inserted by FC2 system

よみのうた

第6幕


数日後、館田清彦の妻、夏未とその父である増川次郎が、館田清彦殺害及び同死体遺棄の容疑で逮捕された。そして私は今、疾風の部屋にいる。疾風のベッドに腰掛けて、疾風にもたれかかって話を聞こうとしていた。
「でも疾風…よくあんな、会ったこともない人が怪しいなんて思ったね」
「美寛…もしかして、全然気付いてない?」
「…ふ〜んだ、どうせいっつも真相に気付くのは疾風くんだもんね」
私はわざとふてくされてそっぽを向く。そんな私を、疾風は優しくなだめてくれる。
「もう、美寛…怒らないでよ」
「それで?疾風、なんで気付いたの?」
「いい?美寛、自分で言ったでしょ?先生の死亡推定時刻は午後9時ごろだって」
「うん、言ったよ」
「その後さ、袴塚さんが言ってたじゃない。先生は当日、夜の10時過ぎに出て行った…って。なんで既に死んでいる人が車を運転してるの?」
「え…あっ!!」
「常識的に考えれば、袴塚さんが見過ごしている間に、先生は一回学校を出ている。そして殺されて、再び学校に遺棄された。このとき、先生の服がスーツから私服に変わっているよね」
「えっと…」
私は思い出す。そうだ、おばさんたちが館田先生はいつもスーツ姿だって言ってた。現にあの「肝試し」の時も先生はスーツだったし。そして死体は私服だった…。
「もちろん、他にも色々な可能性はあるよ。でも常識的に考えて、一番私服に着替える場所って自宅だろ?となると、単純に一番怪しいのは彼の家族…特に妻、だよね」
「…え、でも疾風、確か先生の奥さんって、足を骨折してるって言ってなかった?だったら車なんて運転できないよ」
「だから誰かに頼んでるのさ。ロープに指紋が2人分あったのがその証拠。父親だったらしいね。運送屋だって言ってたから、普通に考えれば当然運転免許はある」
「そうみたいだけど…でも、分かんないなぁ。何でこんなことが起きたの?そもそもあのイタズラは何だったの?」
私の問いかけに疾風は俯く。
「あのね…これはあくまで、俺の想像だからね。何せ、根拠がおばさんたちの噂話だからさ」
「うん、分かった。その前提で話を聴くよ」
「そう…今回の事件の動機に大きく関わるのは…モンスターペアレントなんだよ」
「…えっ?」
「はっきり言って、俺は今でもあまり、これが本当の動機だって信じられない。でも、世の中にはそう妄信している人もいるかもしれないし…実際こう考えるのが、一番筋が通っている気がして、さ」
「は…疾風、一体何の話?」
「おばさんたち、言ってたよね?館田先生の奥さんは、こんな学校なくなってしまえばいいのに、って言っていたって」
「うん、そんな事は言ってた」
「あの発言…本気だったとしたら?」
「え…本気で!?」
「そう、本気。でもさすがに爆破や火事なんて大それたことは出来ない、と考えたんだろう。これだと純粋に犯罪だしさ。そこで奥さんが思いついたと考えられるのが…風評被害、なんだ」
「え?風評…って、『あそこの店はマズいから行かないほうがいい』とか、そういうやつ?」
「ああ、そういう事。例えば…あの学校はお化けが出る、とか」
「お化け、ねぇ…」
私は半分呆れて笑う。でも、次の瞬間にその意味に気がついて、笑顔が凍りつく…そして驚きが顔に広がる。
「…って、ええっ!!?ま、まさか…」
「そう…先生の奥さんが、昔から言われていた深月小の不思議も取り入れて、勝手に七不思議を作って子どもたちに広めていたとしたらどう?最近になって急にみんなが七不思議のほとんどを知るようになったんだ。ごく最近に誰かが広めたって考えるのが自然じゃない?」
「…で、でも疾風、無理だよ!たとえお化けが出るから行きたくないなんていっても、校区は決められているし、小学校は義務教育だよ?そんなことしても、必ずその校区の子どもはその小学校に入らないといけないんだから…」
「確かに、今年まではそうだよね」
「えっ…?」
私はそこで、新聞の記事を思い出す。…そうだ、来年度からこの市で始まるのは…。
「まさか…まさか、学校選択制、ってこと?」
「そう…来年度からこの市でも導入されるんだろ?親が行かせたい、子どもが行きたい学校を自分たちで選ぶっていう…人数が集まらなければ当然、廃校だ。深月小学校はもともと1学年1クラスしかない。潰れるのも速いだろ」
