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よみのうた

第2幕


私たちは花壇の前を注意深く見る。本当だ…。そこには確かに靴跡があった。花壇は2つに分かれていて、その中央部の正面に金次郎の像がある。漢字の「日」の字を横に倒したような図形ね。真ん中の白い部分に花が植えられていて、黒字の部分が道。そのT字に交差しているところの一方に二宮金次郎の像がある。そこから真っ直ぐに、跡が伸びていた。その跡はアスファルト部分で途切れていたけど、これは…ウソ…本当に、本当に…。
「うそ、マジ!?」
子どもたちも口々に騒ぐ。…っていうか、今更疑問なんだけど、どうして子どもたちまで来ているんだろう?一方の大人たちは集まってなにやら話をしている。
「これは…え、ウソでしょう?」
「本当に、動いた…とか?」
女性たちは特に心配そうな表情だ。私もちょっぴり怖くなって、疾風のほうを見る。
「ね、疾風…まさか…」
すると疾風は意外そうな表情で私を見つめた。
「え…美寛、気付いてないの?」
「えっ、何に?」
「あのさ…花壇の間の道についてるのは何?」
「え?それは、靴跡だけど…」
「二宮金次郎が靴なんか履いてると思う?」
あっ…そうか!道についているのは明らかに靴の跡…。万一、二宮金次郎の像が歩いたとしても、そこにつくのはただの丸い跡か…よく言ってもわらじか下駄の跡だ。運動靴の跡なんて残るわけが無い…。
「ただのイタズラだよ」
私は疾風に気付かれないように、ホッと胸を撫で下ろす。
「きっと、これからも同じようなイタズラが続くんだろうけど…」
疾風はそこで言葉を切った。そして右手を口の下あたりに持ってくる。これは疾風が何かを考えている、心配している時の癖なの。一方館田先生も、跡が靴でつけられていることに気づいたらしく、それを父兄に説明していた。
「なんだ、じゃあタチの悪いイタズラですね」
「おそらくそうでしょう」
女性たちを館田先生が諭す。
「でも、他の場所にも変なイタズラが仕掛けられている可能性がある。それで子どもたちが騒いでもいけませんから…念のため、他に言われているところも回っておきましょう。その方が安心ですしね」
中には怖がる父兄もいたが、結局先生の言うとおりに動くことになった。子どもたちはただ面白がってついていく。優奈ちゃんが私たちの(というか疾風の)そばによってきた。疾風が優しく声をかける。
「優奈ちゃん、怖くないの?」
「うん、全然怖くないよ。私、お姉ちゃんと違うもん」
…もしかして、そのお姉ちゃんって、私のこと…?
「そう?我慢はしなくていいからね」
疾風はそういったあとに、私に目配せする。もう、私そんなに子どもじゃないもん!…でも私はそっと疾風の手を握って、みんなと一緒に歩き始めた。
「ねぇ疾風、次はみんなどこに行くのかな?」
「さぁ…でも、外から回るんだったら鳥小屋じゃない?北門の近くにあったよな」
そう、確か鳥小屋はそのあたりにあった。私や疾風が小学1年生の時に、新しく作られたものだった気がする。
「あ…」
またも父兄から声が上がる。でも今度は先ほどのような驚きの声は無い。私たちが鳥小屋をのぞきこむと、鳥小屋の地面に何かがある。これは…髪の毛!?
「いや、違う。これは人間の髪の毛じゃない。これ…人形の髪の毛じゃないか?」
大柄なおじさんが指摘する。後で分かったけど、この人がPTAの現在の会長の小田さん、だそうだ。確かに鳥小屋の奥の方に、人形があった。髪の毛の部分が切られている。
「そう、みたいですね」
「な〜んだ、つまんないの!」
子どもたちは少し落胆の色を見せる。…ちょっとちょっと、この子たち、本当に男の子の白骨死体でもあってほしかったの?一方の大人たちは安堵した表情だ。
「よかった…やっぱり七不思議とか怪談とか、作り話ですよね」

私たちは校舎の中へと足を踏み入れる。まず私たちが向かったのは1階にある家庭科室だった。完全に肝試し感覚の子どもたちは明かりをつけるのに不満を漏らしていたが、大人たちはさっさと部屋の明かりを灯していた。別に何も変わったところはない。しかし、館田先生がふと口にする。
「あれ?何でコップが出ているんだ?」
…本当だ。全てのテーブルの上にコップが出ている。私も手近にあったコップをのぞいてみると、水が入っていた。
「もう、水まで入ってるよ。捨てちゃうね」
私はコップを持って、テーブルに備え付けられている小さなシンクのところへ行く。あれ、シンクが濡れて…栓がされている?でも私はあまり気にせずに、そしてコップの中の水を捨てた。すると…。
「…えっ?」
「きゃっ!?」
私の声は優奈ちゃんのお母さんの声にかき消された。みんなは私ではなく、彼女の方へと近づいていく。
「うわ、すげぇ!水が青くなった!」
そう…私の目の前でも同じ事が起きていた。コップの中の水をシンクに入れたとたん、その水が青くなったのだ。こ、これが青い水の呪いなの!?
「ウソ!?じゃあ、水道の水も?」
子どもが水道の蛇口をひねる。すると水道から出てくる水は透明なのに、シンクに落ちるとなぜかその水はちょっぴり緑色っぽくなってしまった。
「あれ?緑?」
「あれ?あの怪談だと、青くなるんじゃなかった?」
子どもたちは不思議がっている。私も思わず、疾風の元へ駆け寄った。
「ね、疾風…一体何がどうなってるの!?」
「何がどうなってるって…ただの化学の実験だよ」
「えっ?」
私は驚いて聞き返す。そこに館田先生もやってきた。
「え?…君、月倉君だっけ。どういう事だい?」
「シンクにBTB溶液を入れていただけでしょう。…美寛、BTB溶液は覚えてる?」
「う〜…記憶に無い」
「じゃあリトマス試験紙は分かるだろ?」
「うん、それくらいは。クリスティの小説にも出てきたし」
疾風は苦笑しながら話を続ける。
「もう、美寛は…とにかく、BTB溶液もリトマス試験紙と同じで、ある水溶液が酸性か中性かアルカリ性かを調べる指示薬の1つだよ。酸性だと黄色、中性だと緑、アルカリ性だと青になる。水道水は基本的に中性だから緑になるよね」
「確かにそうだ。でも月倉君、コップの中の水が青くなったのはどうして?」
「だから先生、先にコップの中の水にアルカリ性を示す物質を溶かしておけばいいだけですよ。例えば手に入りやすいのは、炭酸水素ナトリウム」
「えっ?何それ?」
私はビックリして聞き返す。そんなもの、手に入りやすいものには聞こえない。疾風は笑って答える。
「美寛ちゃん、重曹のことだよ。ベーキングパウダーなら美寛だってお菓子作るときに使うでしょ?」
あっ、そうなんだ…。先生も横で頷いている。
「なるほど…意外に単純な仕掛けなんだね」
「ええ…そうなんですけど…」
疾風はそこでまた、口を閉じた。一方の先生は原理を父兄に説明した後で付け加える。
「とにかく、他のところも見て回りましょう」


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