inserted by FC2 system

よみのうた

第3幕


「な〜んだ、結局七不思議なんて子供だましなんだなぁ」
子どもたちが欠伸まじりに話をしている。あれから1階にあった5年生の教室と、2階の端にある図工室を見て回ったけど…確かに、子供だましだった。教室から聞こえてくる嘆きの唸り声も、実際は壊れかけたスピーカーに吹き込んでくる風の音やエアコンの反響音だったし、図工室の踊る釘は…磁石の力を使って釘がカラカラ回るというだけのものだった。
「よかった、本当に怖い話じゃなくって」
「そうですわね。これで安心して子どもたちを通わせられますわ」
父兄も安堵して歩いている。とりあえず私たちは知っている限りの最後の七不思議…透明人間の正体を確かめるべく、屋上に向かう階段を上っていた。
「このあたりが踊り場、ですよね」
館田先生が口を開く。確かに、ここが踊り場だ。天窓から月明かりが差し込んでくる。ちょっぴり幻想的だった。
「ここに透明人間なんか…」
そう父兄が口を開いた時だった。スッと、音も無く、それは現れた。
「えっ……!?」
父兄たちが一瞬のけぞる。逆に子どもたちは一歩前に踏み出した。
「手の、跡…!?」
そこには確かにある。踊り場の床にくっきりと、月明かりに照らされた手の跡が浮かび上がったのだ。そして、一瞬暗くなった跡…。
「うわ、今度は足跡だ!!」
手の跡の少し先に、今度は足跡が浮かび上がっていた。な…!?一体、どうして…。その時、疾風の声がした。
「先生、屋上に上がりましょう」
「え?屋上に上がるのかい?」
「はい。きっと、誰かが屋上にいるんです。その誰かが汚れた手足で天窓の上に乗ったから…」
「そうか、その人の汚れが天窓について、それが月明かりを通じてこの踊り場に影を作っているのか!」
「ええ。足跡がつく前に一瞬暗くなったのも、その人が完全に天窓の上に乗って月明かりを遮ったからだと思います」
「なるほどね」
先生は屋上の扉を開ける。すると、給水タンクの上に人影がある。そこにいたのは…。
「あれ?袴塚さん!?」
「…?あれま、先生?こんな夜遅くにどしたの?」
私は思わず小さく声を上げてしまった。袴塚のおじいちゃん、まだ深月小学校にいたんだ!給水タンクの上に乗っている彼は袴塚一二三、この深月小学校で事務の仕事をしている名物おじいちゃん。とっくに定年は迎えているはずだけど、ずっとこの小学校に勤めていたこともあって、今でも現役で仕事をしている、とは聞いていた。まだまだ元気そうで、私はちょっぴり安心した。
「いや、袴塚さんこそ…どうされたんですか?」
「さっき、誰かから電話があったのよ。学校の屋上の給水タンクの上に人影が見えた気がしたから、ちょっと調べてもらえんか、って。ま、見間違いじゃったみたいやねぇ」
袴塚さんはカラカラと笑う。
「それで、先生方はどしたん?…あら、ピーテーエーの小田会長も」
そうそう、袴塚さん、昔から英語がダメで、今もTが言えないのよね。私はちょっぴり笑う。
「いや、学校の七不思議の秘密がどうこう言う、変な手紙が届いてね。それをちょっとみんなで調べてたんだよ。もっとも全部ただのイタズラだったがね」
「ほう、そうじゃったん。そりゃご苦労さん」
袴塚さんは天窓を伝って降りてくる。真っ黒にすすけた手袋と靴…そうか、このすすの跡が天窓に付いたのね。ってことは、結局、七不思議は全部解明された、ってことなのかな…。

「皆さん、どうもこんな夜中まで付き合っていただいて、ありがとうございました」
校門の前で先生が挨拶をする。
「でも、おかげさまで深月小学校の七不思議なるものも何でもないことが分かりましたし、父兄の皆様もどうぞご安心ください…あ、失礼」
ケータイの着信音がする。先生はちょっぴり話した後、私たちの方に向き直った。
「すみません、私も妻が待っているもので…。では皆様、本当に今日はどうもありがとうございました」
こうしてこの夜は解散になった。父兄たちは散り散りに帰っていく。優奈ちゃんとお母さんも帰っていく。お母さんは私に会釈をしてくれた。疾風は…さっきどこかに行ってからまだ戻ってこない。私は残ったおばさん2人の話を遠くに聞きながら、疾風を待つことにした。
「しかし館田先生、本当にいい人ですわねえ。いつも学校ではスーツで、格好良くって」
「本当に。弘くん(多分このおばさんの息子だろう)と同じクラスに先生の息子さんもいらっしゃるんですけどね、あの子も聡明ないい子で」
「まあ、そうなの!さぞいいご家庭なんでしょうねえ」
「…それがね、奥さん、そうでもないらしいのよ。館田先生の奥さん、今話題のアレなんですって」
「アレって何ですの?」
「それがねぇ、あの…ほら、何だっけ、そう、モンスター!モンスター何とかいいますでしょう?」
「ああ、モンスターペアレントですわね」
「そう、それそれ!そのモンスターらしいんですわよ、先生の奥さん!何でも子どもに好きなものを食べさせろとか言って、先生が指摘するまで給食費も払っていなかったとか。他にも色々言ってるらしいですわよ、自分が足の骨を折って学校に行けないから、来週にある参観日をずらせとか」
「まあ、本当に?いけない人ですわねえ。…でも、そう言われてみれば私も聞いたことがありますわ。こんな学校無くなってしまえばいいのに、って言っていたとか」
「まあ、本当にひどい女ですわねえ。それに比べて先生は、とてもいい人ですこと」
「本当にねえ」
「何でも先生、高校を出てすぐに運送屋で働きながら、夜間学校で教員になる勉強をしたとか」
「まあ!努力家ですわねえ」
「ええ、本当に。でも、その運送屋の上司が今の奥さんのお父さんだったそうで、それが結婚の契機だったとか」
「まあ…そこが返す返す残念ですわねえ…」
はぁ…おばさんたちも十分モンスター級の耳と心を持っていると思うんですけど。ふと後ろを見ると、そこには疾風が戻ってきていた。疾風も2人の話に顔をしかめているようだった。
「お帰り、疾風。…ね、何してたの?」
「ちょっと、気になる事を調べてて」
そういって疾風は歩き出す。私も疾風と一緒に、ゆっくりと歩き始めた。

