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ほしのうた

元に落ち着く第5幕

「疾風、おはよっ!!」
それは、翌朝のこと。美寛は疾風の家の前にいる。美寛は毎朝、疾風と一緒に登校している。その主な理由はもちろん疾風と少しでも長くいるためだが、これは本人の主張であって、きっと目的を作ることで遅刻しないようにするためだろう。幸い疾風は、時間にルーズではない。
「おはよう、美寛」
疾風は夏服姿で家から出てきた。左の手首にはまだ、昨日のままで赤い糸が結ばれている。
「…あ、まだしてくれてるんだ!嬉しいなぁ」
「何だ、美寛はもう外したんだね」
疾風は自分で、赤い糸を外してポケットにしまう。
「あ、もしかして今晩も夢で会いたい?」
「夢の内容によるよ。…昨日の夢なら、却下だな。美寛好みだけど、心臓に悪い」
そこで美寛は立ち止まる。そして、疾風の顔をじっと見つめる。
「ね…疾風?どんな夢を見たか、聞かせてよ。そもそも昨日、ちゃんと夢を見た?」
「ああ。…気味が悪いくらい、細かいところまで覚えてる。普段夢なんて、朝になったら忘れてるのにな」
「その夢に私は出てきた?」
「え?…ああ、最初はいなかったけど、最後の方はずっと美寛と2人きりだった。話そうか?」
そして、疾風は自分が昨日見た夢を美寛に話した。自分でもこんなに細かいところ…例えば自分がその時いた空間、その色、そして言葉…。ここまで覚えている夢は初めてだ、と疾風は思う。そういえば、「夢という世界も現実にあって、それを眠っているときにフィルター越しに見ているような感覚なんだ」って言葉もあったな、とも疾風は思い出す。疾風が話しているうちに…最初の方は楽しく聞いていた美寛の顔が、少しずつ、変わっていく。疾風はその変化に気付いたが、何も言わずに話を終えた。
「美寛、どうしたの?…何か、似ているところがあった?」
美寛はその声に、ふと顔を上げる。真剣な目つきだ。
「うん…その、驚いてるの…。後半がね、うん、ホントに…ほとんど全部、一緒の夢…。」
「えっ!?…ウソだろ?」
「ううん、ウソなんかじゃないよ。ホントに…ホント」
そこで美寛は、自分の見た夢を話し出す。確かに前半部は、疾風とは全く違った展開だ。もちろんそこには、疾風は出てこない。しかし後半部分は…つまり疾風と一緒になってからの夢の内容は、驚くほどよく似ていた。
「…ね?ほとんど、同じでしょ?」
「驚いたな…そんなに信じてなかったから…」
「私だってそうだよ…ただ、夢の中に疾風が出てきてくれるだけで嬉しい、って思ってたのに…まさか、2人で同じ夢を見られるなんて…」
二人の握った手に入る力が、いつもより少し強くなる。
「ま…ハッピーエンドだったからいいけどさ」
疾風はそういうと、先ほどポケットにしまった赤い糸を取り出した。
「美寛…」
「ん?な〜に?」
美寛に向かって、疾風は少し微笑む。そして、美寛の耳元で、こう囁いた。
「この糸、あげるよ。…夢で俺に逢いたくなったら、いつでも…逢いに来て」


無意味なエピローグ

…こんにちは、正午になりました。お昼のニュースです。まず速報ですが…先日結婚した、俳優の雨宮優希さんと女優の岸野麗夢さんが、誘拐されていた事が分かりました。N県警K警察署によりますと、俳優の雨宮優希さん(本名、戸叶疾風さん)と、女優の岸野麗夢さん(本名、柳沢美寛さん)が誘拐されたのはお二人が結婚報告をした直後の、一昨日午後11時すぎ。それから二人は廃ビルの屋上と地階にそれぞれ監禁されていましたが、二人とも自力で脱出し、昨日の夕方頃、N警察署に助けを求めて駆け込んだという事です。なおこの廃ビルは以前リゾート建設が予定されていましたが、バブル崩壊とともに計画が頓挫し、放置されていたものでした。またこの廃ビルは、二人が脱出した直後に爆破されたということです。身代金を要求する電話がなかったこと、廃ビル内が大幅に改修されていたこと、ビルの管理会社が架空の存在であったことなど、誘拐事件として不可解な点も多く、N県警は実行犯を特定するとともに、慎重な捜査を進めているとの事です。詳しい情報が入り次第、改めてお伝えしたいと思います。それでは次に、新たな福祉政策を巡る与野党の攻防について…。


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