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「浅きゆめみし」


湊はふと目を覚ますと、自分が自室のこたつに平伏しているのに気付いた。
「あれ…私こたつで寝ちゃってたのかな…」
上半身を起こす湊。机の上には数冊の参考書やノートが置かれている。
「やっと起きたっスか?」
「え?」
聴きなれた声に振り向くと、ベッドに腰掛けて、膝に乗せた肱(ひじ)に顎(あご)を乗せて湊の方を見ている男の姿があった。彼女の先輩である、麻倉 知之であった。
「せ、先輩…?」唖然とする湊。湊は知之のことをずっと好きなのである。「ど、どうして私の部屋に…?」
「どうしてって、湊ちゃんが呼んだんじゃないっスか」近寄ってくる彼女の愛猫の1匹、みかんを抱き上げて言う知之。「受験勉強手伝って欲しいって」
「あれ、そうでしたっけ…?」しかし、机の上に勉強道具が並んでいることから見てそれは強(あなが)ち間違いではないのだろうと湊は思った。
「寝ぼけちゃってるんじゃないっスか?」みかんと洒落(じゃれ)ながら笑って言う知之。「こたつで勉強するの止めた方がいいっスよ」
「わ、私は寒がりだからこたつじゃないとダメなんです!」少し顔を赤くする湊。「そ、それより、勉強の続きしましょうよ…」
焦りながらこたつの方に向き直る湊。
「えーっと…あ、この問題とかよく分からないんで教えて欲しいんですけど」何はともあれ、憧れの知之と一緒に居られるらしい時間を蔑(ないがし)ろには出来ない。湊はそう割り切ることにした。「…先輩?」
なかなか返事をしない知之が気になり、再び振り向く湊。知之は、赤く染まった、それでいてどこか真剣な表情で湊を見詰めていた。
「せ、先輩…?」湊の鼓動は加速度を増す。
「…僕も、教えて欲しいことがあるんっスよ」
「え?」知之はベッドから降り、湊の横に座った。それだけでも湊の心臓を活性化させるには充分だったが、次の瞬間湊の心臓はまさに張り裂けんばかりの脈を打った。知之は湊の両肩を手で掴むと、そのまま湊の躰を強く床に叩きつけたのだ。
「えっ…せ、先輩…?!」湊は自分と相手の呼吸速度が速まっているのに気付いた。「何を…?」
「僕、ずっと湊ちゃんの…いや、湊のことが好きだったんっスよ」
「え…?」湊はそれまでに増して顔面が熱を帯びているのを感じた。あの知之が、自分のことを呼び捨てにしてくれたという嬉しさもあるが、今自分の置かれている状況への驚きと恥じらいもあった。
「でも僕、こういうことは初めてでよく分からないんっスよ…だから、湊が僕に教えて欲しいんっス」
「先輩…」湊の両眸は、知之だけを只管(ひたすら)見詰め続けた。
「湊」知之の顔が段々近くなる。「湊…」