「鳥小屋の人形を調べていたの」
「鳥小屋の…人形?」
「ああ」
疾風は手をゆっくりと口の下に持ってくる。
「あの人形の髪の毛…ハサミで切られていた。鳥が引き抜いたり噛み千切ったりしたわけじゃない」
「うんうん」
「ま、考えてみるまでも無いことだけどさ。花壇に足跡をつけたり、シンクにBTB溶液を垂らしておいたり、図工室に磁石を仕掛けていたり…明らかに誰かのイタズラだよ」
「うん、そうだよね。…あれ?でも…」
疾風は私の顔を覗き込む。
「美寛も気がついた?」
「うん…何となく。何でこんな事したのか、ってこと?」
「そういうこと」
疾風は一度、間を取る。それからゆっくり話し始める。
「だって…意味がないだろ。深月小学校の怪談めいた七不思議は、実はこんなに下らないことだったんですよ、ってみんなに証明して…それで終わり。デメリットもともかくだけど、メリットが全然無い。誰が何のために、そんなことをやる必要があるわけ?PTA会長に手紙を出したり、釘や磁石を準備したり、BTB溶液や重曹の水溶液を準備したり、袴塚さんに電話したり…全部やったら、かなり手間もかかるだろ」
「えっ?電話?」
「だってそうでしょ。あのタイミングは完璧すぎるよ」
確かに…私たちが踊り場に着いた直後に手の跡が浮かび上がった…。
「誰かが何かを狙って、今回のいたずらを起こしてるんだ。でも、そんなことをして実行者に何の得があるのか…さっぱり分からない」
「さっぱり分からないといえばさ…何で急に、こんな深月小の七不思議…なんてのが広まったの?」
「確かに。それも分からないけどね…俺が一番不安なことが、別にあるんだよ」
「えっ?」
私は驚いて聞き返す。疾風はちょっぴり目を閉じてから、私の方を向いた。
「美寛…七不思議の7個目って、一体何だ?」
「えっ…?」
そういえば…今日確認した話も6つだった。7つ目は、何なんだろう?私は冗談半分に言ってみる。
「それを知ると、放課後の魔術師に殺されちゃうかもよ?」
疾風はちょっぴり笑った。
「もう、何それ?…でも」
「でも?」
「嫌な予感が、してるんだ…。もしかしたら本当に誰かに、危害が及びそうな気がして、さ…」
疾風の真面目な顔つきに、思わず私の背筋にも、寒いものが走った。

数日後の朝。いつもよりちょっぴり早めに起きた私は、寝ぼけ眼で新聞に目を通していた。
…K県で殺人事件発生。現場は密室状態…か。でも現実で起きる密室殺人に、トリックなんて弄されていない。たいてい親族や愛人の誰かが合鍵を持っていて、それを使って鍵をかけただけ。すごく不謹慎な言い方だけど、独創性が無いよね。もっとも、独創性溢れる犯罪が起きたら起きたで大問題だけど…。
…経済の先行き、わが国の政治と領土問題…か。そういう方面に私は疎い。だからほとんど読まないの。あ〜、そういえば昨日のクイズ番組で「竹島の位置はどこでしょう?」って問題が出てたなぁ。思ってたよりずっとずっと北で、緯度で言うと新潟市とほぼ同じぐらいにあるなんて、私は全然知らなかった。
…わが市でも来年度から学校選択制を導入…か。都内のS区でしているよね。これ…どうなんだろう?私には分からない。より質の高い教育を受けられるようになる、わが子をよりよい学校に行かせることができるとして賛成している人も多いみたいだけど、学校選択制が階層分化を招いて、出身小中学校にレッテルを貼られることになりうると批判している人もいるらしい。ま、義務教育を卒業した私には、もう(疾風との子どもができるまでは♪)関係ない話だよね。
…今話題の本、この夏読みたい本…か。う〜ん、やっぱり本格推理小説なんて、こんな場所には出てこない…。そりゃそうだよね、世間の人の多くが本格推理小説を好んで読んでいたら、きっとこの国はもっと犯罪の温床になっているはずで…って、それは言いすぎかな。
こんな雑多なことに適当な反応をして、新聞を読んでいる時だった。ふと目にした小さな記事に、私は釘付けになってしまった。

小学校教員が死亡
昨日の早朝、○○市立深月小学校の教室で、この学校の教員、館田清彦(たてだ・きよひこ)さん(三十三歳)が亡くなっているのが発見された。館田さんの後頭部には鈍器で殴られたような跡があり、警察では館田さんが何者かに襲われた可能性が高いとして調べを進めている。

そんな…一体、何があったの…!?


最初に戻る前を読む続きを読む

inserted by FC2 system