「そんな…そんな自分勝手な思いのために、こんなことをしたって言うの!?」
「殺人って…というか犯罪ってほとんど…そういう行為じゃない?」
「それは…そうだけど…」
「この前提に立つと、あの大それたイタズラ事件の真意が分かるんだ。館田先生が率先して、小学校内を回った理由」
「あ…」
「分かったよね?先生は、自分の妻が広めたおどろおどろしい怪談めいた七不思議を、すごく現実的でチャチなトリックに置き換えて、風評被害で深月小学校が廃校になるのを防ごうとしたんだよ。現実的なトリックを父兄や子供たちに実際に見せることで、特に父兄の安心感を勝ち取ろうとしたんだ。現に学校を見回ってるときに何回か、父兄が言ってただろ?これで安心して子どもを通わせられる、って」
「じゃ、あのトリックを仕掛けたのは全部館田先生!?」
「だろうね。先生なら携帯電話も持っていた。袴塚さんに電話も出来る」
「そんな…」
「それに、あのイタズラ事件、真相はどれもすごく他愛も無いっていうか、危険なところなんて何も無いものばっかりだっただろ?あれも安全性を強調するための、先生のトリックだよ」
「ね、じゃあ疾風!職員室の先生の机にあったあの手紙は…」
「きっとあの後は、『現在生徒の間で騒がれている七不思議の件は、全て私の家内が流したデマです』とか続くんじゃないか?」
そうか…そうだったんだ…。館田先生は、深月小学校が大好きだったんだ…。
「きっとその処遇を巡って口論になり、奥さんは先生を殺してしまった…。この流れで行けば、奥さんが先生の死体をわざわざ学校に運んだ理由も分かる」
「あ…風評被害を広める、ってこと…」
「学校の教室で教師が殺されるなんて大事件があったら、そりゃ父兄も子供もそんな学校、行きたくないよな。そうやってあくまでも、深月小学校に対する個人的な復讐をしていったんだ」
「あの教室を選んだ理由は?」
「奥さんは俺たちがあの夜参加した、先生のデマ崩しに参加していない。つまり、俺たちにとって選ぶべき選択肢はあの時実行されていない運動場…きっと偶然、子どもたちの口からあの話だけが得られなかったんだろうけど…の一択だったんだけど、その事情を知らない奥さんにとってはどれでもいい…つまり七択だったんだよね。その中から、たまたま奥さんは教室を選んだってだけじゃないかな」
「じゃあロープも…」
「きっと時間が無かったか、それとも体力的に無理だったか。足の骨を折っている女性と、割と年のいっているはずの男性だろ?がっしりした体格の成人男性を持ち上げるには、無理があったのかもね。だからロープを垂らすだけ垂らしておいた」
疾風はそっと口をつぐむ。
「…だけど、これは全て俺の想像。真相なんて、もっともっと単純かもね。ただの浮気とか」
「うん…ねぇ、疾風」
「どうしたの、美寛?」
私はやりきれない気持ちになっていた。そんな些細なことが、とても大きな事件に繋がっていく。昔では推理小説の中でしか考えられなかったような出来事が、どんどん起きている。それだけ…人間はモンスターに近づいているの?そのことで、私の頭の中はいっぱいになり…思わず、溢れ出す。
「人間はますます、モンスターになっていくのかな?」
「さぁね。でも、別に昔からあったんじゃないの?こういう事」
「えっ…?」
「これこそ俺の勝手な意見だけどさ、例えば江戸時代の村八分ってさ、村のしきたりに従わない“モンスター”を締め出す制度とも言えるんじゃない?昔から日本にあったってこと。それが今、多種多様なメディアの力でよりはっきりと見えるようになっているだけ…。それに、誰だってある意味モンスターだろ」
私は驚いて無表情な疾風の顔を見つめた。
「えっ!?…私も?」
「うん、美寛ちゃんもある意味モンスター。…今でもワガママな事してるしね」
「ヒドイな、それ〜!私、ワガママな事してる〜?」
その言葉に、疾風はギュッと私を抱き寄せた。疾風の顔がちょっぴり紅い。そして耳元にそっと一言。
「…だって、俺の心をずっと掴んで離さないじゃない」
「ばっ…」
私の顔は真っ赤になる。…今なら顔から出る火で、疾風を真っ黒こげにできるかもね。
最初に戻る前を読む続きを読む

inserted by FC2 system