――湊、湊…

「…なと、湊」
「…はにゃ」湊は、目を覚ました。目の前には、先刻(さっき)までと違う少年の顔があった。
「ったく、やっと起きたかよ」その少年は不機嫌そうに言った。「幾ら元旦だからっていつまで寝てる積もりだよ」
「…楷登(かいと)…?」湊はまだ状況が理解できない。「…ってちょっと、なんで楷登が私の部屋に居るの?」
「いっくら部屋の外から呼んでも起きなかったくせによく言うよ」楷登と呼ばれたその少年――湊の実の弟である園川 楷登はドアの方に歩きながら言う。「客が来てるっつってんのに」
「え?お客さん…?」躰をベッドから起こし、目をこすりながら言う湊。
「おっはよー、湊ちゃんv」ドアから現れたのは、彼女が親しくしている仙谷 千尋の姿であった。
「よっぽどいい初夢でも見てたのかしら?」その後から出てきたのは千尋の友人である古閑 つかさであった。二人は珍しく綺麗な着物を身にまとっている。
「あ、千尋さんとつかささん…何で私の家に…」湊は寝ぼけ眼(まなこ)で二人の服を見て言った。「…あっ!!」
「そうだよ、わたしが湊ちゃんに初詣用の着物の着付けしてあげるって約束だったでしょ」千尋は湊の分の着物が入った紙袋を見せて言う。「そしたら湊ちゃんはまだ寝てるって弟くんが言うんだもん、びっくりしたよ」
「あ、す、すみません…」湊は蒲団から抜け出して言う。
「ったく…約束してたんなら目覚ましくらいかけろよな」楷登は部屋の外に出ながら言う。「じゃ、オレは野球仲間と初詣行ってくっからな」
楷登は後ろ手にドアを閉めて行った。
「ったく、小学生のくせに生言う弟ねぇ」つかさはドアの方を向いて言う。「前に湊ちゃんに聞いてた通りね」
「あー、実際に会うのは初めてでしたっけー…」まだ眠りを欲して止まない眼をこすりながら、うさぎの柄のパジャマを脱ぎ始める湊。
「そうよ、まさかあんなにとは思ってなかったけど」とつかさ。「…で?どんな初夢見てたの?」
「えっ?」思わず笑顔が引きつる湊。
「あー、わたしも気になる」着物を取り出しながら言う千尋。「もしかして知之クンの夢でも見てた?」
「せっ、先輩が私にあんなことする夢なんて…」勢い任せに吐いた言葉に自分で驚いてトーンを落とす湊。「…見てないですよぉ」
その言葉を聞いて互いに見詰め合う千尋とつかさ。
(ど、どんな夢見たのかしら、湊ちゃん…)こそこそ話を始めた二人の意見は全く同じであった。
湊は湊で、そんな二人に気付かず一人あの夢を思い出していた。
(先輩のイメージが…でも、あのままひっついても良かったような…)
その時、ドアが開く音がした。
「あのー…湊ちゃんは…」ドアの隙間から顔を覗かせたのは知之であった。「…あっ!!」
ドアは素早く閉じられた。
「え?何?どうしたの、知之クン」つかさは怪訝(けげん)そうに言う。
「ご、ごめんなさいっス、ま、まさか着替え中だなんて思わなくって…」ドア越しの知之の声は震えていた。
「え…あっ!」湊は自分がパジャマを脱いだところであったことに今気付いた。
「って、ドアをノックしない知之クンも悪いと思うよ」と千尋。
「だ、だって…何度呼びかけてもノックしても返事無かったから…」
「あれ、そうだっけ…?」冷や汗を垂らす千尋。そういやつかさとの耳打ちに熱中していたっけ。「あ、でも着付けってちょっと時間懸かるよ」
「そうなんっスか?じゃあ兄さ…じゃない、篁君に電話しとかなきゃ」と知之。「僕、3人が待ち合わせ場所に来ないから心配になって来たんっスよ」
「えっ?」と湊。「今何時ですか?」
「あ、もう10時ね…」壁の時計を見て言うつかさ。「待ち合わせ時間って確か…」
「9時半っスよ…」と知之。
「もー、湊ちゃんが知之クンの初夢堪能してるから…」思わず口走ってしまう千尋。
「え?湊ちゃん、僕の初夢見てたんっスか?」
「えっ?!べ、べ、別に何でもないですよぉ!」しどろもどろになる湊。
「ほらじっとしてなさいって」とつかさ。「千尋も着付け速攻で仕上げなきゃいけないんだから」
「あのー…すごく気になるんっスけど…」ドア越しに言う知之。
「なっ、何でもないですってばぁ!!」
「ほら、動かないでってば」

湊はその夢のことを他人に話すことは今後一切無かった。
なおその夜、湊は枕の下に知之の写真を入れ、夢の続きを見ようとして失敗したらしい(爆)。
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おまけのおまけ
はい、初めてくらいの湊ちゃん主人公話です。
実はこれ、アンケート企画で「こんな話をして欲しい」というリクエストの一つ、「知之に振り向いてもらえない湊ちゃんが可哀想だから彼女を助けてあげて」という案から練り出した話だったりします。
その主旨とは結果的にちょっと外れちゃってるんですけどね^^;
生まれて初めて18禁ギリギリな感じのを書いたかも(笑)。
ただの夢オチだと面白くないんで、初夢に引っ掛けて今回絡めてみました。どっちから読んでもOKになってますけどね。
あ、さり気に湊ちゃんの弟、楷登くんが初登場。実は彼、この話を書いてる途中に思いついて急遽登場したのです(爆)。
いや、男の子系キャラもいいかなぁなんて「うででん」とか読んでて思ったもので。(なので声のイメージは皆川純子サン/笑)
名前は結構悩みました。色々案が思いついてて、「かいと」に決まってからも漢字をどうするかでしばらく考えたりして^^;
なお、次回作でも皆様からのリクエストに1つお答えする予定です。

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