inserted by FC2 system ----------作者まえがき----------
小学校時代から国語の問題に「自然との共存」というテーマが何度も出て来ました。この手の問題の解答作成は大変容易です。大体、キレイゴトにしたがって選択肢から選んでしまえば正解です。しかし、そんな事に意味はないのです。この手の問題をほぼ完璧に解答していた小学生は僕だけではなかったのですが、「自然の共存」の本来の意味を理解していなかった人も、僕だけではない筈です。

星空少年と未だ見ぬ小川

序章
 星座とは、夜空の星と星を線で結び、それによって出来る形に、昔の人が名前を付けた物である。それはそれで納得出来るのだけれども、小学校1年生の時にこの説明を聞いた羽田洋一は、不思議に思う事があった。
「あんなに広い空に、たくさんある星を繋ぐ方法はいっぱいある。それだったら別の形に見えたりして、僕が夜空を見上げたってどれが何座かさっぱり分からないじゃないか。」
彼の疑問は至極最もで、現在では、星愛でるド貧民になってしまった筆者も、かつてはそんな疑問を抱いていたのだ。しかし、実際星座版片手に見てみると形が分かってくるものなのだ。羽田洋一だって小学6年生の時、学校の授業で星座版を貰い、夏休みの宿題で白鳥座を追いかけて記録を取ったりしているうちに、星の見方が分かってきた。これが結構面白い。しかし、羽田にとってどれが何座かはどうでもよくなっていた。彼にとって大事なのは、星が夜空を綺麗に彩る事なのだ。とはいってもやっぱり好きな星座があって、彼はオリオン座が好きである。オリオンは最も見つけやすく、分かりやすい。冬の夜空にオリオンが見えると、それだけで星が出ているという事が実感できるのだ。

 彼は美しい物が好きである。人工的な物もそうだけれども、自然の美しさに強く憧れる。彼の大好きな自然というのは、主に山と星である。星の方は前述の通りで、山と言うのは近所の櫁柑山の事だ。ある程度人工的に手が加えられているけれども、やはりそこには「自然」が感じられた。彼は嫌な事があると、櫁柑山に登った。櫁柑山の頂上からは、彼の住んでいる市が一望できる。彼は、ここから見る景色も好きだった。


羽田が高校1年生になって、高本恵美という女子生徒と親しくなった。羽田の通う高校では、地学の先生の評判が悪かった。要は先生の説明が下手なのである。といっても、若い先生が、宇宙の根源にも関ることを、物理や化学の知識もあまりない高校生に教えようというのだから、生徒が嫌がってもおかしくはない。ところが、地学の授業を真面目に聞く生徒が二人だけいた。羽田洋一と高本恵美である。二人とも、「星が好きだから」「真面目な性格だから」という理由だけで熱心に聞いていた。どちらかが分からない事があると、相談相手は決まっていた。二人しか授業自体を聞いていないのだから。羽田にとって高本は先生より信頼できたし、高本にとって羽田は先生より信用できた。
 ある日、
「ねえ、よう君って星の他に何が好き?」
と、高本が聞いた。
「ん〜。櫁柑山かな。」
羽田は、最近行っていないが2年程前まではよく行っていた蜜柑山を思い出した。
「?」
高本はキョトンとしていた。
「僕の家の近くに、櫁柑山があるんだ。小学校の頃から、嫌な事があると、よくその山に登っていたんだ。凄く落ち着く処なんだよ。今、"癒し"っていうのが流行っているけど、芸能人とか、人工的に作られた香りなんて、真の"癒し"じゃないんだ。その点、僕にとって櫁柑山は真の"癒し"なんだよ。」
高本は最初、羽田の事を、「理屈っぽい奴だ」と思っていたし、実際その通りだった。しかし、彼の言葉を聞いているうちに、だんだん彼が魅力的に思えてきた。あるいは、ただ慣れただけなのかも知れないが。


