しかもそれが、かなり気味の悪いもので…」
「気味の悪い?」
「ええ。私も当時は気にも留めていなかったので覚えていなかったのですが、確か二宮金次郎の像は、夜中に歩き出して薪で人を殴り殺すのだ、とか…」
それは初耳だった。私は前を行く疾風を無理やり呼び戻す。優奈ちゃんも顔を膨らませながら戻ってくる。
「お姉ちゃん、邪魔しないでよ〜」
それはこっちのセリフ!!
「どうしたの、美寛?」
私はちょっぴり怒った顔をしてみせてから(彼女を放っておくなんてヒドイ!)、事情を説明する。
「そういう事か…さっき優奈ちゃんにも聞いたんだけど、優奈ちゃんの話じゃ全然要点がつかめなくてさ」
「で、疾風は何か知ってる?」
「さあ…二宮金次郎の像が歩くって言うのは聞いたことはあるけど…それ、どこの学校でも言わないか?あとは…ああ、さっき優奈ちゃんも同じようなことを言ってたけど、透明人間の噂は聞いたことがある」
「えっ、何それ?」
「屋上に向かう途中の階段の踊り場に、透明人間が出たとか出なかったとか。俺もそれ以上は知らないけど。…それでお母さん、その手紙、正確には何て書いてあったんですか?」
「さぁ、そこまでは…館田先生が現物を持っていると思いますが」
「その先生、どんな人ですか?」
私はお母さんに聞く。
「えっと、3年生の担任で、すごく真面目で優しい、男の先生ですよ」
へ〜、男の先生か。私たちの時代にはいなかったなぁ。あ、深月小学校は1学年1クラスしかないから、何年生の担任で話が通じるの。…さて、私たちは学校にやってきた。校門を入ってすぐのところに、何名かの父兄がいる。
「あ、日向さん、お疲れ様です…。あれ、そちらの2人は?」
スーツ姿の若い男性が話しかけてくる。がっしりとした体格で人懐っこい笑みを浮かべている。年齢は…30代前半だろうか。
「あ、知り合いの高校生の子たちなんです。優奈がどうしても一緒に行くといいだしてしまって…」
男性は軽く頷くと、私たちの方にやってきた。
「こんばんは。しばらく時間がかかると思うけど…平気かい?」
「ええ、大丈夫ですけど…先生、ですか?」
「ああ、3年の担任をしている館田だ。よろしく」
やっぱりこの人が館田先生か。先生は続けて話す。
「事情は分かっている?」
「今、少しですが日向さんから聞きました。それで、手紙って…?」
私が尋ねると、先生はズボンのポケットから手紙を取り出した。
「これだよ、これ」
私と疾風は先生の差し出してくれた懐中電灯を使って手紙を見る。そこには震えた赤い字でこう書かれていた。

「来る10月○日の夜、深月小学校の七不思議の秘密を見に来られたし」

「七不思議の秘密、かぁ」
先生に手紙と懐中電灯を返しながら、私は呟く。先生も渋い顔をしながら話をする。
「そうなんだ。私も私の妻もこの小学校を卒業したが、そんな話はお互いせいぜい、二宮金次郎像が歩くぐらいのことしか聞かなかった。ところが、最近になって子どもたちに聞いてみたら、色々な話が出てきてね…」
「そんなにいっぱい、ですか?」
「ああ、私もちょっと子どもたちに聞いただけで、6つは確認できた」
「聞かせてください」
私が言うと、先生は更に渋い顔をする。
「いや…実は、かなりむごい話なんだ。大丈夫かい?」
私は頷く。ワンテンポ遅れて疾風も頷いた。すると先生はさっきとは逆のポケットから紙を取り出した。
「私も…自分の口からはあまり言いたくない。すまないが、これを読んでくれないか?」
先生は紙を私に手渡してくれた。そして反対を向いて他の人たちに告げる。
「皆さん、そろそろ…行ってみましょう」

おそるおそる歩く父兄たちの後ろを、私と疾風はついていく。ケータイの明かりを使って文章を読みながらでも楽について行けるほど、一向はゆっくりとした足取りだった。きっと優奈ちゃんたち小学生にも配慮しているのだろう。でも、本当に肝試し感覚。子どもたちが騒いでいるので、真夜中の小学校といえどもほとんど怖くない。
「美寛、ありがとう」
疾風も紙を読み終わったようだ。先に紙を読んでいた私は疾風に感想を聞く。
「確かに、ちょっと嫌な話ばかりだな。美寛好みって感じがした」
「私だって、こんなグロテスクなものばっかり読んでるわけじゃないのよ」
私は改めて紙を見る。そこにはこう書かれていた。

歩く二宮金次郎
二宮金次郎は薪を運ぶ間も惜しまずに本を読む勉強熱心な人物でした。そのため彼の銅像は同じ意思を持ったまま、勤勉な学問をする場としての学校に安置されているのです。しかし、最近の子どもは遊んでばかりで勉強をしない。それに怒った二宮金次郎の像は、夜中まで学校で遊んでいる子どもを見つけるために歩き回るようになりました。そしてもしそのような子どもを見つけたら、その背に積んでいる薪で、子どもを殴り殺してしまうのです…。

踊り場の透明人間
屋上に上がる階段の踊り場に透明人間がいる。手や足だけがフワリフワリと浮き上がってきて、透明人間じゃなくなろうとするらしいの。その場に運悪く居合わせてしまったら、君は透明人間に殺されてしまうよ。

呪いの青い水
昔、いつも青い服を着ていた女の子が、家庭科室で死んでしまったの。男の子が冗談半分にシンクに水を溜めて、そこで彼女を溺れさせたんですって。それからは彼女の怨念が家庭科室にこもっているらしくって、家庭科室の水道に青い水が出てきたら、女の子に呪い殺されちゃうらしいよ。

踊る釘
夜中に図工室をのぞいてごらん。普段動くことを許されない釘たちが、カラカラと音を立ててダンスしているからさ。でも気をつけてね。もしのぞいているのがバレちゃったら、釘たちは君の元にまっすぐ飛んできて、君の体から血が出なくなるまで刺して踊り続けるから。

人食い鳥
裏門の近くの鳥小屋の中には、一羽だけ人食い鳥がいるの。鳥の好きな男の子が、毎晩えさを持って行っていたの。だけどある晩えさが無くて、それでも鳥小屋のところに行ったの。そうしたら翌朝鳥小屋の中に、体中をついばまれて骨しか残っていない男の子の死体があったのよ。

嘆きの教室
今5年生が使っている教室で、昔一人の男の子が首を吊って死んだの。それ以来、その教室ではその男の子の叫び声がうなりのように聞こえるの。それを聞いた人は、首を吊るまでその叫び声から逃れられないのよ。

「本当、いつこんな話が出来上がっちゃったんだろうね?」
私が疾風に聞いたとき、前を歩く大人たちの足が止まった。ここは校舎の脇の花壇なんだけど。
「あれ?どうしたんだろ?」
私は前に注意を向ける。子どもたちの声が聞こえてくる。
「おい、これ、金次郎の足跡じゃないか?」
小さな叫び声が辺りを包んだ。


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