「櫁柑山に連れて行って!」
夏休みに入って気持ちよく布団に包まっている羽田を、元気の良い声が襲った。休み中には腹立たしい電話の襲撃だ。
「どちら様でしょうか。」
「私、」
「ですから、どちら様でしょうか。」
「もう、私よ!恵美!」
羽田は耳を少し受話器から離してから
「ああ、恵美ちゃん。」
と聞いた。羽田は最初、"高本さん"と呼んでいたのだが、高本が羽田を"よう君"と呼ぶようになったので、合わせて"恵美さん"と呼んでみると、小母さんみたいで嫌だと言われ"恵美ちゃん"と呼ぶようになった。
「そう。蜜柑山に行こうよ。」
「何のこと?」
「よう君が好きだって行ってた蜜柑山。」
「今から?」
「そう、用事あるの?」
「いや、な・・」
「あ、そう。じゃ、今から行くね。」
そう言うと高本は電話を切った。


 何とか身支度は間に合ったが、とんだ夏休みの幕開けである。毎年、夏休みの始まりは寝坊が世間の常識だと信じていた羽田には、超ショッキングな声だった。
「さぁ、行こっ。」
高本はさっさと行きたがる。兎に角、櫁柑山があった場所までは一緒に来た。羽田だって久しぶりなので、内心ワクワクしていたのだ。が、羽田の記憶とは光景が変わっていた。山全体に整然と蜜柑の木が並んでいるだけではないか。羽田の記憶では山の3分の1くらいが蜜柑山で、残りは自然のままだったのに。頂上から見下ろす絶景の方は昔と変わらず、高本ははしゃいでいたが、羽田は悲しくなった。羽田の表情に、高本も気付いた。
「どうしたの、よう君」
「前はもっと自然のままの処がいっぱいあったんだ。さっき、歩いて登った階段があるでしょ。あれとは別の道を歩くと、木だらけの中に入る事が出来て、そこを歩くのが好きだったんだ。でも、もう蜜柑の木ばっかり。それも画一的になっちゃった。」
「よう君にとってここはもう"癒し"の場所じゃなくなっちゃったんだ。」
「うん。」
「帰ろうか。」
「そうだね。」
何だか後味の悪いまま、二人は家に帰った。


羽田にとって、何だか悲しい夏休みだった。白鳥座は瞬くけれど、何だかそれを美しく感じる余裕がなかった。それでも、転機はやってくるのだ。夏休みの終わり頃、また高本から電話があった。
「よう君も気に入る"癒し"の場所に今度連れて行ってあげるわ。」
「は?」
「私の住んでいる街の人が、蛍を育てる運動をしているのよ。で、人工的に川が作られたんだけど、これが結構綺麗なのよ。毎日家に帰る時はその川の通りだけゆっくり通るんだから」
「そうだね。明後日あたりどうかな。」
「いいわよ。じゃ、また電話するから。」

終章
 高本から電話のあった日の夜、羽田は夜空を見上げた。夏の大三角がはっきりと見えた。美しいと思う余裕が、羽田の心にあった。羽田は今まで、"人工的な物=効率性を求めて自然をぶち壊す物"と考えていた。しかし、現実は違う。人工的な物によって、自然と共存しようという動きが、とても身近な処にあったのだ。国語や英語の文章ではよく叫ばれる「自然との共存」は、実際に行われつつあるのだ。
「世の中棄てたもんでもないな。」
そう思うと、羽田は、未だ見ぬ小川に想いを馳せた。

----------作者あとがき----------
先日友人から、蛍を育てようという運動で近所に小川が作られた、という話を聞いて、滅茶苦茶嬉しい気分でした。「自然との共存」が実践されている事を知って嬉しかったです。そして、友人もその事を喜んでいることが嬉しかったです。僕はいい友達を持った、と思いました。そこで、いっそ作品にしてしまえ、という事で本編を書き上げました。羽田君のいう櫁柑山も、僕が中2頃まで遊びに行っていた近所の蜜柑山がモデルです。今回、羽田君はほぼ僕の分身であるといって差し支えありません。(僕には恵美ちゃんのような友人はいませんが)つまり、僕の言いたい事は全部羽田君が言ってくれています。終章さえも同じです。僕は、友人の言っていた、未だ見ぬ小川に想いを馳せて、本編を書き上げたのです。

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